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二章 精霊のおもてなし術
9 常識の違い
しおりを挟むチュンチュンと鳥のさえずりがして、私はパチリと目を覚ました。
朝、時間通りに起きるのは、私の特技だ。
「ふわー、よく寝た~」
あくびをしながら伸びをすると、どこからか声がした。
「ははっ、寝ぐせが立ってるぞ、アイリス」
突然聞こえた声に、私はビクッとする。声のほうを見ると、宙に浮かんだガーネストがにやりと笑った。
「きゃーっ、なんでここにいるの? 幽霊かと思ってびっくりしたじゃない!」
悲鳴を上げて、ガーネストに枕を投げる。私は得体の知れない何かがいると勘違いして、心臓が止まるかと思った。内扉を指さして抗議する。
「私が良いよって言うまで、そこから入っちゃ駄目って言ったでしょ!」
ガーネストは頷いて、胸を張った。
「ああ、分かっているぞ。だから、そっちの扉から入った」
彼が示すのは、寝室の入り口だ。
私は頭を抱える。
そういえば昨日、おばあ様が言っていたではないか。
精霊は人間と違うから、甘い考えでいると後悔する、と。
「長生きしてるくせに、常識が無さすぎーっ」
寝起きからこの調子で嫌になった私は、今度はクッションを投げた。
「何をそんなに怒ってるんだ。僕は約束を守っただろ」
「そうね、言い方を変えるわ。私が良いよって言うまで、私の部屋に勝手に入らないでちょうだい」
朝食に行くため、私は身支度の手伝いに来たリニーとともに、廊下を歩いている。
私の怒りなんてまったく通じていないガーネストは、不思議そうにしながら私の傍に漂っていた。
千年は生きているというわりに、純粋無垢な眼差しは子どものようだ。
(十歳の私より子どもっぽい千歳以上ってどうなの……?)
疲れるが、こんな彼でも、私にとっては数少ないお友達だ。それに契約してしまったから、この調子で傍にいられても困るので、常識を叩きこまねばと使命感に燃える。
「ねえ、ジーク様はあなたに人間界の常識を教えなかったの?」
「そうだな。部屋に入る前に、扉をノックするようにと言われたぞ。あいつが妻といちゃいちゃしているところを何度か邪魔したみたいでな、珍しく怒っていた。心が狭い奴だ」
「いや、それは怒るでしょ」
きっとジークも手を焼いていただろう。
困ったことに、ガーネストには悪気がない。
先が思いやられる。私は苦笑しながら、食堂に入る。おばあ様はすでにテーブルについていた。
「おはようございます、おばあ様」
「おはよう、アイリス。精霊王様、お加減はいかがですか?」
穏やかに微笑み、おばあ様はガーネストを気にかける。
「ああ、昨日のミートパイのおかげで、実体を解いたら元に戻れないということはなくなった。まだまだ、エネルギーが足りないけどな」
「今日は熱々のグラタンをご用意していますから、召し上がってくださいね」
「気がきくな。お前も、僕をガーネストと呼んでいいぞ」
「ありがとうございます、ガーネスト様」
偉そうな態度をするガーネストに、私は素朴な疑問をぶつける。
「おばあ様にガネスって呼んでもらわないの?」
「ジークから教わったのだが、これは親しい者の間で使う愛称というのだろう? アイリスとは友なのだから、当然だ」
「つまり特別ってこと?」
「そういうことだ!」
ガーネストの態度は王様らしく尊大だが、素直で分かりやすい。常識をすりあわせるのが面倒くさいが、こういうところは可愛い。少しくらい助けてあげようかなと思ってしまう辺り、自分でもちょろいと思う。
「弟ができたら、こんな感じかなあ」
顔をゆるませる私に、ガーネストはすかさず抗議する。
「はあ? 赤ん坊に弟扱いされる覚えはないぞ!」
「私のほうはあるわねえ、残念なことに」
「どこがだ!」
私とガーネストが言い合いをしていると、おばあ様がパチンと手を叩く。
「はいはい、そこまでになさい。お食事が冷めてしまいますよ」
「ごめんなさい」
「冷めるのは良くない。仕方がないな」
私とガーネストは即座に休戦し、朝食にありついた。
食事を終える頃、おばあ様の侍女が手紙を運んできた。
「あら、まあまあ!」
おばあ様はうれしそうに、笑みを浮かべる。
「アイリス、精霊のおもてなし術は明日からでも構わないかしら? 私のお友達が近くまで来たから、うちに寄っていきたいそうなの」
おばあ様のお友達も、当然、高齢だ。遠方から気軽に遊びに来られるものではない。
「もちろんよ、おばあ様」
彼女の少女のような可愛い笑みを見たら、私は良い子の返事しか思い浮かばなかった。
どうやら友人を屋敷に泊めるらしく、準備をすると、おばあ様ははりきって居間を出ていく。
「おばあ様にはお友達がいるのね。いいなあ。どうやって作ったんだろ」
私の独り言を拾って、ガーネストが問う。
「アイリスには僕っていう友がいるだろ」
「あなたは精霊だし、男だわ。人間の女の子と友達になりたいの」
「アイリスなら、すぐにできそうだが……何か問題があるのか?」
「おおありなのよ」
私は友達ができないことについて、ガーネストに説明し始めた。
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