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二章 精霊のおもてなし術
7 精霊と結婚すると、人間じゃなくなる!?
しおりを挟む「いいですか、アイリス。精霊に求婚されたからと、安易に頷いてはいけません」
私の左手の甲に紋様が浮かび上がった後、私はおばあ様の部屋に連れていかれた。向かいの長椅子に座るおばあ様は疲れた顔をして、額に手を当てている。どう見ても困り果てている。
「いったいどうしたの、おばあ様。大丈夫ですか?」
心配になった私は、おばあ様の隣に移動して、顔色を伺う。青い顔をしているので、医者を呼んでもらうべきかもしれない。
「アイリス!」
「きゃっ」
突然、おばあ様が私をぎゅっと抱きしめた。
「幼い頃から、精霊が見えないせいでつらい思いをしてきたのに、優しく良い子に育って、おばあ様はうれしいですよ」
「へへ、どういたしまして」
私ははにかんだ笑みを浮かべる。
しかし、抱擁を解いたおばあ様の表情は、憂いを帯びている。
「あなたには精霊が見えないからと、教えるのを後回しにしてきたせいね。危なかったわ。可愛い孫が、精霊にさらわれるところだった」
「はい……? さらわれる?」
いったいなんの話だ。
「あのー、そもそも、精霊と人間って結婚できるんですか?」
おばあ様の心配が謎すぎて、私は質問する。
精霊とは、人間とは全く違う生命体だ。
大事にした道具から生まれる精霊がいれば、自然界から生まれる精霊もいる。力の強さは、自然界から生まれた精霊で、彼らは火・水・風・地・光・闇という六属性に分かれている。
その中で、年月を経て、最も強い力を持つ精霊になった者を、精霊王と呼んで敬っていた。
人間ともっとも違うのは、寿命だ。
精霊には寿命がない。よほどのことがない限り――力を使いすぎるとか、世界の理から違反するとか、精霊喰いに襲われるとか――永遠を生き続けるのだという。
精霊とは神にもっとも近い存在で、世界の一部なのだ。
(人間がその辺の岩と結婚できると思えないのと、同じよね)
強い力を持つほど、人間に近く見えるから勘違いするだけで、根本的にはそれくらい違う。
「それが、できるのよ」
おばあ様はため息をついた。
「ええっ!?」
びっくりして大声を出す。
「精霊は、伴侶と魂をつなげることができるそうよ。そして、彼らの住処は人間界とは違う次元にあって、精霊でなければ近づくこともできない。だけど、魂をつなげて、半精霊になった人間は別なの」
「半精霊……?」
「そう。人間をやめることになるわ。寿命は精霊のように永遠ではないけど、かなり長くなるそうよ」
「不老になっちゃうってことですか?」
ぽかんとする私に、おばあ様は頷く。
「そうよ。でもね、精霊の住処に行ったら、外に出してくれないそうよ。精霊って嫉妬深いから、伴侶を誰にも会わせたくなくなるんですって」
「それじゃあ、不老を夢見る王様が、精霊と結婚しないのは」
権力者というのは、最後に不老不死を夢見るらしい。歴史を読んでいると、そのためにとんでもない真似をやらかした王の名がたびたび出てくる。
「そういう王様は、ずっと玉座で君臨し続けたいと願っているのよ。精霊の住処で長生きしたいんじゃないわ」
「なるほど~」
納得したが、話がずれてしまった気がする。
おばあ様は真剣な顔で、私に話しかけた。
「いいですか、アイリス。精霊は約束を破れないのです。ですから、二十歳まで時間稼ぎをしました。それまでに、どうにか回避する方法を考えましょう」
「私が結婚したいと思ったら?」
「それならしかたないけれど、甘い考えでいたら、後悔するわよ。精霊と人間は違うの。ジーク様の娘が怪我をして、一生、手袋をして過ごすようになったこともそう。赤ちゃんに火を近づけたら危ないなんて、考えないの。それがどれほど危険なことか」
ジークの妻は、人間の常識が通じない辺りを不気味に感じていたはずだと、おばあ様はつぶやく。
「とりあえず、あの方と友人として過ごしてみなさい。それでもあなたが結婚したいなら、わたくしは止めません」
「いえ、別に結婚したいわけじゃなくて、ただの例えです」
結婚なんて言われても、私にはピンとこない。
おばあ様はふふっと笑って、私の頭を撫でる。
「あのような大精霊と契約したのですから、我が家に伝わる精霊のおもてなし術を教えるわ」
「おもてなし術ですか?」
「人間でいうと、お茶会みたいなものよ」
おもてなしといえば、お茶会やパーティーだ。おばあ様の例えに、どういうことだろうかと私は首を傾げた。
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