落ちこぼれ公女さまは、精霊王の溺愛より、友達が欲しい

草野瀬津璃

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<子ども編>一章 落ちこぼれの公爵令嬢

6 初めてのお友達

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「さあ、一緒に食べるわよ!」

 私が扉をバタンと開けて、肖像画の間に踏み込んだ。
 少年は前とほとんど変わらない位置にいたが、私の登場に焦りを見せた。

「な、なんだ、急に!」

 その目に光るものを見つけ、どうやら彼が泣いていたようだと気付いた。少年がさっと横を向いて隠したので、私は見なかったことにする。

「一緒にごはんを食べましょう!」
「いきなり現れて、なんなんだ、貴様は」

 少年は分かりやすい不機嫌面をする。
 私は気にせず、肖像画の間にあるテーブルセットに向かった。リニーが料理や飲み物を手早くセッティングしてくれる。
 シックな臙脂色のソファーの間に、ローテーブルが一つある。私は片方のソファーに座り、少年に向かいを示す。

「元気が無い時は、お腹がいっぱいになると良いのよ」
「……まあ、良いにおいだが」

 においにつられたのか、少年のお腹がグウと鳴る。

「素敵なお返事ね」
「一言多いぞ!」

 文句を言うが、少年は向かいに座った。

「ミートパイよ。お好きかしら? 私も手伝ったのよ」
「大好物だ」

 ミートパイは六つに切られており、一つを皿に盛りつけている。
 食前の祈りもせず、少年はフォークをつかんで、さっそくミートパイにかぶりつく。
 私はお祈りをしてから、ミートパイを食べる。外はサクッとしていて、中はジューシー。ほっぺたが落ちそうだ。

「おいしい……!」

 手伝ったせいか、普段よりおいしく感じられた。

「ねえ、あなたはどう……あら」

 少年は無言でがっついており、あっという間に皿を空にした。おいしいという言葉よりも、おいしさを表現している様子に、私は頬をゆるめる。

「そんなにお腹が空いているの? リニー」
「はい、お嬢様」

 私はリニーにお代わりをよそうように言ったが、少年は両手を差し出す。

「ちまちまと食べるのは面倒だ。全部よこせ」

 ちょっとびっくりした私だが、リニーに頷いた。リニーは小皿を片付け、ローテーブルに大皿を置く。
 少年はフォークとナイフを使い、優雅な仕草で、あっという間にたいらげた。

「満腹だ! ミートパイは久しぶりだが、味が変わってない。懐かしい」

 食べ終えて落ち着いたように見えたが、少年の目に涙が浮かんだ。

「ぐすっ。ジークはひどい奴だ。せめて最後の別れくらい、言っていけばいいのに」

(えええっ)

 お腹がいっぱいになったら元気が出ると思ったのに、なぜか少年は泣きだしてしまった。
 私はおろおろとして、自分の部屋に行って、うさぎのぬいぐるみ――エリザベスを取ってくる。

「これを貸してあげるわ」
「おい、子ども扱いするな」

 少年は不服そうに言ったが、私がエリザベスを押し付けるので、しかたなくぬいぐるみを抱っこする。

「こ、子守歌も歌ってあげましょうか!」
「だから子ども扱いするなと……はあ、好きにしろ」

 私が大真面目なのを見て、少年はあきらめたようだった。ぬいぐるみを抱いたまま、体の力を抜く。
 私は少年の頭をなでてあげながら、子守歌を歌う。

「そんなに寂しいなら、私が一緒にいてあげるわ」
「……ふん」

 少年は返事ともつかない呟きとともに、鼻をすすった。



「うーん」

 頭が重い。私が目を覚ますと、肖像画の間のソファーにいた。
 あれから少年をなぐさめていたが、だんだん私も泣けてきて、一緒にわんわんと声を上げて泣いてしまった。
 頭痛がするのは、泣きすぎたせいだろうか。
 私は目をこしこしとこすり、部屋を見回す。

「あれ?」

 少年はどこに行ったのだろうか。きょろりとすると、突然、少年の顔が目の前に現れた。

「まったく、おかしな娘だな」
「きゃあああ」

 思わず悲鳴を上げたのは、少年の顔がさかさまだったせいだ。彼は宙に浮かび、逆さになってこちらをのぞき込む。

「僕をなぐさめようとして、なぜか大泣きして、先に寝るとは。なんなんだ、意味が分からん。だが、まあ、悪くなかったぞ」

 素直ではないことを言って、少年は頭を上にして浮かびなおした。

「お前、僕とずっと一緒にいると言ったよな」
「え? ええ、まあ」

 頭が痛くて、私はろくに考えずに返事をした。
 少年はにんまりと笑う。

「いいだろう。そんなに僕のことが好きなら、精霊王の花嫁に迎えてやろう」
「…………はい?」

 精霊王の花嫁? 
 私の目が点になった。突拍子がなくて、意味が分からない。

「い、いやいや、何を言っているのよ。一緒にいてあげるとは言ったけど、それは家族としてであって」
「ああ。僕と結婚すれば、お前は妻だから、家族だろ」
「それもそうか! ……じゃない! 違う! そういう意味の家族じゃなくて」
「まどろっこしいな。それじゃあ、どういう意味だ」

 私は初めて、この少年が精霊で、人間の常識と考え方が違うのだと悟った。

「どういう意味……」
「お友達という意味です!」

 私が返事に困っていると、バンと扉が開いて、おばあ様が大声でさえぎった。上品なおばあ様と思えない乱暴さに、私が目をまん丸にしているうちに、おばあ様は素早くこちらにやって来る。

「精霊王様、この子はまだ十歳の子どもです。こんな子に求婚なさるなんて、どうかしています!」
「そうだったな。僕と見た目が変わらんから、忘れていた」

「二十歳になって、この子が自分の意思で受け入れたら、そのお申し出は受けましょう。ですが! それまではお友達ですわ。よろしいですね!」
「あ、ああ」

 おばあ様に気圧されて、少年は頷く。

「お友達……!」

 どうしておばあ様がそんなに焦っているのかも知らず、私は「初めての友達」の単語に浮かれる。

「私、アイリス・フォーレンハイトよ。よろしくね!」
「僕はガーネストだ。ガネスと呼ぶがいい、アイリス」

 友達なら握手すべきだと、私はろくに考えずに名乗って右手を出す。ガネスはにやりとして、その手を握り返した。
 おばあ様が青ざめて、その場にへたりこむ。

「なんてこと! この子ったら、よく分からぬままに精霊王と契約してしまったわ!」

 おばあ様の嘆き声に、何かとんでもないことをやらかしたらしいと気付いた時には、私の左手の甲に、赤い紋様が浮かび上がった後だった。
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