上 下
3 / 32
<子ども編>一章 落ちこぼれの公爵令嬢

3 お子ちゃまな精霊王

しおりを挟む


 私は我に返ると、少年に問う。

「今、精霊王って言いました?」
「見れば分かるだろう!」

 見るも何も、精霊自体、初めて見たから分からないのだが。
 精霊って、みんな、こんな感じなのかな。
 私はとりあえず、思ったことを口にする。

「どう見ても、その辺のお子ちゃまですけど」
「何を……。うわーっ、なんだ、このちんちくりんな姿は!」

 少年はいぶかしげに自分の姿を見下ろして、ぎょっとして叫ぶ。バタバタと体を触り、頭を抱えてうめいた。

「長年、封印されていたせいで、エネルギーが足りないんだ。ジークほどじゃないが、もうちょっと成長していたのに!」

 少年は大きな声で嘆くと、私をにらむ。

「とにかく! 僕の契約者であるジークを呼べ!」

 ビシッと指先を突き付けられても、私には意味が分からない。

「ジークってどなたですの?」
「お前、その銀の目はフォーレンハイトの民だろう。当主の名も知らんのか! もっと勉強しろ!」

 私と似たような子どもが、大人みたいな態度で叱りつけるのは、奇妙な光景だった。

「当主で、ジークという名前……。あ! あの人のことかな」

 この屋敷に来てすぐに、おばあ様が中を案内してくれた。その時、代々の当主の肖像画を飾っている部屋で、フォーレンハイト家と屋敷の歴史を教えてくれたのだ。

「知っているのか? まったく、あいつめ! 僕を封印しておいて、あちらから契約を切るなんて。おかげでどこにいるか分からないじゃないか。子ども、さっさと連れていかないと、領地を火の海にするぞ!」

 少年は言葉通り、怒り狂っている。
 彼の周囲に、小さな火がポッポッと生まれては消えていく。もし彼がエネルギーに満ちていたら、こんなものでは済まなかっただろう。
 私がリニーのほうを見ると、彼女はおびえてぶるぶる震え、床に這いつくばっていた。
 だが私には、なんて大人げない奴だとしか思えず、まったく怖いと思えなかった。

「いいわよ、案内してあげる」

 私がランプを拾うと、少年は眉を寄せる。

「そんなガラクタは置いていけ」
「え? 道具精霊の精霊王じゃないの?」

「僕は! 火の! 精霊王! だ!」

「うわ、うるさっ。怒鳴らないでよ、見た目だけじゃなく、ちっさい奴ね」
「なんだとーっ」

 ボボボボッと火の花が咲く。リニーが悲鳴を上げる。

「ひいいい。お嬢様、あおるのはおやめくださいませーっ。この荒ぶる魔力を物ともなさらないなんて、さすがはお嬢様ですが、私は死んじゃいますからーっ」
「そうなの? リニーがそう言うなら、やめておくわね」

 リニーは私にとって、使用人というよりも、大事な家族の一人だ。世話を焼いてくれるお姉ちゃんなので、彼女を怪我させたくはない。

「それじゃあ、どうやって連れていけばいいの?」
「勝手についていくから、早く行け!」

 イライラとうながす少年に、私はカチンとくる。ぷいっと歩き出し、彼の鼻先で扉を閉めてやった。

「くそーっ、この小娘っ」

 すぐに扉を開けて、少年が宙に浮いたままついてくる。精霊は実体をとっていると、扉や壁を通過できないそうだ。聞いた通りだ。

「あら。精霊なら、実体を解けばいいだけじゃないの?」
「今の状態で実体化を解いたら、元に戻れなくなるだろう!」
「そこまで弱ってるの?」

 そう聞くと、かわいそうになった。私は肖像画の間ではなく、キッチンに向かう。料理長にお茶の用意を頼み、少年の前に置いた。

「はい、どうぞ」
「ジークの所に連れていけと言ったのに、どうしてお茶を」
「熱々の紅茶は、火の精霊にとって栄養になるんでしょう? 先にエネルギーを回復したらどうかなと思って」
「ふん。そういうことか。なかなか気がきくではないか、小娘」

 納得した少年がカップをとろうとした時、私はさっと盆ごとよけた。

「おいっ」
「私の名前はアイリスよ。弱っている精霊さん?」
「……分かった。アイリスだな」

 少年が意外にも素直に言い直したので、私は紅茶を置きなおす。少年は今度こそカップを手に取った。

「ふむ。なかなかおいしいじゃないか」
「光栄です、精霊様。ところでお嬢様、こちらの方は……?」

 料理長が恐縮して答え、私のほうを不安げに見る。

「屋根裏で見つけた精霊王よ」
「精霊王!? 滅多と人前に姿を見せない、精霊の王ですか? 世界に六体しかいないという!」
「たぶんね」
「グレイス様はご存知ですか?」
「おばあ様はご存知ないわ。だって、さっき見つけたんだもの。これから肖像画の間に行くから、そう伝えておいて」
「か、畏まりました!」

 料理長自ら、大慌てでキッチンを飛び出していく。

「肖像画の間? ジークはそこにいるのか」
「ええ、たぶん」
「たぶんだと~?」

 不満そうに問い返す少年が、紅茶を飲み終えたのを見計らい、私はキッチンを出る。
 そして肖像画の間で、一枚の絵の前に着いた。そして、少年に示す。

「この人が、あなたの言うジーク・フォーレンハイトだと思うわ」

 そこにあったのは、約二百前のフォーレンハイト家の当主の肖像画だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない

千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。 公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。 そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。 その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。 「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」 と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。 だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...