落ちこぼれ公女さまは、精霊王の溺愛より、友達が欲しい

草野瀬津璃

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<子ども編>一章 落ちこぼれの公爵令嬢

3 お子ちゃまな精霊王

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 私は我に返ると、少年に問う。

「今、精霊王って言いました?」
「見れば分かるだろう!」

 見るも何も、精霊自体、初めて見たから分からないのだが。
 精霊って、みんな、こんな感じなのかな。
 私はとりあえず、思ったことを口にする。

「どう見ても、その辺のお子ちゃまですけど」
「何を……。うわーっ、なんだ、このちんちくりんな姿は!」

 少年はいぶかしげに自分の姿を見下ろして、ぎょっとして叫ぶ。バタバタと体を触り、頭を抱えてうめいた。

「長年、封印されていたせいで、エネルギーが足りないんだ。ジークほどじゃないが、もうちょっと成長していたのに!」

 少年は大きな声で嘆くと、私をにらむ。

「とにかく! 僕の契約者であるジークを呼べ!」

 ビシッと指先を突き付けられても、私には意味が分からない。

「ジークってどなたですの?」
「お前、その銀の目はフォーレンハイトの民だろう。当主の名も知らんのか! もっと勉強しろ!」

 私と似たような子どもが、大人みたいな態度で叱りつけるのは、奇妙な光景だった。

「当主で、ジークという名前……。あ! あの人のことかな」

 この屋敷に来てすぐに、おばあ様が中を案内してくれた。その時、代々の当主の肖像画を飾っている部屋で、フォーレンハイト家と屋敷の歴史を教えてくれたのだ。

「知っているのか? まったく、あいつめ! 僕を封印しておいて、あちらから契約を切るなんて。おかげでどこにいるか分からないじゃないか。子ども、さっさと連れていかないと、領地を火の海にするぞ!」

 少年は言葉通り、怒り狂っている。
 彼の周囲に、小さな火がポッポッと生まれては消えていく。もし彼がエネルギーに満ちていたら、こんなものでは済まなかっただろう。
 私がリニーのほうを見ると、彼女はおびえてぶるぶる震え、床に這いつくばっていた。
 だが私には、なんて大人げない奴だとしか思えず、まったく怖いと思えなかった。

「いいわよ、案内してあげる」

 私がランプを拾うと、少年は眉を寄せる。

「そんなガラクタは置いていけ」
「え? 道具精霊の精霊王じゃないの?」

「僕は! 火の! 精霊王! だ!」

「うわ、うるさっ。怒鳴らないでよ、見た目だけじゃなく、ちっさい奴ね」
「なんだとーっ」

 ボボボボッと火の花が咲く。リニーが悲鳴を上げる。

「ひいいい。お嬢様、あおるのはおやめくださいませーっ。この荒ぶる魔力を物ともなさらないなんて、さすがはお嬢様ですが、私は死んじゃいますからーっ」
「そうなの? リニーがそう言うなら、やめておくわね」

 リニーは私にとって、使用人というよりも、大事な家族の一人だ。世話を焼いてくれるお姉ちゃんなので、彼女を怪我させたくはない。

「それじゃあ、どうやって連れていけばいいの?」
「勝手についていくから、早く行け!」

 イライラとうながす少年に、私はカチンとくる。ぷいっと歩き出し、彼の鼻先で扉を閉めてやった。

「くそーっ、この小娘っ」

 すぐに扉を開けて、少年が宙に浮いたままついてくる。精霊は実体をとっていると、扉や壁を通過できないそうだ。聞いた通りだ。

「あら。精霊なら、実体を解けばいいだけじゃないの?」
「今の状態で実体化を解いたら、元に戻れなくなるだろう!」
「そこまで弱ってるの?」

 そう聞くと、かわいそうになった。私は肖像画の間ではなく、キッチンに向かう。料理長にお茶の用意を頼み、少年の前に置いた。

「はい、どうぞ」
「ジークの所に連れていけと言ったのに、どうしてお茶を」
「熱々の紅茶は、火の精霊にとって栄養になるんでしょう? 先にエネルギーを回復したらどうかなと思って」
「ふん。そういうことか。なかなか気がきくではないか、小娘」

 納得した少年がカップをとろうとした時、私はさっと盆ごとよけた。

「おいっ」
「私の名前はアイリスよ。弱っている精霊さん?」
「……分かった。アイリスだな」

 少年が意外にも素直に言い直したので、私は紅茶を置きなおす。少年は今度こそカップを手に取った。

「ふむ。なかなかおいしいじゃないか」
「光栄です、精霊様。ところでお嬢様、こちらの方は……?」

 料理長が恐縮して答え、私のほうを不安げに見る。

「屋根裏で見つけた精霊王よ」
「精霊王!? 滅多と人前に姿を見せない、精霊の王ですか? 世界に六体しかいないという!」
「たぶんね」
「グレイス様はご存知ですか?」
「おばあ様はご存知ないわ。だって、さっき見つけたんだもの。これから肖像画の間に行くから、そう伝えておいて」
「か、畏まりました!」

 料理長自ら、大慌てでキッチンを飛び出していく。

「肖像画の間? ジークはそこにいるのか」
「ええ、たぶん」
「たぶんだと~?」

 不満そうに問い返す少年が、紅茶を飲み終えたのを見計らい、私はキッチンを出る。
 そして肖像画の間で、一枚の絵の前に着いた。そして、少年に示す。

「この人が、あなたの言うジーク・フォーレンハイトだと思うわ」

 そこにあったのは、約二百前のフォーレンハイト家の当主の肖像画だった。
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