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<子ども編>一章 落ちこぼれの公爵令嬢
2 精霊が見えないまま、十歳の夏
しおりを挟む三年後。
「とか言ってたけど、甘かったわぁ。ぜんっぜん駄目ね」
十歳になった私はやさぐれていた。
私は相変わらず精霊を見ることができず、友達もできないままだった。
落ちこぼれと付き合わない貴族達はしかたがない。
では、平民は?
答えは、神聖視されて拝まれる、である。
この国は魔法を使うために必要な精霊を信仰している。
信仰熱心な人々は、精霊を見る目を、神とつながるものだと崇めた。
友達とは、対等でなくてはならない。私をはるか上に見る彼らと、友人関係など築けるわけがなかった。
目立つ銀髪は帽子で隠せるが、目はどうやっても誤魔化せないので、どうあがいてもばれる。
私はふくれ面をして、屋敷の二階にある私の部屋に戻ってきた。
「聞いてよ、リニー。また駄目だったわ。お友達ができないどころか、親子そろって拝まれたのよ!」
「まあ、またですか、お嬢様」
リニーは呆れ顔で振り返る。ちょうど部屋の掃除を終えたところで、フォーレンハイト公爵家お仕着せの臙脂色のワンピースの上に、白いエプロンを付け、掃除道具を持っていた。
茶色い髪と目を持ったリニーは地味な容貌だが、いつも明るくて優しい。お母様の侍女をつとめている、由緒正しい男爵夫人の娘で、今年で二十歳だ。私の世話係になったのは、シェーラの誕生日パーティーの少し前くらいからだ。
「お嬢様ったら、大奥様の所に行くと嘘をついて、また使用人エリアに入ったのですね。いけませんよ、お嬢様とみだりに口をきいて叱られるのは、使用人なんですから」
リニーは腰に両手を当てて、私を叱る。リニーの言葉は聞こえているが、私はすっかりふてくされている。
「だって、ここに来ればお友達ができると思ったんだもの」
「それは無理でしょう。その目を見れば、すぐにお嬢様だとばれるんですから」
「帽子をかぶって目を隠せばいけるかなって思ったけど、なぜか駄目だったの」
「そりゃあ、そんなにお美しい銀髪で、お人形さんみたいにお可愛らしいんですから、分かりますよ」
リニーの誉め言葉も、私にはうれしくない。
母の出産が近づいたため、私は父方の祖母グレイスの屋敷に預けられていた。おばあ様はとても優しいが、ここでも同年代の友達を作れない私は暇を持て余している。
フォーレンハイト家が、現王の妹を嫁にしたことで公爵となったせいもあるけれど、一番の理由は、フォーレンハイトの血筋特有の目だった。光の加減で虹色にも見える、銀の目。
フォーレンハイト家は古くから、精霊を見る〈精霊視〉の瞳を受け継いできた。
魔法を使う時に手を貸してくれる精霊はそこら中にいるのだが、弱い精霊は普通の人には見えない。実体をとれるほどの強い精霊になって、初めて見える。そして精霊と契約すれば、強い戦力となった。
アイリスの家は、この精霊を見る能力で、古来からエルバニア王家を支えてきた。
魔法を使うには精霊の助けが必要で、人々にとって精霊は畏怖と敬愛の存在だ。
精霊信仰が根強いこの国の人々にとって、精霊を見る銀の目は特別な意味を持つ。このベルラインなんて、信仰熱心すぎて、私が出歩こうものなら、みんなに祈りをささげられてしまう。屋敷に来た時も、使用人達がこっそり拝んでいた。
田舎なら身分を隠せば友達ができるかもと期待していたのに、目のせいで正体が即バレ。その上、拝まれるというコンボをなしとげ、私はがっかりした。
「ねえ、リニー。お仕事は終わった? 一緒にお屋敷を探検しましょうよ。倉庫として使っている屋根裏部屋があるんですって。知ってた?」
「ええ、終わりましたよ。屋根裏部屋ですか? 構いませんけど、大奥様にお許しはいただきました?」
リニーの言う大奥様とは、グレイスのことだ。先代の妻だから、使用人はそう呼んでいる。
「もちろん! ほら、鍵をもらってきたの。おばあ様もお友達ができなかったから、私の気持ちが分かるんですって。公爵家の人間って、代々ボッチなのかしら。ひどいわよね」
「お嬢様ったら、ボッチなんて言葉、どこで覚えてきたんですか。まったく、もう。一人ぼっちではありませんよ、リニーがいるじゃないですか」
「リニーはお友達じゃなくて、お姉さんだもの」
姉のように親しくしているとはいえ、リニーがあくまで雇われている人間だと、私は分かっている。私が欲しい友達とは、やっぱり違う。
それからリニーと屋根裏部屋にやって来た。
「薄暗いですね」
リニーは呪文をつぶやいて、光の玉を浮かべる。
リニーは魔法使いで、私の世話係だけでなく、護衛も兼ねていた。
私が来るより前に、この屋根裏部屋には、いつ人が入ったのだろうか。蜘蛛の巣が張り、ほこりっぽい。使われていない家具が、ほこりよけの布をされて置かれている。どうしてとっておいているのか分からないがらくた以外では、やたらと木箱に古びたランプが入っていた。
リニーは木箱をのぞき込んで、首を振る。
「どうしてこんなにランプがあるんでしょうか」
「それ、二百年前くらいの当主が、遺言でランプを捨てるなって言ったせいだそうよ」
「まあ。変わったご遺言ですね」
私も同意見だ。
何か面白い物はないだろうか。
私は広々とした屋根裏部屋を物色する。そして、ランプが入った木箱の奥に、図形と魔法文字が書き込まれた箱を見つけた。
「見て、リニー。何かしら、宝物?」
「お嬢様、怪しげなものに触らないでくださいよ。でも、魔法で守られているわりに、ボロいランプですね」
私が箱を開けてみると、さびたランプが一つ入っていた。
「お嬢様、ランプの中に火の精霊がいますよ」
「こんなランプに、精霊が?」
リニーは魔法使いなので、精霊に詳しい。
魔法というものは、精霊に魔力をあげる代わりに、それぞれの領域の魔法を使ってもらうという、精霊とのギブアンドテイクでなりたっている。だから、魔法使いは修行を積んで、精霊が見えるようにならなければいけないのだ。
「道具精霊でしょうか。大切にされた道具には、精霊が宿るといいますものね。きっとご先祖様のどなたかが大事にしていたんでしょう」
リニーの推測に、私はなるほどとあいづちを打った。
そもそも、精霊がどんなふうに生まれるかは、神秘の領域だ。自然に生まれることもあれば、大切にした道具から生まれることもある。だが、どうして道具から生まれるのか、理由は誰も知らない。
「そっか、道具精霊なら、道具が駄目になったら弱るのよね。手入れしてあげましょ!」
道具を手入れしなければ、道具精霊は弱って死んでしまうので、かわいそうだ。
すぐに自分の部屋にランプを持ち帰り、使用人にランプの手入れ道具を持ってきてもらうように頼む。
「お嬢様、私がしますよ?」
「いいのよ、リニー。やってみたいの」
暇つぶしも兼ねているので、リニーにやってもらっては意味がない。私は手袋をはめ、やわらかい布に磨き用のクリームをつけて、ランプを念入りに拭く。
「あれ? リニー、見て。このガラスのところ、文字が書かれてるよ」
私が布で拭いたところに、うっすらと文字が見える。リニーが青ざめた。
「これは封印の魔法文字です。お嬢様、危険です!」
「え!?」
びっくりしたせいで、力を込めて拭いてしまった。その拍子に、私の手は文字を消した。
――パリン!
リニーが私を抱えて後ろに飛びのくとほぼ同時、ガラスの覆いが割れる。そして、赤々とした炎が立ち上った。
その火柱がゆらりと姿を変え、七歳くらいの少年が現れる。
宝石のように輝く赤い髪、金色の目はギラリと光る。白い肌は陶磁のような、目を奪われるような美しい顔立ちだ。赤と金の糸で紋様が縫われた黒の上着とズボン、黒い革靴という服装が、しなやかな体を包んでいる。
少年は宙に浮かんだまま、怒りを込めて叫ぶ。
「精霊王の僕を長年封印するとは! ジークを呼べ!」
突然怒鳴りつけられた私とリニーは、あ然と少年を見上げた。
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