上 下
2 / 32
<子ども編>一章 落ちこぼれの公爵令嬢

2 精霊が見えないまま、十歳の夏

しおりを挟む

 三年後。

「とか言ってたけど、甘かったわぁ。ぜんっぜん駄目ね」

 十歳になった私はやさぐれていた。
 私は相変わらず精霊を見ることができず、友達もできないままだった。
 落ちこぼれと付き合わない貴族達はしかたがない。

 では、平民は?
 答えは、神聖視されて拝まれる、である。

 この国は魔法を使うために必要な精霊を信仰している。
 信仰熱心な人々は、精霊を見る目を、神とつながるものだと崇めた。
 友達とは、対等でなくてはならない。私をはるか上に見る彼らと、友人関係など築けるわけがなかった。
 目立つ銀髪は帽子で隠せるが、目はどうやっても誤魔化せないので、どうあがいてもばれる。
 私はふくれ面をして、屋敷の二階にある私の部屋に戻ってきた。

「聞いてよ、リニー。また駄目だったわ。お友達ができないどころか、親子そろって拝まれたのよ!」
「まあ、またですか、お嬢様」

 リニーは呆れ顔で振り返る。ちょうど部屋の掃除を終えたところで、フォーレンハイト公爵家お仕着せの臙脂色のワンピースの上に、白いエプロンを付け、掃除道具を持っていた。

 茶色い髪と目を持ったリニーは地味な容貌だが、いつも明るくて優しい。お母様の侍女をつとめている、由緒正しい男爵夫人の娘で、今年で二十歳だ。私の世話係になったのは、シェーラの誕生日パーティーの少し前くらいからだ。

「お嬢様ったら、大奥様の所に行くと嘘をついて、また使用人エリアに入ったのですね。いけませんよ、お嬢様とみだりに口をきいて叱られるのは、使用人なんですから」

 リニーは腰に両手を当てて、私を叱る。リニーの言葉は聞こえているが、私はすっかりふてくされている。

「だって、ここに来ればお友達ができると思ったんだもの」
「それは無理でしょう。その目を見れば、すぐにお嬢様だとばれるんですから」
「帽子をかぶって目を隠せばいけるかなって思ったけど、なぜか駄目だったの」
「そりゃあ、そんなにお美しい銀髪で、お人形さんみたいにお可愛らしいんですから、分かりますよ」

 リニーの誉め言葉も、私にはうれしくない。
 母の出産が近づいたため、私は父方の祖母グレイスの屋敷に預けられていた。おばあ様はとても優しいが、ここでも同年代の友達を作れない私は暇を持て余している。

 フォーレンハイト家が、現王の妹を嫁にしたことで公爵となったせいもあるけれど、一番の理由は、フォーレンハイトの血筋特有の目だった。光の加減で虹色にも見える、銀の目。
 フォーレンハイト家は古くから、精霊を見る〈精霊視〉の瞳を受け継いできた。

 魔法を使う時に手を貸してくれる精霊はそこら中にいるのだが、弱い精霊は普通の人には見えない。実体をとれるほどの強い精霊になって、初めて見える。そして精霊と契約すれば、強い戦力となった。

 アイリスの家は、この精霊を見る能力で、古来からエルバニア王家を支えてきた。
 魔法を使うには精霊の助けが必要で、人々にとって精霊は畏怖と敬愛の存在だ。

 精霊信仰が根強いこの国の人々にとって、精霊を見る銀の目は特別な意味を持つ。このベルラインなんて、信仰熱心すぎて、私が出歩こうものなら、みんなに祈りをささげられてしまう。屋敷に来た時も、使用人達がこっそり拝んでいた。

 田舎なら身分を隠せば友達ができるかもと期待していたのに、目のせいで正体が即バレ。その上、拝まれるというコンボをなしとげ、私はがっかりした。

「ねえ、リニー。お仕事は終わった? 一緒にお屋敷を探検しましょうよ。倉庫として使っている屋根裏部屋があるんですって。知ってた?」
「ええ、終わりましたよ。屋根裏部屋ですか? 構いませんけど、大奥様にお許しはいただきました?」

 リニーの言う大奥様とは、グレイスのことだ。先代の妻だから、使用人はそう呼んでいる。

「もちろん! ほら、鍵をもらってきたの。おばあ様もお友達ができなかったから、私の気持ちが分かるんですって。公爵家の人間って、代々ボッチなのかしら。ひどいわよね」
「お嬢様ったら、ボッチなんて言葉、どこで覚えてきたんですか。まったく、もう。一人ぼっちではありませんよ、リニーがいるじゃないですか」
「リニーはお友達じゃなくて、お姉さんだもの」

 姉のように親しくしているとはいえ、リニーがあくまで雇われている人間だと、私は分かっている。私が欲しい友達とは、やっぱり違う。
 それからリニーと屋根裏部屋にやって来た。

「薄暗いですね」

 リニーは呪文をつぶやいて、光の玉を浮かべる。
 リニーは魔法使いで、私の世話係だけでなく、護衛も兼ねていた。
 私が来るより前に、この屋根裏部屋には、いつ人が入ったのだろうか。蜘蛛の巣が張り、ほこりっぽい。使われていない家具が、ほこりよけの布をされて置かれている。どうしてとっておいているのか分からないがらくた以外では、やたらと木箱に古びたランプが入っていた。
 リニーは木箱をのぞき込んで、首を振る。

「どうしてこんなにランプがあるんでしょうか」
「それ、二百年前くらいの当主が、遺言でランプを捨てるなって言ったせいだそうよ」
「まあ。変わったご遺言ですね」

 私も同意見だ。
 何か面白い物はないだろうか。
 私は広々とした屋根裏部屋を物色する。そして、ランプが入った木箱の奥に、図形と魔法文字が書き込まれた箱を見つけた。

「見て、リニー。何かしら、宝物?」
「お嬢様、怪しげなものに触らないでくださいよ。でも、魔法で守られているわりに、ボロいランプですね」

 私が箱を開けてみると、さびたランプが一つ入っていた。

「お嬢様、ランプの中に火の精霊がいますよ」
「こんなランプに、精霊が?」

 リニーは魔法使いなので、精霊に詳しい。
 魔法というものは、精霊に魔力をあげる代わりに、それぞれの領域の魔法を使ってもらうという、精霊とのギブアンドテイクでなりたっている。だから、魔法使いは修行を積んで、精霊が見えるようにならなければいけないのだ。

「道具精霊でしょうか。大切にされた道具には、精霊が宿るといいますものね。きっとご先祖様のどなたかが大事にしていたんでしょう」

 リニーの推測に、私はなるほどとあいづちを打った。
 そもそも、精霊がどんなふうに生まれるかは、神秘の領域だ。自然に生まれることもあれば、大切にした道具から生まれることもある。だが、どうして道具から生まれるのか、理由は誰も知らない。

「そっか、道具精霊なら、道具が駄目になったら弱るのよね。手入れしてあげましょ!」

 道具を手入れしなければ、道具精霊は弱って死んでしまうので、かわいそうだ。
 すぐに自分の部屋にランプを持ち帰り、使用人にランプの手入れ道具を持ってきてもらうように頼む。

「お嬢様、私がしますよ?」
「いいのよ、リニー。やってみたいの」

 暇つぶしも兼ねているので、リニーにやってもらっては意味がない。私は手袋をはめ、やわらかい布に磨き用のクリームをつけて、ランプを念入りに拭く。

「あれ? リニー、見て。このガラスのところ、文字が書かれてるよ」

 私が布で拭いたところに、うっすらと文字が見える。リニーが青ざめた。

「これは封印の魔法文字です。お嬢様、危険です!」
「え!?」

 びっくりしたせいで、力を込めて拭いてしまった。その拍子に、私の手は文字を消した。

 ――パリン!

 リニーが私を抱えて後ろに飛びのくとほぼ同時、ガラスの覆いが割れる。そして、赤々とした炎が立ち上った。
 その火柱がゆらりと姿を変え、七歳くらいの少年が現れる。
 宝石のように輝く赤い髪、金色の目はギラリと光る。白い肌は陶磁のような、目を奪われるような美しい顔立ちだ。赤と金の糸で紋様が縫われた黒の上着とズボン、黒い革靴という服装が、しなやかな体を包んでいる。
 少年は宙に浮かんだまま、怒りを込めて叫ぶ。

「精霊王の僕を長年封印するとは! ジークを呼べ!」

 突然怒鳴りつけられた私とリニーは、あ然と少年を見上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...