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<子ども編>一章 落ちこぼれの公爵令嬢
1 意地悪なお茶会
しおりを挟む「あら、そこにいるのは、落ちこぼれのアイリスさんじゃない?」
やたらと通る可愛らしい声が、意地悪に響いた。
(ああ、ついていない)
私――アイリス・フォーレンハイトはたちまち嫌な気分になった。
従姉妹であるシェーラ王女の、十歳を祝う誕生日パーティーに来た私は、今日こそは友達を作ろうとはりきって、会場内にいる同年代の子どもを探していたところだった。
私はまだ七歳だが、この従姉妹に嫌われていることは、なんとなく察している。
銀の髪と、光の加減で虹色に光る銀の目。人形みたいと褒められる可愛い容姿が、従妹は気に入らないらしかった。
どうしてかというと、シェーラは茶色の髪はくせ毛で、勝気な目はこげ茶色という並みの外見だ。国王陛下に似たようで、狸みたいな垂れ目は、可愛いというより、愛嬌が良いといえた。
だが、私はフォーレンハイト公爵家の娘だから、シェーラは表立っては私をいじめない。
でも、私がもっと小さい時に、銀髪をよこせと髪を引っ張られたことは覚えているから、私はシェーラが嫌いだ。
私はシェーラをにらもうと思ったが、傍にいる世話係兼侍女に、「めっ」という顔で止められたので、やめることにした。しかたなくレディのあいさつをする。スカートを持ち上げ、カーテシーをした。
「王国の花シェーラ王女殿下、お誕生日おめでとうございます」
花と言っても、その辺の雑草だ。後でお父様に叱られるのが嫌だから、口にしないだけ。
シェーラは少しだけ気を良くした。
花冠をつけ、黄色のドレスを着たシェーラは、今日のパーティーの主役だ。
白薔薇の花冠なのが、ちょっとムカつく。シロツメクサで充分だと思う。
「どういたしまして、アイリスさん。あちらでお茶をしているの、ご一緒にいかが?」
行きたくなかったが、子どもだろうと貴族の娘。返事がこれしかないのは分かっている。
「ええ、喜んで」
全然うれしくない!
私は嫌々ながら、シェーラについていく。
パーティー会場の真ん中に、特に華やかなテーブルがある。花で飾られたお誕生日席に座り、シェーラはにこりと微笑んだ。
嫌な予感。
「アイリスさんは、フォーレンハイト家の公女として、精霊様のおもてなしを勉強中だそうですわね。ねえ、わたくしに、勉強の成果を披露してくださらない?」
席にはすでに、シェーラと仲の良い女の子達が座っている。彼女達もシェーラに同調して、意地悪に笑った。
「そうしたいですが……王妃様に悪いです。せっかく王女様のために、あんなにジュースを用意してくださったのに」
私は料理が並べられたブースを、わざとらしく見やる。
フルーツジュースから炭酸、アイスを浮かべたものまで、さまざまな種類があった。子ども達が群がっている。私も、シェーラに呼び止められなかったらメロンソーダを取りに行っていた。一番人気だから、早く行かないと売り切れてしまう。
「でもわたくし、熱いお茶を飲みたい気分なの。誕生日のお祝いと思って……ね?」
誕生日のお祝いという特権は、今日に限って最強のカードだ。
「分かりました」
私は渋々、紅茶を淹れる。
七歳だから、私が知らないと思っているんだろうか。
こういったお茶の席では、テーブルについた令嬢の中で、身分が低い者がお茶を淹れるべきだ、と。
公爵家の私より、身分が低い者ばかりだ。
本来なら不作法だが、王女命令だからしかたがない。
だが、王女の侍女が渡したポットは冷たい。
「ねえ、フォーレンハイト家の娘なんだもの、精霊にお願いして温めてくださるでしょ?」
シェーラがにこりと笑う。
私はポットを持ったまま、凍りつく。
この虹色に光る銀の目は、精霊を見る〈精霊視〉の瞳と呼ばれている。
だというのに私は、生まれてから一度も精霊を見たことがない。
火の精霊に頼んでポットを温めることすらできない。
困った私は、会場のざわめきに強張った。
まだ子どもだという特権を生かして、泣き出した。
「うわああああん」
この騒動には、さしもの王女達もぎょっとする。
小さな子どもをよってたかっていびっていたのが、周りにバレたせいだ。
結果、駆け付けた王妃が、小さな従妹をいじめるとは何事かと王女を叱りつけ、私はお父様に抱き上げられて、意地悪なお茶会から救出された。
去り際に、私はこっそりとシェーラに舌を出した。
気づいたシェーラが眉を吊り上げたが、お説教中だったので、王妃の怒りにさらに火がつく。
(あーあ、残念。私に意地悪をしようとしなければ、最高の誕生日パーティーになったのに)
シェーラをざまあみろと思ったけれど、本当は傷ついていた。
「ねえ、お父様。私が精霊を見ることができるようになったら、お友達ができるかな?」
貴族社会は、ステータスが物を言う。
古くから精霊使いとして名をはせているフォーレンハイト家で、精霊を見られない私は、落ちこぼれと思われて遠巻きにされている。つまはじきにされないのは、私がまだ子どもで、将来、芽が出るかもしれないからだ。
「大丈夫だよ、アイリス。君は良い子だから、きっと分かってくれる子が見つかるさ」
優しい父はそう言って、私をなぐさめた。
(そうだよね。私と仲良くしたいって子が、どこかにいるよね)
幼い私はそれで安心し、泣き疲れて父の腕の中で眠りに落ちた。
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