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連載 / 第二部 塔群編

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 今日も大図書館塔に出かけようと、りあ達は一階に下りてきた。
 出入り口から入ってすぐのカウンターに、宿の主人を見かけた。痩せていて、黒いローブの袖から、枯れ枝のような手が出ている男だ。

「主人、図書館に出かけてくる。夕食は少し遅くなるかもしれない」

 レクスが話しかけると、主人はこちらを見上げた。

「畏まりました」

 短く返し、主人は帳簿に視線を落とす。話は済んだと、忙しそうに記帳きちょうを再開する主人へと、レクスが近付く。

「昨晩のことだが、あまり野暮な真似はよしてくれよ。うっかり絵にナイフを投げるかもしれない」

 主人はハッと顔を上げる。フードで表情は見えないが、動揺しているのが分かった。りあも後ろから、冷ややかに微笑んで付け足す。

「私、害虫って苦手なの。爆発魔法を使ってしまったら、ごめんなさいね」

 八割くらい本気である。またあんな風に監視されるなら、今度は爆破魔法を使うのも辞さないつもりだ。

「な、なんのことだか分かりませんが、掃除を徹底させておきますね」

 冷や汗をハンカチでぬぐいながら、主人は話をそらした。

「虫は凍らせたほうがいいよ、リア。破片が飛び散ると厄介だろ」
「そうね、次はそうしましょう」

 アネッサが気さくな態度で言うので――だが目は笑っていない――りあも微笑んで答える。遠回しの脅しがかなりきいたようで、主人は縮こまっている。
 憎たらしい敵の一人をやりこめたので、りあ達はそれで満足して、宿を出た。
 今日も雨がしとしとと降っている。玄関先の屋根の下で魔法を使い、雨避けをほどこす。それから通りに出ようとしたところ、五段ある階段の前でレクスが左手を差し出した。

「気を付けろ」
「ありがとう、レクス」

 りあは礼を言い、レクスの支えを借りて、雨で滑りやすくなっている階段を降りていく。そのまま彼の左腕に右手を添えて、いかにも仲が良いですアピールをしながら、通りを歩きだす。
 その後ろをついていきながら、アネッサがラピスにささやいた。

「何あれ。あいつ、紳士みたいな振る舞いもできたの?」
「当然ですにゃあ。レクス殿だって、本気を出せば、猫の一匹や二匹くらいかぶれます」
「一匹……? 見てみなよ、あの笑顔。百匹はいるだろ」
「外交モードですよ。王子としての公務の時だけ、あんな感じです」

 ラピスは苦笑しながら教える。打ち合わせ通りとはいえ、普段が普段だけに、かなり不気味だ。アネッサが引くのは自然である。
 二人の会話を拾い、りあはこそこそとレクスに問う。

「レクス、猫を百匹も飼ってるの? 猫好き?」

 猫を被るという言葉が、りあには「飼う」と聞こえたので質問してみた。

「んなわけねえだろ。あいつら、好き勝手言いやがって」

 営業スマイルを浮かべながら、口では悪態をつくという器用なことを、レクスはやってのけた。
 その後、大図書館塔で調べものをして、夕方になると、宿に帰る前にユーノリアの自宅に寄る。宿があの調子だと不愉快なので、こちらに滞在できるか家具をチェックしに来たのだ。

「ほこりけの布があるから、長椅子やベッドは使えそうだね」

 アネッサがそう言って、りあを振り返る。

「ところどころ魔虹石が切れてるから、補充すればいいかしら」
「メカマジ開発の最先端だけあって、留守にしている期間が長いにもかかわらず、どれも一級品ですにゃあ。風呂には湯沸し機もありますぞ」

 風呂場から戻ってきたラピスが、手をもみもみしながら言う。

「売るなよ」

 ラピスに釘を刺したのはレクスだ。本気なのか冗談なのか、ラピスは「ちぇー」とぼやく。

「だが、掃除しないと使えねえな。ちょっとしゃがんだだけで、服が汚れるのはかなわん」
「宿のほうが楽ですよねえ」

 りあは呟いた。
 お金を払うかわり、家事を全てしてくれるのだ。特に料理の手間がかからず、温かいものを食べられるのがうれしい。

「寝室だけ掃除しておいて、もしもの時は避難所にしよう」

 アネッサの提案が妥当なところだった。
 りあ達は頷いて、まずは掃除道具を探す。すぐに見つかった。風呂場の隣に倉庫があって、そこに綺麗に置かれていた。
 寝室に行くと、窓が一つある。鍵を開け、ガラス窓を上に押し上げるタイプだ。すると、窓の向こうは鉄製の格子こうしになっていることに気付いた。

「飾り格子ね、さすが、防犯が厳重だわ」
「はめ殺しじゃないだけいいよ。換気扇かんきせんだけだと空気がこもるし……そっちはどう?」

 アネッサはそう言って、椅子を台代わりにしてファンに積もったほこりを払っているレクスに問う。

「こっちは拭かねえと駄目だな」
「あわわわ、レクス殿、掃除ならボクがしますから!」
「お前だと、背が低いから無理だろ」

 椅子を支えているものの、おろおろしているラピスに、レクスはぞんざいに返す。事実だったが、ラピスは落ち込んだ。見かねたりあは、素早く右手を挙げる。

「はいはい! それなら私がします!」
「やめろ」
「駄目」

 レクスとアネッサの声が重なった。

「お前、絶対に転げ落ちるだろ」
「怖いから、大人しくしてて」
「掃除くらいできるってば!」

 なんだその言い草は。りあは憤慨したが、ファンのほうは、ラピスが用意した雑巾ぞうきんで、レクスがささっと拭いてしまった。

「王子なのに、掃除できるんだ?」

 アネッサが意外そうに言う。

「平民のふりをしてるのに、貴族ぶってられねえだろ? 城だとしねえけどな。俺がそんなことすると、職務怠慢で使用人が処罰されちまう」
「処罰って、こわっ」

 掃除くらいいいじゃんと、庶民のりあは思ってしまうが、言っていることが分からないわけでもない。
 上から順番にほこりを落とし、りあは集めたゴミを庭に捨てる。ほこりだけだから、構わないだろう。ラグもない石床なので、魔法で出した水を少しだけ流し、モップでぬぐえば掃除は終わった。
 四人でいっせいにしたので、三十分もかからなかった。
 最後に天蓋付ベッドを開けて、アネッサがマットや掛け布を確認する。

「天蓋が閉じてあったから、中の寝具はすぐに使えるかな? ちょっとほこりっぽいけど」
「野宿よりマシだろ。よし、帰ろうぜ。腹が空いた」
「そうだね。帰ろう」

 レクスの呼びかけで、道具を片付けて、ユーノリアの家を出た。
 今日も一日よく調査した。
 門を閉めると、りあは体全体に疲労を感じた。
 今日は風呂にゆっくりつかろうかなと考えていると、なぜかアネッサとレクスが立ち止まって前を警戒している。
 日が沈み、藍色の夜へと沈み始めた通りに、黒い影が一つ立っていた。霧雨に紛れ、まるで幽霊じみている。

「どうしたの?」

 りあがそう訊いた時、影はナイフを手に飛びかかってきた。
 アネッサが素早く剣を抜き、ナイフを止める。

「なんだ、貴様!」

 影は答えず、一度、ナイフを叩きつけると、素早く後方に下がる。フードを被り、鼻までを布で覆っているが、線の細い姿は女性に思える。

「お前達は晩餐会に招待されていたな? 長とはどういう関係だ?」

 女性にしてはハスキーな声が鋭く問う。
 レクスが肩をすくめて返す。

「仲良しじゃないのは確かだな」
「……敵か?」
「好きになるのは難しい」

 影が疑いを込めて、じっとこちらを観察する。その視線がふとりあをとらえる。

「お前、エットハルネの遺児いじじゃないか。どうしてこの都市に戻ってきた? まさか、私を裏切ったのか?」
「え、私? ……どちら様ですか?」
「何を言ってるんだ、ユーノリア。我々は同志だろう」
「どうし?」

 同志。同じ志を持つ人のことだ。仲間と言っても良い。
 影はけげんそうにりあを見つめ、それから周りを気にしてじりっと下がる。

「どういう魂胆か知らぬが、魔王の封印を守るために、私は長を放置できない。お前も封印の書の番人ならば、封印を守るほうを優先しろ! この都市から早く出ていけ!」

 影はりあを怒鳴りつけると、何かを素早く呟いた。光の爆発が起き、目がくらむ。ようやくりあが視界を取り戻した時には、影は消えていた。

「去ったか。なんだ? 今の奴」

 レクスが周りを警戒し、敵がいないと確認して息をつく。

「同志って言ってたね。リアが白の番人と言ってた。……ということは、さっきの女も番人か?」
「ふはあ。伝説の番人に、二人も会うなんて。びっくりですにゃあ」

 アネッサの呟きを拾い、ラピスが驚きの声を、溜息のように漏らす。
 りあには心当たりがあった。

「ねえ、私がこの都市に入ってすぐにした話、覚えてます?」

 ――立ち寄るという感じで現われた赤の番人が、事件を引き起こすんですよ。確かそう……ドカーンと爆発が

 こんなことを言った直後、議会塔が襲撃されたのだ。

「そういや、出会いの物語だったか? その話の赤の番人は、なんでまた事件を起こすんだ?」

 改めてレクスが問うので、りあは冷や汗混じりに返す。

「確か、この都市の長と魔人が通じていて、番人の情報を漏らしたとかで、黒の番人が危険な目に遭うんです。赤の番人は、彼を助けにきて……」

 あれ? 確か黒の番人は、白の番人の次に殺されるはずだ。
 プレイヤーは事件の真相を追いかけていくうちに、瀕死ひんしの黒の番人から本を受け取り、次の番人へ指名された者へ、本を届ける。

「番人は指名制で、それ以外は血筋に受け継がれます。引き継ぎまでに魔人に奪われなければ」
「黒の番人はどこにいるんですにゃ?」

 ラピスの慎重な問いかけに、レクスは都市の一方を振り返る。

「答えは出てるだろ。最も襲撃されている場所は?」
「議会塔……ですね」

 りあもそう答える。
 四人そろって議会塔を見つめる。闇の中にそびえたつ塔は、威圧感を放っていた。
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