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連載 / 第二部 塔群編

 一章 塔群 01

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 塔群タワーズに入ると、あちこちから視線を感じた。
 気のせいではなく、建物の影で、黒のローブを纏った陰気な魔法使い達が、りあを見て何かささやいている。

『気にしないで下さい、ユーノリア様』
『そうです、あんな風に陰口叩かれるのは、いつものことですから』

 宝石精霊のハナとエディが、口々にりあを励ました。

(ええっ、あれがいつものことなの? 嫌な感じ)

 能天気なりあでも、流石に勝手に眉間に皺が寄ってしまう。
 ふと視界に入り込んだ、店先のショーウィンドウのガラスに映ったりあの顔は、不機嫌そうで冷たく見えた。
 ユーノリアの外見は、神々しさすら感じる程の美人だ。陶器のようになめらかな白い肌を持った彼女は、爪の先まで整っている。灰色の髪は緩やかに波を打って背中に流れ、菫色の目はどこか神秘的だ。
 宝玉のはまった白木の杖を持ち、青と白のワンピースに、黒のサブリナパンツという服装は、物語に出てくるならば、善き魔女といった雰囲気である。
 ただ、顔が整っているので、口を閉じて無表情になるだけで、機嫌が悪く見えた。

『良い調子です、ユーノリアしゃま。ユーノリアしゃまっぽいですよ。冷たい感じがそっくりです!』

 エディがはやしたてると、レクスが隣でぼやいた。

「お前の元主人は、難儀なもんだな」
「こんな場所であんな視線にさらされたんじゃあ、そりゃあ冷たい人間にもなるってもんだね。やだやだ」

 アネッサは正直な感想を零して、不愉快そうに首を横に振る。

「そうね……」

 ユーノリアを思って、りあは悲しい気持ちになった。
 白の番人の持つ使命の重荷に耐えきれず、りあに助けを求めたユーノリアの境遇を知るうちに、りあは彼女を責められなくなっていく。

 この世界、アズルガイアでのりあの立場は、地界の民であるユーノリアと同じ魂を持つために、中身を入れ替えられた、天界人だ。
 りあは地球では、オンラインゲーム『4spells』に夢中になっていた、司書として働く普通の女性だった。
 そこでは、ユーノリアは、りあがゲームをプレイする時に作ったアバターでしかなかったが、ゲームとそっくりなこの世界で、白の番人として暮らしていた彼女が重荷に耐えきれず、禁じ手の魔法を使い、こうしてりあはここにいる。

「そもそも創世の神が、中途半端な宝玉なんかを入れるから、こうなったんだよ。最初からゴミの無い宝玉を入れておけば、魔王のことなんざ誰も心配しなくて済んだってのに」

 レクスが腹立たしげに言うと、彼の従者であるラピスが呆れた顔になる。

「またですか、レクス殿。創世神話にケチを付けるの、本当にお好きですよね」
「うるせえな」

 レクスににらまれたラピスは、肩をすくめた。
 レクスはSランク冒険者として活躍しているが、実際はロザリア王国の第五王子だという。神官職のラピスは、レクスが生まれた時から傍についており、今でも護衛としてレクスと共にいるらしい。
 そんな関係であるので、主従のわりに、とても気安い間柄のようだ。

(アズルガイアは、何も無かった所に、神様が青く美しい宝玉を入れたことで出来た世界なんだったっけ)

 りあはゲームのオープニングで流れる映像を思い出した。
 この世界では、人間や妖精族達は平和に暮らしていたのだが、その宝玉のわずかな不純物が魔王となり魔物を生み出した。そして魔王の力は徐々に大きくなって、今では人々の生存を脅かすまでになっている。

 そして千年前、魔王により世界が滅ぼされる危機に陥った時、とある大魔法使いが戦い、広大な北の荒地に魔王を封じたのだ。魔王はまだ生きていて、北の荒地は枯れたままであるらしい。
 その後、大魔法使いは封印を解く呪文を四つに分けて、本に記した。そして魔法使いの中でも優秀な四人を選びだし、彼らに本を守るようにと託したのだ。

(ゲームでは、プレイヤーは、各地に散らばる番人と出会いながら成長して、物語を進めていくっていうシナリオだったけど、私のアバターだったはずのユーノリアは、何故か白の番人なのよね)

 そもそもプレイヤーは、NPCノンプレイヤーキャラクターである封印の書の番人にはなれない。
 ゲームとの違いが気になるのだが、ゲームとそっくりな世界なだけで、ゲームそのものの世界ではないようだというのが、りあの出した結論だ。
 とはいえ、りあがプレイヤーだったせいなのか、りあ自身はゲームのシステムと同じものが使える。ステータス画面に、アイテムを出し入れするインベントリ画面。それからゲームで設定していた通り、ショートカットキーを利用した魔法も使える。

(ゲームに出てきた悪役キャラも、実在してるのが厄介よね……)

 そんなことを思ったりあは、ふと、塔群での物語を思い出した。

「塔群といえば……、ゲームでは赤の番人との出会いの物語があったけど、ここでも会えるのかしら?」

 りあの呟きに、仲間達は顔を見合わせる。アネッサが軽く手を挙げて問う。

「ここには、元々、君の義父が白の番人としていたんだろう? そんなに番人がごろごろしてるの?」
「ですが、ここは魔法使い達の町ですにゃ。番人が立ち寄っても違和感はないですよね」

 ラピスの言葉に、りあは頷く。

「そうそう、立ち寄るという感じで現われた赤の番人が、事件を引き起こすんですよ。確かそう……ドカーンと爆発が」

 りあがそう言った時、遠くでドォンと爆発音がした。
 皆そろってそちらを見る。雨の中にも関わらず、もうもうと煙が立ち上っていた。レクスがりあを疑いの目で見る。

「……あんたじゃないよな?」
「違いますよ! 私、ここにいたでしょ!」

 りあはすかさず言い返した。

「行ってみよう! 怪我人がいるなら助けないと!」

 正義の騎士であるアネッサは、騒ぎの方へと走り出す。

「ええっ、アネッサ!?」
「こういう時は近付かない方がいいですぞ、アネッサ殿。巻き込まれますから!」

 りあとラピスが止める暇もなく、アネッサは素晴らしい速度で駆けていった。あっという間に、赤い服を着た背中が小さくなる。
 ラピスはふかふかした白い毛に覆われた右手をひさしにして、感心したように呟く。

「流石はSランク冒険者です。あっという間にいなくなりました」
「はあ、面倒くせえが、仕方がない。行くぞ」

 レクスは溜息を吐いた後、渋々走り出す。

「はいっ」
「リアさん、はぐれないで下さいね!」
「ちょっとラピスさん、子ども扱いしないで下さいっ」

 ラピスに文句を言ってから、リアもラピスとともにレクスの後を追いかけた。
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