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連載 / 第二部 塔群編

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 ※レクス視点です。


 青い光でぼんやりと浮かび上がる穴の底。
 ラピスを抱えて岩場に這いあがったレクスは、ぐったりと座りこむ。ラピスのほうは、岩場にいたアネッサが引き上げ、背中を叩いた。

「ぶはっ。げほっごほっ。ひい、死ぬかと思いました。ありがとうございます、レクス殿」
「お前に死なれると困るからな」
「レクス殿~っ」

 感極まって大きな金目をうるうるさせるラピスに、レクスは付け足して言う。

「俺の従者ができるのは、お前くらいだからな。こき使える相手が減るだろ」
「……レクス殿ぉ」

 がっくりとうつむくラピスを、アネッサは笑い飛ばす。

「そう落ち込むな。ただの照れ隠しだろう。まったく、何か仕掛けてくるとは思ったが、まさか議会塔の下にこんな場所があるとはね。洞窟にしては明るいな」

 岩場に流れ着いている白骨を見つけ、アネッサは顔をしかめる。

「きなくさい連中だと思っていたが、邪魔者はこうして事故死させていたのか。リアの魔法のおかげで助かったよ。私は岩に叩きつけられて、死んだと思ったからな」
「ボクは水面にぶつかった衝撃で気絶してしまって、溺死できししかけましたぞ」
「俺は普通に、この岩場に着地した」

 アネッサとラピスが嘆きあうのに対し、レクスは平然と返す。運が良かったのだろう。空中で体勢を整え、この薄暗がりで足場を見つけた。魔法のバッグから大剣を取り出して、技の衝撃波で落下の衝撃を和らげたのだ。

「化け物じみているな。それにしても寒いな、ここは。ラピス君は温かそうだなあ」

 アネッサはラピスに抱き着いてみたが、すぐに離れた。

「うわ、ぐちょってしてる。ちょっと寄らないでくれるか」
「なんという理不尽! 許可なく抱き着いておいてなんですか!」 

 怒りをこめて言い返し、ラピスはぶるぶると体を震わせる。青い毛から水が弾き飛んで、アネッサとレクスは再び水をかぶった。それぞれ迷惑そうに眉をひそめる。

「さて。お怪我はありませんか? ボクが治しますよ」
「必要ないよ」
「俺もだ。それよりも……何かいるな」

 レクスは岩場の周りを泳ぐ生き物の気配を感じとっている。水に落ちたラピスをすぐに助けに行ったのは、あれのせいだ。暗がりで、さざなみが立っている。
 それは突然飛び上がり、大きな口を下にして向かってきた。

「グギャアアア!」
「はあ!」

 レクスは冷静にそれを切り捨てる。ドラゴンに比べれば、頑丈そうなうろこもやわらかいほうだ。頭を切り落とされたそれは光の粒子へ変わって弾け飛ぶ。その後に、魔虹石まこうせきの欠片と槍、丸太が浮かんだ。

「あの魔物、丸太をドロップするのか。変な奴だな」
「魔の沼地にいた魔物とそっくりだった。もしかして、外に通じているんだろうか」
「アネッサ、俺達は照らさずに、周囲だけ明かりを飛ばしてくれ」
「え? どうして」
「暗闇に明かりがあったら、いいまとだ。魔物に襲ってくれと言ってるようなものだ」
「確かに」

 納得だと頷いて、アネッサは四方八方に光の魔法を飛ばす。花火のように弾け、一瞬だけ辺りを照らし出した。この場所はドーム状になっていて、ところどころに廃墟のような柱や壁の痕跡があるが、水よりも上の部分には通路はないようだ。

「どうする?」
だんを取りたいが、的にされると困るな……。魔法で、天井をぶち壊すのはどうだ?」
却下きゃっか。俺達も生き埋めになる」

 レクスが返すと、アネッサはむうと口をへの字にした。

「それじゃあ、どうしろっていうの。私は何もせずに死ぬなんてごめんだよ。死ぬなら、一矢報いっしむくいてからでないと。あいつらも巻き添えにしてやりたいね」
「とりあえず、まずは暖を取るべきだな。さっきの魔物をおびきだして、周りに丸太でバリケードを作るってのはどうだ?」
「それが妥当だろうな。しかし、Sランクの冒険者ともなると、飛びぬけて変なのが多いが、君もその筆頭ひっとうだよな。冷静なのはありがたいがね」
「おいおい、まさかお前、自分はまともだと思ってるのか。大丈夫か?」
「怒るぞ!」

 子どもじみた口論をする二人に、ラピスがまあまあと仲裁ちゅうさいに入る。

「喧嘩をしてる場合ですか。水の中にいる魔物を倒せばいいんでしょう? ボクにお任せください。水属性の敵の相手は十八番おはこですにゃ」

 ラピスも魔法のバッグから杖を取り出して、頭上に掲げる。

「いきますぞ。――神の雷槍ゴッド・スピア!」

 落雷が落ちて、周囲の水に電気が走る。数秒遅れて、魔物のドロップアイテムがぷかりと浮かびあがってきた。

「ラピス、魔法を使う前に言え! 俺達も濡れてるんだから、巻き込まれるだろ!」
「そうだよ、ラピス君! 逃げ場がないから死ぬかと思っただろ!」

 レクスとアネッサが気色ばんで叱りつけると、ラピスは三角耳をぺたりと寝かせる。

「こういう時だけ仲良しなんて、ずるいですにゃー。すみませんでした。でも、褒めてくれてもいいでしょ」

 へそを曲げ、ラピスは毛をふくらませてそっぽを見る。

「ラピス君、今度こそもふもふしてるんじゃないか? あ、駄目だ。ぐっちょり。寄らないでくれ。しかも、なんかくさい」
「ひどいですぞ、アネッサ殿! くさいのはここの水のせいです。ボクはちゃんとお風呂に入ってます!」
「はあ、やれやれ。まずはあの丸太を周りに寄せないとな」

 抗議を無視して、アネッサは魔法のバッグから取り出したロープの先に石をくくりつける。勢いをつけて飛ばすと、丸太から突き出している枝にひっかけてからませ、岸辺へとたぐり寄せる。レクスは水面を指さした。

「見ろよ、魚も浮かんでる」
「おお、これはラッキーですね。ボクがさばいておきますにゃ」

 それから、アネッサとレクスが丸太でバリケードを作り、ラピスは魚を拾い集めてさばいた。内臓を水に捨て、魔法で出した水で丁寧に洗う。
 丸太でバリケードを作り終えると、レクスは魔法のバッグからまきを出して火をつけた。もしものために、非常用の薪は常に持っている。
 しきりと寒がっていたアネッサは、火に手をかざして溜息をつく。

「ああ、暖かい。生き返るよ」
「腹ごなししながら、どうするか考えるか」
「そうですにゃあ」

 足つきの鉄網に乗せて、塩を振った魚を焼く。

「君達が一緒で良かったよ。こんな場所に一人でいたら、恐怖でどうにかなりそうだ。それにしても、リアは大丈夫かな? 私達と一緒に落とされなかったのが不思議だ」
「長が白の書を狙ってるなら、ここに落とすわけにはいかねえだろ。玄関ホールにあんな仕掛けがあるとは、さすがに考えもしなかったぜ。早く助けないと、黒の番人の二の舞だ」
「リアは魔法使いとしては強いほうだが、普段はぼんやりしてる。とっさに動けないタイプだ。それに場数に慣れないと、ピンチに固まってしまうだろ。だから危なっかしくてついてきたのに……心配だ」

 憂い顔の二人を横目に、ラピスは食事に集中している。

「君は心配じゃないのか?」
「ええ、心配ですよ。ですが、言ってどうにかなるなら、後でもいいでしょ。今は腹ごなしをして、次の行動を考えなくては。あれが廃墟なら、出入り口があるはずです。丸太をいかだにして近場まで行ければ、潜っても息がもつのでは?」

 レクスの表情は険しい。

「その案はいいが、さっきの魔物が問題だな。潜ってる間に攻撃されたら、どうにもならねえ」
「レクスでも無理か?」
「当たり前だろ。俺は普通の人間だ」
「普通って……。君だけは言っちゃ駄目だぞ」
「勘弁してくれ。俺はできることとできないことははっきり割り切ってるんだ。できることはがんばるが、できないことはできる奴に任せる。適材適所ってやつだ」

 苦々しく返して、レクスはつぶやく。

「このパーティに人魚がいたら良かったんだがな。妖精族の中でも、魚の彼らは水辺にしかいないからな……」
「この辺は内陸ですから、なかなかいませんよねえ」

 焚火の世話をするラピスを、レクスはじっと見つめる。

「ラピス、その羽で飛べないのか?」
「無理です」
「飾りかよ、使えねえな」
「失礼ですぞ、レクス殿! ボクら妖精族は、羽を介して魔力を取り込んでるんですよ。だからMPが他種族より多いし、自然回復量も多いんです! 意味はあるんです!」

 言い返すものの、きっちり魚を焼いて、レクスに手渡すあたり、ラピスは素直だ。

「ありがとう。――崩落と餓死がしの心配がなければ、のんびり横穴を作るんだがな」
「君は粗野だが、お礼を言うところはちゃんとしているよな」

 アネッサが指摘すると、レクスは鬱陶しそうに返す。

「王族の教育をなめるなっての」
「全然王子らしくないけどな! まったく。しかし、こんな場所に重要な塔を建てるのだ、岩盤がんばんが固いと見たほうが自然か」
「こんな沼地に都市を築くんだ。この辺だけ地盤がしっかりしてるんだろ。でなかったら、土地がないからと塔にする必要はない」
「ああ。一部を凍らせながら道を作るのはどうだ?」
「そんなに魔力がもつのか?」
「使いようだ。工夫して、できないことも可能にするんだよ。魔法騎士のジョブを開発した私を信用してくれ」

 アネッサは胸を張った。ラピスはにんまり笑う。

「アネッサ殿は騎士ですが、研究者でもありましたな、頼もしくて何より。出入り口があるとしたら、廃墟のほうの壁際でしょうか。いかだで移動して、一か所ずつ当たりますか?」
「今のところ、この案が妥当だな。魔物の相手は俺達に任せろ」
「では、協力して事にかかるか」

 アネッサが腰を上げた時、女の笑い声が響いた。

「あはははは、これは愉快だわ。この状況で、こんなに冷静に対処してる人間は初めて見た」

 皆、いっせいに立ち上がる。大剣をつかみ、レクスはバリケードの向こう側に問う。

「魔人か?」
「あの連中と一緒にしないでもらえるか。その分では、エットハルネの遺児いじは長にとらわれたようね」

 バリケードの上に、青白い手が現れた。ぐっと体を引き上げ、長い金の髪があらわになる。

「よいしょ」

 そう呟いて丸太に座った女は、腰から下が魚のひれだった。妖精族の中で魚の性質をもつ、人魚族である。焚火の明かりに照らされて、切れ長の赤茶の目がにぶく光った。ユーノリアが雪の妖精のような美貌なら、彼女は月が似合う怪しげな魅力がある。

「塔群を出ていけと忠告しただろう? どうして言うことを聞かない。こんなことになって……。あの子はもう少し賢明だったと思うけれど」

 女は不可解そうに目を細め、首を傾げる。

「その声! この間の女性か」
「赤の番人?」

 アネッサが驚き、レクスが核心を突く。女は眉をひそめる。

「あの子、そんなことまで教えたの? まあ、いい。自己紹介といこう。私はロクサーヌ。お前達の言う通り、赤の番人をつとめる魔法使いだ」

 女は不遜ふそんに微笑んで、お前達もあいさつをしろとうながした。
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