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連載 / 第二部 塔群編
三章 禁忌 01
しおりを挟むその晩、りあは部屋の長椅子で、膝を抱えて座っていた。
風呂から上がってきたレクスが、タオルでぞんざいに髪をぬぐいながら、りあを一瞥する。
「あんだよ、お前。まだ納得してねえのか? 分かったって言ったじゃねえか」
「理解はできましたけど、納得はできませんよ。黒の番人のことは放置しよう、なんて」
皆で話し合ったが、りあ以外は赤の番人と黒の番人のことには関わらないと結論を出した。
「あんなおっかない場所で、誰かの助けを待ってるんだとしたらかわいそうじゃないですか!」
むすっと膨れ面をして、りあは身を丸くする。
「分かるけどよ、ここは俺達にとっては敵地と言っていい。助けたとして、どう逃げる? 全員で捕まるのがオチだ。ここで一番避けなきゃいけないのは、白の番人が敵の手に渡ることだよ」
買っておいたワインをグラスに注いで飲みながら、レクスは向かいに乱暴に腰かける。
「あの女も、お前にこの都市から出ていけって言ってただろ」
「……そうですけど」
それでもりあには割り切れない。溜息をつく。
「すみません、レクスにごねたって仕方ないのに」
「まあ、いいんじゃねえの。一人くらい、違う意見があっても。だが、俺達は最善をとる。意見は変えない」
「そういうとこは、ほんと容赦ないですよねぇ」
りあは苦笑を浮かべたが、一応は話を聞いてくれる辺り、レクスは優しいと思う。
「俺はあの女がユーノリアと知り合いだったようなのが気にかかるな……。エットハルネの遺児って呼んでたよな」
「そういえば。ユーノリアの元の家名って、エットハルネですよね。裏切りって言うくらいだから、あの人とユーノリアは親しいのかな?」
「人間の味方って意味では、仲間だろうな。友人かは知らねえが。ここでのきなくさいことは、あの女に聞けば分かりそうだ。会いようがないのが残念ってとこだな」
とりあえず、とレクスはりあに言い含める。
「俺達はとっとと調査をして、塔群を出る。本物の考えを知るのも大事だが、それは命あってのことだ。この土地さえ出てしまえば、守ってやりやすいしな」
「レクス、ありがとう!」
りあはすかさずお礼を言った。レクスは一つ頷いて、改めて話を切り出す。
「お前の知ってる物語っていうの? そいつが正しいなら、あのヤバイ野郎が魔人とつながってることになる。他に情報はねえのか?」
レクスに質問され、りあは必死にゲームのストーリーを思い出す。
「そう言われても、かなり前にプレイしたことだから、そんなに詳しく覚えてませんよ。ネトゲって、ストーリークエストを選択したら、必要なキャラの所に自動で動いていくし……」
「何を言ってるのか、さっぱり分からん」
「えっと、とにかく分からないの。あの女の魔人と通じてるって分かるのも、黒の番人を助けに行ったら、突然会うからだし。レクスは小説って読みます?」
「まあ、有名どころなら」
レクスがそう言ったので、りあは分かりやすい例えを口にする。
「その小説で分かるのって、主人公のことがほとんどでしょ? 悪役がどんなふうに過ごしていて、何を考えていたかなんて、分からないじゃない?」
「そうだな」
「それと同じで、ゲームとしての物語は分かりますよ? でも、あの魔人がいつもどこにいるとか、そういったことまでは分からないんです」
「物語の要なら……」
少し黙り込んで、レクスは質問する。
「そもそも、その魔人はどうして長と手を組むんだ? いや、違うな。長はどうして魔人と手を組む、か」
「同じことじゃない?」
りあは頭が混乱してきたので額に手を当てる。レクスはきっぱりと否定した。
「いいや、魔人は封印の書を手に入れるためなら、なんでも利用するだろう。だが、あの男は冷酷だが、部下の命を粗末に扱おうとはしなかった。仲間には情に厚いタイプとしたら、魔人と組むのはリスクが高すぎる。それに見合う利益はなんだ?」
「え? だから……黒の書でしょ?」
「それは魔人の望みだろ。封印の書の番人っていうのは、魔法使いにとっては、最高峰の魔法使いを意味するはずだ。つまり、金にもかえられない、名誉の称号だよ。あんなプライドの高そうな奴が、どうしてわざわざ魔人にくれてやる?」
レクスに問い詰められて、りあは頭から湯気が出そうな気がしてきた。頭を抱えて返す。
「分かんないですよっ。私、ユーノリアほど、頭は良くないので!」
「知ってる。こうして話してると整理できるだけだ。ちっ、気になるな。今日、眠れなかったらお前のせいだからな」
「ひどい! 私は知ってることを教えただけなのに!」
文句を言うりあの前で、レクスはがしがしと茶色い髪をかき回している。
「くそ、あの野郎、魔人をどういうふうに利用してるんだ? 読めねえな。ムカつく!」
イライラしながら、レクスはワイングラスをあおる。あっという間にグラスが空になり、追加でドバドバと注ぐのを見て、りあは止めに入る。
「ちょっと、レクス。お酒、飲みすぎ!」
「この程度、水みたいなもんだろ」
「えっ、そんなに薄いの?」
試しにグラスに少しついでみて、りあは顔をしかめる。
「うええ、苦い。これ、本当においしいの?」
辛口なワインに渋い顔をするりあを、レクスはふんと鼻で笑う。
「ジュースで割って飲めよ。お子様」
「ひどい!」
結局、りあはお酒ではなく水を飲むことにした。その日は、宿の監視は無かった。
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