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1巻

1-3

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 治癒ちゆの魔法では、魔力の糸で傷口を縫合ほうごうすることがある。その応用だ。神官のジョブを持つ者なら、練習すればできる。しかし、今はその糸の先端だけ魔力を多めにして、まるで心臓みたいに拍動させる必要があった。この動きこそ、生きている人間の魔力器官そのものなのだ。

(慎重に、慎重に……)

 偽物だとバレれば、魔物は食いつかない。ロザリーはおおよその勘で、魔力器官に着いたと悟る。

(ほーら、魔物さん。こっちのほうがおいしいよ~)

 女性の魔力は枯渇こかつするギリギリのところだ。魔物にとって、そろそろ女性の魔力量では食欲を満たすのに物足りなくなっているだろう。目の前にご馳走ちそうをチラつかせれば、必ずかれる。

(来た!)

 その時、魔力の糸に引っかかりを感じた。ロザリーは、今度は糸をそっと手繰たぐり寄せる。やがて、女性の口から魔物がウゾウゾといずり出てきた。魚のような小エビのような、なんとも気持ち悪い虫が姿を現す。
 老婦人がヒッと息を呑んだ。ロザリーが静かにと頼んでいなかったら、きっと叫んでいたに違いない。
 ロザリーはそのまま虫を皿の上の疑似魔力器官へ誘導し、女性の口をそっと閉じる。ここまで成長した魔物は、耳や鼻からは体内に戻れない。

(最後の仕上げ!)

 生肉を内臓と勘違いした魔物の幼体は、鎌のような前脚を肉へ突き立てている。
 それを確認すると、ロザリーは魔力の糸を切った。そして、今度は指先に魔法の炎をともす。
 魔物が魔力器官がまがいものだと気付く前に、炎で焼きがした。ジュッという音とともに、エビが焼けるのに似たにおいがして、すぐに消える。
 ロザリーはふうと息をついた。

「治療、終わり!」
「あああ、良かった。ありがとうございます!」

 老婦人がその場にへなへなとへたり込む。泣きながら礼を言い、何度も頭を下げた。

「せっかく買ってきてもらったけど、この肉、もう食べられないわね」

 ロザリーは自分の魔石だけ拾い上げ、革袋にしまいつつつぶやいた。老婦人がおぞましげに言い返す。

「食べませんよっ、そんなもの! あの、どう処分すれば……」
暖炉だんろで燃やせばいいわ」
「家の中で……? 外で焚火たきびにしても構いませんか」
「いいわよ。ちゃんと燃やしてね、そしたらかなり小さい白い魔石が転がり出てくるから」
「すぐに準備します!」

 老婦人は壁を支えにして立ち上がり、疑似魔力器官に使った生肉とげた魔物ののった皿を手に、せまる顔で部屋を飛び出していった。
 ロザリーは女性の口元をタオルで綺麗に拭いてあげてから、また頭の下に枕を敷く。そして、ぐぐっと伸びをする。

「意外と時間を使っちゃった。今日の宿、どうしよっかな」

 お代のかわりに、値段が安くて安全な宿を教えてもらおう。そう思った。


     ◆


 すっかり日が落ちて薄暗い通りを、ヒース・オブシディアンはつま先を見つめて、とぼとぼと歩いていた。
 無造作に伸びた黒髪がさらりと頬にかかり、紫紺しこんの目を細め、彼は憂鬱ゆううつそうにため息をつく。その顔立ちは男らしいものの、黒衣をまとうさまは優美でもあった。通りすがりの女性が何人も振り返るが、今のヒースにそんな視線を気にする余裕はなかったし、たとえ気付いていても無視しただろう。

「断られた……ヘーゼル……」

 この言葉だけを聞いたら、まるで恋に破れた男のようだが、状況はもっと切実だ。
 ヒースには双子の妹がいる。彼にとって家族と呼べる唯一の存在だ。そんな妹が、奇病にかかってしまったのだ。

「勇者……。俺は、お前にここまでされることをしたというのか?」

 元々、ヒースは勇者の魔王討伐とうばつの旅に補佐としてつけられた騎士だった。
 だが、最後まで同行していたわけではない。
 最初は真面目そうにしていた勇者だが、力が付くにつれて、だんだん傲慢ごうまんな面を出し始めた。それに加えて姫がままを言い、他の者を困らせたり騒ぎを起こしたりするものだから、臣下として仲間として、ヒースは二人に身を正してほしいと注意し続けていたのだ。
 そのことをうとましく思われ、旅の途中で役立たずだと勇者のパーティから追い出された。
 近衛このえ騎士では最も腕が立つ騎士であったにもかかわらず、この有様。当然、王家には白い目で見られ、騎士団からも追い払われた。最悪なことに、実家であるオブシディアン侯爵家からも。
 家の恥さらしだというのが理由だ。
 もっとも、それはただの言い訳で、愛人の子――庶子であるヒースとヘーゼルを追い出す機会を、正妻とその子ども達が虎視眈々こしたんたんと狙っていただけだ。
 幸い、ヒースは戦いに滅法強い。冒険者に転向したところ、勇者が魔王討伐とうばつを終える頃には、Sランクまで駆けのぼっていた。不幸が続いて八つ当たりしたかったヒースが、大物の魔物をいくつかまとめて倒したため、あっという間だったのだ。
 そこで王都に小さな屋敷を買い、ヘーゼルと幼い頃から仕えてくれている使用人とともに、ようやく心おだやかに暮らし始めた時に、またしてもこの不幸。
 神様はどれだけヒースが嫌いなのかと、運命を呪った。
 それでもじっとしていられなくて、多額の報酬と引き換えに治療してもらおうと、伝手つてを頼って勇者に頼み込んだのに駄目だったのだ。

「ああ、合わせる顔がない」

 とうとう着いた自宅の玄関前で、ヒースは途方に暮れる。
 優しいヘーゼルのことだ、頼んだが駄目だったと伝えれば、そっと微笑ほほえんで彼を許すだろう。面倒をかけてごめんとすら言いそうだ。
 屋敷は火が消えたみたいに静かで、沈痛な空気に包まれて――

「ふふっ、ロザリーさん、そんなにお好き? マーサ、お代わりを差し上げて」
「いいの? ありがとう、ヘーゼルお嬢様」
「やだわ、ヘーゼルって呼んでちょうだい」
「じゃあ、私もロザリーで」

 ――いなかった。むしろ笑い声が聞こえてくる。
 ヒースは思わず周りを見回す。家を間違えたのかと思った。しかし、どこからどう見ても我が家だ。
 いったいどういう状況なのだと、恐る恐る家に入る。

「……ヘーゼル?」
「ヒース、お帰りなさい!」

 居間で輝くような笑みを浮かべる妹を眺め、ヒースは理解が追いつかずに動きを止めた。


     ◆


 奇病が完治したヘーゼルにお礼がしたいからと引きとめられ、ロザリーは夕食をご馳走ちそうになっていた。その上、今日は泊まっていくようにとまで言ってもらっている。さすがにジグリス達は遠慮して、明日の朝、また来ると言って帰っていった。
 魔物に寄生されていたお嬢様は、ヘーゼル・オブシディアンというそうだ。眠る姿も美しかったが、起きている彼女はもっと魅力的で、緑に黄色が混じるはしばみの目が美しく、やわらかい声は綺麗だった。胸にかかるほどの黒い髪こそまだパサついているが、数日もすればつやを取り戻すはずだ。

「お礼はいらなかったんだけど……」
「でも、王都に出てきたばかりで、住む場所も決めていないんでしょう? お医者さんもさじを投げた病気なのよ? 命を助けてくださったんだもの、これくらいはさせてちょうだい」

 ヘーゼルはにっこり微笑ほほえんで、テーブルの向かい側でゆっくりとお茶を飲んでいる。医者に処方された魔力回復に効く薬草茶だ。
 食後には、老婦人マーサがロザリーに紅茶とお菓子を出してくれた。

「どうぞ。お嬢様のために作っていたゼリーがたくさんあるので、召し上がってください」
「ゼリー? 何それ」

 初めて見るお菓子は、キラキラと輝いて宝石みたいだ。柑橘かんきつの果肉が入っている。見た目はジュースと果肉を凍らせたものに近いが、スプーンで触れた感じは弾力があった。

「レイヴァン村にはなかったの?」

 ヘーゼルの問いにロザリーはうなずく。謎の食べ物に、目が釘付けだ。

「焼き菓子ばっかりよ。王都の流行はやりなの?」
「ええ、最近の。レシピがあれば簡単ですよ。どうぞ、試しに一口」

 マーサにうながされて食べてみると、柑橘かんきつけいの味がじゅわっと口に広がる。

「おいしい! ひんやりしていて、夏にぴったりのお菓子ね」
「そうなんですよ。それに食べ物が喉を通らない方も、なんとか食べられるので」
「それでお嬢様向けに作ってたのね」

 納得し、ロザリーはゼリーを再びすくう。すぐに口に溶け、あっという間に食べ終わってしまった。名残なごりしくうつわを見つめていると、ヘーゼルがおかしそうに笑う。

「ふふっ、ロザリーさん、そんなにお好き? マーサ、お代わりを差し上げて」
「ええ、お嬢様」

 ヘーゼルの指示で、マーサがゼリーを詰めた容器ごと持ってくる。大きなスプーンでくりぬいて、ロザリーの皿に入れてくれた。

「いいの? ありがとう、ヘーゼルお嬢様」

 ロザリーが感激して礼を言うと、ヘーゼルはゆったりと首を振る。

「やだわ、ヘーゼルって呼んでちょうだい」
「じゃあ、私もロザリーで」

 そう言って笑い合っているところに、居間の戸口で男の声がした。

「……ヘーゼル?」

 戸惑いの深い呼びかけだ。ヘーゼルは嬉しそうに、男へ満面の笑みを向ける。

「ヒース、お帰りなさい!」

 男は見事に硬直していた。
 黒い髪と紫紺しこんの目の、りんとした空気を持つ青年だ。腰に長剣をはいており、黒衣の上からでも、筋肉がほどよくついているのが分かる。結構な手練てだれのようで、村で戦士を見慣れているロザリーは感心した。

「へえ、この人がヘーゼルの双子のお兄さん? あんまり似てないのね」

 彼女は雑談の中で、ヘーゼルの家族について聞いていた。ヘーゼルとヒースは二十二歳で、ロザリーより四歳年上なのだそうだ。ロザリーのつぶやきに、ヘーゼルが微笑ほほえみとともに答える。

「男女の双子ですし、兄は騎士となるため、一時期は離れて暮らしていましたから。今は騎士を辞めて、冒険者をしているんですよ。たった半年でSランクになりました」
「それってすごいの?」
「冒険者のトップランクですよ」
「すごいじゃないの! がんばったのねー!」

 ロザリーがパチパチと拍手すると、ようやくヒースは正気を取り戻した。

「ヘーゼル? ええと、いったいどういうことだ。彼女は誰だ。というか、なんで起きて……いや、元気なのはいいんだが」

 彼は思い切り混乱している。

「お兄様、この方が奇病を治してくださったんです!」
「な……治した?」

 疑いを込めてロザリーを見るヒースに、マーサがどんなふうに治したかを、身振り手振りをまじえて詳細に語り始める。マーサが説明してくれているのをいいことに、ロザリーはゼリーの続きに手をつけた。


「――魔物が寄生していた? しかし、神官は何も言わなかったが」

 しばらくしてテーブルについたヒースは、マーサの出した水をぐいっと飲んだ。その左指は、テーブルをカツカツと神経質にたたいている。彼はうさんくさそうにもう一度、ロザリーを観察した。

「宿主の魔力に擬態ぎたいするし、とても小さい魔物だから、知らなかったら気付かないと思うわ。私も調査をして、ようやく分かったことだもの」

 三杯目のゼリーを頬張り、ロザリーは言った。ヘーゼルの食事のため、ゼリーは大量に作られている。遠慮なく食べてと言うので、彼女はまたお代わりしたのだ。

「これ、本当においしいわね」
「後でレシピを差し上げましょう」
「ありがとう、マーサさん!」
「これくらいお安いご用ですわ」

 マーサは機嫌良く答え、鼻歌まで歌っている。

「でも、泊めてもらうんだし、お礼の域を越えてるわ! 私、家事から家の修理、魔物退治までなんでもできるから、手伝いがあったら言ってね」
「大丈夫ですよ、力仕事は若君がしてくださいますから」
「えっ、だってこのお屋敷の主人でしょ? 貴族は家の仕事はしないって、本で読んだわ」
「若君は器用貧乏……いえ、とても器用なので、お城でいろんな雑用を習得したんですよ」

 マーサは笑って誤魔化ごまかしたが、本音は隠せていなかった。ヒースにじとりとした視線を向けられ、彼女は急いで話題を変える。

「若君、その魔物はとても気持ち悪かったですよ! こちらが魔物の核です」

 小さな白い魔石を入れた小瓶こびんを、エプロンのポケットから取り出した。ヒースはそれを受け取って、疑り深く観察する。

「確かに核だな」

 そうつぶやき、小瓶こびんをテーブルに置いた。

「もし本当に完治しているのだとして」
「ヒース、治ってるわよ」
「そうですよ、若君」

 すかさずヘーゼルとマーサが口を挟むが、彼は右手を上げて止めた。

「二人は黙っていてくれ。――君は何者だ?」

 紫紺しこんの目が、ロザリーを見据みすえる。
 それが当然だろう。
 失意の中帰宅したら、家族が得体の知れない人間をもてなしていて、しかも病気を治したと言うのだ。
 ロザリーはゼリーの最後の一口を食べて、ヒースの視線を正面から受け止めた。

「私はロザリー・アスコットといいます。王国の南西、辺境のレイヴァン村から出稼ぎに来ました」
「辺境……レイヴァン村? どこかで聞いたような」
「そうでしょうね。今をときめく勇者様の故郷だもの。アスカル・ヴァイオレットは村長の息子で、私とはおさな馴染なじみで……それで」

 元婚約者だ。自嘲じちょう気味に笑い、ロザリーは首を振った。わざわざ言う必要はない。

「それで?」
「……なんでもないわ」
「つまり、姫を治療できた勇者と同じ出身地だから、君ができてもおかしくはないって理屈か? では質問だ。南部の荒野に多くいるドラゴン種の魔物は? 自称でないなら、答えられるだろう」

 ヒースは慎重な性格らしい。ロザリーは、そっちがその気ならば迎え撃とうではないかと、背筋を正す。

「ジグタリスよ。トカゲに似た小型のドラゴン種。高価な防具の素材にもなるけど、肉のおいしさから高級料理の材料にもなってるわ」
「ジグタリスは個体で行動する?」
「群れよ」
「あの辺りに集落がある、獣人の一族の名は?」
「ガント族」
「なるほど、そこまで知ってるなら、勇者と同郷というのは本当なんだろう」

 ヒースはうなずいたが、納得したわけではなさそうだ。

「どんなふうに治したんだ? 君からも説明してくれ」
「ちょっと、ヒースったら!」

 しつこく疑う彼に、ヘーゼルが眉を吊り上げる。

「治ってるのは間違いないわ。まるで貧血みたいにふらふらしていたのに、今はそんな症状がないもの。それに、奇病の治療法を詳しく話せだなんて……。未発表の研究内容について話す人はいないわよ」
「それだ!」

 突然、ヒースが大声を出したので、ロザリー達はびくりと肩を揺らした。

「悪い。アスコット嬢、君に自信があるなら、神殿に治療法を持ち込めばいい。報奨金を得られる上、名誉にもなる。普通なら田舎いなかものの冷やかしだと門前払いだろうが、俺はSランクの冒険者だ。口添くちぞえしよう。――どうだ?」

 ヒースがいどむように言って、ロザリーをじっと見つめる。
 試されているのだと、ロザリーは感づいた。疑われているのは心外だが、ヒースの気持ちは分かる。彼には、自分があやしいヤブ医者のように見えているのだろう。

「できないなら、君は詐欺師さぎしということだ」
「ええ、いいわよ。神殿に行くわ! ぜひとも口添くちぞえをお願いします、オブシディアンさん?」

 彼女はにこりと笑ったものの、売られた喧嘩けんかは買ってやるとばかりに、こめかみに青筋を立てている。

(まあでも、報奨金をもらえるなら助かるわ)

 治療法を持ち込んだらお金をもらえるなんて、初めて知った。ロザリーの住んでいたレイヴァン村は、ユーフィール王国の南にかろうじてあるが、自治の村だ。村内に国の機関はない。

「ふうん、この提案に乗ってくるとは意外だな。いいだろう、今日のところは暫定ざんていで恩人として扱うことにする。善は急げだ。明日、午前中に神殿へ行くぞ。逃げるなよ?」
「逃、げ、ま、せ、ん!」

 そっちがその気なら、ロザリーだって負けていない。ロザリーとヒースはバチバチとにらみ合い、そばでヘーゼルがおろおろしていた。


 暫定ざんてい・恩人として落ち着いたロザリーは、二階の客室を使わせてもらうことになった。
 浴室付きの部屋で、魔法で湯を沸かしゆっくりかったおかげで、その日はベッドに入るとぐっすりと寝入った。野宿が三日続いていたので、体が強張こわばっていたようだ。
 おかげで翌朝は寝坊してしまい、ロザリーは慌てた。大急ぎで身支度を整えて階段に向かう。

「違う! 怪しい者じゃないんだ! いだだだだ」
「それじゃあ、なんでうちをのぞいてたんだ。どう見ても不審者だ!」

 そして、玄関からの騒ぎ声に目を丸くする。そちらに行くと、思った通り、ジグリスだった。

「嬢ちゃん、助けてくれ!」

 ロザリーを見つけるや、ジグリスが助けを求める。どう見ても面倒事なので、彼女は頭を抱えたくなった。

「この怪しい連中、君の知り合いなのか?」

 ヒースのうろんな目がこちらに向く。ただでさえ心証が悪いようなのに、ジグリスが出てきたら悪化するではないかと、イラッときた。
 案の定、ヒースはここぞとばかりに、ロザリーに疑いの言葉を投げる。

「この怪しい連中、朝っぱらから他人の家をうかがっていた。やっぱり君は詐欺師さぎしなんだろう?」

 ぶんぶんと首を横に振り、ロザリーは否定する。

「違うわ。その人達は借金取りなの! 私が借金返済を終えるまで、そばで見張っているだけよ」
「…………は?」

 ヒースが間の抜けた顔をした。よっぽど意外な答えだったらしい。ジグリスが口を挟む。

「分かったんなら、手を離してくれ。痛いって、いたたたた」
「仕方無いな」

 ヒースが手を離すと、ジグリスは肩を押さえる。ロザリーが玄関の外に目を向けたところ、ダビスが門の外で引っくり返っていた。とっくにヒースに取り押さえられた後のようだ。

「――いったいどういうことなのか、説明してもらおうか」

 ヒースに追及され、ロザリーは仕方無く居間でことのいきさつを白状することになった。


「――借金……⁉」

 ヘーゼルが上品に口元に手を当てて、驚きの声を上げる。話すつもりのなかったロザリーは、情けなさでうなだれた。

「そういうわけで、王都には出稼ぎに来たの。こっちのほうが、魔物退治の依頼が多いかなって」
「つまり冒険者になりたいということか?」

 ヒースの質問に、首をかしげる。

「冒険者って? 魔物専門の傭兵じゃないの?」

 両親がそうだったため、そういう仕事だと思っていた。そんな彼女の返事に驚いたのか、ヒースが唖然あぜんとして、ひたいに手を当てる。

「なるほど。レイヴァン村から出たことがないなら、冒険者ギルドを知らないよな。あそこには一度行ったことがあるが、雑貨屋が一軒あるだけだった」

 ロザリーはこくこくとうなずく。その通りだ。都会には職業ごとにギルドがあると知ってはいるが、村から出たことがないので、どんなものかは分からない。彼女が期待を込めて見つめたせいか、ヒースは仕方無さそうに説明する。

「冒険者というのは、ダンジョン――魔物の巣のことだな、あれをつぶしに行ったり魔物を退治したり、時には盗賊や賞金首のような犯罪者を討伐とうばつする傭兵業だ。他には、町の中での雑用や、兵士の代理として護衛や警備をすることもある」
「魔物専門の傭兵と違って仕事が幅広いってことね。私は魔物退治しか興味がないわ」
「それでも、冒険者としてギルドに登録していると便利だぞ。名を上げれば指名依頼が来るようになる。そうすると報酬に色が付いて、高額になるんだ」

 彼は自身が冒険者だから、おすすめしているのだろう。しかし、ロザリーは警戒した。いったいどういう理屈で運営されている組織なのか、よく分からないのだ。

「でも、手数料とか取られるんでしょ?」
「それは傭兵でも同じだよ。つまり、冒険者っていうのは自由業なんだ。兵士は国に縛られる。冒険者にはそれがない。そういった連中に、仕事を仲介するのが冒険者ギルド。どうせ仕事を引き受けるなら、信頼できるギルドで取引したほうが便利だぞ。交渉の手間がはぶけるからな」

 冒険者ギルドは世界各地に支部がある大規模な組織なのだという。少し大きな町ならどこにでもあるので、レイヴァン村のようにギルドのない辺境のほうが珍しいのだそうだ。
 とりあえず今は冒険者ギルドのことである。長所しか聞かないのでは不信感が増すので、ロザリーはさらに問うた。

「それでも、何かあるでしょ? 短所」
「ギルドのルールには縛られる。冒険者同士やギルド内での喧嘩けんかは禁止とか、そういったことだ。他にあるとしたら、拠点にしている都市周辺で、魔物の大規模討伐とうばつ戦があった際に駆り出されるくらいだな。よほどの事情がない限りは義務だ」

 ちなみにそれに参加すると、緊急性がある分、報酬が加算されるらしい。

「大規模討伐とうばつ戦だと、よほどの大物以外、魔物の素材はギルドが回収するが、魔石は冒険者のものだ。その辺りは傭兵と同じだな。傭兵は依頼ごとの一回きりの仕事だが、冒険者は魔物の討伐とうばつ数が評価につながる。強い冒険者なら、高額の難しい依頼が来るってことだ」
「難しい依頼……高レベルの魔物を討伐とうばつするとか?」
「そういうこと」

 魔物の素材を買い取る窓口にもなっている上、世界各地に支部があるのを利用して、冒険者専用の銀行もある。金銭の支払い面でも信用度が高い。

「もし依頼主ともめても、ギルドが間に入ってくれるから便利だぞ。そういう時、ギルドが冒険者の身分や権利を保障してくれるんだ」
「なるほどねえ」


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