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1巻

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   序章


「――俺はお前のその、HPヒットポイントが低すぎるところが嫌いなんだ」

 彼が憎々しげな声で言うのを聞いて、ロザリー・アスコットは背筋がひやりとするとともに、ようやくに落ちた。
 幼い頃から、彼に婚約者と認められたくてがんばってきた。
 弱いと足手まといだと言うから、魔法使いとして腕を磨いた。
 頭が悪い女が嫌いだと言うから、勉強にはげんだ。
 家事は完璧で当たり前と言うから、彼の家の手伝いまでした。
 でも彼は一度もめてくれなかったのだ。
 それどころか目が合うと、邪魔だと言いたげに眉をひそめる。
 自分が駄目なせいだと思っていた。もっと努力すれば、いつかはむくわれるんじゃないか。せめて、笑いかけてくれたら……
 だが彼は、ロザリーに足りないところがあると言い訳していただけで、そもそも彼女が好きではなかったのだ。
 だってHPはどうしようもない。
 ロザリーがどんなに努力しても、HPはぴくりとも増えなかったのだ。
 村の周りにいる魔物から攻撃を二回受けたら、死んでしまうほどしかない。
 彼も分かっている。これがこの村の人間にあらわれる欠陥の一種で、努力ではくつがえせないのだ、と。


 ――なんてずるいの。


 結局、彼はロザリーとちゃんと向き合うことはなく、ロザリーを捨てて、お姫様と婚約した。


     ◆


 この世界では、がみトランの恩恵を受け、人や獣人が暮らしている。人々は魔物の脅威きょういにさらされながらも魔物と戦い、時には生活のかてにしてたくましく生きていた。
 そして数十年に一度、魔王が生まれ、女神トランに見出された勇者が討伐とうばつに行く。今代の魔王も勇者として旅立ったロザリーのおさな馴染なじみの男が倒し、彼は旅を支えてくれた王女と婚約した。
 物語としてはありふれていて、分かりやすいハッピーエンドだ。人々は沸き立っているが、その話を聞いたロザリーはため息しかつけない。
 だって彼らの幸福の陰で、彼女は勇者に婚約破棄され、不幸のまっただ中にいる。
 彼が帰ってきたらすぐに結婚式だわ~なんて浮かれていた、過去の自分のぽんこつぶりを殴って責めたい。

「……はあ」

 白い綿毛に似た花が咲く木陰こかげで、もう一度、ため息をつく。木の枝には、白い綿毛みたいな無害の魔物・フワリーがふわふわ浮かんで、羽虫を食べていた。
 フワリーは虫やほこりを食べるため、村ではペットにされている生き物だ。白い綿毛に、小さな葉っぱが一枚くっついたような姿をしている。

「あんた達はいいわよねえ、悩みなんかなさそうで」

 フワリーがうらやましい。
 浮気されて捨てられるというひどい目にあったのに、ロザリーはまだ彼が好きだ。そんなにあっさりと気持ちを変えられるなら、七歳で婚約して以来、十一年も一途いちずに想い続けていない。
 じわっと涙が浮かんできた。すぐに目元を指先でぬぐう。
 彼は村のヒーローだ。ユーフィール王国の南西部に、かろうじて引っ掛かっているこの辺境の村では、一番の将来有望株である。
 何せ、村長の一人息子。未来の村長だ。
 こんな辺境にもヒエラルキーはあり、特に村長をトップにした血筋が重要視されている。それというのも、この村をおこしたのは、村長の一族だった。その直系の血を引くは、ある意味、王子のようなものである。
 そして、彼は容姿が良い。金髪と紫の目を持った涼しげな容貌は、村人と思えないくらいの美しさだ。その辺の村の男とは、野花とバラくらいに違う。
 二歳年上の優しいお兄ちゃんだった彼を、ロザリーはころっと好きになった。恋に落ちるのは簡単だったけれど、その熱は冷めない。彼に見合うレディになろうと、その背を追いかけ続けていたのだ。もっとも、彼が優しかったのは婚約するまでだった。
 そして、二年前。彼は女神トランの神託しんたくで、魔王討伐とうばつの勇者に選ばれた。
 ここが自治村で王国の統治を受けていなくても、女神への信仰は根強い。村人の期待を裏切れず、彼は神官にかされて旅立っていった。ちょうど結婚式の一週間前のことだ。
 ロザリーはついて行きたかったものの、HPの低さゆえ、邪魔だと断られた。
 その代わり、彼女は彼が不在中の村を守らなくてはと、周囲の魔物退治を日課にする。魔法使いとしてのレベルはどんどん上がり続けたが、HPはうんともすんとも言わなかった。
 それを理由に婚約破棄なんて、ロザリーには何も言えない。
 緑の目を真っ赤にし、茶色い髪はぼさぼさのまま、彼女は膝を抱えてへこんでいた。魔王を倒した勇者とはいえ、婚約者がいるのに浮気をした彼が悪いと、周りは気の毒がってそっとしておいてくれる。

「ロザリー」

 そんなロザリーのもとに、父イアンが歩み寄ってきた。ものすごく気まずそうな顔で手招く。

「落ち込んでるところを悪いんだが、大事な話があってね」
「何?」

 歯切れの悪い言葉に首をかしげる。イアンは「客が来ている」としか言わない。
 ロザリーは顔を洗って、髪を整えた。
 こんな辺境に珍しい。
 王都から徒歩で二週間程度の距離とはいえ、乾いた大地が広がり、強い魔物がすみついているこの地への旅は容易ではない。幼い頃からきたえている村人にとっては楽勝だが、一般人にはとても近付けない場所なのだ。
 どんな客だろうかと好奇心を抱いて居間に行くと、テーブルには小太りな人間の男がいた。その後ろに狼獣人が立っている。いかにも商人と護衛のように見えた。

「どなた様?」
「あー……うん」
「ええとねえ、驚かないでほしいんだけどぉー」

 イアンだけでなく、母ミモザも言いづらそうに切り出す。

「この人、借金取りなの」
「……は?」

 あまりの衝撃に、暗い気持ちがたたき飛ばされた。数秒かけて意味を呑み込んだロザリーは、テーブルに手をつく。

「しゃ、借金ー⁉」

 きっつらはちとは、まさしくこのことだった。



   一章 王都へ出稼ぎ


「――どういうことよ、お父さん、お母さん。うちってそんなに貧しかったの? 言ってくれたら、ちょっと外に行って魔物をズバンと退治して稼いだのに! なんで話してくれないのよ。水くさいじゃないの!」

 狼狽ろうばいしたロザリーが詰め寄ると、両親の代わりに、借金取りの男が口を挟んだ。

「落ち着いてくれ、嬢ちゃん。イアンさんが借金をしたんじゃないよ。この人は連帯保証人」

 借金取りの男が書類を差し出す。それを食い入るようにして読むと、借主はイアンの兄で、ロザリーの伯父おじでもあるケインズ・アスコットと書かれている。

「またケインズ伯父おじさんなの!」

 アスコット家にとっては疫病神やくびょうがみである男の名を叫び、ロザリーはこめかみに青筋を立てた。

「お父さん、伯父おじさんにはかかわるなって言ったじゃない。問題を起こしてばっかりの伯父おじさんの尻ぬぐいを、お父さんがいっつもしてるでしょ! いい大人なんだから、伯父おじさんは自分で責任を取るべきでしょうがっ」
「いやあ、だってぇ、兄さんが土下座までして頼むから、つい……」

 首をすくめて目を泳がせるイアンの姿に、ロザリーは激しくいらついた。お人好しで面倒見が良いのは父の長所だが、ケインズ伯父おじは手に余る。何度わりをくったか知れない。それでも父は馬鹿みたいにケインズ伯父おじを助けるのだから、家族としてはたまったものではなかった。

「なんでお母さんは止めなかったのっ」

 ロザリーが怒りの矛先ほこさきを向けると、母ミモザはビクッと肩を揺らす。長い茶色の髪とキリッとした涼しげな容貌は、ロザリーにも受け継がれている。時に男より男らしい頼れる母ながら、一つだけ駄目すぎる欠点があった。――父に激あまなことだ。

「止めたよ、止めたけど~。イアン君がどうしてもって言うからぁ~」
「馬鹿――!!」

 瞬時にぶち切れ、心のままに叫んだロザリーは、絶対に悪くない。

「「……すみませんでした」」

 娘に怒られ、両親はますます身の置きどころがなさそうに、身を縮めて謝った。

「だいたい何よ、この額! 金貨二千枚を半年後の年末までに返済しろって、とんでもなさすぎるわ。ふざけんじゃないわよ。そもそも、借金したのは伯父おじなんだから、そっちから当たるのが筋ってもんでしょ!」

 銀貨百枚で、金貨一枚になる。庶民の一ヶ月の給料が、銀貨で三十枚程度。つまり、金貨四枚程度が年収だから、その五百倍の金額を半年で返せと言っているのだ。普通に考えれば、貸すほうも借りるほうもおかしい。
 緑の目を怒りに燃やし、キッとにらむロザリーに対し、男は煙管キセルを吹かせて余裕しゃくしゃくだ。

「もちろん、お嬢ちゃんの言う通りだ。ケインズが悪い。だが、あの野郎はとっとと雲隠れした。後は、そちらのイアンさんに頼れと言っていたそうだ。それでな、まだ期限に余裕があるし、いきなり人生が変わるよりもマシだろうと、こうして話をしに来たわけだよ」

 伯父おじが逃げたと聞いて、ロザリーの頭に血がのぼる。

「あんのクズ! 見つけたら許さないっ」

 怒りくるう彼女に、男は名刺を差し出した。

「名乗り遅れたが、俺はジグリス、後ろのはダビスだ」

 ジグリスは四十代くらいだ。小太りで背が低く、明るめの茶色の髪は薄い。灰色の上着とズボンの上に、旅装のマントを羽織はおっている。妙に落ち着きはらっていて、貫録かんろくがあった。
 彼はそのそばにいる獣人を紹介する。

「これから期限までお嬢ちゃん達の近くをうろつくことにしたんで、よろしくな。逃げられたらたまったもんじゃない」

 ジグリスにとっては決定事項なのだろう。いいかと問うのではなく、よろしくときた。
 その上で彼は、うんざりとため息をつき、ロザリー達へ同情たっぷりに話しかける。

「俺の上司は、やみきん王エラン様だ。返済できなかった場合、ケインズはもちろん、あんた達一家は人権を奪われて、他国に奴隷どれいとして売られることになる」
奴隷どれい……!」

 ロザリーはたじろいだ。借金を払えなかったら奴隷どれいになるという話は聞いたことがある。それが、まさか自分達の身に降りかかる日が来るとは。

「お嬢ちゃんのお父さんは連帯保証人になってるだろ。お父さんが払えなかったら、家族にもるいが及ぶんだ。特にお嬢ちゃんは若いし、この村は特殊な能力を血で継承してるから、隣国の王がそくに欲しがってる。はい、この人ね」

 ジグリスがかばんから書類を取り出す。

「側妃ぃっ⁉」

 その言葉に驚き、ロザリーは書類を奪うようにして見る。お相手予定の肖像画と名前、年齢、職業などが一覧になっていた。ひげの生えたでっぷり太ったおじさんが、花を持って流し目をしている絵に、彼女の顔が引きつる。

「この王様、四十七歳なの? ――お父さん、何歳だったっけ?」
「……三十六歳です」

 こちらと目を合わせずに、父が硬い声で答えた。ロザリーはテーブルをたたく。

「お父さんより年上の人にとつげっていうの? 鬼畜か!」
「老人よりはマシだろう。側妃ならまだ良いほうだ。戦闘奴隷どれいにされたら死ぬまでこきつかわれて、人形みたいに使い捨てだぞ。ま、ご両親は何人か子どもを作らされたら、そうなるだろうね」

 あんまりにもあんまりすぎる未来予想図に、ロザリーは憤然とする。
 父より年上の王にとつぐなんて、絶っっっ対に嫌だ。もちろん家族の破滅も見たくない。

「そんなの嫌よ! 奈落の底へまっしぐらに落ちるくらいなら、金貨二千枚、死ぬ気で稼いでみせるっ!」

 そう叫ぶと、ジグリスは面白そうにロザリーを見た。

「諦めずにがんばろうっていうのは悪くないね。まあ、無理だろうが。そうそう、お嬢ちゃんが婚約していた勇者さんを頼るのはどうかな。魔王退治の報酬は莫大で、年金ももらえるって話だぞ」
「嫌に決まってるでしょ! なんで私を裏切った人を頼らなきゃいけないのよ。それに、村長には慰謝料いしゃりょうとして金貨一枚をすでにもらったわ」

 勝手な婚約破棄をした息子に渋い顔をしていた村長夫妻だったが、せめてもと慰謝料いしゃりょうを払ってくれた。その金すら無駄だと言っていた元婚約者を思い出して、ロザリーの胸が痛む。
 ジグリスが肩をすくめる。

「勇者を当てにできないんなら、絶望的ってこったな」
「うるさいわね、まだ諦めてないわよ! 借金完済してみせるから、見てなさいよ!」

 彼の遠慮のない言葉に、落胆と悲しみが一瞬で怒りに変換された。啖呵たんかを切るロザリーに、ジグリスはにやりと皮肉っぽい笑みを返す。

「がんばってくれる分には構わんよ。じゃあ、俺らは村の宿にいるからな。逃げないでくれよ?」
「逃、げ、ま、せ、んっ」

 ロザリーが言い返すのを横目に、彼は椅子を立つ。その間も笑っていたのだが、何かに驚いて大きく飛びのいた。彼の視線の先ではフワリーがころころと転がっている。

「うわっ、なんだ、こいつっ」
「待って。何もしないで、その子はうちのペット!」

 護衛の狼獣人が短剣のさやたたこうとするのを、ロザリーはすぐに止めた。

「はあ? 魔物をペットにしてるのかよ。これだから辺境にいる魔法使いってのは、変人すぎて嫌なんだ」

 ぶつぶつと文句を言うジグリスに、けげんな眼差まなざしを向ける。

「もしかして、この魔物を王都のほうで見たことがないの?」
「ないぞ。魔物なんか、ほいほい飼ってるわけないだろ、馬鹿か」

 驚かされて腹が立ったようで、彼は悪態をつき、連れとともに家を出ていく。
 フワリーはこのレイヴァン村ではどこの家でも飼っている魔物だ。ロザリーの目からうろこが落ちる。

「ふぅん、王都にはいないんだ」

 彼女はフワリーを両手で持ち上げ、ちらりと見下ろした。


 借金取りが帰るなり、ロザリー達は地下の隠し部屋や家中をひっかきまわし、貯蓄や売れるものを集めた。財産を居間のテーブルに並べると、なかなか圧巻だ。
 イアンがそれらを一つずつ確認して、ため息をつく。

「アスカル君との結婚のための持参金、金貨五枚。貯蓄金貨百二十枚。他は宝飾品のたぐいだが、良くて金貨百枚になるかどうかかなあ」
「村人の貯蓄が金貨百二十枚もあるなんてすごいことなのに、たいしたことなく思えるのが不思議よね~」

 ミモザがのんびりと言う。責任を感じてイアンが落ち込む一方で、ミモザは物事を深く考えないタイプなので、普段通りだ。そんな母に、ロザリーは余計にあせる。自分がしっかりしなくてはならない。

「この件は家族で乗り切るとして、二度とケインズ伯父おじさんに手を貸さないで。いいわね、お父さん!」
「ああ、分かっているよ。今回の裏切りはひどすぎる。あんなに世話してきたのに、兄さん……」
「お義兄にい様を捕まえたら、がけから逆さ吊りの刑に処しましょうね、あなた」

 涙目のイアンを見て、ミモザが青筋を立て、えぐいことを口にした。ミモザは夫を傷付ける者にはいっさい容赦ようしゃしないので、必ず実行するだろう。ロザリーも手伝う気満々だが、母の目が笑っていないので、さすがにゾッとした。

「あの、ほどほどにな……」

 それでも兄をかばう辺り、イアンは優しい。

「しかし、すまないなあ、ロザリー。アスカル君と破談になったとはいえ、君なら良いとつぎ先がいくらでもあるだろうに、こんなことに巻き込んでしまって」

 イアンの口から元婚約者の名前が出て、ロザリーの胸は痛んだ。
 アスカル・ヴァイオレット。それが彼の名だ。父はそう言ってくれるけれど、彼女はまだ次を考えられない。

「悪いのは伯父おじさんなんだから、そんなに落ち込まないで」
「情けない父でごめんよ」

 イアンがめそめそと泣き始めたので、ロザリーは怒っていられなくなった。
 何度も伯父おじの尻ぬぐいをしてきた父だが、ここまで信頼を破壊されたのだ。この件で一番傷付いているのは、間違いなく彼だろう。そんな夫の姿に、ミモザが不気味に微笑ほほえむ。

「お義兄にい様、足に石をくくりつけて、井戸に沈めてやろうかしら」
「お母さん、落ち着いて。お仕置きはともかく、犯罪は駄目よ」
「魔物の血を塗りたくって、荒野に置き去り……」
「待って待って、さすがの伯父おじさんでも死ぬからね!」

 やりかねないし、やれるだけの実力があるのが問題だ。ロザリーがなだめるものの、ミモザは意に介さない。

「大丈夫よ、ロザリー。お義兄にい様だって、この村で生まれ育ったのよ。魔力を扱う能力は並だけど、身体強化の魔法が得意なおかげで、逃げ足だけはトップクラスなんだから」
「まあ、そうだけど……」

 けろっと言い放つミモザに、ロザリーは言葉をにごす。これまでにも、伯父おじが父に面倒をかけるたび、母が怒って伯父おじを追いかけ回していた。それから逃げ切っていた伯父おじの脚力は尋常ではない。

「兄さん、戦闘は弱いが、足だけはやたら速いからなあ」

 イアンも涙をハンカチでぬぐいながら、苦笑を浮かべる。
 ここの村人が強いのには理由がある。村の開祖である魔法使いが、魔力の扱いにけていたためだ。
 ユーフィール王国では、十二歳になると皆、神殿に参拝し、剣士、魔法使い、神官といった戦闘にまつわるジョブをさずかる。その後、魔物や人と戦って経験値を得ると、ジョブのレベルが上がっていくのだ。それにつれ、HPやMPマジックポイント、能力値――攻撃力や防御力などのパラメータが変化していく。
 村の開祖は、魔法使いとしての能力値が、他者よりも抜きんでていた。そういった者はまれにいるが、開祖は化け物じみていたのだ。そして、この長所は親から子へと受け継がれるもので、経験を積めば手に入るといったたぐいのものではない。
 この開祖の血を継ぐ者は全員、魔法使いとしての能力が高いが、特に目をみはるのが、魔力を扱う才能だ。これは魔法を使う時の器用さにあらわれる。
 たとえば、一般的にはMPが二必要とされる炎の魔法を使用する時、レイヴァン村の人々はMPが一で済む。
 大きな威力の魔法ほどMPを消費するので、持久戦になればこちらのほうが有利だ。他には、呪文の詠唱から魔法の発動まで、一般的に三秒かかるところを、村人は一秒で済んだりする。
 魔法使いはMPと魔力の強さ、魔法速度がものを言う。要は、とにかく有利なわけだ。
 昔、開祖がこの村に移り住み、彼をしたう人々がやって来た。それから小さな村内で結婚を繰り返すうち、村人は全て、開祖の長所を受け継いだのだ。
 直系である元婚約者はその能力が強く出ている。しかし、HPを除けば、ロザリーの能力のほうが、村内で群を抜いていた。魔力の扱いも、MPも飛び抜けている、いわば先祖返りだ。
 そういうわけでジグリスは、この能力を子孫に受け継がせたい王のもとへロザリーをとつがせると言っていたのだ。

「この村の人は、みーんな戦士だもの。一筋縄ではいかないのよ。でも、お義兄にい様は見つけたらお仕置きね」

 ミモザは怖い顔で、バキリと指の骨を鳴らす。ミモザは外からとついできた女傭兵で、イアンは強い魔法使いだ。おかげで平民にもかかわらず、ロザリーの家の貯蓄は貴族の月収並みだった。こんなど田舎いなかでは使う当てもないので、自然と貯まったともいう。
 それから、ロザリー達は、借金返済の役割分担を決める。結果、両親に村周辺で魔物退治をしつつあるものを集めるように頼み、ロザリーは単身、王都へ出稼ぎに出ることにした。


 ロザリーが村を出て三日。
 雨季が明け、初夏のすがすがしい晴れ空が広がっている。
 午後の三時くらいに王都に到着したロザリーとジグリス達は、南門の前で列に並んでいた。
 分厚い防壁に囲まれている王都へ入るにあたっては、門で通行税を払い、衛兵に危険がないかチェックされる。彼らは指名手配犯がまぎれていないか確認し、怪しい者には王都での目的を問う。荷物が多い場合、違法な品が混ざっていないかを見るのだと、ジグリスが教えてくれた。
 待ちくたびれている人々の中で、ロザリーは一人、壁が物珍しくて仕方が無い。

「山みたいに大きな壁ね! 作るのがとっても大変そう! 材料はどうしたのかな」

 ロザリーは今、白を基調とした旅装に身を包んでいる。髪は二つ結びにして、マント、シャツ、ロングスカートと革のブーツを身につけていた。差し色に使っている淡いピンクに女性らしさがある。
 荷物はリュックに入れ、マントの下に背負い、手にはハンマーに似た形のつえを持っていた。魔法も使うが、物理で魔物を殴りにも行くロザリーにはぴったりのつえである。

田舎いなかものを丸出しにするな、一緒にいる俺達も恥ずかしいだろ! ったく、ありえねえ。徒歩で二週間かかる道を、身体強化の魔法を使って三日に縮めるとか……」

 ジグリスはうんざり顔だ。護衛のダビスもぐったりしていた。


「普通に歩いていくわけがないじゃない。ちゃんと治癒ちゆ魔法をかけてあげたんだから、あんた達も元気でしょ? 何が問題なのよ」

 ロザリーはいたって元気だ。
 身体強化をかけて飛ぶように走り、疲れたら治癒ちゆ魔法で回復させて、また走る。その繰り返しで強行突破してきた。途中で魔物を見かけたら退治し、その場で解体して魔石と素材を回収したので、結構なもうけが出るだろう。
 魔物の素材とは、皮や牙、骨、肉、爪などだ。肉は食料に、それ以外は防具や武具、アクセサリーや雑貨の材料になる。かばんに入らないそれらを、シーツほどの大きさの布で包み、魔法で宙に浮かべていた。

「そもそも、お前はいったい何者なんだよ! ジョブは魔法使いじゃないのか? なんで神官しか使えないはずの治癒ちゆ魔法まで操ってるんだっ」

 ジグリスは訳が分からないと、頭を抱えている。

「そうよ、ジョブは魔法使い。あんた達、私が魔力を扱う能力が高いって知ってるでしょ? この能力で、普通なら魔法の効果を上げるだけのところ、私は他のジョブの魔法を真似できるのよ」
「とんでもないことをあっさり言うな。意味が分からんぞ、この娘。しかし、特技があるのは良いな。もっと良い条件を出せる王を探せば、更に高値で売れるだろ」

 金勘定を始める彼に、ロザリーは釘を刺す。

「ちょっと、返済期限前なんだから、そういう話は禁止よ!」

 油断も隙もないと憤然としているうちに、ようやく自分達の順番になる。衛兵が荷物を改めた。特にシーツ袋の中身を念入りに確認すると、もう一つの袋をのぞき込んで首をかしげる。

「こっちの魔石や素材は分かるが、この綿毛みたいな生き物はなんだい?」
「それはフワリーっていう無害な魔物です。私の住んでいる辺境では、家で飼ってるんですよ」

 フワリーは借金返済のために欠かせない商品だ。
 ロザリーが説明する横で、ジグリスが引きつった顔で口を出す。

「その袋はなんだと思えば、そいつを持ってきたのか!」

 彼が騒ぐので、衛兵はけわしい顔をした。彼がちらりと仲間のほうを見ると、衛兵が二人確認に加わる。

(これって絶対、ジグリスさんの悪人面のせいで疑われてる!)

 ただでさえつきまとわれて迷惑しているのに、商売の邪魔までしないでほしい。

「辺境ってどこ?」

 眼光の鋭い衛兵の問いに、ロザリーは出身地を答える。

「南西にあるレイヴァン村です」
「レイヴァン? 名前は?」
「ロザリー・アスコットです」
「アスコット? アスコットって、まさか……。イアンとミモザって知ってるかい、お嬢ちゃん」
「私の両親ですよ」


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