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本編
3 お姫様へささげる、スイーツ盛り合わせ 中編
しおりを挟むしくしくと泣いているお姫様に、庭のテーブルで紅茶を出した。
お姫様は紅茶を飲みながら、前の席に座る勇者にぐちぐちと文句を言う。
「勇者様ってばどうして逃げるんですの? わたくし、勇者様のことが好きで好きで、思わずぬいぐるみに、石像に銅像、勇者カフェまで作りましたのに」
「わぁ」
横で聞いていたアイナも、これはやばいのが来たなと思った。ちらりと勇者を見ると、彼の顔には「面倒くさい」と書かれている。
アイナは首を傾げる。
「お姫様は勇者様の大ファンなんですね?」
「ただのストー……むがっ」
「はいはい、魔法使いさんはあっちに行きましょうねー」
魔法使いが失言しかけたので、神官が魔法使いを引きずってその場を離れた。後ろに控えている騎士は、ハンカチで冷や汗を拭くのに忙しい。
「申し訳ありません。姫様は一度何かにどはまりしますと、行くところまで行ってしまう性格で……。以前は某メルヘン作家にはまりまして、収集品で博物館を作ってしまいました」
「お金と権力がある趣味人はやばいですねー。でも自分だけのものにして、宝物庫に入れておいたりしないんですか?」
アイナの問いに、お姫様はいきりたち、だんとテーブルを叩く。
「何を言いますの!? わたくしが集めた収集品、一人占めしてなんの価値がありましょう。人類史における財産です、皆にも見る権利があります!」
「わぁ」
その辺は、分け合いの精神――王族らしさを発揮するのか。お姫様すごい。
「面倒くせえ」
勇者が天を仰いでうめく。それから渋々お姫様に注意する。
「姫様、何度も言いますが、勝手に俺を使ってグッズ化しないで下さい!」
「ちゃんと使用権はお支払してますわよ。こちらが契約書です」
「って、母さんのせいかよっ」
お姫様が無限鞄から取り出したアイテムを受け取り、目を通した勇者は崩れ落ちた。
「支払証明書はこちらになりますわ」
「……すげえ金額ですね」
「勇者様ですもの、このくらいのお金を出すのはファンとして当然っ」
「ま、まあ、その気持ちはうれしいですけど」
すごい金額が並んでいる証明書を見て、勇者は照れたように目をそらした。
「でも俺は受け取ってませんが?」
「それはご母堂が、そのまま渡すと使い切る恐れがあるので、将来のために貯金をしておくと……」
騎士の言葉に、勇者は再び崩れ落ちた。
「くそーっ、また子ども扱いをするっ」
人間最強の勇者、彼の最大の弱点は母親だった。
(まあ、ほとんどのかたは、母親には敵いませんよねえ)
アイナが同情を込めて、勇者を眺めている間、お姫様は無限鞄からキーホルダーを取り出した。
「こちらのキーホルダーなんて最高の出来ですわよ。某人気作家にデザインしていただいたものです」
「えっ、これってエルネスト・バートリーの絵じゃないですか! 嘘だろ、俺を描いてくれるなんて……どこで売ってます?」
勇者が身を乗り出した。目を輝かせている。
「勇者カフェです」
「くそ、自分で行くとか恥ずかしすぎる!」
「ではこちらは差し上げますわ。わたくし、また参りますし」
「いいんですか? どうも! うおー、すげえ、エルネスト・バートリー!」
盛り上がっている二人を眺め、アイナは首を傾げる。
「なんだかお似合いな気がしてきました」
「いや、友人としてはいいんだが、妻にするのはちょっと」
「なんでですの? こうして愛しておりますのに!」
勇者の言葉に、お姫様の目に涙が浮かぶ。勇者はぽりぽりと頭を掻いた。
「そもそも姫様って俺のことが好きなわけじゃないでしょ。俺のキャラクターが好きなんでしょ?」
「えっ」
勇者の指摘に、お姫様は目を丸くして固まった。
「本の登場人物へ向けるような愛で、俺そのものじゃないと思うんですけど、どうっすか? 俺だって寝起きにはひげが生えるし、便所にも行くし、おならだってするんですよ」
「きゃああああ、淑女の前でそんなことを話します?」
「それは流石にない感じですぅ」
悲鳴を上げるお姫様に、アイナも同情する。しかし騎士は首を横に振っている。
「いやあ、分かりますぞ、勇者様。女性ときたら、騎士にも夢を見すぎていて困りものです。更衣室に入ったらきっと興ざめしますね」
「汗くさいですもんね」
「そのうち洗濯ものを分けて洗われるようになったりして」
「それは切ない」
引いている女性と違い、騎士と勇者の間にはちょっとした仲間意識が芽生えている。分かる分かると言い合っていた。
「俺は貴族でもなんでもない、平民です。戦うのは得意ですが、大部分の時間は日常です。結婚したら、その時間を共有することになります。よく分かっていなかったでしょう? きっと三年もしたら、今度はどこかの俳優にはまってるんじゃないですか」
勇者の遠慮のない指摘に、お姫様は固まったまま動かない。灰になって消えてしまいそうだ。
「ちょっと考えてみてください。そしてあなたから、俺を振っていただけるとありがたいですね。俺は姫様に恥をかかせたいわけではありませんので」
困った顔はしているが、思いやりを忘れない勇者の言葉に、お姫様は無言で頷いた。
はらはらと泣いているお姫様を見かねてか、勇者は席を立つ。手で「ごめん、よろしく」とアイナにあいさつして、家のほうへ去っていった。
「お姫様……」
アイナは少し困って、お姫様に声をかけた。
「お姫様は、勇者さんがハゲても好きでいられますか?」
「心配するかと思えば、とどめを刺しに来るなんてえげつないわね! この魔物!」
お姫様はカッと目を見開いて怒った。アイナは頷く。
「はい、魔物です」
お姫様は無言でテーブルに突っ伏した。
「姿が変わっても、好きだと思えるなら愛だと思いますよ。ママが言ってました。例えパパの角が折れて、尻尾が半分にちぎれ、翼が裂けて飛べなくなっても愛してるって」
「あなたはなんの魔物なの?」
「レッドドラゴンですよ」
「そう。あなた達のステータスは、角と尻尾と翼なのね」
お姫様は溜息をついた。
「わたくしは無理ですわ。ハゲて、くさくなって、太ったあのかたなんて想像したくありません。お父様みたいになったら、流石にキモイですわ」
「王様、散々なこと言われてますねー」
魔法使いからも嫌われていたのは、外見もあるのだろうか。
「でも、勇者さんなら、ハゲてもきっとかっこいいですよ。頭の形が良い人は、スキンヘッドが似合うそうですし。体臭は香水で誤魔化せばいいし、太ったなら下剤を盛ってみるのはどうでしょうか」
「えげつないわね」
お姫様と騎士は、頬をひくりと引きつらせる。
「それに、きっと優しいのはそのままだ思いますよ?」
アイナは付け足してみた。
だって魔物の子どもを女の子扱いして、アクセサリーをお土産に持ってきてくれるような人だ。根は善人なのだろう。
しかしお姫様は首を振った。
「駄目だわ、外見が変わったら、きっと許せないと思います」
「でもお姫様自身が太っても、愛して欲しい?」
「ええ、そうね。我が儘でしょうけど。でも、勇者様には輝かしい姿でいて欲しいのです。そう、偶像がごとく! そう思ったら、絵の中の人物を愛しているのと変わらないと気付いたのですわ。勇者様は賢いかた。わたくしの浅い考えなど、お見通しでしたのね」
ほろほろと涙を零し、お姫様は頬を赤らめる。
「失恋して悲しいですが、この涙は、自分への恥ずかしさからですわ。本質を見ていなかった、いずれ王となる身なのに未熟ですわね」
「えっ、お姫様って王様になるのですか?」
「ええ、女王に。ですから、王配は好きなかたが良かったのです」
「そんなかたが、騎士一人だけを連れて、こんな所に来たんですか?」
驚くアイナに、お姫様は頷く。
「この騎士は国で一番強く、忠義ある者ですわ」
「王様の近衛騎士じゃなかったですっけ? 一番強い人って」
「ああ、お父様は見る目がないので、あんなハリボテ騎士の言葉を信じているんですわよ。わたくし、お父様に甘えるふりして、しっかり引き抜いてきましたの」
お姫様がにこりと笑うと、騎士はもったいないですと断って敬礼する。
収集癖のある世間知らずのお姫様ではなかったようだ。
「それにわたくしも、王家の人間。殲滅級魔法くらい使えますわ。お父様には無能のふりをしていますけど」
でないと身内でも危険だからと、お姫様は言う。お姫様の母が王と結婚する前、王位をおびやかしそうな優秀な兄弟が暗殺されたのだと説明した。
「亡き母は賢いかたでしたから、宮廷での処世術は学んでおりますわ。収集癖は本物ですけど、父王の寵愛が深い我が儘王女のほうが、色々と動きやすくて得なんですのよ」
「しっかりさんなんですねえ」
アイナはふんふんと頷く。
「だからわたくし、勇者様が良かったのに。でも、わたくしを愛してくれないかたは嫌ですわ。わたくしが一番なかたがいい。世界の命運や天空神より重んじてくれなくては」
「それは勇者さんには難しそうですねえ」
「ええ、本当に。悲しいわ」
お姫様がまた泣き始めたので、アイナはかわいそうになった。
伴侶に愛を求めるのは、人間も魔物も変わらない。
「ええと、こういう時は甘いものですよね。お姫様、少しお時間かかりますけど、おいしいものを作りますね? おもてなしします」
「もう毒入りでもなんでもいいわ。恥ずかしくて死んじゃいたい」
わっと泣き伏すお姫様は、年頃の普通の女の子に見えた。
流石に魔物の料理は出しませんけど、とアイナは心の中でつぶやいて、台所に向かった。
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