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本編
2 魔物の国のフルコース 毒消しを添えて
しおりを挟む勇者と会った日から季節が流れ、春になった。
魔物の国は、ドラゴンの住む巨大な岩壁の向こう、おどろおどろしい黒雲の下にあるのだが、人間の国との境である門の周辺は緑豊かで明るい。
「ふわわ。ゴーレムさん、今日は良いお天気ですねえ」
石の巨人――ゴーレムと日なたぼっこしながら、アイナはひらひらと舞い散るりんごの花を見上げた。ちょうど門の脇に植えてあるのだ。
あっという間に散ってしまうが、とても綺麗なのでアイナの好きな木だ。
「りんごがなったら、アップルパイにしましょうねえ」
アイナの呟きに、ゴーレムは無言で頷く。
ゴーレムは何も食べないのだが、アイナがおすそわけするアップルパイは気に入っている。味というより、アイナがお茶に誘うのがうれしいらしい。
このゴーレムはパパが作ったもので、アイナが生まれた時から傍にいる。時にはゴーレムを遊び場代わりにしていたため、子守りをしてくれていたらしい。
「ピイイイッ」
お茶の時間にしようかなと考えていると、遠くから緑色のうろこをした、小さなドラゴンが飛んできた。
アイナの子飼いの魔物だ。
小型ドラゴンは小鳥くらいの大きさの魔物で、ドラゴンの中では最弱だ。そのため強い者の配下になることで生き残る習性がある。他にも数匹の小型ドラゴンを配下に持っていて、彼らには時に情報収集や手紙の運搬を頼んでいた。
しかし普段は門の近くにある森で遊んでいる。
「ミリーちゃん、どうしたの~?」
何やら慌てているミリーを抱き留めて、何を言っているか聞いてみる。
「えっ、また勇者さん一行が来たの?」
その知らせに驚いた時、冬に会った三人組が遠くに見えた。
「たのもー!」
すぐ傍まで来ると、勇者は叫んだ。
「そんなに大声で言わなくても聞こえますよ?」
「ただの気分だ」
アイナの指摘に、勇者はのほほんと答える。
また魔王を狙ってきたのかと思ったが、前回ほどの敵意は感じない。だからアイナものんびりとあいさつする。
「お久しぶりです~、何故またこちらに?」
アイナの問いに、勇者の青年は金の髪をかきまわす。
「いやあ、あの後、城に戻ったら、王様に怒られちまってさあ」
後ろから魔法使いの女性が付け足す。
「勇者ならドラゴン一頭くらい簡単に仕留めなさいですって、命令するだけの奴は楽でいいわよね。どう思う? あの偏屈親父」
腹立たしげに舌打ちして、魔法使いはアイナに意見を求める。
「はあ、そうおっしゃいましても、私はお会いしたことがありませんし……」
「え? 水晶玉で覗き見とかしないの?」
「私はそういう繊細な魔法は苦手で。そもそも魔法は不得意なんです。気を付けないと山に大穴を開けちゃうんで、土の魔物さん達に修理が大変だって怒られるので」
アイナの打ち明けに、魔法使いは頷いた。
「分かる。私も繊細なのって苦手なの。やっぱり魔法って、ドカーンでバコーンがロマンだと思うのよねー」
「お陰で俺達は回避能力が上がった」
「ええ。そのうち即死回避スキルを手に入れたので、何が功を奏すのだか分かりませんね」
勇者に続いて、神官の少年が真面目な顔でこきおろすと、魔法使いは目を吊り上げる。
「うるさいわよ! 火力があればそれでいいって私を選んだの、そっちでしょうが!」
どうやら魔法使いは大雑把な人みたいだ。
アイナは戸惑いを込めて三人を見上げる。
「ええと、それで今回はどのようなご用でしょう? もしや私をドカーンでバコーンと叩きにきたんですか? 怖いので反撃しますよ!?」
アイナがそう叫ぶ後ろで、ゴーレムがのそりと立ち上がった。その威圧に、勇者は急いで断る。
「違うって。ここでお前と話してから」
「アイナです」
「うん、アイナと話してからだな、魔物の印象が変わったんで、本当にあちこちで害になってたのかって、俺らで調べ直したんだよな」
勇者はそう話すうちに、次第に屈んだ。子どもと目線を合わそうという態度に、勇者らしさを感じる。
(ふわあ、魔物相手でもお人柄は変わらないんですねえ)
勇者新聞に書いてあることと同じだ。アイナは密かに感動した。
「えっと、それだとお話ししにくいでしょう? こちらへどうぞ。ちょうどお茶にしようと思っていたので、皆さんもどうですか? おもてなししますよ?」
三人は即答で頷いた。
アイナとしてはありがたいが、ちょっとチョロすぎやしないだろうかと、アイナはこっそり呆れてしまった。
*
「確かに悪い奴もいたけど、ほとんどは住処の周辺で生活してるだけだった。そこに人間が近付いたから、攻撃に出たんだ」
勇者はクッキーをつまみながら結論を口にした。
すると神官は紅茶のカップをソーサーに戻してからアイナを見た。
「人間にも悪い者はいます。魔物でこちらに害をおよぼすのも、そういった一部でしょう」
「だっていうのに、魔物は敵だから、魔王の首級をとれー、領土を奪えーって王様が言ってるわけよね」
魔法使いが肩をすくめると、神官は悔しそうにテーブルを叩いた。
「我らが神の教えを建前とするとは」
「天空神は、みにくいものがお嫌いですものねー。綺麗なもの以外は全部敵なので、魔物をけがれ扱いして悲しいですー」
アイナがしょんぼりすると、魔法使いがちらりと神官を見る。
「確かにそんな感じよね。私は森の神の信者だから、よく分かんないけど。なんだっけ? 美しきものは……」
「『美しきは正しきことなり。ゆえにみにくき魔物は間違いである。神々の創造で出た、ちりと同じだ』ですね」
「えっ、私たちのこと、ゴミ扱いしてらっしゃるんですか? ひどいです、神官さん」
「私の意見ではなくて、天空神教の教えですよ」
アイナが文句を言うと、神官は慌てて否定した。
(ここまでひどい評価とは知らなかったなあ。だから魔王様、天空神のことが嫌いなんですねえ)
我らが魔王は、魔物に対しては親切だ。どんなに見た目がみにくい魔物でも、仲間として接するので好感度が高い。
「でも、勇者さんって神様に選ばれたかたじゃないんですか? 異議をとなえて怒られません?」
「俺は神様に魔王を倒せとは言われてないからな。美しき者を助けよ――としか」
「とっても抽象的なんですね」
「そ。だから、王様に呼ばれて命じられた時は、これのことかと思ったんだけど、よく分からなくなっちまってさあ。俺は納得していないことに、力を振るわない主義だから様子見してるってわけ」
天空神に愛されている勇者は、剣技に優れている。魔法そのものは使えないが、魔法ともためを張るような奥義を繰り出すというので、魔物の国では有名だ。
もちろん愛される存在なだけあり、金髪碧眼の美男子だ。凛々しい空気をまとっているが、とっつきにくさはない。
しかし勇者新聞によれば、この勇者は親切だが優しいわけではなく、時に非情さも垣間見える……とか。
「そこで考えたわけ。民が王様の言うことに翻弄されるのは、魔物のことをよく知らないからだ。アイナみたいに人間語を話す者もいるけど、言葉が通じない者も多いだろ? よく分からないものを、人間は差別して忌み嫌う」
勇者はきっぱりと言い切った。
神官が気遣って、控えめに口添える。
「勇者様は今でこそもてはやされてますが、子どもの頃は遠巻きにされていたそうですよ」
「棒切れで木を切り倒す子どもがいたら、怖いって思うもんだろ」
勇者は気にした風もなく言った。
「え、棒切れで木を切り倒すんですか~? 便利でいいですねー」
「そういう問題?」
アイナがのほほんと褒めると、魔法使いは呆れた。
「でも分かるわあ、私も遠巻きにされたから」
「いや、お前のは大雑把すぎてどこに魔法が飛ぶか分からないからだ」
「あれは怖いです」
勇者と神官の駄目出しに、魔法使いは眉を吊り上げる。
「うるさいわよ!」
なんだか仲間のわりに、勇者と神官の、魔法使いの扱いが軽い。アイナは勇者に問う。
「それでどうしてこちらに……? 魔王様に和平交渉にいらしたとか……?」
「違う。俺達人間と魔物に共通している関心事といえば、食べ物だろう? まずは魔物と分かりあうために、人間側に魔物の国のうまいもんを食わせてみりゃあいいかと思ってさ。アイナ、協力してくれないか?」
勇者が切り出すと、魔法使いと神官も続く。
「そしたらここを突破して、魔王に会いに行かなくて済むし」
「神の教えを争いに使わなくて済みます」
神官の言うことはアイナにはあんまり関係ないが、これを試して損になるわけでもない。
「わかりました。では魔物の国のお料理をお出ししましょう。宮廷料理でいいですか? それとも庶民受け?」
「「「宮廷料理!」」」
三人は口をそろえた。
もしかして、単に食べたいだけじゃないかと心の隅で思うアイナだった。
それから一時間ほどかけて料理を作り、アイナは外に置いているテーブルに並べた。
「出来ました。『魔物の国のフルコース~毒消しを添えて~』です」
赤や紫といったカラフルな料理を前に、勇者達はきょとんとした。
「「「え?」」」
「え?」
そろって四人で首を傾げる。
神官が恐る恐る指摘する。
「今、毒消しがどうとか言いませんでした?」
「はい、毒消しを添えてと付け足しました。勇者さんみたいに毒耐性のあるかた以外は、魔物の料理を食べたら死んじゃいますよ。毒入りですから」
「魔物は本当にけがれてるんですか?」
神官が失礼な質問を真剣にぶつけてくるので、アイナが首を振って否定する。
「違いますよ~、魔物にとって毒はスパイスなんです。香辛料みたいなもんです」
「香辛料!?」
「そうです。魔物は毒を消化できますから。口の中を焼くような毒は、ぴりりとした刺激と喜ばれます」
「口の中が焼けているのに!?」
アイナの説明に、神官は叫び返す。
(ちょっとうるさいです、神官さん)
むむっと眉を寄せるアイナ。そこで魔法使いがパチンと指を鳴らした。
「ああ、つまり私達で言うところの香辛料そのままなのね。辛い料理って口がひりひりするのに、それでも好きな人は食べるでしょ? あれと同じよ」
勇者も頷いた。
「酒でも似たようなものはあるな。強いやつは喉が焼ける」
「……なるほど」
神官はようやく納得したようで、浮かせていた腰を椅子へと下ろした。
「流石、酒豪。それで納得するのねえ」
「あれは神の与えた水です」
魔法使いが茶化すが、神官は澄まして答えた。十代後半なのに酒飲みなのか。
「神官さんってお酒を飲んでいいんですか?」
アイナの素朴な疑問を口にする。
「もちろん。ただ飲みすぎて前後不覚になるような醜態はまずいですが。神の飲み物で身を清める、大事なことです」
「こいつ、これで酒にめちゃくちゃ強いんだぜ」
涼しい顔をしている神官を示し、勇者がひそひそと言った。
「勇者様?」
神官はにこりと微笑んだが、こめかみに青筋が浮かんでいる。勇者は話を変えた。
「毒スパイスがない料理はないのか? 魔物だって好き嫌いがあるだろ」
「ええ、ありますよ。そちらの緑色のものがそうです。エメラルド苔のムースです」
「苔……」
「甘くておいしいし、栄養価も高いんですよー。魔物の国では高級料理です」
アイナは胸を張ったが、三人は微妙な顔をしている。
「ええと、特に毒味が強いものは紫色、そうでないものは緑になります。赤は普通です」
「毒味が強いって、すげえパワーワードだな」
勇者は感心混じりに呟いた。
「もうっ、とにかく一口食べてからにしてくださいっ。そりゃあ人間の国の料理みたいにおいしそうではないかもしれませんけど、それは魔物側から見ても同じなんですよ? 魔物は紫色の料理ほどおいしそうに見えるんですから」
「こちらは赤と黄色と緑があるとおいしそうだもんなあ。反対だな」
勇者は恐る恐るエメラルド苔のムースを口に運んだ。
「……う」
「まずい?」
魔法使いが様子を伺う。
「うまっ!」
「「えっ」」
魔法使いと神官は驚きの声を上げ、最初に毒消しを飲んでから、勇者に続いた。
魔法使いは頬に手を当てた。
「何これ、おいしい。甘味があるのにしつこくなくて、まるでデザートみたいね」
「そちらでいうサラダです」
アイナはにこっと微笑む。
神官は赤色のスープを飲んで、目を丸くした。
「口の中でパチパチしますね!」
「弱性の毒スパイスですねー」
「なるほど、こういうものが好きなんですか、魔物のかた」
その一方、勇者は分厚い肉のステーキにがっついている。紫色のソースがかかっている一品だ。
「このステーキも美味いな!」
「最高級のカミナリ牛のステーキに、ポイズンチェリーのソースを添えました」
「カミナリ牛?」
「魔物の国の高所に生息する牛で、落雷から逃げ回ることでその肉が引き締まるんですね。運悪く雷に当たると死にます。そこを回収するんですよ」
「変わった牛だな」
「私もそう思いますが、そういう牛なんです」
アイナも変な牛だと思うけれど、肉はおいしいので問題無い。
最後にデザートも出した後、食後に酒を運んだ。
「我が一族伝統の酒です。果物を浸けたお酒ですよ、私が浸けたものなのでちょっと甘めになりますけど」
昨年とれたりんごで作ったりんご酒を出す。ハーブも入れてあるので、爽やかな味だ。
「あら、人間の国でも売ってる味ね」
魔法使いが意外そうに言った。アイナは近くの木を示す。
「そこのりんごの木からとったりんごを浸けているので。こちらには毒は入ってませんよ。私、あんまり毒スパイス料理は好きじゃなくて、人間の国の料理のほうが色々と楽しめて好きなんですよね」
「まあ確かに、刺激で全て解決してるところはあるよな。たまにだと面白いけど、毎日は飽きそうだ」
勇者の感想に、アイナは大きく頷いた。
「そうなんですよねー」
「ところでお前、子どもなのに酒を飲むのか?」
勇者のうろんな目に、アイナは頷いた。
「ドラゴンはお酒に強いので大丈夫です。それに、火を吹くにはお酒の補給をしないといけないので」
「え? どういうこと? ドラゴンって魔法で火を吹いてるように見せかけてるんじゃないの?」
魔法使いの質問に、アイナは笑って否定する。
「油袋っていう器官があって、そこから霧のようにしてブレスとともに前に吹き出すんですね。で、その際、牙とブレスがこすれて摩擦で火花が出るので。火力はブレスで調節しています」
「消火は? 口の中まで燃えないか?」
勇者が心配するので、アイナは笑ってしまった。
「口を閉じて空気を絶ちます。アルコールランプと似たような感じです」
「そんなことを教えていいのか?」
「だって、教えたところで、外から硬いうろこを破って器官を傷付けるのはほとんど不可能ですし……お酒を飲んでいなくたって、牙や爪はありますし、魔法も使えるので、それだけを防いだところで、あんまり意味ないですよね」
アイナの指摘に、三人はそれもそうだなと頷いた。
三人が満足したところで、アイナは問いかける。
「この料理で、人間達は喜びそうですか?」
「まずはエメラルド苔と酒を紹介してみるよ。いきなり毒スパイス料理を出したら、殺人未遂で訴えられちまうし」
勇者はそこで席を立った。
「ありがとうな、アイナ。俺は無駄な争いはしたくないからな、出来るだけやってみる。そうだ、これ、駄賃代わりのお土産な。お前も女の子なら、そういうの好きだろ?」
見事な水晶のペンダントを差し出して、勇者は首を傾げる。
(ふおおお、イケメンすぎます)
さらっと女の子扱いして、アクセサリーを渡すなんて、ただ者ではない。銀でち密な細工が施されており、腕の良い職人の品だろうと一目で分かる。
「銀細工って大丈夫だったか? たまにいるだろ、銀が苦手な魔物」
「私はドラゴンなので、光りものは大好きです。ありがとうございますっ」
アイナはぴょんぴょんとその場ではねて喜び、屋敷に駆けこんで、地下の貯蔵庫から酒瓶を持ってきた。
「これ、差し上げます! 同じりんご酒です。がんばってくださいね、皆さん」
三人とも、がんばると返事をする。
「ところで、エメラルド苔ってのはどこで手に入るんだ?」
「人間の国なら、ドワーフやエルフが詳しいので、そちらで質問してみたらいいですよ。確か彼らは町の中でも生活していましたよね」
「ああ、それじゃあそっちに聞いてみる。ありがとな」
そして、一行はさわやかに立ち去っていった。
「ふわあ、勇者一行ってかっこいいですねー、ゴーレムさん」
彼らを見送ると、アイナはゴーレムの足によじ登った。
ゴーレムは困ったように、岩の指先で頬をかいていたが、興奮中のアイナは気付かないまま、膝の上をごろごろ転がった。
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