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本編

8 家族で食べよう、おうちごはん 1

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 黄金苺をたっぷり堪能した翌日、アイナのいる客室に、リリーアンナがテオドールとともに訪ねてきた。

「昨晩の失礼、申し訳ありませんでした」

 テオドールが再び謝った。アイナは小さく笑みを浮かべる。

「でも、後悔していない。そんなお顔ですね」

 図星のようだ。テオドールの顔が少し引きつったが、アイナはのほほんと返す。

「もう、いいですよー。黄金苺のミルフィーユをたくさん頂けたので。それで、今日はなんのご用です?」
「契約書を作り直しましたので、こちらにサインいただきたく。それから、勇者様とアイナ嬢は結婚の準備をしているとか? 土地に困っているという話を聞きつけたので、謝罪も兼ねて提案がございます」

 パーティー会場でしか話していないのに、耳ざといことだ。

「結婚の準備ではなく、求婚の準備です」

 アイナはドラゴンの決まりごとについて説明しながら、契約書に目を通す。以前とほとんど変わらないものだが、一つ追記されている。契約違反がなされない限り、人間側もアイナの名を悪用できないという旨だ。

「こんな形で悪用される危険があることを、わたくしは見逃しておりました。うかつさにあなたを巻き込んで、申し訳ないと思っています」

 リリーアンナの眼差しは、憂いを帯びている。
 アイナは魔力を使って契約書にサインすると、リリーアンナに戻した。

「リリー、私は百年生きていますが、あなたはまだ十年とちょっとでしょう? 間違いをして学ぶものです。しかしリリーは王なんですから、間違えば取り返しのつかないこともあります。今後はお気を付けて」
「ええ、そういたします。アイナの寛大さに感謝しますわ」
「ありがとうございます、アイナ嬢」

 リリーアンナはほっと息を吐き、ちらりとテオドールを見た。
 二人とも立ったままなので、アイナは応接机に移動して、二人にも長椅子に座るようにすすめた。

「それで、提案というのは?」

 テオドールが書類を差し出した。

「ジール王国の国境のすぐ近くに、あいている土地があるのです。そこで、勇者様とアイナ嬢に迷惑料として差し上げようかと思ったんです」

「この辺りは魔物の国を恐れて、国境警備の砦があるくらいなのよ。でも、近くにある国境の川を越えれば森が広がっているわ。土壌自体は豊かなので、土地自体は良いわよ。もし勇者様とアイナが住んだら、人間と魔物、どちらにもにらみがきくので、今後、不要な争いは避けられると考えたのだけど……」

 リリーアンナは心配そうにアイナを伺う。

「これも、あなたを利用していることになるのかしら?」
「ちょうど困っていたので助かります。これなら私が求婚を断っても、勇者さんの家として残りますし、問題ないですよね」
「アイナ、農民の家の出とはいえ、勇者様の容姿は素晴らしいですし、強くていらっしゃるわ。それでも振るの?」
「その時にならないと分からないので、今は分かりませんよ」
「そうなの……ドラゴンの婚活事情って大変ね」
「誰でもいいからと結婚させられる人間よりずっといいですよ」

 アイナの返しに、リリーアンナは苦笑を浮かべた。その様子に、テオドールが柳眉りゅうびをひそめる。

「陛下、まだ勇者様にお心を残しておいでなのですか。私を選んだのが打算でも構いません。しかし、二心ふたごころをお持ちなのは許せませんよ」

 その目には嫉妬の火がちらちらと見え隠れしている。

「わたくしは勇者様のファンなだけだと言っているでしょう?」
「しかし今、容姿が素晴らしいと!」
「客観的に見ての話です」

 リリーアンナが困った顔をしているのを見るに、よくしているやりとりなのだろう。

「テオドールさんは、リリーのことがお好きなんですねえ」
「ええ。リリーアンナ様ほど素晴らしい方は、この世にはおりません」

 恥ずかしげもなく、テオドールは言い切った。

王配おうはいになれること、夢のようです。しかし、夢はいつか覚めるもの。リリーアンナ様の心が変わられるのではないかと不安なんですよ」
「わたくしがそんなに浮ついた女だと思ってるの? 心外だわ!」

 リリーアンナが分かりやすく不機嫌になった。勇者と会った時、テオドールは勇者をにらんでいた。政治面で考えれば友好的な態度をとるべきだろうが、公の場でも威嚇するくらいには、勇者を敵視しているようだ。それだけ自信がないのだろうと、アイナは感づいた。

「リリーはテオドールさんに、ちゃんと好きだと言ってあげたんですか?」
「え? 好き…………言ってないわね」
「原因はそれですよ。恥ずかしいからですか?」
「だって、わたくしが大勢の中から選んであげたのよ? それで充分、わたくしの意思が伝わっていると思ったの」

 リリーアンナの高飛車な一面がのぞいた。しかし頬を染めて、気まずそうにしている辺り、照れ隠しできついことを言っているだけかもしれない。

「リリーアンナ様、私のことが好きなんですか?」

 テオドールが薄らと目に涙を浮かべる。

「そうよ! わたくしの伴侶は、愛する方と決めていたの。あなたを拾ったのはたまたまだけど、思えば誰よりもわたくしを理解して、支えてくれていたと気付いたのよ。あなたほど、わたくしの相手にふさわしい者はいないわ」
「愛する……。福音ふくいんの鐘が聞こえてきます。これって現実なんでしょうか」
「わぁ、幻聴が聞こえるのはヤバイと思いますよ」

 呆然としているテオドールを、アイナは真面目に心配した。テオドールは苦笑する。

「これは手厳しい。現実みたいですね」
「お医者さんに行きます?」
「例えですってばっ」

 何故かテオドールに怒られた。しかし何が悪かったのか分からない。アイナは首をひねる。
 そんなアイナの姿に、リリーアンナは噴き出した。

「ふふっ、アイナったら面白いわ。勇者様とどうなろうと、わたくしとは末長くお友達でいてね」
「私を悪く利用しなければ、あなたと友でいるでしょう。その土地の件、よろしくお願いします。――それとついでにお願いしたいことが」

 アイナは帰りを思い嫌な気分になったので、リリーアンナに切り出した。

「なあに?」
「馬車が嫌いなので、飛んで帰りたいんです。飛行許可をください」
「分かったわ。でも、ジール王国領を飛ぶ間だけ、この国の国旗を付けてちょうだい」
「それだけでいいなら、喜んで」

 今回は間に合わせで従来品を渡すから、アイナ専用の旗ができたら家まで届けるとリリーアンナは言った。
 あのうんざりする馬車の旅がなくなると決まり、アイナの顔には笑みが浮かんだ。

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 二心……作中では浮気心の意味で使ってますが、古典すぎてもしかして通じない??
 他、敵対する心などの意味もあって、どっちかというと主君への忠義を疑う時に使うことが多いですね。
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