19 / 25
本編
8 家族で食べよう、おうちごはん 1
しおりを挟む黄金苺をたっぷり堪能した翌日、アイナのいる客室に、リリーアンナがテオドールとともに訪ねてきた。
「昨晩の失礼、申し訳ありませんでした」
テオドールが再び謝った。アイナは小さく笑みを浮かべる。
「でも、後悔していない。そんなお顔ですね」
図星のようだ。テオドールの顔が少し引きつったが、アイナはのほほんと返す。
「もう、いいですよー。黄金苺のミルフィーユをたくさん頂けたので。それで、今日はなんのご用です?」
「契約書を作り直しましたので、こちらにサインいただきたく。それから、勇者様とアイナ嬢は結婚の準備をしているとか? 土地に困っているという話を聞きつけたので、謝罪も兼ねて提案がございます」
パーティー会場でしか話していないのに、耳ざといことだ。
「結婚の準備ではなく、求婚の準備です」
アイナはドラゴンの決まりごとについて説明しながら、契約書に目を通す。以前とほとんど変わらないものだが、一つ追記されている。契約違反がなされない限り、人間側もアイナの名を悪用できないという旨だ。
「こんな形で悪用される危険があることを、わたくしは見逃しておりました。うかつさにあなたを巻き込んで、申し訳ないと思っています」
リリーアンナの眼差しは、憂いを帯びている。
アイナは魔力を使って契約書にサインすると、リリーアンナに戻した。
「リリー、私は百年生きていますが、あなたはまだ十年とちょっとでしょう? 間違いをして学ぶものです。しかしリリーは王なんですから、間違えば取り返しのつかないこともあります。今後はお気を付けて」
「ええ、そういたします。アイナの寛大さに感謝しますわ」
「ありがとうございます、アイナ嬢」
リリーアンナはほっと息を吐き、ちらりとテオドールを見た。
二人とも立ったままなので、アイナは応接机に移動して、二人にも長椅子に座るようにすすめた。
「それで、提案というのは?」
テオドールが書類を差し出した。
「ジール王国の国境のすぐ近くに、あいている土地があるのです。そこで、勇者様とアイナ嬢に迷惑料として差し上げようかと思ったんです」
「この辺りは魔物の国を恐れて、国境警備の砦があるくらいなのよ。でも、近くにある国境の川を越えれば森が広がっているわ。土壌自体は豊かなので、土地自体は良いわよ。もし勇者様とアイナが住んだら、人間と魔物、どちらにもにらみがきくので、今後、不要な争いは避けられると考えたのだけど……」
リリーアンナは心配そうにアイナを伺う。
「これも、あなたを利用していることになるのかしら?」
「ちょうど困っていたので助かります。これなら私が求婚を断っても、勇者さんの家として残りますし、問題ないですよね」
「アイナ、農民の家の出とはいえ、勇者様の容姿は素晴らしいですし、強くていらっしゃるわ。それでも振るの?」
「その時にならないと分からないので、今は分かりませんよ」
「そうなの……ドラゴンの婚活事情って大変ね」
「誰でもいいからと結婚させられる人間よりずっといいですよ」
アイナの返しに、リリーアンナは苦笑を浮かべた。その様子に、テオドールが柳眉をひそめる。
「陛下、まだ勇者様にお心を残しておいでなのですか。私を選んだのが打算でも構いません。しかし、二心をお持ちなのは許せませんよ」
その目には嫉妬の火がちらちらと見え隠れしている。
「わたくしは勇者様のファンなだけだと言っているでしょう?」
「しかし今、容姿が素晴らしいと!」
「客観的に見ての話です」
リリーアンナが困った顔をしているのを見るに、よくしているやりとりなのだろう。
「テオドールさんは、リリーのことがお好きなんですねえ」
「ええ。リリーアンナ様ほど素晴らしい方は、この世にはおりません」
恥ずかしげもなく、テオドールは言い切った。
「王配になれること、夢のようです。しかし、夢はいつか覚めるもの。リリーアンナ様の心が変わられるのではないかと不安なんですよ」
「わたくしがそんなに浮ついた女だと思ってるの? 心外だわ!」
リリーアンナが分かりやすく不機嫌になった。勇者と会った時、テオドールは勇者をにらんでいた。政治面で考えれば友好的な態度をとるべきだろうが、公の場でも威嚇するくらいには、勇者を敵視しているようだ。それだけ自信がないのだろうと、アイナは感づいた。
「リリーはテオドールさんに、ちゃんと好きだと言ってあげたんですか?」
「え? 好き…………言ってないわね」
「原因はそれですよ。恥ずかしいからですか?」
「だって、わたくしが大勢の中から選んであげたのよ? それで充分、わたくしの意思が伝わっていると思ったの」
リリーアンナの高飛車な一面がのぞいた。しかし頬を染めて、気まずそうにしている辺り、照れ隠しできついことを言っているだけかもしれない。
「リリーアンナ様、私のことが好きなんですか?」
テオドールが薄らと目に涙を浮かべる。
「そうよ! わたくしの伴侶は、愛する方と決めていたの。あなたを拾ったのはたまたまだけど、思えば誰よりもわたくしを理解して、支えてくれていたと気付いたのよ。あなたほど、わたくしの相手にふさわしい者はいないわ」
「愛する……。福音の鐘が聞こえてきます。これって現実なんでしょうか」
「わぁ、幻聴が聞こえるのはヤバイと思いますよ」
呆然としているテオドールを、アイナは真面目に心配した。テオドールは苦笑する。
「これは手厳しい。現実みたいですね」
「お医者さんに行きます?」
「例えですってばっ」
何故かテオドールに怒られた。しかし何が悪かったのか分からない。アイナは首をひねる。
そんなアイナの姿に、リリーアンナは噴き出した。
「ふふっ、アイナったら面白いわ。勇者様とどうなろうと、わたくしとは末長くお友達でいてね」
「私を悪く利用しなければ、あなたと友でいるでしょう。その土地の件、よろしくお願いします。――それとついでにお願いしたいことが」
アイナは帰りを思い嫌な気分になったので、リリーアンナに切り出した。
「なあに?」
「馬車が嫌いなので、飛んで帰りたいんです。飛行許可をください」
「分かったわ。でも、ジール王国領を飛ぶ間だけ、この国の国旗を付けてちょうだい」
「それだけでいいなら、喜んで」
今回は間に合わせで従来品を渡すから、アイナ専用の旗ができたら家まで届けるとリリーアンナは言った。
あのうんざりする馬車の旅がなくなると決まり、アイナの顔には笑みが浮かんだ。
----------------
※
二心……作中では浮気心の意味で使ってますが、古典すぎてもしかして通じない??
他、敵対する心などの意味もあって、どっちかというと主君への忠義を疑う時に使うことが多いですね。
0
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。
その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる