17 / 25
本編
7 戴冠式と、黄金苺のミルフィーユ 4
しおりを挟むアイナが通された客室は、若草色の壁紙が使われ、若い女性向けの可愛らしさがある。白い家具に、黄緑のテーブルクロスやカーテンが合わせられ、花瓶には白い花が生けてあった。
居間には暖炉があり、食事用のテーブルと椅子以外には、窓辺にローテーブルとソファが置かれている。奥の寝室は茶色の家具が並び、カーテンや天蓋は深緑色で統一され、落ち着いた趣がある。
キラキラが好ましいアイナの好みではないが、上等な部屋を割り当てられたことは分かる。更に寝室にはもう一つ扉があり、洗面所と風呂があった。
「お気に召しました?」
寝室にトランクを置いてから、居間に戻ると、そこで待っていたリリーアンナが問う。
「ええ、とっても。お気遣いありがとうございます、リリー」
アイナはにこっと笑う。
(ところで、その後ろの方々も一緒にお茶をするんでしょうか?)
婚約者であるテオドールはアイナをにらんでいるし、侍女や騎士も緊張しているようだ。開いたままの扉から、カリンがひょこりと顔を出す。
「失礼、入ってもいいかしら、アイナちゃん」
「どうぞ」
カリンの登場に、アイナは内心ほっとした。カリンは軽快で物怖じしない女性だが、さりげなく気遣い上手だ。誰かが困っていると、ちょうどいいタイミングで現われて橋渡しをしてくれる。たまに、苦手な家事を手伝うという余計なこともしそうになるが、基本的に親しみやすいタイプの人だ。
「この部屋も良いわね。私のほうは赤で統一されているのよ。後で、遊びにいらっしゃいよ」
「そうします」
「それにしても……友達同士のお茶会に、なんって野暮な連中なの。ほーら、婚約者さん、私がいるから安心してお帰りくださって結構よ。貴賓に対して、その態度は無いんじゃない? 気持ちは分かるけど」
「大丈夫ですよ、魔法使いさん。テリトリーを守る犬みたいだと思えば」
ちょっと落ち着かないが、リリーアンナは王となる身だ。これくらいの警戒が普通だろう。
「犬……だと」
テオドールを始め、騎士達も嫌悪に眉をひそめる。
「アイナちゃん、その心は?」
カリンが落ち着いた態度で問う。よくぞ聞いてくれたと、アイナはにんまりする。
「主を守る猛犬のごとし、です。敵に食らいついて離れません。そして骨の髄まで喰い殺し、その能力の高さは、敵の骨の数で決まります。ああ、素晴らしい。なんたる忠臣の鑑でしょうか」
ちなみに魔物の国の犬は、三メートルくらいあって、目が三つある。
護衛達の様子が戸惑いに変わった。アイナは気にせず、ぐっと拳を握り込む。
「我が国では、戦士への褒め言葉ですよ」
「ふふっ、ありがとうございます、アイナ。でも、骨の数で決まるって……魔物って感じね」
リリーアンナは笑ったものの、後半で声に苦味を混ぜた。
「人間の国はどうやって能力を示すんですか?」
「あの勲章がそうですわ。名誉を形であらわしています」
「では、あのキラキラが多い人は、誉れ高い人なんですね? さぞ名高い武人なのでしょうね」
「え? 共に旅してきたでしょう。わたくしの騎士、ネイド・バクスターよ」
リリーアンナに付き添っていた王国最強の騎士だ。
「わぁ、ちゃんとした格好をすると変わりますねー! ごめんなさい、勇者さん達やお姫様くらいキラキラしてたら、見分けが付くんですけど。人間って似通ってて」
「……それは私が地味で印象に残らないとおっしゃってます?」
騎士がしょんぼりと肩を落として問う。アイナはくんとにおいをかぐ。
「えっと、騎士さんのにおいは覚えましたから」
「否定してくれない。ひどい!」
騎士ネイドが言い返すと、周りで笑いが起こった。場が和んだタイミングで、勇者と神官が顔を出した。
「アイナ、俺達も邪魔していいか?」
「私は構いませんけど、リリーはどうですか」
「もちろん、どうぞ。テオドールもいいかしら? 彼、心配性なのよ」
アイナが了承すると、ようやくテオドールの顔が少しやわらいだ。リリーアンナから離れるのを恐れていたようだ。勇者らが同席することで、給仕以外は全て客室の外に出て行くことになった。
お茶を淹れてもらい、軽食をつまみながら話を切り出す。
「リリーってば策士ですね。まさか私を友として招待することで、前の王との体制の違いを示すデモンストレーションにしようとは。やり手でいらっしゃる」
アイナは褒めたつもりだったが、リリーアンナは目を潤ませて、顔を赤くしてうつむいた。
「そのことは謝ります。わたくしの見栄に巻き込んでしまって……」
「は? 見栄、ですか」
いったいなんの話だ。アイナは勇者達を見たが、彼らも視線をかわしているので、意味が分からないようだ。
リリーアンナはしおれた態度のまま続ける。
「戴冠式をすることになって、友人を招待しようと思いましたの。そして手紙を書こうとしたところで、わたくし……気付いたんですわ」
「え……、まさか、この流れは……っ」
「そうです、アイナ。わたくし、友人がいないんだって気付きましたの!」
恥ずかしそうに顔を両手で覆うリリーアンナの傍らで、テオドールが不憫そうにリリーアンナを見つめている。
「仕方ありませんよ、姫。魑魅魍魎がばっこする王宮で、気のおける友人など作れましょうか」
「テオにはいるでしょっ。あなたには、わたくしのこの情けない気持ちなんて分からないんだわっ」
「いや……あの…………すみません」
「裏切り者ーっ」
テオドールの謝罪が追い打ちだった。リリーアンナは婚約者の胸倉をつかみ、ぐらぐらと揺さぶっている。
「王となる身なのに、公式の場で、友もいないぼっちなんて思われたら恥ずかしくてっ。でも思いついたのがあなたがたしかいなくて……それで」
ごにょごにょと言い訳するリリーアンナ。顔が真っ赤だ。
「では、私が最初のお友達なんですか? 私も、ゴーレムさん以外のお友達はお姫様が初めてですよ」
順番では姫の後に、勇者達と友になったので間違いではない。リリーアンナはテオドールから手を離した。頭がふらふらするのか、テオドールは額を押さえて軽く咳き込む。
リリーアンナは不可解そうに問う。
「ゴーレムは使い魔では?」
「生まれた時からのお友達ですよぅ」
「そうなんですの? 魔物の交友関係って不思議……。でもあなた、友が多そうなのに」
「門番をしていて、たまにしか動けないので交流はほとんどありません。それに魔物はテリトリーを大事にするので、お城勤めでもないと、なかなか異種の友なんてできませんよ。勝手にテリトリーに入ったら、殺し合いがスタートです」
「本当、ふんわり笑顔でえぐいことを言いますわね。魔物だわ」
「はい、魔物です」
アイナは頷いた。そんなアイナと友になろうと言うのだから、彼らもかなり変わっている。
「あ、そういえば。魔王陛下からお姫様にお祝いの品を預かってきたのですが、どうしましょうか。戴冠式で渡すほうがいいですか?」
「祝いの品とは?」
テオドールが警戒を見せるので、アイナは寝室のトランクから、両手に抱えるほどの石の箱を持ってきた。
「こちらです、ゴールドスライムですよ。レベルが高いので、意思疎通もできます。魔王陛下の美容係なんです」
「美容?」
リリーアンナは興味を示したが、困惑の表情を隠さない。
「ええと、魔王は男では?」
「陛下は女性ですよ。絶世の美貌の持ち主で、皆の憧れなんですよ~」
アイナは蓋を開けて、ゴールドスライムを見せる。ゼリー状の金色の塊に、心臓であり命でもある赤い核が浮かんでいる。
「お初にお目にかかる。我はゴールドスライムのゴルドと申す。魔王陛下の命を受け、友好の証として遣わされた次第。美容はもちろんのこと、毒なども吸い取ってしんぜよう」
ゴルドはいかめしい話し方で、ウゴウゴとうごめいた。
どこから声が出ているのか、アイナにも謎だ。声の感じでは、オスのスライムのようだ。
「えーと、こちら、ゴールドスライムさんの取扱説明書です。食べ物は魔物でもなんでもいいですよ」
「え……排泄物って書いてありますけど?」
アイナが渡した冊子にパラパラと目を通し、リリーアンナは戸惑いの表情を浮かべる。アイナは首を傾げた。
「当たり前じゃないですか、スライムは魔物の国の清掃員ですよ。私の家のトイレにもいます」
アイナの答えに、勇者達が動揺する。
「ええっ、そんなのいたか?」
「やけに深い穴だとは思ってたけど……」
「てっきり地下水路にでも流しているのだとばかり」
アイナにとっては常識すぎて、彼らの驚きようが謎で仕方がない。
「困ったらゴールドスライムさんに食べられるか質問したらいいですよ。残飯も召し上がりますし、薬品も消化します。あのですね、我が国は毒の霧が湧くんですよ? 岩山をへだてたからって、普通は雨水などで外に広がると思いませんか」
「言われてみると、門の周りは普通の森だったな」
頷く勇者に、アイナは続けて話す。
「我が国にはあちこちにスライムさんがいるので、地面に落ちている毒なども消化しているんです。環境が維持されているのはスライムさんのお陰なので、まさにヒーロー。褒めたたえるべき方なんです!」
「おお、ドラゴンの娘よ。もっと言ってやれ!」
ビョーンと伸びて、ゴルドが発破をかける。
「そんな素晴らしいスライムさんの、高レベルでの進化系、ゴールドスライムさんは貴重な存在です。大事にしてあげてくださいね!」
アイナの熱い語りに気を良くしたゴルドが、ビョーンと体を引き伸ばし、先を手の平の形にする。アイナはゴルドとハイタッチした。
「仲が良いな、君達……」
アイナとゴルドのやりとりに、テオドールはすっかり拍子抜けしたようだ。
「姫、アイナ嬢と話していると、どうも警戒心がそがれますね」
「でしょう? 魔物の国から招待しても、アイナなら大丈夫だと思ったの」
リリーアンナはご機嫌に頷いた。
「しかし、大事な御身に最初から試すのは良くありません。まずはその美容とやら、下位の者に試させましょう」
「なんたる無礼なっ。魔王陛下のお心遣いを無視するかっ、人間っ」
ウゴウゴしながら、ゴルドが怒る。
「ゴールドスライムさん、あんまり仲良くない人から、体に使うものを渡されて、我らの魔王陛下に使ってくれと言えますか?」
アイナが問うと、ゴルドは大人しくなった。
「……左様だな。我が考え無しだった」
話がまとまったところで、アイナは再び質問する。
「それで、こちらを戴冠式で渡せばよろしいんですか? ちなみにゴールドスライムさんは、魔物の国では、金銀財宝を積んででも配下にしたい人気の魔物さんですよ」
「ふむ。なるほど、それならば、正式な場でその旨を話してから姫に渡せば、かなり友好的に映るか。――いかがいたします、姫」
婚約者である前に、テオドールは臣下の顔を見せる。それでいて、リリーアンナを見つめる目は優しい。アイナでも気付くくらいだから、周りにはテオドールの気持ちは筒抜けだろう。リリーアンナも少し照れている。
「アイナ、戴冠式では、各国から祝いの言葉を頂く場面がありますの。その時に、あなたも参加していただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。個人的な友だろうと、私は魔物の国の代表です。できれば魔物の国を攻めたところで不利益にしかならないと、周りにも広めていただきたく思います」
「ありがとう。そうだわ、式の後のパーティーでは楽しみにしていてね。最高級の果物を使ったケーキを出すの。きっとあなたも気に入ると思うわ」
「わぁ、ケーキですか。楽しみです!」
人間の国の宮廷料理への期待が高まる。アイナは今からそわそわして、戴冠式が待ち遠しく感じた。
0
魔法使いさんは、結婚したい
カリンとライアンのスピンオフ目次です。
カリンとライアンのスピンオフ目次です。
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~
柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」
テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。
この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。
誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。
しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。
その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。
だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。
「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」
「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」
これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語
2月28日HOTランキング9位!
3月1日HOTランキング6位!
本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる