勇者さま、おもてなし係

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
15 / 25
本編

7 戴冠式と、黄金苺のミルフィーユ 2

しおりを挟む

 パパと勇者は魔物の国の門から離れ、広々とした場所に移動する。そして、両者は向かい合った。
 パパの赤い目が不気味に光り、その姿が揺らぐ。そして、山のように大きなレッドドラゴンへと変わった。

「人間だろうが、容赦はせんぞ。娘に手を出そうとする若輩者など、俺が排除する!」

 ギャオオオと天高く吠えるパパ。勇者に恐れた様子は無い。泰然と立って、熱く言い返す。

「負けませんよ、お義父とうさん。娘さんは俺がもらいます!」
「だ、れ、が、お義父さんだー!」

 パパは途端にぶち切れて、地面へと尾を叩きつけた。
 落雷でも落ちたような音とともに穴があき、離れた場所にいるアイナの足元も揺れた。アイナはパパに呆れている。

「最初からドラゴン体で戦うなんて、パパってば大人げない」
「アイナちゃん、お父さんに愛されてるのね」
「勇者様、大丈夫でしょうか」

 のんびり構えている魔法使いに対し、神官はハラハラと体を揺すっている。

「ええ、本当に大人げないわよねえ」

 その隣で、長い銀髪を結い上げた、三十代くらいの女性が頷いた。二本の角、背には黒い皮膜ひまくを持った赤い翼を持っており、一抱えもあるドラゴンの子どもを軽々と抱いている。
 アイナ達三人はそろって女性を眺め、魔法使いと神官が飛びのく。

「わっ、びっくりした」
「いつの間に」

 一方、アイナは明るい顔になった。

「ママ、弟が生まれたんですか?」
「そうよ~。エカルラートに見せてあげようと思ったのに、どうして人間と喧嘩してるのかしら。困ったパパでちゅね~」

 エカルラートとはパパの名前である。ママはドラゴンの子どもの額に、チュッとキスをする。

「実はですね~」

 アイナはママに状況を教えた。

「あら、そうなの。陛下がお許しになったのなら、あとはあなたの問題だわ。求婚が楽しみね、アイナ」
「巣はキラキラしていて欲しいですよねえ」

 おっとりしているママに、アイナがうんうんと頷いていると、パパと勇者の動きに変化が出た。
 ひらひらと攻撃をかわす勇者に苛立ったパパが、大きく息を吸い込んだのだ。そして、地面すら焦がすほどの燃えたぎる炎を吐いた。
 それを勇者は、剣を払うことで弾き飛ばす。

「な、何ぃーっ」

 渾身の攻撃を、まさかの剣のひと払いで霧散させられたパパは驚きの声を上げた。
 そんなパパの前へ、とても人間とは思えない跳躍で近付く勇者。彼は剣をさやにしまった。

「殺すわけにはいかないので、これで終わりにします!」

 そして、右の拳を大きく振りかぶる。ドラゴン体のパパの左頬を殴り飛ばし、パパの巨体は大きく後ろへ吹っ飛ばされた。
 ズズ……ン……
 地響きが起こり、レッドドラゴンが仰向けに引っくり返っている。

(強いとは思ってましたけど、グー一発でパパをぶっ飛ばすんですか……)

 勇者の規格外の強さに、アイナはちょっと引いている。魔法使いと神官は拍手した。
 しばらく沈黙していたパパは、よろよろと起き上がる。

「……なんという強さだ。貴様、本当に人間か? だが、まあいい。はーっはっは! これは景気よく負けた! 良いだろう、お前にならば、娘を安心して任せよう!」
「ありがとうございます、お義父さん……!」

 人型に戻ったパパと、勇者はがっちりと握手をかわした。
 勝負をして、男同士の友情が芽生えたみたいだ。

「盛り上がってるところ、申し訳ないんですが、お二人とも。求婚が先ですよ~」

 にっこり。アイナが笑みとともに口を挟むと、パパと勇者はそろって肩を落とす。

「そうだったな」
「頑張るよ」

 しょぼくれている二人の男の前に、ママがひょっこり顔を出す。

「あなた、はい、抱っこしてあげて~」
「おおっ、とうとう生まれたのか! ああ、なんたる可愛さ。俺のマイスウィートハート!」

 眠っている赤ちゃんドラゴンを抱き上げて、パパは感動とともに叫んだ。弟の三角の耳がピクッと動いたが、すやすやと眠っている。

「え、マイスウィートハートは古くない?」

 魔法使いがぼそっと呟いた。

「ドラゴンにとっては、流行など、ついこの間のことなので」

 アイナは一応、パパのために言い訳した。

「スウィーティーちゃんよねえ」

 ママは優しく微笑んで、弟を覗き込んだ。
 可愛い人という意味で、こちらはよく使われている。
 アイナも抱っこさせてもらう。ドラゴンは卵から生まれた時に体力を使うので、弟は疲れて眠っているようだ。起きる気配が無い。

「呼び名は決めたんですか?」

 アイナが問うと、ママは弟を受け取りながら答える。

「これからゆっくり決めるわ」
「陛下に付けていただくのはどうだ、リーシャ」
「駄目よ、エカル。陛下はネーミングセンスが無いもの」
「そうだった。悲惨な目にあった同朋が数多くいたな……」

 ひそひそ声で言い合った末、パパとママは自分達で考えることにしたようだ。
 ママは申し訳なさそうに、勇者一行を見回す。

「ところであなた達、息子が生まれたので、今日にでも出ていっていただけるかしら」
「あっ、これは大変失礼しまして」

 慌てて謝る神官に、ママは首を振る。

「違うのよ。ドラゴンの子どもはね、全く力加減ができないの。遊んでるだけなんだけど、他の魔物を殺すこともあって。人間ならどうなるか分かるでしょう? じゃれついたつもりが、頭が取れちゃうとか」
「こわっ」

 魔法使いが身を引いた。

「いつでも出て行けるようにしていたので、すぐに出立します。冬の間、長々とお世話になりました」

 勇者が丁寧に礼を言うと、ママは首を傾げる。

「世話してたのはうちの子で、私達は何もしてないわ」
「だが、リーシャ。俺達の巣を間借りしていたんだ、礼は受け取るべきだろう」

 パパが諭すと、ママはそんなものかしらと頷いた。

「ちょうど陛下からも許可が下りましたので、私もご一緒します。まずは準備をしなくては」

 成体になった後、パパ達が帰ってきてから、魔物の国の仕立屋で作っておいた衣類がある。魔物は成体になると、魔王城でのパーティーに参加義務がある。だから、いつ魔王城のパーティーに呼ばれてもいいように、ドレス一式は用意してあったのだ。あれを持っていけばいいだろう。
 その後、準備を終えると、アイナは勇者達とともに家を出た。


     *


 それから騎士と合流し、馬車で二週間ほどかけて、ジール王国の王都へやって来た。
 ドラゴン体で飛べばあっという間の距離だが、周りを騒がせないため、面倒ながら従った。魔王にも失礼をしないようにと命令されている。

「アイナちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃありませんよぅ」

 馬車なんてものには初めて乗った。アイナには最悪の乗り物だ。ガタガタ揺れるし、空気がこもる。馬のにおいもなんとも言えない。
 おかげでアイナは馬車酔いでダウンしていた。町の外にいる時は歩いていたが、都の中では目立つのでそうもいかない。魔法使いにすすめられ、アイナは魔法使いの膝にあるクッションに横たわっている。
 窓から見える人間の国は風変わりだ。国境を越えた後から、ポツポツと高い塔が目立ち始めた。
 王都は小高い丘の上にあり、その一番高い位置に城が建っている。それは最も堅牢な塔でもあり、都市内や都市を囲む城壁にも塔がいくつも建っている。遠くから見ると冠みたいだが、近付くと針を刺したクッションみたいである。
 アイナの目は魔力の流れをとらえており、まるで美しい詩のように、魔法が編まれている様子が見えた。気分が悪くなると、アイナは詩のような魔力の流れに耳を澄ませている。
 これは結界だ。

「厳重ですね。空からの攻撃を見越した結界ですか。魔物の国と戦争をするつもりなら、あんまり意味ないですけど」

 アイナが呟くと、勇者と神官、魔法使いがぎょっとアイナを見つめた。

「こんなに堅牢な結界なのに? どうして?」

 勇者の問いに、アイナは返す。

「前にお話ししたじゃないですか、影に潜む魔物がいる、と。影から影へ渡り歩くので、彼らが内側から解除したら、この結界は消えますよ。魔王陛下がその気になったら、ですけど」
「そういう予定は?」

 慎重に問う勇者に、あっけらかんとアイナは返す。

「ありませんよ。だって人間がいる土地なんて、魔物には住み心地が悪いですし。一等地から、わざわざ劣悪な土地に引っ越します?」
「……毒霧が爽やかな空気だったわね、そういえば」

 魔法使いは納得だと頷いた。

「それにしても、なんて綺麗な魔法でしょうか。私には音楽か詩のように聞こえますよ」

 だからといって、馬車酔いがどうにかなるわけではないが、気は紛れる。魔法使いも同感だと、うっとりと目を細めた。

「宮廷魔法使いはセンスが良いわよね。魔法は極めると芸術になるわ」
「お前の魔法は確かに芸術だよな」
「芸術は爆発だ、ですっけ」
「うるさいわよ、二人とも」

 勇者と神官がすかさず茶化すと、魔法使いが二人をにらむ。
 アイナはまだ窓の外を見ている。塔が魔法を繋ぐ部品の役割をしていて、一つ一つは小さな魔法が寄り集まって、大きな魔法になっている。形だけ見ていると、パッチワークに似ている。

「人間って面白いことを考えますね。魔物の国は、魔物が各個撃破していく、力にものをいわせてぶん殴るスタイルなので、結界なんて、個人戦以外では張りませんよ。これだけの規模だと、維持が大変では?」
「ああ、大丈夫よ。これは都市内にいる者から、ほんの少しずつ魔力を奪って補充する形式なの。もちろん、ほんの微量よ。命に関わるようなものではないわ」
「へえ、奪うのですか。なかなかえげつないですね」
「それだけで安全になるなら、皆、喜んで魔力を渡すと思うわよ。兵士以外は、ほとんど戦えない者ばかりだもの」
「……え。それでよく生きられますね」

 弱肉強食。弱い者はあっという間に淘汰される魔物の国育ちのアイナには、カルチャーショックもいいところだ。

「だから皆で力を合わせて、国を守るんだ。強き者は弱き者のために戦う。それが誇りだ」

 勇者が独り言みたいに言った。

「それで、勇者として旅を?」
「天空神のお告げのせいだが、俺は村では弱い立場だったから、弱い者の気持ちはよく分かる。困っているなら、できる範囲で助けてやりたいとは思ってる」
「でも都合よく利用しようとする人も多くて、結構、判断が難しいのよねえ」

 溜息をつく魔法使い。

「ほとんどは暴れている魔物や盗賊退治だけですよ。下手に政治に口を出すと、ややこしくなって、逆に事態を悪化させる場合がありますから」

 神官は苦い顔をして、痛みに耐えるみたいに口を引き結んだ。
 勇者一行ともてはやされていようと、彼らも人間だ。何か失敗したことがあるのだろうと、アイナはなんとなく察した。
しおりを挟む
 魔法使いさんは、結婚したい
 カリンとライアンのスピンオフ目次です。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

前代未聞のダンジョンメーカー

黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。 けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。 というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない? そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。 小説家になろうでも掲載しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

処理中です...