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2巻

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      ◆


 暖炉だんろの中で、火がパチパチと音を立てている。
 応接室に案内された結衣は、青いビロード張りの長椅子に座っていた。右隣にはアレクがいて、一人掛けの椅子にゆったりと座っている。
 アメリアがティーセットの載ったカートを押してきて、手早くお茶の用意をした。香ばしいにおいと共に、湯気がふわりと広がる。彼女は低いテーブルにカップを並べ終えると、扉の脇に控えているディランの隣に移動した。
 それを横目で見ながら、結衣はお茶を一口飲む。冷えた体に温かさが染み入るようだ。
 同じくお茶を味わったオスカーは、ティーカップをソーサーに戻して居住まいを正す。結衣もつられてカップを下ろし、オスカーに注目した。

「ユイ様、実は三週間後に降臨祭があるのです」
「降臨祭?」

 結衣は首を傾げる。

(なんだかその言葉、どこかで聞いた気がするなあ)

 結衣は記憶を掘り起こそうとしてみたが、結局思い出せなかった。そんな結衣に、無表情ながら声だけはやたらと弾ませて、オスカーが言う。

「百年に一度の、降臨祭ですよ! ちょうど三週間後に双子の女神様が降臨し、民衆の前にお姿を現されるのです!」

 オスカーは握った右手を左胸に当て、感慨たっぷりに息を吐く。

「このおめでたい祭典の時期にこうして生きていられることも幸せですが、何よりありがたいのは、我が国はアスラ国と停戦中だということです。そうでなければ戦争中に祭りに参加するなんて、とても出来ませんからね、私達は非常にツイています」
「女神達だけでなく、新しい聖竜とドラゴンの導き手までそろうのですから、豪華ですよね」

 アレクはにこにこと微笑んでいる。
 結衣はその言葉に、また首を傾げた。

「ソラはともかく、私がいて豪華なのかどうかは分かりませんが……」
「ドラゴンの導き手のご来訪に居合わせただけでも、我々は幸運なんですよ、ユイ様。それが今度は女神様方、聖竜様、盟友、導き手が一堂にかいすのです。素晴らしい奇跡ですよ。我々は本当に幸せ者です」

 しみじみと呟くオスカー。
 結衣はそんなオスカーの様子を怪訝けげんに思う。

「アレク、オスカーさんはいったいどうしちゃったんですか? 正直、いつもと違いすぎて怖いです」
「そう思われても仕方ありませんが、今回ばかりは大目に見て差し上げて下さい。外交の都合上、我々の旅に同行することになったので喜んでいるんですよ。各国の王族や貴族が集まるとても大事な場なので、オスカーにはしっかり働いて欲しいと思っています」
「もちろん、陛下にも頑張って頂きますよ」

 オスカーはしれっと付け足した。
 アレクの説明を聞いた結衣は、疑問を口にする。

「旅? そのお祭りって、この国で行われるんじゃないんですか?」
「降臨祭はアクアレイトという国で行われます。ユイは太陽の女神シャリア様が夜闇の神ナトクを地底に封じた話を、覚えていらっしゃいますか?」

 アレクに質問され、結衣は前に聞いた話を思い出す。

「確か夜闇の神様が月の女神様に惚れて誘拐して……それに怒った太陽の女神様が、夜闇の神様を封じたんでしたっけ? そのせいで夜闇の神様が魔族や黒ドラゴンを作って、嫌がらせに人間を滅ぼそうとしているっていうお話でしたよね」
「その通り。そして人間をあわれんだ月の女神セレナリア様が、聖竜を遣わして下さっているんです。実は夜闇の神が封印されている場所が、アクアレイト国にあるのです。女神様方が降臨されるのも、その建物の中なのですよ」
「え? 夜闇の神様が封印されている場所って、アスラ国にあるんじゃないんですか?」

 結衣は根本的なところに疑問を覚えて、率直に問う。
 すると、オスカーが「いいえ」と否定した。

「ナトクが封印されているのは、アクアレイト国の洞窟にある神殿です。その場所はこれまで何度か魔族に襲撃されましたが、我々人間は死守して参りました。封印は強固なので、おいそれと解けることはありません。ですが、降臨祭が近いこの時期だけは例外なのです」
「この時期だけ、封印が解けるってことですか?」
「いえ、解けるのではなく、緩むのだそうです。放置しておけば、夜闇の神ナトクが自らの手で封印を解くでしょう。そのため太陽の女神様が、封印を掛け直しに来られます。月の女神様は、その付き添いらしいです」
「なるほど」

 結衣は大きく頷くと、これまでの話をまとめる。

「要するに、百年ごとに封印を掛け直さなきゃいけない。そのために女神様達が地上に来られるから、それを祝うお祭りが開かれるってことなんですね」

 今度はアレクが頷いた。

「そういうことです。聖竜であるソラは月の女神に会いに行きますし、盟友である私もアクアレイト国から招待状を頂いています。出来ればドラゴンの導き手もご一緒にとのことなので、ユイも行きませんか?」
「いいんですか? もちろん行きます!」

 結衣は即答した。

(リヴィドール以外の国を見てみたいし、平和な旅行なら大歓迎!)

 前にも一度リヴィドールの外に出たが、単にアスラ国の王太子に誘拐されただけだし、とても平和な旅とは言えなかった。

(本当は私、一週間くらいしたら日本に戻ろうと思ってたんだけど……まあいっか。私がこっちにいる間は、向こうの時間は進まないんだし)

 そう結論づけると、頭の中はすっかり観光気分になった。アクアレイトとはどんな国なのだろうと想像して浮かれる結衣に、オスカーがいつもの冷静な口調で言う。

「ユイ様にも他国の王族や貴族の方々にご挨拶あいさつして頂きますので、行きの馬車の中でその練習をいたしましょう。大丈夫です、私が指南させて頂きますので!」
「え? 挨拶?」

 瞬時に顔を引きつらせた結衣に、アレクが穏やかに微笑む。

「皆さん、ドラゴンの導き手にお会いするのを、とても楽しみにしていらっしゃるんですよ。そうと決まれば、ドレスなどの着替えも用意しないといけませんね。ちょうどユイにプレゼントするつもりだったものがあるので、それを持っていきましょう」
「ドレス? 着替え?」

 楽しそうなアレクと違い、結衣の気持ちは急降下した。リヴィドール国の貴婦人が着るドレスは、その下にコルセットを付けるので苦しいのだ。それに、動きにくい服装は苦手である。

「ええ。降臨祭の前に一週間ほど、長いパーティーが開かれるんですよ。そのための着替えです。アメリア、支度したくは任せましたよ」

 アレクがアメリアに声をかけると、彼女はスカートのすそを持ち上げてお辞儀する。

「はい、喜んで。腕を振るって準備いたしますわ!」

 アメリアは意気揚々ようようと答え、嬉しそうに微笑んだ。それを見た結衣は、逃げられないと悟って腹をくくる。

「……よろしく、アメリアさん」

 結衣はぎこちない笑みを浮かべ、アメリアにぺこっと頭を下げた。


      ◆


 ――一週間後、結衣達は船の上にいた。

「すごい景色! きれーい!」

 結衣は手すりから身を乗り出すようにして前方を見つめる。
 澄み渡った空の下、湖面が太陽の光を反射して、銀色に輝いている。湖の一番奥には、白い石造りの街並みが広がっていた。湖の上に造られた、アクアレイト国の王都だ。
 街の後ろには巨大な岩山があり、更に奥には急峻きゅうしゅんな山脈が広がっている。まるで雪化粧をした牙のような鋭い頂きが、いくつも連なっていた。


 山からの風が吹きつけてくるので、船の上はとても寒い。短い髪があっという間に乱れてしまい、髪に結びつけている青い飾り紐がバタバタと暴れていた。
 結衣は神官兵の服の上に羽織はおった毛織のマントに手を伸ばし、フードを引き下ろす。すると少しだけ寒さがやわらいだので、ほっと息を吐いた。

『まったく、あの地に行くだけと分かっていたら、我が背中に乗せていったのに』

 船の真横に並んで飛びながら、ソラがすねたように言う。

「船で湖を渡るのが礼儀だっていうから、仕方ないでしょ」

 護衛の竜騎兵達は例外として中型ドラゴンに乗っても良いが、他の人達は船で移動するのが決まりらしい。
 結衣は冷たい空気を深く吸い込み、笑みを浮かべる。

「船で旅行なんて久しぶり! 魔法で動いてるっていうのが、私の国の船とは違うけどね」

 結衣が乗っている船は一見ただの帆船はんせんだが、今は帆を畳んでいる。魔法を動力にしているそうで、風もないのにかなりの速度で進んでいた。
 ソラは負けじと言い張る。

『我に乗った方が絶対に楽しいぞ!』
「もう、ソラってば。船と張り合わないの!」
『こんなにひらけた場所なのに、共に飛べぬなんてつまらない!』

 ソラが駄々をこね始める。気持ちは分かるが、アクアレイト国を訪問する際のマナーだと言われれば、そうするしかない。
 結衣がソラをどうなだめようかと考えていたら、船室のドアが開き、アメリアが顔を出した。いつも着ている深緑色の侍女服の上に、黒いマントを羽織はおっている。彼女は寒さで鼻を赤くしながら、結衣に声をかけた。

「ユイ様、そろそろ中にお戻り下さいませ。お召し替えのお時間です」
「あ、もうそんな時間だっけ」

 船を降りた足でそのままアクアレイト国の城に向かうので、礼儀としてドレスを身に着けることになっている。
 結衣は思わず顔をしかめた。

「ねえ、やっぱりこの格好じゃ駄目?」
「駄目です。正装でご挨拶あいさつなさらないと失礼ですわ。ドラゴンの導き手様はどの国の王様よりもくらいが高くていらっしゃいますけど、体面というものが……。私、ユイ様が服装一つで誰かに悪く言われたら、とても悲しいですわ」 

 話しながら想像したらしく、大きな目をうるませるアメリアに、結衣は慌てて両手を振る。

「ちゃ、ちゃんと着るから。まま言ってごめんね」
「……良かった、安心いたしましたわ。ですがユイ様、ドレス映えなさるのですから、そんなに嫌がらなくてもよろしいのに」

 表情を明るくしたアメリアだが、今度は不思議そうに首を傾げる。

「動きにくい格好って苦手なの」

 結衣は苦笑しながら、ソラに向けてひらりと手を振った。

「じゃあね、ソラ。またあとで」
『うむ。時間がいたら散歩しよう、ユイ』
「うん、楽しみにしてる」

 結衣の返事を聞いたソラは、嬉しそうに尻尾で湖面を叩き、空へと舞い上がる。みず飛沫しぶきをかぶった結衣は、ソラを見上げて笑った。

「もう、子どもなんだから」

 どれだけ図体が大きくなろうが、自分が赤ちゃんドラゴンから育てたソラは、結衣にはとても可愛らしく見えるのだった。


 アクアレイト国の港には、多くの帆船はんせんが停まっていた。
 そこへ結衣達の乗る帆船が水上をすべるようにして着港すると、集まっていた大勢の人々が沸き立つ。花飾りが付いた帽子を被った女性や、青いコートを着た男性など、様々な格好をした人々が口々に叫んだ。

「聖竜ソラ様だわ!」
「リヴィドールの国王陛下は、なんてご立派なの!」
「我が国へようこそ!」

 灰色の雲におおわれた空の下、人々の歓声が響く。
 外から聞こえてくる声を聞きながら、結衣は扉の前で固まっていた。
 薄水色のシンプルなドレスの上に、裏地が毛織物になっている白いマントを着ているので、防寒はばっちりだ。あとは船室から出るだけなのだが、緊張のあまり膝が笑って言うことを聞かない。
 ディランが開けかけた扉を閉め、結衣を振り返る。

「ユイ様、降りられないんですか?」
「う、うん。ちょっと待って、心の準備が……」

 結衣は扉の隙間すきまからちらりと見えた光景にますます動揺し、深呼吸をして必死に落ち着こうとする。

「あんなにたくさんの人がいるなんて……! ちょっと多すぎるんじゃない!?」

 港いっぱいに人が押し寄せている。勢いあまって湖へ落ちないか心配になるほどだ。
 アメリアが結衣をなだめる。

「聖竜様とドラゴンの導き手様が同時にいらっしゃるなんて、滅多にないことですもの。一目見たいと思って大勢の方がいらっしゃるのも当然ですわ。ですが大丈夫です、ユイ様。馬車まではほんの数歩しかありませんのよ。ねえ、ディラン」
「ええ。おかしなやからは私が絶対に近付けませんから、安心して下さい」

 クロス兄妹が力強く励ます。
 だが、芸能人でも有名人でもない結衣は、あれだけ多くの人の前を歩くと思うと眩暈めまいがしそうだ。ちょっと移動するだけだと頭では分かっているが、足が動かない。
 どうしようと困り果てていたら、船室の扉がノックされた。結衣が返事をすると、扉が開く。

「ユイ、どうかされたんですか?」

 アレクが心配そうな顔を覗かせた。一向に船室から出てこない結衣を迎えに来たのだろう。その後ろではオスカーが怪訝けげんそうな顔をしている。

「や、ちょっと緊張しちゃって……」
「あの人数を見たら緊張してしまいますよね。でも、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ、馬車までほんの数歩しかありませんから」

 アレクが穏やかに微笑んで、アメリアと同じことを言った。

(その数歩の距離で、とんでもないヘマをやらかしそうなんですよっ)

 そう思いつつ、アレクに引きつった笑みを返す結衣。そんな結衣を眺めながら、アレクはしばし考え込み、名案を思いついたとばかりに顔を明るくする。

「では、私が抱えていきましょうか?」
「は?」
「陛下!?」

 結衣の間の抜けた返事と、オスカーの驚く声が重なった。

「緊張で動けないのでしょう? 大丈夫です、ユイ一人くらい軽いものですよ」
「いやいやいやいや」

 冗談かと思ったが、アレクは本気のようだ。結衣は首を横に勢いよく振る。

「子どもじゃないんですから!」
「ええ、存じていますが?」

 不思議そうな顔をするアレクを見て、結衣は更に慌てた。このままだと、大勢の前で抱っこで運ばれてしまう。その状況を回避するため、結衣は必死に頭を働かせる。
 そして一つの代案を思いついた。

「あの、腕を貸してくれませんか? それならどうにか歩けると思いますし、アレクの腕に掴まっていれば、転んだりして醜態しゅうたいをさらすことにもならないかと!」
「それは良い案ですね、ユイ様。我が国がドラゴンの導き手を丁重に扱っていることや、陛下とユイ様が仲睦なかむつまじいことをアピールできます」

 宰相らしく打算じみたことを言うオスカーに対し、アレクは疑問を口にする。

「それなら、やはり抱えていった方がいいのでは?」
「陛下、それはやりすぎというものです」

 そのオスカーの返事にかぶせるように、結衣も主張する。

「そうです、アレク。腕を貸してくれればそれでいいので……」

 アレクは少し残念そうに肩を落としたが、すぐに結衣のそばに来て左腕を差し出した。

「では掴まって下さい。大丈夫ですよ、ユイ。違う国に来ても、あなたが人々から尊敬されていることに変わりはありませんから」
「そんな大層な者ではないですよ……」

 結衣はアレクの左腕に右手で掴まりながら、苦笑する。どんなに持ち上げられても自分は平凡だと理解しているからこそ、大勢の人々を前にひるんでしまうのだ。
 そんな結衣に、アレクは穏やかに微笑む。

「そう思っていらっしゃるのは、きっとユイだけですよ。さあ、行きましょう。あまり遅くなるとソラが心配しますから」
「あ……はい!」

 アレクの他にも心強い味方がいたことを思い出し、結衣は勇気が湧いてきた。
 結衣達が船の廊下を歩いて甲板かんぱんに出ると、わっと歓声が上がる。
 距離があるのでよく見えないが、人々がこちらに向けて手を振っているのは分かった。

「ユイ、良かったら、彼らに手を振ってあげて下さい」
「え? は、はい」

 アレクの言葉に従い、結衣は人々に向かって左手を振る。その瞬間、悲鳴のような黄色い声が上がった。
 ぎょっとして固まる結衣の右手を、アレクが軽く引く。そして嬉しそうに微笑み、桟橋さんばしを示した。

「では降りましょうか」

 船と桟橋をつなぐ渡し板の方へと歩きながら、結衣は平然としているアレクに感心していた。結衣なんて歩くだけで精一杯だというのに。
 渡し板を、まるでお姫様のようにエスコートされて下りていく。アレクは結衣と歩調を合わせつつも、その足取りはよどみない。いったいアレクにはあの人だかりがどう見えているのだろうと不思議に思いながら、結衣はなんとか渡し板を下りきった。
 が、ほっとして気が緩んだ拍子に、ドレスのすそを踏んでしまう。

「わっ」

 バランスを崩してよろめいた結衣の頭に、自分が大勢の人の前で派手に転ぶ光景が浮かぶ。だが、アレクに右腕を軽く引かれてどうにか体勢を持ち直した。

「大丈夫ですか?」
「は、はい……」

 驚きのあまり心臓がバクバクしているが、特に足をひねったりはしていない。お礼を言おうとアレクを見上げた結衣は、その顔が思ったよりも近くにあって驚いた。
 こちらを覗き込むようにしているアレクは心配してくれているのだろうが、キラキラしい美貌びぼうがこんなに近くにあっては心臓が休まらない。

「ありがとうございます……」

 自然と声が小さくなってしまったが、アレクにはちゃんと聞こえたようで、彼は緩やかに微笑んだ。

「どういたしまして」

 今度は緊張とは違った意味でドギマギしてしまう。お陰で周りを取り囲む人々のことを気にする余裕もなく、気付けば港に用意されていた馬車の前にいた。
 青地に金の装飾がほどこされた優美な馬車に乗り込むと、結衣はほっと息を吐いた。

「ね? ちょっと歩くだけだったでしょう?」
「そうですね……」

 アレクの問いかけにそう答えながらも、結衣は妙な疲労感を覚えて苦笑する。
 やがて馬車が動き出し、熱気の混じった喧噪けんそうは徐々に遠のいていった。


      ◆


 入り組んだ街並みを走り抜け、いくつかの水路を越えた先に、豪華絢爛けんらんな白い建物が現れた。
 アクアレイト国の王城だ。
 四角くて横に長い建物なので、城というよりは立派なお屋敷のように見える。屋根と壁には女神やドラゴンの彫刻がほどこされ、聖竜教会との結びつきの深さが一目で分かる。
 エントランスの前で結衣達が馬車から降りると、そこへ静かに歩み寄ってくる一団があった。

「遠路遥々はるばるようこそお越し下さいました。リヴィドール国の皆様」

 数人の侍女を従えた女性が、スカートのすそを持ち上げて優雅に一礼する。

(お姫様だ……!)

 結衣は自分が挨拶あいさつされているという状況も忘れて、その女性に見入った。
 明るい金髪は複雑に編み上げられ、宝石の付いた髪飾りでまとめられている。耳飾りが揺れて、キラリと光を放った。
 ハイウェストのドレスは濃い紫色で、胸の下辺りに金のベルトが巻かれている。その上に緑色のマントを羽織はおった女性は、陶器みたいに白い肌をしていた。
 やがてゆっくりと上げられた顔は、とても美しかった。彼女が青紫色の目を細めて微笑んだだけで、辺りがパッと明るくなったような気がするほどだ。
 お伽噺とぎばなしに出てくるお姫様が現実にいるとしたら、きっとこんな感じだろうと結衣は思った。

「わたくしはアクアレイト国の第一王女、リディア・アクアレイトと申します。父より、皆様のご案内役を任されました。此度こたびのご来訪、心より歓迎いたしますわ」

 王女と聞いて、結衣はやっぱりと思った。リディアに見とれてポーッとしている結衣の隣で、アレクが左胸に右手を当てて礼をとる。

「あなたがリディア姫ですね。アクアレイト国一の美姫びきという噂は、我が国にも届いていますよ。私はリヴィドール国王、アレクシス・ウィル・リヴィドール三世と申します」

 アレクはそう名乗ると、結衣の顔を覗き込んだ。

「……ユイ?」

 怪訝けげんそうに呼びかけられ、結衣はハッと我に返る。

(そうだった、挨拶を返すんだった!)

 道中、オスカーから口をっぱくして教えられたことを思い出し、慌ててスカートの裾を持ち上げてお辞儀する。

「ユ、ユイ・キクチです。お世話になります」

 結衣の頭に、『三十点ですね』と辛口な評価をするオスカーの顔が浮かんだ。きっと後ろにいる彼は、内心で採点しているに違いない。
 冷や汗をかきつつも、結衣は笑みを浮かべる。アレクはいつもの穏やかな口調で、結衣の自己紹介に補足してくれた。

「この方がドラゴンの導き手です。聖竜ソラ様が異世界よりお招きした方ですよ」

 すると馬車の真横に着地したソラが、ついでのように挨拶あいさつする。

『我もしばらく世話になる。よろしく』

 突然目の前に現れたソラに、リディアの侍女達は驚いていた。だが、すぐに目を輝かせ、祈りのポーズをとる。
 リディアは軽く目を見張ったあと、緩やかに首を横に振った。

「導き手様と聖竜様をおもてなしするのは、当然のことですわ。ご滞在中は楽しく過ごして頂けたら幸いです。お疲れでしょうから、客間へご案内いたしますね」

 リディアはにこやかに微笑むと、「こちらへどうぞ」と手で奥を示して歩き始める。一人の侍女がそのあとに続き,他の侍女達は荷物を下ろすために馬車の方へ向かった。オスカーとアメリアもその場に残り、結衣はアレクとディラン、数名の護衛兵と共に歩き出す。
 アクアレイト国の王城内は、芸術的なおもむきがあった。美しい花瓶や彫像があちこちに置かれ、まるで美術館のようである。結衣は廊下を進みながら、次は何が置かれているのだろうとわくわくした。
 だが、道順がかなり複雑だったので、ようやく目的地に辿たどり着いた時には、一人でここまで来られる自信をなくしていた。


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