赤ちゃん竜のお世話係に任命されました

草野瀬津璃

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1巻

1-3

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「ユイ殿は心がとても柔軟でいらっしゃるんですね。私がこんな突拍子もない話をされたら、きっと騒いだり暴れたりして、面倒を起こしていますよ。さぞかし不安でしょうに、こうして静かに話を聞いて下さっている。ありがたいことです」

 自分がその立場になったことを想像したのか、アレクはしかめ面をした。彼は、自分のことを親身になって考えてくれている。結衣にはそう思えて、アレクの印象が更に良くなった。結衣が癇癪かんしゃくを起こさず大人しくしていられるのも、アレクのまとう穏やかなオーラのお陰かもしれない。

「いやいや、まだ混乱してますよ? でも魔法なんて見せられたら、受け入れるしかないです」

 結衣は苦笑した。結衣の中の冷静な部分が、ごねるよりも現状把握が先だと告げているのだ。
 だから深呼吸し、気を取り直す。

「ところで、さっき私は聖竜に選ばれたって言ってましたよね。それってどういう意味なんです?」
「はい、先程の話には続きがあるのです」

 オスカーはそう言って、説明を再開した。


 ――聖竜は、死期が近付くと卵を産む。そして、その卵がかえるには、ドラゴンの導き手が必要だ。
 人間の味方をするために、神から遣わされた聖竜。彼らが人間と上手く共生できるように、選ばれた人間の手で慈愛をもって育てられる必要があると、神が考えたからだと言われている。
 だから聖竜はドラゴンの導き手を召喚し、自分のそばに引き寄せる。そして大人になるまでの間、ドラゴンの導き手から様々なことを教わり成長していくのだ。
 聖竜教会は聖竜の希望を汲み、導き手が何不自由なく暮らせるように手助けしてきた。そして今日こんにちに至る――


「あなたはその、ドラゴンの導き手なんです」

 アレクはそう断言した。
 結衣は目を閉じて、頭を抱える。

「ひとまず導き手がどういうものかは分かりましたけど、何なんですか、その神に遣わされたとか言うのは……。まさか神様が実在するなんて言いませんよね?」

 その言葉に、アレクが怪訝けげんな顔をする。

「あなたの世界には実在しないんですか?」
「へ?」

 結衣は唖然とした。

「いや、信じるか信じないかは人によりますけど、実在してるかどうかは分からないから、宗教間で揉めていて……って、その言い方だと、この世界には神様が実在するんですか!?」

 信じられないという態度を隠さない結衣の問いを、アレクは肯定する。

「ええ、いらっしゃいますよ。ただし百年に一度、降臨祭こうりんさいの時にのみ、お姿を現されるのです。常にいらっしゃるわけではありません」
「姿を見せるんですか? 神様が?」

 尚もしつこく問う結衣。彼女がオスカーの方を見ると、彼も頷いた。

「そうです。この世界には光をつかさどる双子の女神――太陽神シャリア様と月神セレナリア様、そして夜闇を司る男神ナトク様がいらっしゃいます。ですが、降臨祭の時にいらっしゃるのは双子の女神様だけです」
「夜闇の神様は来ないんですか?」

 その問いに、もちろんだと言わんばかりに頷くオスカー。

「ええ。夜闇の神は月神に懸想けそうして彼女をさらったことが原因で、双子の妹を奪い返しにきた太陽神により、地底に封印されたのです。以来、太陽神と夜闇の神は敵対しています。月神は二柱に挟まれて困っているそうです」
「いや、困ってるって……」

 それでいいのか、月神様。結衣は思わず心の中でツッコミを入れた。

「我々人間は、光の女神様達によって生み出された存在です。夜闇の神は嫌がらせとして魔族を生み出し、人間を滅ぼそうとしてきました。ですが、月神が聖竜をお遣わし下さったので、滅びずに済んでいます。しかし聖竜は、元々は天界の生き物です。生まれた瞬間から人間の味方をするわけではありません。そこでセレナリア様は、聖竜を正しく導けるように、人間の中から代表を選ばせることにしたのです。その代表というのが、幼い聖竜に人間をいつくしむ心を教える『ドラゴンの導き手』と、聖竜と共に戦う『盟友』です」
「私がその『盟友』なんですよ。先代の聖竜エルマーレ様は、私の父を盟友に選びました。そして父が亡くなった後のために、私を次の盟友に選んだんです。ほら、これがそのあかしです」

 アレクは自分の左手の甲にある赤い紋様を見せた。三日月を背負うドラゴンの絵が、そこにあった。
 結衣は自分の両手をまじまじと見てみたが、何も無い。
 不思議がる彼女に、オスカーが教えた。

「導き手の場合は、その竜呼びの笛が証です。他のドラゴンをしつけたり呼んだりするのにもそのような笛を使いますが、あなたが持つ物は特別で、聖竜を呼ぶことが出来る唯一の笛なのです。あなた以外には吹けないんだそうですよ」
「そうなんですか……」

 使い方は謎だが、ひとまず結衣は納得した。この世界に来た時、いつの間にかこの笛を持っていた理由が分かったからだ。

「ユイ様には聖竜だけでなく、他のドラゴンをも導く力があると言われています」

 オスカーが続けて言った。

「他のドラゴンも?」

 結衣は聞き返したものの、教えられることが多すぎて、だんだん頭が回らなくなってきた。だが、これだけはいておかなければ。

「何で私なんですか? 私、そんなドラゴンなんてものを導くような立派な人間じゃないですよ。平凡な一般人で、ただのドッグトレーナーで、得意なのは犬の訓練だけで……」
「失礼ですがユイ様、ドッグトレーナーとは何ですか?」

 指折り数えて平凡さをアピールする結衣に、オスカーが質問する。結衣はきょとんとして、目をしばたたかせた。そしてドッグトレーナーについて説明しようとした時、ふと疑問が浮かぶ。

「こちらの世界には、犬はいますか? これくらいの動物で、ワンワンと吠える……」
「ええ、おりますよ。主に狩猟犬や牧羊犬として使います。家庭犬として飼う地域もあるそうですが」
「良かった。ドッグというのは私の世界の外国語で『犬』という意味です。トレーナーは『訓練士』です。つまり私は、犬の訓練をする仕事をしてるんです。だからドラゴンとか、そんなすごい生き物を育てられるのかなって……」

 結衣は困り顔でアレクを見たが、彼も困った顔をしていた。

「申し訳ありません、私にも聖竜の考えまでは理解出来ません……」

 アレクはそう言って首を横に振ったものの、すぐに穏やかな微笑みを浮かべる。

「ですが、分かっていることが一つあります」

 アレクは自信に満ちた顔で言った。結衣はごくりと唾を呑み込む。何を言うつもりなのかと少しビクビクしつつ、彼を見つめる。

「な、何ですか?」
「聖竜が導き手として選ぶ人間は、情に厚い、優しい方ばかりだということです」

 ストレートにめられた結衣は、ぽかんとした後、顔を赤くした。照れと恥ずかしさと、同意したら自意識過剰ではないかという考えが、一気に頭の中を通り過ぎる。
 結衣は慌てて首を横に振り、否定した。

「そ、そんなことは……」
「いずれ分かることですよ。私どもは聖竜の選択に、間違いが無いことを知っています。それで充分なのです」
「……そうですか」

 それ以外にどう答えろと言うのか。返事に詰まった結衣は、結局頷くしかなかった。だが、とても良い人だと言われっぱなしでは気まずいので、他の話題を探す。そして、はっきりさせておきたいことが一つあるのを思い出した。

「聖竜が選んだっていうことは、私をここに連れてきたのは、あなた達じゃないんですね?」

 オスカーが首肯する。

「ええ。我々に出来るのは、導き手の召喚を早めるために、卵の中にいる聖竜に呼びかけることだけです。実際に召喚するのは聖竜です。人を別の場所から呼び寄せる魔法は存在しますが、高い魔力と魔法センスが必要なので、使える者はごく少数です。世界を渡るとなると成功例はありません」
「失敗談なら山程ありますが、詳しく聞くのはオススメしません。どれもこれもむごたらしい話なので。それでも聞きたいですか?」

 心配そうに問うアレクに、結衣はぶんぶんと首を横に振った。

「そんな話、しなくていいです! その聖竜が私を呼んだことは分かりましたけど、私っていずれは元の場所に帰れるんですか?」

 これこそが、結衣が一番きたかったことだ。
 すると、アレクは大きく頷いた。

「もちろん帰れますよ。聖竜が大人になったら、呼ばれた日と同じ時間、同じ場所に戻れるらしいです。前の聖竜がそう言っていました。仕事を終えると、導き手殿には女神から幸運がプレゼントされるとも聞いています」
「幸運……」

 なんだ、お金がもらえるってわけじゃないんだ、と結衣は心の中で呟いた。結衣の勤務する訓練所は、給料がとても少ない。幸運などという曖昧なものより、バイト代をもらえた方が助かるのだが……
 まあ、帰れるだけで良しとしておこうと結衣は思った。下手にままを言って、帰れなくなったりしたら困る。

「ユイ殿」

 アレクに呼ばれて結衣がそちらを向くと、彼は神妙な顔をしていた。そして溜息ためいきいて言う。

「見知らぬ土地に呼ばれ、心細い思いをしていらっしゃるあなたに頼るのは大変心苦しいのですが……今、この国はとても危うい状態にあります」
「え?」
「魔族と人間がたびたび戦争をしていると、先程話したでしょう? 二ヶ月前に一つの戦争が終わり、今は休戦中なのです。先王――私の父はその時の傷が原因で亡くなり、卵を産んだばかりだった聖竜も疲弊ひへいして亡くなりました。その戦いではこちらが勝ったので、先王のに服す期間として三ヶ月間の安全は得ましたが、その後どうするかはあちら次第です」

 結衣は青ざめ、慌てて口を挟む。

「ちょっと待って下さい! どうして今そんな話を? 私に今すぐ聖竜と一緒に戦ってこいとでも言う気ですか? 冗談じゃない!」

 身の安全を保障すると言っていたのは、嘘だったのか?
 興奮する結衣をなだめるように、今度はオスカーが言った。

「まさか。あなたを危険にさらすことは絶対にありません。ただ、そういう状況なので、我々は儀式をしてあなたの来訪を早めたのです。そして、あなたにもそれを理解した上で、聖竜のお世話をして頂きたいのですよ」
「ああ、そういうこと……」

 結衣は心底ほっとした。
 つまり、彼らはこう言いたいのだ。聖竜が幼いままだと国の防衛力が落ちて危ないから、出来るだけ早く聖竜を一人前にして欲しいと。
 アレクは心底申し訳なさそうに顔を歪め、結衣を見つめる。

「随分勝手なことを言っていると、分かってはいるのです。少数の軍勢が相手なら私だけでも対応出来ますが、大軍相手となると、聖竜がいないのは大きな痛手になります。聖竜がそばにいるのといないのとでは、軍の士気も変わってきますから」

 アレクの言っていることは分かる。無敵のヒーローが傍にいて、一緒に戦うのだと思えば心強いだろう。逆に、いつもいるはずのヒーローがいなかったら? 結衣だったら、思わず逃げたくなりそうだ。

「ユイ殿、あなたの身に何か起きたとしても、私が持てる力の限り、あなたを守ると誓います。ですから、どうか力を貸して頂けませんか?」

 ひどく真剣な緑の目が、結衣をまっすぐに見つめている。
 結衣は無言で頷いた。
 果たして自分が急いだところで聖竜の成長が早まるのかどうかは知らないが、やれるだけやってみよう。
 世界のためだとか人間のためだとかそんなことよりも、目の前の青年の気持ちに応えたいと、結衣は思った。こんな風に一生懸命になれる人となら、なんとかやっていけそうな気もする。それに日本に帰るためにも、やるしかないだろう。
 そこで結衣は、すっと席を立つ。

「分かりました。とにかく、やれるだけのことはやってみます。私はドッグトレーナーで、ドラゴンのトレーナーなんてしたことありませんけど、きっとどうにかなりますよね」

 そう冗談まじりに笑いかけると、アレクは明るい笑顔を見せてくれた。そんな彼に、結衣は扉を示す。

「じゃあ早速、聖竜の卵の所へ行きましょう」
「はい! ありがとうございます、ユイ殿」
「感謝いたします、ユイ様。些細ささいなことでも構いません、何か分からないことがありましたら、いつでもいて下さい。私も協力は惜しみませんよ」

 アレクとオスカーも立ち上がり、結衣を案内するために扉へ向かっていく。

(よく分からないけど、やってみるしかない。頑張ろう!)

 ドラゴンなんて見たこともないし、少し怖いという気持ちもある。だが、結衣は元々かなり前向きなタイプなので、一度やろうと決めたらそれしか見えなくなるのだ。
 結衣は二人の後を追い、聖竜の卵があるという部屋へ向かった。


      ◆


 細やかに彫り込まれた白木造りの扉を開けた先に、聖竜の寝床はあった。人気ひとけがなく静かな場所で、空気がひんやりとしている。

「広い所ですね」

 結衣は周囲を見回した。 

「成長した後も、聖竜が過ごす場所ですからね。聖竜は空を飛べるようになると、あそこから出入りするんですよ」

 アレクがそう言って、天井を指差した。
 白い石造りの部屋の天井は高く、部屋の奥だけが吹き抜けになっている。結衣が天井を見上げると、そこには大きな穴がぽっかりと開いていた。その穴から注ぎ込む光が、室内を明るく照らしている。
 そのまま下へと視線を移した結衣は、床に置かれた石製の台座に、銀色に輝く巨大な卵があるのに気付いた。青いクッションに鎮座した卵は、まるで大切に守られる宝石のようだった。
 結衣は息を呑んでたたずむ。

(綺麗……)

 静寂の中、光に照らされる銀の卵には、得も言われぬ美しさがある。
 思わず見とれる結衣に、オスカーが言った。

「聖竜の誕生は、ドラゴンの導き手によりなされます。どうぞ卵に近付いて触って下さい。そして聖竜が卵からかえりましたら、名前を付けて下さい」
「ええっ、私が名前を付けるんですか? いいんですか?」
「はい、良いお名前を期待しています」

 オスカーはにこりともせずに言った。結衣は頬を引きつらせる。

(この人、淡々とプレッシャーを増やしたよ!)

 難しい注文だ。ふと思い浮かんだのはポチという名前だが、いくらなんでも安直すぎてセンスが無い。もしアレク達が日本人だったら、もっとマシな名前はないのかと怒りそうだ。
 結衣はポチという案は却下して、他に良い名前は無いかと考えながら、アレク達のそばを離れて台座へ向かった。

(この卵に私が触れると、聖竜が生まれるの? いったいどういう仕組みなんだろ……)

 結衣はひとまず疑問を引っ込め、卵を覗き込む。近くで見ると、思っていたよりもずっと大きい。結衣が両腕でやっと抱えられるくらいの大きさで、殻がツルツルしていて、表面は鏡のようになっている。
 そこに短い髪と大きな目をした女が、顔に戸惑いの色を浮かべて映っていた。
 大きく深呼吸をして、結衣は自分を落ち着ける。
 そして卵の表面に映る顔が少しはマシになったのを確認すると、右手を持ち上げた。

「どうか、おっかないものが出てきませんように!」

 そう祈るように呟いて、結衣は勢いよく卵へ触れる。
 ――ピシ。ペシピシビシッ!
 その瞬間、卵に亀裂が入り、中から光が溢れ出した。


「ピギャーア!」


 鳥の鳴き声にも似た、甲高かんだかい声が響き渡った。

(うわ、なに!?)

 驚いて顔をかばっていた結衣は、腕を恐る恐る下ろしてそれを見る。
 銀の破片が舞い散る中、頭を外へ突き出したそれは、もう一度可愛らしく鳴いた。

「ピギャッ」

 蝙蝠こうもりに似た青い羽が生えた、大きなトカゲ。うろこはにぶく銀色に光り、大きな丸い目は深みのある青色をしている。まるでビー玉か、ガラス玉のようだ。


 その目の美しさに魅入られた結衣は、無意識に呟いていた。

「空……」

 そうだ、空だ。冬の空。夕日が沈み、徐々に深みを帯びていく青色。
 犬の訓練に明け暮れて、ふと見上げた時の空を、結衣は思い出した。

「ギャア!」

 聖竜の子どもは、嬉しそうに目を細めて鳴いた。

「聖竜様、お誕生おめでとうございます! ユイ様、ありがとうございます。ソラ……とても良いお名前ですね」
「え?」

 結衣が振り返ると、オスカーが無愛想な顔にうっすら笑みを浮かべていた。アレクも嬉しそうに微笑んでいる。そこで初めて、結衣は自分が聖竜の子どもに名前を付けてしまったらしいことに気付いた。

(あれで名前を付けたことになるの?)

 疑問に思いながら、結衣は聖竜に視線を戻す。そして、くりくりっとした青い目で見上げてくる聖竜に問いかけた。

「ソラ?」
「ギャピ!」
「返事した……」

 明らかに返事をした。結衣は思わず口元に手を当てる。
 ちゃんと考えて付けた名前ではない。それなのに、この子どもドラゴンも、結衣の独り言を自分の名前と認識してしまったようだ。

(でも、似合ってるかも。それに可愛い)

 最初はとんでもないことをしてしまったと焦ったが、だんだん良い名前であるように思えてきた。
 結衣はソラに、にこりと微笑みかける。

「ソラ、私は結衣だよ。よろしくね!」
「ギャ!」

 聖竜の子ども改めソラは、可愛らしく返事をした。つぶらな瞳をキラキラさせる様子は、乙女心を思い切りくすぐる。結衣は思わずソラを抱き上げた。

「可愛いー! って、重っ!」

 まさかボウリングの玉程の重さがあるなんて。ぬいぐるみのような見た目なので、すっかり油断していた結衣は、ソラを支えきれず後ろにひっくり返った。

「大丈夫ですか、ユイ殿!」
「だ、大丈夫です」

 驚いた様子で近寄ってきたアレクに、結衣はそう返す。
 本当は背中が痛かったが、大したことは無い。どちらかというと、派手に転んでしまったことによる恥ずかしさの方が勝っていた。
 腕の中のソラは、結衣が遊んでくれていると思ったのか、ギャアギャア鳴いて喜んでいる。

(ドラゴンって重いんだ……)

 結衣がソラを膝の上に乗せたまま呆然と座っていると、アレクが心配そうに眉を下げ、手を差し出してくれる。結衣はソラを床に下ろし、アレクの手を取って立ち上がった。

「ありがとう、アレクさん」

 アレクは頷いて手を離したが、心配顔は崩さない。

「どういたしまして。ですがユイ殿、これからは気を付けて下さいね。こんなに細くていらっしゃるのですから、下手をすれば大怪我をしてしまいます」
「はい、すみません」

 そう素直に謝ったが、内心、細いと言われて少しばかり喜んでいた。どちらかといえば男っぽい部類に入る結衣は、こんな風に女扱いされたのは初めてで、照れてしまう。

「ユイ様はドラゴンを見るのが初めてだとおっしゃっていましたし、用心なさって下さい」
「分かりました、オスカーさん」

 そう答えながら、結衣は足元を見た。構ってほしいのか、ソラが足にじゃれついてくる。
 結衣はしゃがんで、ソラの頭を撫でてみた。ソラは気持ち良さそうに目を細め、尻尾を振る。
 次いで額を撫で、耳元を撫でた。そのまま首裏、背中へと手を移動させ、最後に尻尾に触れると、ソラが突然うなる。尻尾に触られるのは嫌なようだ。

「ああ、ごめんね」

 結衣は謝り、ソラの頭を撫でる。するとソラは、すぐに機嫌を直した。

(ふーん、尻尾に触られるのが駄目なのは、犬と同じね)

 そう思いつつまじまじと見つめると、ソラは後ろ足だけで立ち、不思議そうに小首を傾げる。
 オスカーが感嘆の声を漏らした。

「素晴らしいですね、早くもあなたになついていらっしゃる」
「鳥の刷り込みみたいに、卵から出て初めて見た私を、親だと思ってるんじゃないでしょうか?」
「いえ、そうではありません。聖竜の子どもは初めて見たのが違う人間でも、自然と導き手様になつくそうなので」
「そうなんですか? 不思議ですね」

 結衣がオスカーと話していると、ソラが自分に注意を向けるためか、撫で方がおざなりになっていた左手に噛みついてきた。

「いたっ」

 驚いてそっちを見ると、ソラは左手を噛んだまま、結衣をじっと見上げてくる。ソラとしては甘噛みのつもりなのだろうが、かなり痛い。
 結衣は犬を叱る時のように、りんとした態度でソラを正面から見つめ、大きな声を出す。

「わっ!」

 ソラがびくりとして、口を結衣の手から離した。
「駄目」や「めっ」という言葉でもいい。とにかく短い言葉で叱り、興奮が治まるまで相手をしないことだ。あくまで犬の場合だが。
 叱られたソラはそわそわと歩き回っていたものの、結衣が構おうとしないことに気付いたのか、やがて落ち着いて床に座った。

「ユイ殿、手から血が出ています。すぐに手当てを」

 心配そうな顔でアレクが問うと、オスカーが口を開いた。

「陛下、薬箱をお持ちします」
「そんな、おお袈裟げさですよ、水で洗って絆創膏ばんそうこうをしておけば充分……」

 結衣は慌ててそう言ったが、オスカーは聞く耳を持たない。違う部屋から薬箱を持ってきて、あっという間に手当てしてくれた。
 大仰に巻かれた包帯を見て、結衣は苦笑する。彼らにとってドラゴンの導き手は、それ程重要な存在なんだろう。

(これはやりすぎだけど、ドラゴンをあなどると危ないってことは、よく分かったかな)

 ドラゴンは牙が鋭く噛む力も強いようなので、たとえ子どもドラゴンでも、子犬に噛まれるよりずっと危険だ。それを身をもって知った。
 包帯が巻かれた左手を見下ろしたまま、結衣は決意する。
 人間と共生できるように、この小さなドラゴンに必要なルールを教え込もう。それが自分の使命だ。上手くやらないと、人間が危険なのはもちろん、ソラにとっても好ましくない事態を招くだろう。
 まだ出会ったばかりだが、結衣の中に幼いドラゴンへの情が確かに湧いていた。
 結衣はアレクとオスカーに真剣な顔で言う。

「アレクさん、オスカーさん、私のことをサポートしてくれるんですよね?」

 するとアレクが大きく頷いた。

「もちろん」

 オスカーも続けて言う。

「必要な物があれば、何でもおっしゃって下さい。手配しますよ」

 二人の頼もしい返事を聞いて、結衣はさっそく質問する。

「良かった。あの、聖竜の育て方について書かれた本とかはありますか? よかったら見せて頂きたいんです」
「ああ、それなんですが……」

 アレクは言いにくそうに言葉をにごす。

「実は聖竜の育て方は導き手によって様々で、決まった手法はないようなのです。歴代の聖竜に共通する生態はお教え出来ますが、育て方はユイ殿にお任せするしかありません。聖竜に必要なのは型にはまったしつけではなくて、導き手による慈愛のこもった教えなんです」
「えーと、つまり親が子どもを育てるように、愛情を持って教えなさいってことですか?」
「その通りです」


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