62 / 89
第三部 命花の呪い 編
03
しおりを挟む「オニキス」
第一竜舎の前に着くと、結衣は日なたぼっこをしているオニキスに声をかけた。オニキスは翼を広げて地面に伏せていたが、すぐに体を起こす。
「グルル」
オニキスは結衣の頬をなめた。
「あはは、ちょっ、オニキス。くすぐったいよ。黒いからか、日なたぼっこするとぽかぽかするのね」
「ルゥ」
頭をぺたぺた触ると、「そうだろう?」とでも言っているかのように、オニキスは目を細めた。
「お気を付けくださいよ、導き手様」
第一竜舎の責任者フォリーがやんわりと注意した。灰色の髪を持った小柄な男だ。四十代というわりに、少し若く見える。
「ルルッ」
黄土色のドラゴン――ニールムがフォリーに向けて鳴いた。
「ははっ、君がいるから大丈夫ですか? ええ、よろしく頼みますよ、ニールム」
「ルルッ」
頭を大きく振って頷くニールムに、フォリーは右手を振る。
「ではここを頼みますね。あちらのドラゴン達の手入れをしてきますからね。では導き手様、仕事がありますので」
「はーい」
布や藁でできたたわしを持って、水を入れたバケツを下げ、フォリーは端のドラゴンのほうへ行く。部下が大きな爪切りを運んで後についていった。
今日は爪の手入れや、鱗磨きの日みたいだ、
「オニキスがつやつやぴかぴかしてるのって、フォリーさん達のお陰なんだね」
「グルルッ」
結衣の言葉に、オニキスは嬉しそうに鳴く。「ほら」と言いたげに、翼を広げてみせる。蝙蝠のような翼の皮膜が光を反射している。
「ねえねえ、オニキス」
「グル?」
フォリー達が離れたのを見て、結衣はオニキスを手招いた。ちらっと、遠く離れた木の後ろにいるディランも確認する。
「私、あのドラッケント山に行きたいの。連れてってくれないかな」
「グル……」
「しーっ、ニールムには内緒よ」
「グルル?」
オニキスが、群れのリーダーであるニールムに確認しようとするので、結衣は慌てて止める。不思議そうに、オニキスは結衣を金の目で見て、くんくんとにおいをかぐ。それでなんとなく結衣が困っているのが分かったのか、短く返事をした。
「グルル!」
そして、結衣の後ろ襟をくわえて、ぽいっと背中に乗せた。
それに慌てたのはニールムだ。オニキスの前に回り込む。
「ルルッ!」
「グルル、ルルルル、グールルッ」
「ルルゥッ」
止めるニールムに、オニキスは説明したが、ニールムはそれでも頭を振って目つきを鋭くする。その間に、結衣はゴーグルを目元に引き下げた。
「ごめん、ニールム! アレクのために、どうしても行かなきゃいけないのっ。許してね!」
「ルッルル!?」
まるで「ちょっと待ちなさい!」と言われた気がするが、結衣はオニキスの首根っこにしがみついた。
「いいよ、オニキス!」
「グルル!」
バサッと羽ばたいて、オニキスはふわりと浮かび上がる。
「ええっ、ユイ様!?」
「ごめん、フォリーさん。すぐに戻ります!」
「ええええ」
驚いているフォリーに心の中で土下座しつつ、結衣はオニキスとともに空へ舞い上がった。
ニールムはすぐにオニキスを追いかけてきたが、オニキスがひらひらとかわして空を逃げ回って引き離すのを見て、仕方なさそうに方向転換した。
そのまま矢のように城のほうへ飛んでいく。大声で鳴きながら、アレクの執務室がある辺りに向かうのを見て、結衣はぎくりとした。
「あちゃあ、アレクを呼びに行ったのかな。オスカーさんに怒られる前に行っちゃおう、オニキス!」
「グルルッ」
オニキスは楽しそうに鳴いた。
「オニキスって飛ぶのが速いね! ニールムをまいちゃうんだもん」
「ルルッ」
明るい声で返事をし、くるりと空の上で旋回する。
以前、アスラ国に捕まって、オニキスと脱出した時も、素晴らしい速度で逃げたのを思い出した。あの時は寒くて仕方なかったが、今は防寒着のお陰で余裕がある。
「オニキス、あの山に向かって欲しいの。行ける?」
「グルルッ」
オニキスは結衣が指差すほうを確認し、そちらへ向けて羽ばたいた。ごうっと耳元で風が鳴る。
日射しが温かくても、上空は寒い。
オニキスはあっという間に城の北東、ドラッケント山の裾に広がる森の上へと差し掛かった。
すぐに山頂に行けると気軽に考えていた結衣だが、オニキスがすいっと旋回する。
「ええっ、オニキス!?」
「グルルーッ」
後ろでドンッと爆発音がした。空中で火の玉が弾ける。
結衣はオニキスにしがみつきながら、顔を引きつらせた。
「やだ、なんかものすっごい既視感!」
以前もオニキスと逃げている時に、魔族に魔法で襲撃されたのだ。あの状況とそっくりだった。
「どこから!?」
下界に目をこらすと、オニキスの左横を光の線が走った。その出所は森の北側、小さな砦からだった。
ふと頭に思い浮かんだのは、ディランが国境や隣国の話をしていたことだ。それからオスカーが使者を出したことや、その返事待ちだとイラついていた光景が過る。
(緩衝地帯って何か分かんないけど、もしかしてここって入っちゃまずい所だったり?)
今更、自分の浅い考えに、サーッと青ざめる。
(そうだよね、アレクのためならなんでもしそうなオスカーさんが手をこまねいてるってことは、理由があるんだ。私の馬鹿馬鹿!)
のけものにされて、ちょっぴり腹が立っていたのもあった。
オニキスは器用によけているが、なかなか山のほうへ近付けずにいる。
「ごめん、オニキス。やっぱり戻ろう。巻き込んでごめんね!」
「グルル」
結衣が大声で謝ると、オニキスが鳴いた。その瞬間、気が緩んだのかもしれない。下から飛んできた火の玉が、オニキスの左の翼を貫通した。
「グギャウッ」
オニキスが苦しげな鳴き声を上げ、体が傾く。そのまま頭を下にして落ち始めた。
「きゃあああっ」
落下の恐怖に、結衣はオニキスにしがみついたまま悲鳴を上げる。そこへ容赦なく、第二撃の火の玉が飛んできた。
(……もう駄目っ)
覚悟を決めて体を固くした時、目の前に黄土色のドラゴンが割り込んだ。ドンッと火の玉が弾けて、赤い火花が飛び散る。
「ギャウッ」
「ニールム、そのまま宙で反転!」
「ルーッ」
そのまま後ろへ、風で煽られるように倒れながら、その背に乗ったアレクが結衣へと手を伸ばす。
「アレ……!?」
驚きの声は最後まで言葉にならなかった。腹に腕が回って抱き寄せられ、負荷がかかって苦しかったせいだ。
その後は訳が分からなかった。
ぐるりと視界が回転したと思ったら、風のうなる音がした。もみくちゃにされるような衝撃が来て、たまらず目を閉じてしまった。
3
お気に入りに追加
1,155
あなたにおすすめの小説
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。