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第三部 命花の呪い 編

 03

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「オニキス」

 第一竜舎の前に着くと、結衣は日なたぼっこをしているオニキスに声をかけた。オニキスは翼を広げて地面に伏せていたが、すぐに体を起こす。

「グルル」

 オニキスは結衣の頬をなめた。

「あはは、ちょっ、オニキス。くすぐったいよ。黒いからか、日なたぼっこするとぽかぽかするのね」
「ルゥ」

 頭をぺたぺた触ると、「そうだろう?」とでも言っているかのように、オニキスは目を細めた。

「お気を付けくださいよ、導き手様」

 第一竜舎の責任者フォリーがやんわりと注意した。灰色の髪を持った小柄な男だ。四十代というわりに、少し若く見える。

「ルルッ」

 黄土色のドラゴン――ニールムがフォリーに向けて鳴いた。

「ははっ、君がいるから大丈夫ですか? ええ、よろしく頼みますよ、ニールム」
「ルルッ」

 頭を大きく振って頷くニールムに、フォリーは右手を振る。

「ではここを頼みますね。あちらのドラゴン達の手入れをしてきますからね。では導き手様、仕事がありますので」
「はーい」

 布や藁でできたたわしを持って、水を入れたバケツを下げ、フォリーは端のドラゴンのほうへ行く。部下が大きな爪切りを運んで後についていった。
 今日は爪の手入れや、鱗磨うろこみがきの日みたいだ、

「オニキスがつやつやぴかぴかしてるのって、フォリーさん達のお陰なんだね」
「グルルッ」

 結衣の言葉に、オニキスは嬉しそうに鳴く。「ほら」と言いたげに、翼を広げてみせる。蝙蝠こうもりのような翼の皮膜ひまくが光を反射している。

「ねえねえ、オニキス」
「グル?」

 フォリー達が離れたのを見て、結衣はオニキスを手招いた。ちらっと、遠く離れた木の後ろにいるディランも確認する。

「私、あのドラッケント山に行きたいの。連れてってくれないかな」
「グル……」
「しーっ、ニールムには内緒よ」
「グルル?」

 オニキスが、群れのリーダーであるニールムに確認しようとするので、結衣は慌てて止める。不思議そうに、オニキスは結衣を金の目で見て、くんくんとにおいをかぐ。それでなんとなく結衣が困っているのが分かったのか、短く返事をした。

「グルル!」

 そして、結衣の後ろ襟をくわえて、ぽいっと背中に乗せた。
 それに慌てたのはニールムだ。オニキスの前に回り込む。

「ルルッ!」
「グルル、ルルルル、グールルッ」
「ルルゥッ」

 止めるニールムに、オニキスは説明したが、ニールムはそれでも頭を振って目つきを鋭くする。その間に、結衣はゴーグルを目元に引き下げた。

「ごめん、ニールム! アレクのために、どうしても行かなきゃいけないのっ。許してね!」
「ルッルル!?」

 まるで「ちょっと待ちなさい!」と言われた気がするが、結衣はオニキスの首根っこにしがみついた。

「いいよ、オニキス!」
「グルル!」

 バサッと羽ばたいて、オニキスはふわりと浮かび上がる。

「ええっ、ユイ様!?」
「ごめん、フォリーさん。すぐに戻ります!」
「ええええ」

 驚いているフォリーに心の中で土下座しつつ、結衣はオニキスとともに空へ舞い上がった。



 ニールムはすぐにオニキスを追いかけてきたが、オニキスがひらひらとかわして空を逃げ回って引き離すのを見て、仕方なさそうに方向転換した。
 そのまま矢のように城のほうへ飛んでいく。大声で鳴きながら、アレクの執務室がある辺りに向かうのを見て、結衣はぎくりとした。

「あちゃあ、アレクを呼びに行ったのかな。オスカーさんに怒られる前に行っちゃおう、オニキス!」
「グルルッ」

 オニキスは楽しそうに鳴いた。

「オニキスって飛ぶのが速いね! ニールムをまいちゃうんだもん」
「ルルッ」

 明るい声で返事をし、くるりと空の上で旋回する。
 以前、アスラ国に捕まって、オニキスと脱出した時も、素晴らしい速度で逃げたのを思い出した。あの時は寒くて仕方なかったが、今は防寒着のお陰で余裕がある。

「オニキス、あの山に向かって欲しいの。行ける?」
「グルルッ」

 オニキスは結衣が指差すほうを確認し、そちらへ向けて羽ばたいた。ごうっと耳元で風が鳴る。
 日射しが温かくても、上空は寒い。
 オニキスはあっという間に城の北東、ドラッケント山の裾に広がる森の上へと差し掛かった。
 すぐに山頂に行けると気軽に考えていた結衣だが、オニキスがすいっと旋回する。

「ええっ、オニキス!?」
「グルルーッ」

 後ろでドンッと爆発音がした。空中で火の玉が弾ける。
 結衣はオニキスにしがみつきながら、顔を引きつらせた。

「やだ、なんかものすっごい既視感きしかん!」

 以前もオニキスと逃げている時に、魔族に魔法で襲撃されたのだ。あの状況とそっくりだった。

「どこから!?」

 下界に目をこらすと、オニキスの左横を光の線が走った。その出所は森の北側、小さな砦からだった。
 ふと頭に思い浮かんだのは、ディランが国境や隣国の話をしていたことだ。それからオスカーが使者を出したことや、その返事待ちだとイラついていた光景が過る。

緩衝かんしょう地帯って何か分かんないけど、もしかしてここって入っちゃまずい所だったり?)

 今更、自分の浅い考えに、サーッと青ざめる。

(そうだよね、アレクのためならなんでもしそうなオスカーさんが手をこまねいてるってことは、理由があるんだ。私の馬鹿馬鹿!)

 のけものにされて、ちょっぴり腹が立っていたのもあった。
 オニキスは器用によけているが、なかなか山のほうへ近付けずにいる。

「ごめん、オニキス。やっぱり戻ろう。巻き込んでごめんね!」
「グルル」

 結衣が大声で謝ると、オニキスが鳴いた。その瞬間、気が緩んだのかもしれない。下から飛んできた火の玉が、オニキスの左の翼を貫通した。

「グギャウッ」

 オニキスが苦しげな鳴き声を上げ、体が傾く。そのまま頭を下にして落ち始めた。

「きゃあああっ」

 落下の恐怖に、結衣はオニキスにしがみついたまま悲鳴を上げる。そこへ容赦なく、第二撃の火の玉が飛んできた。

(……もう駄目っ)

 覚悟を決めて体を固くした時、目の前に黄土色のドラゴンが割り込んだ。ドンッと火の玉が弾けて、赤い火花が飛び散る。

「ギャウッ」
「ニールム、そのまま宙で反転!」
「ルーッ」

 そのまま後ろへ、風で煽られるように倒れながら、その背に乗ったアレクが結衣へと手を伸ばす。

「アレ……!?」

 驚きの声は最後まで言葉にならなかった。腹に腕が回って抱き寄せられ、負荷がかかって苦しかったせいだ。
 その後は訳が分からなかった。
 ぐるりと視界が回転したと思ったら、風のうなる音がした。もみくちゃにされるような衝撃が来て、たまらず目を閉じてしまった。

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