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第三部 命花の呪い 編

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 再びアレクの部屋を訪ねてみたが、部屋の前に立つ護衛の話だと、まだ会議中のようだった。
 じっとしているのが耐えられず、会議室の前まで来ると、ばたばたと衛兵が出入りしている。

「遅い。使者を出したのは昨晩だというのに、返事はまだか?」

 開いた扉の隙間から、オスカーの苛立った声がした。

「はっ、なにぶん、今は春でございます、閣下。子育て中の野良ドラゴンを刺激してはまずいので、安全なルートを……」
「そんなことは分かっている! だが、陛下のお命がかかっているのだ。ああ、やはり私が行けば」

 今度は嘆き始めるオスカーに、アレクが笑った。

「はは、オスカー、君より伝令の早馬のほうが速い。運動は得意ではないんだから、彼らに任せておきなさい」
「本当のこととはいえ、その指摘は落ち込みます、陛下。私は胃が痛くてなりません。どうして陛下はそんなに落ち着いてるんですか! そういえば、戦に出かけてお怪我をされてもそうだったとか、陛下はご自分のことになると……」
「ちょ、ちょっとオスカー。勘弁してくれ」

 くどくどと小言を言い始めたオスカーに、アレクが弱った声を返す。

(オスカーさん、だいぶ参ってる感じね。使者とか伝令とかなんなの? そこに見えてるんだから、行けばいいのに)

 扉を開けようとした時、オスカーが話を変えた。

「それより陛下、そろそろユイ様に状況を教えてはいかがですか。衛兵の話だと、心配して何度かお部屋に行かれているみたいですよ」
「まだ駄目だ。伝令が戻ってくるまでは、待っていて頂こう。でないと、あのかたは自分で伝令に行くと飛び出していきそうだ」

 アレクの返事に、結衣は驚いて手を止めた。

「まあ確かに、ユイ様は考えるより先に走り出すタイプですけど」

 オスカーの失礼な言葉には少しカチンときたが、今の結衣には感心のほうが強かった。

(そっか! その手があったわね!)

 むしろ、どうして今まで大人しくしていたのだろう。

(私がドラッケント山に行けばいいんだ。そうよね。アレクがこうなってるのも、私を庇ったせいなんだもん。解呪できるなら私がしなきゃ!)

 偶然にも、ディランからどの山か教えてもらったばかりだ。
 そしてふと、外で日なたぼっこしていた中型ドラゴン達を思い出した。

(オニキスに頼んで連れてってもらおう。急がなきゃ!)

 竜舎に戻されたら、結衣にはオニキスを外に出すのは難しい。鍵を保管しているのは飼育員だし、鉄扉は重たくて結衣には動かせない。
 そこできびすを返し、自室へと駆けだす。ディランが慌ててついてくる。

「ええと、ユイ様? あの……落ち込まれたんでしょうか。ですが陛下や閣下はユイ様を案じてああ言ってらっしゃったと思うので」

 走りながら、ディランが心配そうに結衣を見る。
 どうやら結衣がショックを受けたと勘違いしているようだ。だが正直に話したら、絶対にディランは止めるだろうから、申し訳ないけれどその勘違いに乗っかることにした。

「大丈夫よ。でも、ちょっと元気出したいから、オニキスに会いに行こうかな」
「そ、そうですか」

 ディランの顔が引きつった。

「オニキスは良い子だよ?」
「ええ、分かりますが、私は苦手です。特に黒ドラゴンは魔族を思い出してしまいますから。いやオニキスが悪いというわけではなく!」
「分かってるから大丈夫だって」

 慌てようを笑いながら、結衣は部屋まで走った。
 そして飛行用の防寒着に着替えて、クローゼットを漁って鞄を引っ張り出す。

「ドレスに合うようなバッグしかないなあ。あとは私が持ってきたビジネスバッグだけど、持ち運びしにくいし……」

 花を入れるのにちょうどいいものを探して、箱やハンカチを選んだ。
 物がたくさん入るバッグを選び、布地が薄く長めのショールを取っ手に結び付けて、中に箱やハンカチを入れて、即席の横掛け鞄にした。

「すごい良い布っぽいけど、仕方ない」

 竜呼びの笛を首から提げ、迷った末に、婚約の証の飾り紐を外した。守りの魔法がかけられているが、アレクに結衣の居場所がバレるわけにいかない。
 防寒着の下にバッグを隠すように携えて、革製の上着をしっかり着込んだ。

「……うん、大丈夫かな」

 鏡の前で頷く。
 寝室を出ると、居間兼食堂を整理しているアメリアに声をかける。

「それじゃあ行ってきます」
「ええ、いくら仲の良いドラゴンとはいっても、お気を付け下さいね、ユイ様」
「はーい」

 アメリアに返事をして、部屋を出る。待っていたディランと、すぐに外へ向かった。

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