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第三部 命花の呪い 編
07
しおりを挟むアレクと昼食をとった後、結衣は自室に戻った。
「ユイ様、お帰りなさいませ。何か忘れ物ですか?」
「ただいま、アメリアさん。ううん、違うよ。これから会議らしいから、邪魔になると思って戻ってきたの」
アメリアにそう返しながら、結衣はあくびをした。アメリアの表情が曇る。
「夜もあまり寝られないみたいですし、お疲れがたまってるんですわ。少しお昼寝なさったらいかがでしょう?」
「そうしようかなあ」
良い考えだなと頷いた時、部屋の扉がノックされた。アメリアが出ると、女官が伝言を口にする。
結衣の所に戻ってきたアメリアは、明るい顔になっていた。
「ユイ様、兄が復帰するようですわ。今、隣の談話室にいるそうです。どうなさいます? お加減が悪いなら、後にいたしますよ」
「ディランさんが? 行く行く。心配してたんだよね」
久しぶりの明るいニュースに、結衣は少し元気が出た。すぐに向かいの談話室にアメリアと向かうと、椅子に座っていたディランが素早く立ち上がった。
「ディランさん、怪我は大丈夫?」
「ええ、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、ユイ様。あの頑固な医師が、なかなか許可を出してくれなくて」
くっと悔しげにうなるディランの頭には包帯が巻かれたままだ。結衣は眉を吊り上げる。
「もうっ、何言ってんの? 頭の怪我は安静にしてなきゃいけないんだから、先生が正しいの! 無理して、数日後に死んだら意味がないでしょ」
「そ、それはそうですが。しかし私の職務は専属護衛ですし、やっとつけた良い仕事なのに失うわけには」
ディランは物憂げに、焦りのこめられた口調で言う。
(そっか、トカゲ嫌いのせいで、ディランさんは騎士としてはあんまり仕事がないのかな)
この世界では、ドラゴン乗りが優位だと聞いている。結衣は首を横に振った。
「あのね、確かに護衛の人の代わりはたくさんいるよ? でも、ディランさんは一人しかいないんだから。私にとっては“護衛の人”じゃなくて、“護衛してくれるディランさん”なんだから、そんなに簡単にやめろなんて言わないよ。結構親しくなれたと思ってたのに、水臭いじゃない」
少しショックだったので、話しているうちに涙目になってしまった。
するとアメリアが、恐ろしい目でディランをにらむ。
「ディラン? ユイ様を悲しませるなんて最低よ!」
「す、すみませんっ。従者は主人にどこにでもついて行くべきなんですが、私はこの通りで、使い勝手が悪いとあちこちたらい回しにされてきたもので……。陛下と宰相閣下の恩義に報いるためにも、ユイ様をお守りせねばならないのに、あの体たらく。正直、クビを覚悟しておりました」
弱り切った顔をして、ディランはその場に片膝を着いた。
「お許しいただけるなら、今後も誠心誠意、お仕えさせていただく所存です!」
「もちろんだよ、これからもよろしくお願いします!」
結衣もしゃがんでぺこっと頭を下げると、ディランは動揺したが、結衣の差し出した右手に、照れくさそうな笑みを浮かべた。握手を返してくれたので、結衣もうれしくなる。
「よかった! 責任を感じて辞めちゃうって言い出したらどうしようかと思ってたんだよ。ディランさんってそういうところがあるし」
「出来れば城にいたいんです。実家に帰ると……その……」
二人そろって立ち上がりつつ、ディランは気まずそうに目を泳がせる。
「お兄さんと仲が悪いの?」
心配する結衣に、ディランは否定を返す。
「いえっ、そういうわけではなく。ええと」
するとアメリアが意地悪な顔をして口を開いた。
「クロス伯爵領は田舎なので、野良ドラゴンがいるんですわ。戦える男の仕事の一つに、野良ドラゴン対策がありますの」
「なるほど」
結衣はとても納得した。ディランが城にいることを強く望むわけだ。
「こら、アメリア。身内の恥をさらすなと言っているのにっ」
「すでに知れ渡っていることなのに、何故気にするのよ。いい加減にしてください、お兄様」
「お、お兄様って……そんなに怒らなくてもいいだろう」
「理由はなんであれ、ユイ様を泣かせるなんて許せませんっ。トカゲの刑に処しますわよっ」
「ひいいい」
ディランが青ざめて、後ろへ下がった。
「はいはい、そこまで。アメリアさんも、怒らなくていいから。お互い、無事で良かったわ」
結衣が仲裁に入ると、アメリアは残念そうに肩を落とす。
「お怒りならおっしゃってください。兄の弱点は知り尽くしておりますので」
「言わないから安心して、ディランさん」
ディランが首をしめられたみたいな顔になるので、結衣は急いで言い切った。ディランはほっと息を吐く。
「改めてよろしくってことで。双子なんだし、仲良くしよう。ね?」
結衣のとりなしに、アメリアとディランは顔を見合わせる。どこか嫌そうだ。
渋々、アメリアが歩み寄りを見せた。
「仕方ありませんわね、ユイ様に免じて許して差し上げます」
「……どうも」
上から目線な言葉だったが、ディランは頷いた。
「これって仲直りかよく分かんないけど、まあいっか。私は部屋に戻りますけど……ディランさん、体調が悪くなったら、我慢しないで他の人と代わって、お医者さんの所に行ってね。約束よ」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
お辞儀をするディランを横目に、アメリアは眉をひそめる。
「甘すぎますわ、ユイ様」
悪態をつくわりに、アメリアはどこか心配そうにディランを観察している。
(アメリアさんてば、素直じゃないんだから)
結衣はこっそり笑う。
アメリアは双子の兄にだけはツンツンしてしまうみたいだが、おっとりと優しいところは変わらないようだった。
◆
「くたびれたー」
夜。結衣はネグリジェ姿で、ベッドに背中から倒れ込んだ。
豪華なベッドは柔らかく結衣の体を受け止めてくれる。
「ふかふかで最高~」
寝転がって、ふうと息をつく。
(今日も見つからなかったみたい。このまま方法が見当たらなくて、ソラも何も得られなくて帰ってきたらどうしよう)
急に不安が押し寄せてきた。結衣は起き上がると、ぶんぶんと頭を振る。
(駄目駄目。一番大変なのはアレクなんだから、私は前向きに!)
拳を握り、自分にカツを入れた時、ノックの音がした。返事をするとアメリアがすぐに入ってくる。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「今、伝言が届きまして。陛下の呪いを解く方法が見つかったそうです!」
「本当っ!?」
結衣はベッドから飛び下りる。
「こうしちゃいられないわっ、ちょっとアレクの所に行ってくる!」
「え!? ちょっと、ユイ様。そんな格好ではいけませんっ。ああもうっ、足が速いっ」
後ろでアメリアの悪態が聞こえたが、結衣はアレクのことで頭がいっぱいだ。
「ちょっとどなたか、ユイ様を止めてっ。いや、追いかけてっ。……って、ユイ様ってば裸足じゃないですか、もーっ!」
部屋を飛び出していった結衣を追いかけるよう、二人いる護衛兵を焚きつけたアメリアは、室内履きも靴も残っているのに気付いて眉を吊り上げる。
「ユイ様、お待ちください!」
急いで上着と室内履きを持つと、追いかけるディランに続いて、アメリアも駆けだした。
「アレク! ……っとと」
結衣はアレクの部屋に入ろうとして、慌てて立ち止まった。
扉が開いていて、中でアレクとオスカー、宮廷医が何やら深刻な顔で話しあっている。邪魔してはいけない空気だと判断して、口をつぐんだのだ。
「み、導き手様、その格好……」
扉脇に立つ護衛兵がぎょっと指差し、初めて結衣は裸足だと気付いた。
「ありゃ、急いでたもんだから靴を履いてくるの忘れてきちゃった」
「そんなに陛下を心配されて……あちらの談話室で少々お待ちください。お話がお済みになりましたら、すぐにお呼びいたします。女官に話して、上着もお持ちしましょう」
「え? あ、ありがとう……」
護衛兵の気遣いに、結衣は顔を赤らめた。アメリアが見たら、淑女はどうのこうのと説教されそうだ。
「あの、それじゃ……」
扉から離れようとした結衣は、ふと聞こえてきた話に足を止める。
オスカーがうなるように呟く。
「しかし困りましたね。ドラッケント山の頂に行かなければいけないなんて」
「これによれば、月の雫という花でないと呪いは解けません。あの花はドラッケント山固有のものですから、多少の無理をしてでも行きませんと」
「ですがあの辺りは、竜での飛行は……」
そこまで聞こえたところで、ディランが追いついた。
「ユイ様っ、護衛を置いていってはなりませんよ。まったくもう、足が速過ぎます」
「あ、ディランさん。ごめん、忘れてた」
バツの悪さに笑って謝っていると、中で話していた三人がこちらに気付いた。
「おや、ユイ。そんな格好では風邪を引きますよ」
シルクのシャツとズボンという寝間着姿のアレクが、肩にかけていた毛織のショールを結衣に渡そうとするので、結衣は慌てて止めた。
「いえ、いいですっ。アレクのほうが使ってください。体力温存が第一です!」
「しかし私は病気というわけでは……」
アレクが言い返した時、ぜいぜいと息をしながらアメリアがやって来た。
「ユ、ユイ様。やっと追いつきました……上着と靴を……履いて……」
「大丈夫か、アメリア。あまり運動が得意でないのに、無理をするなよ」
「淑女は走りませんわ、ディラン。ふふ、早歩きの最高記録を出したところです」
そこでアメリアがふらっとよろめいたので、結衣は慌てて腕を支えた。
「ちょっ、アメリアさん!?」
オスカーが部屋から出てきて、すぐ傍の扉を示す。
「そちらの談話室で休むがよかろう。ユイ様、呪いを解く方法は見つかりましたが、場所が問題ですぐに動けそうにありません。また明日、お話しましょう」
「え? でも」
もっと詳しく聞きたいと結衣はオスカーを見つめたが、アレクがやんわりと微笑んで制する。
「大丈夫なので、お部屋にお戻りください。おやすみなさい」
「お、おやすみなさい……」
優しい笑みだが、有無を言わせぬ強引さを感じ、結衣は渋々と身を引いた。落ち込んだのが分かったのか、アレクが口を開く。
「心配してくれてありがとうございます。お茶を……と言いたいところなんですが」
まだオスカーや宮廷医と話があるらしい雰囲気を察して、結衣は首を横に振る。
「ううん、いいの。おやすみなさい。アメリアさん、ちょっと休憩してから帰ろうか。ごめんね、追いかけてきてくれたのに」
「うう、無様さをさらして申し訳ありません」
謝るアメリアに、ディランがけげんそうにする。
「何を言ってるんだ、アメリア。普通の女性はどっちかというとお前みたいなほうだろ?」
「ディラン、後で覚えておきなさい。ユイ様をけなすとは、不届き千万」
「なんで怒るんだ」
二人の会話を横で聞いていて、結衣は苦笑する。
「ディランさんってすごいわ。アメリアさんの地雷をどんどん踏んでいくんだもん」
「ジライ? なんです、それ」
「うん、いいよ、分からなくて」
これはアメリアがディランを煙たそうにするわけだと、結衣は妙に納得した。
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