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連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編
02
しおりを挟むそれから一時間ほどが過ぎ、ようやく神殿長が現れた。
上品な老婦人は、すっかり顔を青ざめさせている。
「陛下、ご明察の通りでした。卵の殻がわずかに減っておりました! わたくしどもの管理不行き届きです。この罰、つつしんでお受けいたします。どうかわたくし一人の命でご容赦くださいませ!」
神殿長は床にひざまずき、そのまま床に両手をついて、頭を下げる。
この神殿長は、結衣がこの世界に来た時から世話になっている優しい人だ。結衣は慌てた。
「ええっ、アレク、命ってどういうことですか?」
「聖竜の卵の殻は、最重要の聖物ですから。勝手に持ち出すだけで、死罪になるほどの重罪なのです。管理ができていなかったのなら、当然、責任者が処罰されます」
「そんな……」
結衣はさあっと青ざめる。
責任問題ならば、気軽に口を挟める問題ではないだろう。しかし、このまま放っておいては、神殿長が死罪になってしまう。
「アレク……」
「ユイ、落ち着いて。神殿長、まずは報告を」
アレクは結衣をなだめると、王の顔になって、神殿長に椅子に座るように指示をした。神殿長は今にも倒れそうな様子だったが、ふらふらと下座の椅子につく。
「最後の出入り記録は、ユイ様が最後にあちらにお戻りになった日です。お見送りのために、上位の神官は全て出払っておりました。その日、下位の神官が地下墓地の掃除に入ったようです。その記録に、例の神官の名がございました」
神殿長の声は震えている。
「なんてことでしょう。家族により神殿に追い払われた彼女を気の毒に思って、目をかけておりましたのに」
「その神官以外の出入りは?」
「もう一人おりましたが、墓地に供える花を用意していた時に、わずかに目を離した時があったそうです。その者は、卵の殻には近づいてもいないと申しております。念のため、信頼できる者に部屋を捜索させましたが、その者の部屋には怪しい物はございませんでした」
アレクやオスカー、神殿長は会話の内容を理解しているようだが、結衣は置いてきぼりをくらっている。
「あのー、その例の神官ってなんのことですか?」
「ユイ様、少し前に、こちらの神官が町で殺害された事件をご存知でしょうか」
オスカーが問う。
「え? ああ、神官さん達が噂をしていたのを聞いたわ。……えっ、じゃあ、その殺された神官さんが、聖竜の卵の殻を盗みだしたっていうこと?」
彼らの会話の流れに驚いて、気づいたことを口にする。彼らは否定するだろうかと見回すが、誰も何も言わない。つまり、結衣の予測が正しいということを意味している。
アレクが苦笑を浮かべ、どういうことか説明する。
「聖なるものの欠片は、簡単には手に入りません。それこそ、以前、ユイが狙われたように、あなたが持つソラの鱗を奪うほうが早いと思わせるほど」
「うん、それで?」
「聖竜は死ぬと、肉体や骨は残さず消えてしまいます。しかし、卵の殻は別です。年月が経てば崩れて消えてしまいますが、ここにはまだソラの殻がありますから」
「そういえば、ソラが入っていた卵って、銀色だったね」
アレクが銀色の板と聞いて卵の殻を思い出した理由が分かったが、それと事件の関係が見えない。
「厳重な管理をされているので、持ち出しはできません。もし勝手に外に出せば、先程話したように、死罪になります。ですが、神官は地下墓地の清掃をすることがありますから、その時ならば盗み出すチャンスはあります」
すると、アレクに付け足すように、オスカーが結論を出す。
「それで、陛下はあの神官が殺害された事件との関係性をお考えになられたというわけですよ。痴情のもつれでないのだとしたら、盗む動機があるのは彼女だけでしょう」
結衣は首を傾げる。
「ええと、つまり、その殺された神官さんは、魔族にそそのかされたっていうこと?」
「詳しい理由は、もう聞けないので分かりません。相手を捕まえられたらいいんですが、すでにアスラ王の手に何かしらの聖なるものの欠片が渡ったことを考えると、もう無理でしょう。推測でしかありませんが、変化の魔法が得意な魔族もいれば、人間とのハーフもいます。王都に潜りこみ、世間知らずな女性を言いくるめるのはそう難しいことではなかったはず」
「しかも、その人は神官になりたくなかった。外に出たかった。その切実な心理を突いたのではないでしょうか」
オスカーの言葉に、アレクが付け足す。
「なるほど……」
神官が悪いことをしたのは確かだが、望まない立場を強要されたことは気の毒だった。それにそのことで、神殿長が処罰されてしまうのも。
「アレク、私の見送りで出払っている隙を突かれたなら、私にも責任があるんじゃないでしょうか」
「そんなことはありえません!」
「でも……」
少し卑怯に思えたが、結衣を大事にしているアレクなら、結衣がこう言い出したら、神官達に情状酌量の余地を与えてくれるのではないかとひそかに期待した。
やっぱり駄目だろうかと、じーっとアレクを見つめる。アレクは気まずそうに、わずかに目をそらした。すると、オスカーがわざとらしくため息をつく。
「はあ。しかたがありませんねえ。こういうことに特例を作るのは推奨できませんが、滅多と降臨されないドラゴンの導き手のお願いです。陛下、恩赦を与えては?」
「そうしたいのはやまやまだが、オスカー……」
「何も処罰を与えないわけではありません。少し軽くするだけですよ。つまり、ユイ様はこのことで死人が出るのをお望みではないというわけです」
オスカーが結衣のほうを見て、確認する。結衣はここぞとばかりに、大きく頷いた。
「そうです!」
「それに、このような非常事態でトップを変えると、指揮系統が混乱します。どちらにせよ、この件は後回しにすべきですね」
アレクは考えこんでいたが、結局、受け入れてくれた。
「ユイの願いゆえ、恩赦を与え、減刑として命は保障する。この未曽有の事態が解決し次第、精査の上で決定することとする」
「ご慈悲に感謝いたします。ユイ様、老い先短いわたくしですが、命をかけて恩に報いることを誓います」
深々と頭を下げる神殿長に、アレクは退室をうながす。
神官達が出て行くと、オスカーはにやりと笑った。
「陛下、このほうがユイ様にとってはいいのでは? 女性同士のこと、我々にはお守りできない範囲もありますからね」
「珍しく優しいことを言うと思えば、そういうことか」
アレクはオスカーを嫌そうに見る。結衣はきょとんとした。
「え、どういうことですか」
「ああいった信念のある人間は、恩義に報いるためならば体を張りますから。ユイが温情をかけるように言い出したのを利用して、あなたの味方を作ったんですよ」
「でも、神殿長さんは前から私に親切です」
「ええ。それが確固となったということですよ」
よく分からないが、こんな異世界では味方は一人でも多いほうがいい。
黙って成り行きを見ていたリディアは、ほうと感嘆の息をつく。
「ユイ様は天然で人を惹きつけてらっしゃるのね。お見事ですわ」
リディアの褒め言葉に、なぜかアレクのほうがうれしそうににっこりした。
(いや、なんでアレクが喜ぶの……?)
とりあえず、処罰によって人死にが増えそうにないことははっきりしたので、結衣は安心した。
「聖なるものの欠片についての事情は分かりましたが、夜闇の神は復活しました。我らは聖竜様とその盟友様におすがりするしかございません」
「ええ、状況は分かりました。アスラがすぐに動いてもいいように、こちらも準備しなくては。姫はお疲れでしょうから、今日のところはお休みください。明日には避難できるように手配いたします」
「慈悲深い配慮に、同盟国の王女として、感謝申し上げます」
リディアは椅子を立ち、スカートをつまんで優雅にお辞儀をする。そして、疲れて青ざめた顔で、応接室を出て行った。
「すでに緊急宣言を出しておりますが、詳細を指揮してまいります。何か分かり次第、追って連絡いたしますね。陛下、ユイ様、御前を失礼いたします」
オスカーも足早に出て行き、応接室には結衣とアレクだけになった。
「アレク、ソラの所に行きましょ」
「ええ、そうですね。私もソラに話さなければならないことができました」
結衣の誘いに同意したアレクの横顔は、どこか決然として見えて、結衣はなぜか不安になった。
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