58 / 89
第三部 命花の呪い 編
06
しおりを挟むアレクが呪いを受けてから、四回目の朝日が昇ったが、まだ進展がない。
しびれを切らしたソラが、天界に行くと言い出した。
聖竜の寝床に集合した結衣達は、ソラと挨拶をかわす。
「よろしくね、ソラ」
ソラの顎をぽんぽんと叩いて、結衣は言った。ソラは青い目を細め、こくりと頷く。
『ああ。だが、あまり期待するなよ』
「領域が違うからでしょ? 分かってるけど……よろしく。それから、気を付けて」
「ユイ達こそ、気を付けろ。特に、魔族の動向にな」
ソラはそう言うと、心配そうにアレクに顔を近付けて、彼の頬をべろんとなめる。大きな舌で押されたアレクがよろめいて、少し困った顔をした。気にせず、ソラは言う。
『気を強く持て、盟友。呪いに負けるな』
「ありがとう」
アレクは礼を言い、ソラの鼻面を軽く叩いた。
『では、行ってくる』
ソラは大きく頷くと羽ばたく。
「行ってらっしゃい!」
結衣は手を振りながら、ソラから離れて後ろに下がる。
風が巻き起こり、結衣が思わず目を閉じた時、ソラは一気に飛び出した。聖竜の寝床にある吹き抜けの天井から、あっという間に空へ舞い上がる。銀の背中がキラリと光を弾いた。
「天界まで、片道一日かかるとか。この辺がギリギリですから、留守は仕方ありませんね」
ソラを見送ると、アレクはオスカーを振り返る。
「オスカー、警戒レベルを引き上げて、防備を固めさせよ」
「すでに取り掛かっております、陛下」
「流石、気が利くな」
澄まし顔で答えるオスカーに、アレクは頼もしそうに笑った。褒められたオスカーは満更でもなさそうだ。
「アレク、顔色が悪いわ。休んだほうがいいよ」
結衣がアレクの腕に軽く触れて言うと、アレクは微笑んだ。
「どうして笑うの?」
アレクの呪いは全然解決しないし、ソラは不在になるという危機的状況なのに。
不可解でならない結衣に、アレクはあっけらかんと返す。
「ユイに心配してもらえるのがうれしくて。呪いも受けてみるものですね」
「もうっ、冗談を言ってる場合!?」
「じたばたしても仕方ないでしょう」
「そうだけど」
頭では分かっていても、どうしても気になる。
呪いはじわじわとアレクの体力を削っているらしく、日ごとに体調が悪そうになっていく。だが本人はこの調子である。
「私に出来ることがあったら、なんでも言ってね?」
結衣の問いに、アレクは結衣の右手を持ち上げて、甲に口付ける。
「傍にいてくれたら、それで良いですよ」
「欲がない人ね」
「うーん、本音を出したら逃げられそうなので……」
アレクがそう言ったところで、オスカーが咳払いをした。
「ええと、陛下。私どもは仕事に戻りますので……どうぞ、ごゆっくり」
ぎこちない笑みを口端に浮かべ、オスカーは女性神官を伴って早々に出て行く。彼女達もやたら嬉しそうな笑みなのが謎だ。
「オスカーさん、調査で忙しいのね。聖竜についての記録はあまりないって言ってたと思うけど、そんなに資料があるの?」
「ないと言っても、私の祖父の代からは蓄積されています。聖竜のみではなく、歴史書や他の資料にも散らばっていますから、そこも当たろうと思うと自然と膨大な量になるようです」
アレクは肩をすくめる。
「見てきましたが、皆、本の山に埋もれていましたよ。それに羊皮紙は貴重なんです、小さい字で書かれているので、読むだけでも大変そうでした」
「なるほど」
調べるのが大変なわけだ。結衣は納得したが、待つのはつらくて、どうしても気持ちが落ち着かない。
「早く良い情報が見つかるといいわ」
「ええ、そうですね」
そんな話をしながら、結衣とアレクは自然と吹き抜けから空を見上げた。とっくにソラの姿は見えなくなっている。
「ねえ、天界っていうけど……宇宙に飛び出していっちゃうんじゃないの?」
地球の常識だとそうなるのだが、アレクは首を傾げる。
「宇宙ですか?」
「夜に見える星空のところよ」
結衣は説明してみたが、そもそもその概念がないのか、アレクはきょとんとしている。
「よく分かりませんが、空の彼方に天界への入口があり、そこからが遠いとは聞いていますよ。虹色のもやを突っ切るとか」
「分かった、ファンタジーね。私の常識で話すのをやめるわ」
早々に理解をあきらめた結衣は苦笑する。
「天界ってどんな所なの?」
「聖竜の話では、島がいくつも浮いていて、そこに白亜の宮殿があるとか……。ずっと春で、花が咲き乱れる緑豊かな楽園だそうですよ」
まさに絵に描いたような天界だ。
「想像するだけでも綺麗ね」
「ええ、空想のものですが、聖竜教会に絵がありますよ。教会長の執務室だったかと思います、見ていきましょう」
「でも休んだほうがいいんじゃない?」
結衣の問いに、アレクはゆるやかに首を横に振る。
「気をまぎらわすほうがいいので」
「そうよね、鬱々としちゃうわよね。それなら、行きましょ。その後、お茶をしながらゆっくりしましょう」
二人で頷きあいながら、聖竜の寝床を後にした。
2
お気に入りに追加
1,153
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~
夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。
「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。
だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。
時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。
そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。
全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。
*小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される
雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。
スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。
※誤字報告、感想などありがとうございます!
書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました!
電子書籍も出ました。
文庫版が2024年7月5日に発売されました!
側妃のお仕事は終了です。
火野村志紀
恋愛
侯爵令嬢アニュエラは、王太子サディアスの正妃となった……はずだった。
だが、サディアスはミリアという令嬢を正妃にすると言い出し、アニュエラは側妃の地位を押し付けられた。
それでも構わないと思っていたのだ。サディアスが「側妃は所詮お飾りだ」と言い出すまでは。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。