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第三部 命花の呪い 編

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 アレクが呪いを受けてから、四回目の朝日が昇ったが、まだ進展がない。
 しびれを切らしたソラが、天界に行くと言い出した。
 聖竜の寝床に集合した結衣達は、ソラと挨拶をかわす。

「よろしくね、ソラ」

 ソラの顎をぽんぽんと叩いて、結衣は言った。ソラは青い目を細め、こくりと頷く。

『ああ。だが、あまり期待するなよ』
「領域が違うからでしょ? 分かってるけど……よろしく。それから、気を付けて」
「ユイ達こそ、気を付けろ。特に、魔族の動向にな」

 ソラはそう言うと、心配そうにアレクに顔を近付けて、彼の頬をべろんとなめる。大きな舌で押されたアレクがよろめいて、少し困った顔をした。気にせず、ソラは言う。

『気を強く持て、盟友。呪いに負けるな』
「ありがとう」

 アレクは礼を言い、ソラの鼻面を軽く叩いた。

『では、行ってくる』

 ソラは大きく頷くと羽ばたく。

「行ってらっしゃい!」

 結衣は手を振りながら、ソラから離れて後ろに下がる。
 風が巻き起こり、結衣が思わず目を閉じた時、ソラは一気に飛び出した。聖竜の寝床にある吹き抜けの天井から、あっという間に空へ舞い上がる。銀の背中がキラリと光を弾いた。

「天界まで、片道一日かかるとか。この辺がギリギリですから、留守は仕方ありませんね」

 ソラを見送ると、アレクはオスカーを振り返る。

「オスカー、警戒レベルを引き上げて、防備を固めさせよ」
「すでに取り掛かっております、陛下」
「流石、気が利くな」

 澄まし顔で答えるオスカーに、アレクは頼もしそうに笑った。褒められたオスカーは満更でもなさそうだ。

「アレク、顔色が悪いわ。休んだほうがいいよ」

 結衣がアレクの腕に軽く触れて言うと、アレクは微笑んだ。

「どうして笑うの?」

 アレクの呪いは全然解決しないし、ソラは不在になるという危機的状況なのに。
 不可解でならない結衣に、アレクはあっけらかんと返す。

「ユイに心配してもらえるのがうれしくて。呪いも受けてみるものですね」
「もうっ、冗談を言ってる場合!?」
「じたばたしても仕方ないでしょう」
「そうだけど」

 頭では分かっていても、どうしても気になる。
 呪いはじわじわとアレクの体力を削っているらしく、日ごとに体調が悪そうになっていく。だが本人はこの調子である。

「私に出来ることがあったら、なんでも言ってね?」

 結衣の問いに、アレクは結衣の右手を持ち上げて、甲に口付ける。

「傍にいてくれたら、それで良いですよ」
「欲がない人ね」
「うーん、本音を出したら逃げられそうなので……」

 アレクがそう言ったところで、オスカーが咳払いをした。

「ええと、陛下。私どもは仕事に戻りますので……どうぞ、ごゆっくり」

 ぎこちない笑みを口端に浮かべ、オスカーは女性神官を伴って早々に出て行く。彼女達もやたら嬉しそうな笑みなのが謎だ。

「オスカーさん、調査で忙しいのね。聖竜についての記録はあまりないって言ってたと思うけど、そんなに資料があるの?」
「ないと言っても、私の祖父の代からは蓄積されています。聖竜のみではなく、歴史書や他の資料にも散らばっていますから、そこも当たろうと思うと自然と膨大な量になるようです」

 アレクは肩をすくめる。

「見てきましたが、皆、本の山に埋もれていましたよ。それに羊皮紙は貴重なんです、小さい字で書かれているので、読むだけでも大変そうでした」
「なるほど」

 調べるのが大変なわけだ。結衣は納得したが、待つのはつらくて、どうしても気持ちが落ち着かない。

「早く良い情報が見つかるといいわ」
「ええ、そうですね」

 そんな話をしながら、結衣とアレクは自然と吹き抜けから空を見上げた。とっくにソラの姿は見えなくなっている。

「ねえ、天界っていうけど……宇宙に飛び出していっちゃうんじゃないの?」

 地球の常識だとそうなるのだが、アレクは首を傾げる。

「宇宙ですか?」
「夜に見える星空のところよ」

 結衣は説明してみたが、そもそもその概念がないのか、アレクはきょとんとしている。

「よく分かりませんが、空の彼方に天界への入口があり、そこからが遠いとは聞いていますよ。虹色のもやを突っ切るとか」
「分かった、ファンタジーね。私の常識で話すのをやめるわ」

 早々に理解をあきらめた結衣は苦笑する。

「天界ってどんな所なの?」
「聖竜の話では、島がいくつも浮いていて、そこに白亜の宮殿があるとか……。ずっと春で、花が咲き乱れる緑豊かな楽園だそうですよ」

 まさに絵に描いたような天界だ。

「想像するだけでも綺麗ね」
「ええ、空想のものですが、聖竜教会に絵がありますよ。教会長の執務室だったかと思います、見ていきましょう」
「でも休んだほうがいいんじゃない?」

 結衣の問いに、アレクはゆるやかに首を横に振る。

「気をまぎらわすほうがいいので」
「そうよね、鬱々としちゃうわよね。それなら、行きましょ。その後、お茶をしながらゆっくりしましょう」

 二人で頷きあいながら、聖竜の寝床を後にした。

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