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連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編

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 そして、とうとう夜闇の神ナトクはやって来た。
 アクアレイト国を蹂躙じゅうりんし、まっすぐにアスラ国の王宮に向かう中、ナトクが通り過ぎるところは荒野と化し、死がもたらされた。
 動植物や野生のドラゴン、時には運悪く出くわした人間を糧にして、ナトクは空腹を満たしたらしく、イシュドーラと会った時には落ち着いていたのが幸運だった。

「長きにわたる我への忠義、見事である。お前達には感謝しておる」

 まがまがしい黒い霧をただよわせたアスラ王――の姿をしたナトクは、出迎えたイシュドーラや魔族達を眺め、不遜に笑った。

(依り代とは、そういうことか)

 父であったアスラ王は赤い目をしていたのに、今は深淵を覗くかのような真っ黒な目だ。不気味さとプレッシャーで、イシュドーラは珍しく冷や汗をかいた。人ならざる者の気配がひしひしとしている。

「しかし、下等な人間相手に、時間がかかりすぎではないか?」

 ナトクは礼を言ったが、じろりとこちらを見下ろした。不愉快をあらわにされ、一同に緊張が走る。

「我々は、一度は人間を滅亡寸前まで追いやりました。しかし、月の女神が聖竜を遣わしたことで、状況は一変したのです」
「セレナリアが聖竜を……。ふっ。慈悲深いことだな」

 月の女神の名をつぶやくと、ナトクの表情がやわらかくなる。
 それがアスラ王の姿でしているため、イシュドーラの気分は悪くなった。冷酷な父王が、女のことでそんな顔をするなど、息子としては見たくない。
 アスラ王には幾人もの妻がいて、イシュドーラの兄弟姉妹は腹違いもいる。玉座で女をはべらせることはあるが、女のために優しい顔などする男ではない。
 しかし、ナトクはすぐにしかめ面になった。

「ああ、忌々いまいましい。シャリアさえ邪魔しなければ、セレナリアを妻とできたのに」

 夜闇の神ナトクが地底に封じられたのは、月の女神セレナリアに惚れ、さらって花嫁にしようとしたせいで、太陽の女神シャリアの怒りを買ったせいだ。双子の光の女神と、夜闇の男神の力は拮抗しているが、どちらにとっても、月の女神が弱みである。
 苛立つナトクの様子をうかがうと、彼は何事かを考えているようだった。

「セレナリアの遣わした聖竜……か」
「リヴィドール国の英雄が、聖竜と盟約をかわして、我々を追い払うのです」
「聖竜を食ろうてやったら、あの優しいセレナリアならば、黙ってはいまい」

 愉快そうに目を細め、ナトクはつぶやいた。

「皆の者、戦の準備をせよ! 一週間後、リヴィドールに攻め入る。聖竜をたおし、我が配下としての実力を叩きつけるのだ!」

 ナトクの命令に、魔族達はわっと歓声を上げる。
 夜闇の神を救出できただけでなく、共に戦に立てる喜びが胸を震わせた。

「ナトク様、ありがたき幸せ!」

 イシュドーラもまた、熱いものがこみあげてくる。
 あの憎き聖竜とともに、仇敵きゅうてきアレクシスに引導を渡す。リヴィドールを陥落させたあかつきには、戦勝の品として結衣を手に入れよう。戦いで勝ち、欲しいものを手に入れる。魔族としては当たり前のことだ。

「久しぶりの地上だ。我は出発までゆっくりと過ごすとする」
「宴の用意がございます。ごゆるりとお過ごしください」
「ふ。さすがは数多あまたの兄弟を押しのけて、王太子となっただけはあるな、イシュドーラ。そつがない。あとのことはそなたに任せた」
「は!」

 恭しく頭を垂れ、名を呼ばれる栄誉に、イシュドーラは頬を紅潮させる。
 ナトクが宴の席がある広間へと去ると、イシュドーラはすっと立ち上がり、すぐさま配下に指示を出す。

「ナトク様のご命令だ! 戦の準備をせよ。念入りにな! リヴィドールとの因縁も、次で終わりだ!」
「は!」

 一糸乱れぬ返事があり、イシュドーラが解散するように手ぶりで示すや、魔族達はいっせいに動き出す。

「アレクシス、俺を生かしておいたこと、後悔するがいい。お前の国をつぶし、血と悲鳴に染めてやる」

 金の目をギラつかせ、イシュドーラはリヴィドールの方向をにらんだ。
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