86 / 89
連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編
04
しおりを挟む※残酷描写注意
「お喜び申し上げます!」
戦勝を告げる使者が戻り、アスラ国の王宮は活気づいた。
王の代理として玉座にいるイシュドーラは、使者へと身を乗り出した。
「それで、親父殿はどうしている。ナトク様は?」
祝福を告げたわりに、使者の表情は固い。イシュドーラはその違和感の理由を知りたい。
「ナトク様は王様の体を依り代として、その……」
「なんだ?」
「お食事をなさっておいでです」
イシュドーラだけでなく、周囲の魔族達も意味をのみ込めず、数秒の間があいた。
「お前は俺をからかってるのか?」
イシュドーラがいらだつと、使者は慌てて平伏する。
「断じてそのようなことは! 長年の封印で、お力が足りないそうで……。あの方は闇を四方八方に伸ばし、手当たり次第に生気を吸っているのです。アクアレイト国はいずれ干上がるでしょう」
イシュドーラは眉をひそめる。
魔族は争うがゆえに、土地を焦土と化し、荒野が増えていく。しかし、使者の説明では、夜闇の神ナトクは生命を喰らいつくして、土地をひからびさせるようだ。
「荒野になるという意味か?」
「いえ、人も動物もいなくなり、静寂の闇が訪れるかと」
使者は冷や汗をにじませ、目を泳がせる。その表情にはまぎれもなく恐怖が刻まれていた。
(ここで詳細を聞くのは得策ではないな)
このおびえようでは、夜闇の神ナトクを迎えるのに支障をきたすかもしれない。
魔族の悲願が成就したというのに、水を差されては困る。
「さすがは夜闇の神ナトク様、力で征服するとは、下僕として誇らしい」
イシュドーラは胸を張り、にやりと強気の笑みを浮かべる。
「よくぞ、知らせてくれた。それで、いつ頃お戻りになられると?」
「一週間後だそうですよ」
「そうか。では、お前には褒美をとらせる。下がれ」
「御前を失礼いたします、王太子殿下」
使者は敬礼すると、きびきびとした足取りで謁見の間を出て行った。
後で使者を部屋に連れてくるように、側近に命じておこうとイシュドーラは考える。この使者が見たものについて、詳細を知りたい。
しかしそれはいったん横に置いておかなければ。
イシュドーラは玉座を立ち、臣下に命じる。
「我らの長年の願いは成就した! ただちに夜闇の神ナトク様をお迎えする準備をせよ! 万が一にもミスがあれば、砂漠にて躯をさらすと思え!」
「は!」
厳しい命令に、臣下一同、声をそろえて返事をする。
イシュドーラが玉座を離れ、扉から廊下へと出るまで、彼らは頭を下げたまま微動だにしなかった。
王宮には、王太子のための離宮がある。
イシュドーラは側近に指示をしながら部屋に帰ると、すぐに使者を呼び出した。詳しいことを念入りに聞き出すうちに、使者は青ざめて震え始める。
「素晴らしい」
イシュドーラの称賛に、使者は不可解そうにきょとんとした。
「人智を越えた技、生命をくらう死の神。俺達魔族を生み出した方だ、それくらいでいてもらわなくてはな。惚れ惚れする残虐さじゃねえか」
強さとは力である。
象が蟻を踏んだことを気にするだろうか。いや、気づいてもいないはずだ。
神はそれほどの高みにいるのだ。
相まみえる日が、今から楽しみである。
しかし、使者は震えたまま、足先を見つめていた。
「なぜそうもおびえる?」
「神様は空腹なのです、殿下。味方もお食べになりました」
「……何?」
「黒ドラゴンだけでなく、魔族もです。闇に捕まるとみるみる干上がり、ミイラのようになって死にます。あの方は我々のことも餌としか思っていな……!」
その瞬間、イシュドーラは剣で使者の首をはねた。
あっけにとられた顔のまま、使者の頭が地面に落ちる。赤黒い血が水たまりになった。
「無礼な口をきくんじゃねえよ」
ちっと舌打ちし、イシュドーラは剣を払う。刃先についた血が、ビシャリと床にはねる。
側近のメイドがすっと前に出て、イシュドーラの剣を預かり、すぐに血をふいて返す。
「綺麗に掃除しておけ」
「は」
短い返事をして、メイドは静かに下がる。
イシュドーラは青々とした緑が生い茂る庭のほうに向かう。
使者を殺して正解だ。他の者に夜闇の神の実態を触れ回られて、国内に混乱が生じては困る。
アクアレイト国で腹を満たせば、アスラ国に帰った時には落ち着いているだろう。イシュドーラはあえて楽観的に考えることにした。
ナトクが魔族の創造主だとしても、ナトクにとっては魔族も蟻にすぎないかもしれない。その可能性が心の隅に湧きあがり、イシュドーラを苛立たせる。
人間を追い詰め、夜闇の神を封印から解放する。
ようやく達成したのだ。
(我らの苦労をねぎらってはくれるはずだ)
そう思いたいのに、なぜか胸騒ぎがした。
0
お気に入りに追加
1,157
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。