赤ちゃん竜のお世話係に任命されました

草野瀬津璃

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連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編

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 ※残酷描写注意


「お喜び申し上げます!」

 戦勝を告げる使者が戻り、アスラ国の王宮は活気づいた。
 王の代理として玉座にいるイシュドーラは、使者へと身を乗り出した。

「それで、親父殿はどうしている。ナトク様は?」

 祝福を告げたわりに、使者の表情は固い。イシュドーラはその違和感の理由を知りたい。

「ナトク様は王様の体をしろとして、その……」
「なんだ?」
「お食事をなさっておいでです」

 イシュドーラだけでなく、周囲の魔族達も意味をのみ込めず、数秒の間があいた。

「お前は俺をからかってるのか?」

 イシュドーラがいらだつと、使者は慌てて平伏へいふくする。

「断じてそのようなことは! 長年の封印で、お力が足りないそうで……。あの方は闇を四方八方に伸ばし、手当たり次第に生気を吸っているのです。アクアレイト国はいずれ干上がるでしょう」

 イシュドーラは眉をひそめる。
 魔族は争うがゆえに、土地を焦土と化し、荒野が増えていく。しかし、使者の説明では、夜闇の神ナトクは生命を喰らいつくして、土地をひからびさせるようだ。

「荒野になるという意味か?」
「いえ、人も動物もいなくなり、静寂の闇が訪れるかと」

 使者は冷や汗をにじませ、目を泳がせる。その表情にはまぎれもなく恐怖が刻まれていた。

(ここで詳細を聞くのは得策ではないな)

 このおびえようでは、夜闇の神ナトクを迎えるのに支障をきたすかもしれない。
 魔族の悲願が成就したというのに、水を差されては困る。

「さすがは夜闇の神ナトク様、力で征服するとは、下僕しもべとして誇らしい」

 イシュドーラは胸を張り、にやりと強気の笑みを浮かべる。

「よくぞ、知らせてくれた。それで、いつ頃お戻りになられると?」
「一週間後だそうですよ」
「そうか。では、お前には褒美をとらせる。下がれ」
「御前を失礼いたします、王太子殿下」

 使者は敬礼すると、きびきびとした足取りで謁見の間を出て行った。
 後で使者を部屋に連れてくるように、側近に命じておこうとイシュドーラは考える。この使者が見たものについて、詳細を知りたい。
 しかしそれはいったん横に置いておかなければ。
 イシュドーラは玉座を立ち、臣下に命じる。

「我らの長年の願いは成就した! ただちに夜闇の神ナトク様をお迎えする準備をせよ! 万が一にもミスがあれば、砂漠にてむくろをさらすと思え!」
「は!」

 厳しい命令に、臣下一同、声をそろえて返事をする。
 イシュドーラが玉座を離れ、扉から廊下へと出るまで、彼らは頭を下げたまま微動だにしなかった。
 王宮には、王太子のための離宮がある。
 イシュドーラは側近に指示をしながら部屋に帰ると、すぐに使者を呼び出した。詳しいことを念入りに聞き出すうちに、使者は青ざめて震え始める。

「素晴らしい」

 イシュドーラの称賛に、使者は不可解そうにきょとんとした。

「人智を越えた技、生命をくらう死の神。俺達魔族を生み出した方だ、それくらいでいてもらわなくてはな。惚れ惚れする残虐さじゃねえか」

 強さとは力である。
 ぞうありを踏んだことを気にするだろうか。いや、気づいてもいないはずだ。
 神はそれほどの高みにいるのだ。
 相まみえる日が、今から楽しみである。
 しかし、使者は震えたまま、足先を見つめていた。

「なぜそうもおびえる?」
「神様は空腹なのです、殿下。味方もお食べになりました」
「……何?」

「黒ドラゴンだけでなく、魔族もです。闇に捕まるとみるみる干上がり、ミイラのようになって死にます。あの方は我々のこともえさとしか思っていな……!」

 その瞬間、イシュドーラは剣で使者の首をはねた。
 あっけにとられた顔のまま、使者の頭が地面に落ちる。赤黒い血が水たまりになった。

「無礼な口をきくんじゃねえよ」

 ちっと舌打ちし、イシュドーラは剣を払う。刃先についた血が、ビシャリと床にはねる。
 側近のメイドがすっと前に出て、イシュドーラの剣を預かり、すぐに血をふいて返す。

「綺麗に掃除しておけ」
「は」

 短い返事をして、メイドは静かに下がる。
 イシュドーラは青々とした緑が生い茂る庭のほうに向かう。
 使者を殺して正解だ。他の者に夜闇の神の実態を触れ回られて、国内に混乱が生じては困る。

 アクアレイト国で腹を満たせば、アスラ国に帰った時には落ち着いているだろう。イシュドーラはあえて楽観的に考えることにした。

 ナトクが魔族の創造主だとしても、ナトクにとっては魔族も蟻にすぎないかもしれない。その可能性が心の隅に湧きあがり、イシュドーラを苛立たせる。
 人間を追い詰め、夜闇の神を封印から解放する。
 ようやく達成したのだ。

(我らの苦労をねぎらってはくれるはずだ)

 そう思いたいのに、なぜか胸騒ぎがした。
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