赤ちゃん竜のお世話係に任命されました

草野瀬津璃

文字の大きさ
50 / 89
第三部 命花の呪い 編

 10

しおりを挟む


 それからしばらくして、結衣はホールを出た。
 ほとんど遠目に見ているだけで、雰囲気だけ楽しんできた感じだ。

「そういえば会場にオスカーさんがいなかったね」

 廊下を歩きながら、結衣はディランに話しかける。午前中のデビューする子息子女の紹介の時はいたので、夜もいるのかと思っていたのだ。

「閣下はいつも午前の式典しか参加しませんよ。デビューする若者達で楽しんでもらって、自分は仕事をするというのがいつもの流れです」
「流石、仕事中毒」

 結衣はオスカーの分かりやすさに笑ってしまった。そこでアレクが言っていたことを思い出して、ディランに問う。

「明後日のことを訊いてから帰る?」
「いえ、今日はもう遅い時間ですのでご遠慮なさった方がよろしいかと」

 ディランはどこか気まずそうに返した。
 どうしてそんな顔をするのだと結衣は不思議に思ったが、確かに彼の言う通り、もう夜も遅い。

「それなら明日、行ってみるよ」
「ええ、そうしましょう」

 ほっとした様子で、ディランは頷いた。

「ユイ」

 名前を呼ばれたので足を止めると、アレクがホールの入口から出てくるところだった。結衣達はホールの上座側の扉からはかなり離れていたが、ちょうど階段の手前にいたので、声は聞こえた。

「アレク、どうし……えっ!?」

 返事をしようとした結衣だったが、急にディランに軽く背中を押されて、壁の方へとよろめいた。

「ユイ様、逃げて下さい!」

 壁に手をついて振り返った結衣が見たのは、階段の下からやって来たらしい茶色の髪の男が、ディランへと切りかかる場面だった。鉄の打ち合う高音が響く。

(いったい何事!?)

 驚く結衣の前で、ディランが男に蹴り飛ばされた。ディランはよろめいたものの、すぐに体勢を整える。対人戦には滅法強いディランをいなした男は、それだけではなく、ディランの上着を掴むと、そのまま両手でディランを大きく持ち上げた。そして、細い体躯に反する怪力さで、ディランを階段の下へと放り落としてしまった。

「ディランさん!」

 結衣は悲鳴を上げて、手すりに飛びついた。ディランが階段を転がり落ちて、踊り場にぶつかったところだった。
 急いで駆け付けたかったが、結衣ははっと凍りついた。男が短剣の先を結衣に向けたのだ。

「導き手だな?」

 男の青い目が、一瞬、金色に光ったような気がした。

「あなた、いったい……」

 結衣は刃先を避けるように、じりっと後ろに下がる。だが刃物よりも、男の右腕に絡みつくようにして立ち上る黒い影に目を奪われた。

(これって魔法?)

 確か城には結界が張ってあり、魔法を使えないはずだ。
 どうして男が魔法を使えるのか分からないが、魔法に詳しくない結衣にも、その影が禍々しいものだと一目で分かった。

「ドラゴンの導き手、覚悟!」

 男の声とともに、影が上へと伸びあがり、まるで蛇のような姿をとって、結衣に向かってきた。

「きゃああ!」

 両腕で顔を庇うようにして、結衣は身をすくめた。じっと身を固くしていたが、一向に痛みのようなものはやって来ない。
 恐る恐る目を開けた結衣の前には、青い壁があった。結衣は愕然と目を見開く。
 それはアレクの上着の色だった。アレクは結衣に覆いかぶさるようにして、目の前に立っている。黒い影が蛇のようにアレクに巻き付き、やがて右腕へと吸い込まれて消えた。

「あ……アレク?」

 結衣はへたりこんだ格好で、アレクを見上げる。

「ユイ、無事……です、か」

 苦しそうに顔を歪めて聞いたが、そこで限界がきたようだった。ぐらりと倒れ掛かってくるアレクを、結衣は両腕を伸ばして、慌てて抱き留めた。

「アレク? ……アレク!」

 肩を揺すって呼びかけてみるが返事はない。
 最悪の想像に凍りついた結衣だが、アレクの呼吸が耳元で聞こえたのでほっとする。どうやら気を失っただけらしかった。
 無事なのは良いとして、結衣には成人男性一人を支えるには重すぎる。支えておくので手一杯で、上手く身動き出来ず、周りを見回して人を呼ぶ。

「誰か! 誰かいませんか!」

 パニックに陥った結衣は、救急車と医者のことで頭がいっぱいで、加害者の存在を少しの間忘れていた。

「ちっ、割り込みおって……。かくなる上は」

 男は短剣を掲げたが、振り下ろす前に強い衝撃を受けて横へと勢いよく倒れた。

「させるか!」 

 階段から落ちたはずのディランだった。剣をなぎ下ろした格好で、ぜいはあと肩で息をしている。額から血がしたたり落ちた。
 男が動かないのを確認すると、ディランは結衣の方に心配そうに目を向けた。そして、結衣が支えているのが誰か理解するや目を見張る。

「陛下!」

 そこへ衛兵がようやく駆けつけ、辺りは騒然となった。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。