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第三部 命花の呪い 編

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「ユイ様、申し訳ありませんでしたわっ!」

 自室に戻るや、アメリアがぶわっと泣きながら結衣のもとに走ってきた。

「どうしたの、アメリアさんっ」

 驚いたのは結衣である。ハンカチで目元を拭いながら、アメリアは答える。

「ディランから話は聞きました。わたくし、そんな、責めるつもりはなくてっ」
「ああ、そういうこと。落ち着いて、アメリアさん。とりあえず座ろ?」

 慌てている人を見ると、冷静になるというのは本当だ。結衣はアメリアと長椅子に座って話をした。

「まああ、そんな。こちらを選ばれると、元の世界に戻れないんですの? わたくし、行き来出来るものだとばかり……」
「私も知らなかったのよ。それでね、半年で決めるから、もうちょっと待って欲しいの。いいかな?」
「もちろんですわ! わたくしだって、あんな頼りないディランでも、いなければ寂しいですもの。ご家族と離れるのは辛いでしょう」

 アメリアは目を潤ませているが、引き合いに出されているディランはちょっと可哀想である。

「う、うん。それもあるんだけど、私、ドッグトレーナーになりたくてやってきたから、今更、違う生き方って想像出来なくて。それも含めて考えるよ」

「まあ……。王に嫁ぐのは名誉なことですし、相手はあのアレクシス陛下でしょう? 素敵な方な上に玉の輿ですから、わたくしならすぐに承諾してしまいそうですけれど、お仕事を持ってらっしゃる方は、また違う考え方をなさるんですね」

 結婚の考え方が違うせいか、アメリアにはよく分からないようだ。

「ユイ様の世界の女性は、自由なのですね。うらやましいですわ」
「でもアメリアさんも侍女として働いてるじゃない?」

「これは貴族に生まれた者の義務ですのよ。行儀見習いも兼ねております。でもわたくし、こちらにお仕えしていて良かったですわ。ユイ様にお仕えするのはとても光栄ですし、楽しいですもの」

 アメリアはにこりと微笑んだ。

「ありがとう。私もアメリアさんと知り合えて良かった!」

 結衣も笑い返すと、アメリアの笑みが更に嬉しそうに輝いた。

「そういえば、貴族って婚約者がいるのが普通なんでしょう? アメリアさんにはいないの?」
「今はおりません」

 アメリアの返事に、結衣は地雷を踏んだのかと焦った。

「えっ、あの、ごめんね。亡くなってたとは思わなくて!」

 しどろもどろで謝る結衣に、アメリアは断る。

「いいえ、そうではありません。わたくしが以前の陛下のお住まい――離宮の侍女になることを選んだ際に、婚約を解消されたんです。兄王子達の嫌がらせですわ」

 結衣はびっくりした。

「ええっ、それって大変なことじゃないの?」
「その通りです。兄にも勤務先を変えるように言われましたけど、断固拒否しましたの。そもそも、この程度で婚約を解消するような腑抜ふぬけに用はありません」
「アメリアさん、強い……!」

 きっぱりと言い切る姿がかっこよくて、結衣は胸が熱くなった。
 おっとりと優しげなアメリアであるが、ときどき肝の太さを覗かせるので、見た目通りではないのだろう。

「まあ、離宮は人手不足で、出会いがないのは誤算でしたけど」

 アメリアは首を横に振って言った。
 城で働きながら、結婚相手を見つける者もいるらしい。
 だが結衣は、違う面が心配になった。

「でも、大丈夫だったの? おうちに嫌がらせとか……」

「それはありませんわ。当時、魔族が攻めてきたせいで、王領が焼け野原になりましたのよ。それで貴族が支援しましたの。わたくしの実家は都からは遠いのですが、豊かな土地ですし、戦の被害も無くて。結構な額を出しましたからね、それを返せと言われたら困るのは王家の皆様ですわ」

 ふふっとアメリアは笑った。どこか黒さが混じっていて、少し怖い。

「流石の兄王子様達も、我が家には何も出来ませんでしたのよ。ユイ様、いくらお仕えしているとて、貴族は王家の言いなりではありませんの」
「すごい、かっこいい」

 結衣は思わずパチパチと拍手する。

「その点、宰相のオスカー様はよくやっておいでですわ。父君である前宰相様と同じく、狐狸こりの相手がお得意ですわね。それにあの方、やられたら数倍返しなさるので、貴族も怖がっていますのよ」
「オスカーさんってそんな感じだよね。分かる」

 オスカーは頼りになるが、冷たそうな雰囲気がある。特に敵に容赦なさそうな感じだ。ただの印象だが。
 アメリアは胸の前で手を組んで、憧れを込めて言う。

「あれくらい芯が通っていると宜しいですわよねえ。わたくし、どうせ結婚するならあんな感じの方がいいですわ。ディランのように頼りないのは嫌ですもの」
「ディランさんが可哀想だよ、アメリアさん」
「いいえ、ユイ様。トカゲに怯えるなんて最悪です。あんなに可愛らしいのに、どこが気持ち悪いのかしら」

 アメリアにはトカゲが可愛く見えているのかと、結衣は意外に思った。

「アメリアさんは、ドラゴンは好き?」
「ええ、好きです。首のなだらかなラインなんて、優美ですわよねえ」
「双子でこんなに違うのね」

 結衣は感心しながら、アメリアが結衣の専属侍女に選ばれたのは、ドラゴンが好きな面もあるのかもしれないと思った。
 そこでアメリアは部屋の置時計を見て、目を丸くした。

「あら、もうこんな時間! ユイ様、宮廷舞踏会への支度をなさいませんと」
「えっ、私、夜も出るの?」

「参加は自由に決めていいとオスカー様からお伺いしていますが、出るべきですわよ。陛下狙いの貴婦人がたくさんいますもの。半年あるといったって、その間の恋人はユイ様なんですから、負けてはなりませんわ!」

 アメリアは青い目を燃やし、憤然と立ち上がる。

「さあ、参りますわよ。女の戦場に!」
「ええー。……わ、分かりました」

 昼間のことがあって気まずいから行きたくないなと思った結衣だが、アメリアのギラリと輝く目が怖すぎて、結局承知したのだった。
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