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第三部 命花の呪い 編

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 宮廷舞踏会当日は、さっぱりとした晴天に恵まれた。
 ホールに並ぶ六列の長テーブルには、華やかな衣装に身を包んだ貴族達が勢揃いしている。
 アレクは穏やかな笑みを浮かべ、玉座から、前に並び立つ子息子女の名前を呼ぶ。

「カサンドラ・ノーラン。ノーラン伯爵の四女ですね。おめでとう、これからよろしくお願いします」
「はいっ、感謝致します、陛下」

 名前を呼ばれた少女が、ぎこちなく返事をしてお辞儀をした。ホール内に拍手の音が響く。
 ここに並ぶ五名が、新しく社交界入りする子息子女だ。今年で十六歳になり、成人したばかりである。皆、緊張と期待に胸を膨らませ、玉座に座るアレクを見つめていた。
 正式な行事のため、今日のアレクは珍しく、青い宝石のはまった金の王冠を頭に載せている。他は青い上着と白いズボン、肩に赤いマントをつけた正装だ。
 結衣は聖竜教会の関係者だと分かるように、白いドレスに身を包み、アレクの傍らに立って、開会式の様子を眺めている。ちょうど今、アレクが彼らの名前を呼び終えたところだった。

「以上、五名の宮廷への仲間入りを歓迎します。皆さんもまた、彼ら若鳥達を導き、支えて下さい。多少の失敗は寛容で許し、成功は共に喜びましょう。あなた方がかつてそうしたように、この国の歴史を、一つずつ築いてまいりましょう」

 アレクが集まった貴族達に声をかけると、ホールいっぱいに拍手が起こる。
 しばらくしてアレクが右手を挙げると、拍手が止む。

「最後に、ドラゴンの導き手様から、彼らに素晴らしい贈り物があります」

 出番が来たと、結衣の心臓が跳ねた。
 アレクの紹介に合わせ、結衣はスカートの裾を持ち上げてお辞儀をする。聖竜教会の女性神官が、トゲ抜きをした白薔薇が五本載った銀盆を恭しく捧げ持ち、歩み寄ってきた。

「聖なる泉で清めた花です。皆さんに祝福がありますように」

 結衣は五人を見回して挨拶すると、彼らは予想外のことに驚き、頬を赤らめた。目をキラキラさせているので、喜んでくれているようだ。

「おめでとうございます」

 一人一人に声をかけながら、花を一輪ずつ渡していく。
 中には、受け取った瞬間に感極まって泣き出す少女もいた。その様子を、大人達は微笑ましそうに見ている。
 全員に渡し終えて、結衣がアレクの傍に戻ると、アレクはちらりとオスカーを見た。彼は頷いて、ホールに響く声で言う。

「本日宮廷への仲間入りを果たした皆様に、太陽の女神シャリア様と、月の女神セレナリア様、そして聖竜ソラ様のお導きとご加護がありますように」
「幸いありますように」

 ホールに集まった面々が、唱和する。
 五人の子息子女はアレクにお辞儀をして、振り返って居並ぶ人達にもお辞儀をすると、静々と移動し、ホール内にある自分達の席へと着いた。
 それを待っている間に、侍従がワイングラスを運んでくる。アレクと結衣、それぞれ受け取った。
 五人が座ると、オスカーが口を開く。

「では、開会式はこれにて終わります。引き続きまして、会食となります。皆様、杯をお持ちください」

 オスカーの合図で、全員が席を立って杯を持った。
 アレクも椅子を立ち、杯を掲げる。

「素晴らしい日に」
「「乾杯!」」

 皆の声が揃い、あちこちで杯を打ち鳴らす音が響く。
 この後は無礼講で、ご馳走を楽しむ時間だ。食事を終えるといったんお開きになり、夜には舞踏会が開かれる。
 アレクは王冠を外して、侍従が手にした赤色のクッションの上に載せると、すっと立ち上がった。

「ユイ、式に参加して下さってありがとうございました。あちらに席があるので、食事にしましょう」
「はい」

 アレクが自然と左手を差し出したので、結衣は照れ笑いを浮かべつつ、エスコートされて席に着いた。
 その時、ふと強い視線を感じて、結衣はぱっとそちらを向く。アレクも気付いたようで、周りを見た。だが、食事に興じる人々がいるだけで、視線の主が誰か分からなかった。
 アレクは僅かに首を傾げ、ちらりと壁際に立つディランに目を向ける。ディランはその仕草で分かったようで、ホール内の見回りに向かった。
 アレクは結衣に安心させるように言う。

「おかしな客はそもそも招待していないので、大丈夫ですよ」
「は、はい」

 目だけで会話するなんてすごいなと考えていた結衣は、はっと我に返って頷いた。

「それにしてもユイ、白のドレスもよくお似合いですね」
「ありがとうございます。アレクも、王冠姿がとても様になってましたよ」

 結衣は返事をしてから、グラスの水を飲む。緊張で喉が渇いていた。

「ふふ、そうですか? ありがとうございます。ユイの今日の服装は、まるで花嫁みたいですね」
「ぐっ、げほごほげほ」

 結衣はむせて、咳き込んだ。

「大丈夫ですか?」

 驚いているアレクに、結衣は右手を挙げて頷いてみせる。

「は、はい……。まさかアレクまで」
「私まで?」

 遠回しに結婚話を切り出したのかと思った結衣だが、本当に例えで言っただけらしく、アレクは怪訝そうにしている。久しぶりにリヴィドール国に来てから、やたらと言われ過ぎたせいで自意識過剰になっていたと気付いた結衣は、今度は恥ずかしさに顔を赤くした。

「何でもないです……」

 不思議そうにするアレクに、結衣は愛想笑いを返した。

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