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第三部 命花の呪い 編
04
しおりを挟む吹き抜けの丸い天井から、光が差し込み、ソラの鱗が銀色に輝いた。
丸くなってのんびりと日光浴を楽しみながら、ソラはちらりと青い目で結衣を見た。
『なあ、ユイ。さっきから何をしておるのだ』
「飾り紐を編んでるのよ。ほら!」
結衣は紐をおさえていた文鎮をどけて、ソラに編みかけの飾り紐を見せた。
ミサンガを作る要領で、三本の赤い糸を編みこんでいる。昨日の夜から始めたので、大して進んでいない。
『飾り紐? ほお、とうとう結婚する気になったのか?』
「もう、ソラまでその質問? 皆して口裏合わせでもしているの?」
うんざりした結衣は、飾り紐を台の上に戻して、文鎮を載せた。
『はは、皆、やきもきしているのだよ。盟友が飾り紐を贈ってかなり経つのに、いつまで経っても式の報せが無いからな』
「もしかしてリヴィドール国では電撃結婚は珍しくないの? 私の国だとあんまり良くないって感じなんだけどなあ」
『電撃? どういう意味だ』
「いきなり結婚することよ」
ソラは前足に頭を載せたまま、僅かに首を傾げた。
『無いことも無いが、この国の人間は許嫁がいる場合が多いぞ。盟友のような王族なら特にな。まあ、あれは特殊な育ち方をしたせいで、許嫁がいないという珍しい例だな』
「アレクのことをあれって言わないの」
結衣が注意すると、ソラはちぇっと面白くなさそうにしたが謝った。
『すまぬ』
「ソラってときどきアレクのことを煙たがるけど、どうして? 大事な盟友でしょ?」
『あやつが我のユイをとるから!』
なんとも可愛らしい言い訳に、結衣は噴き出した。
「やきもち妬いてるの? 可愛い。大丈夫よ、ソラはソラだもの。私にとっては大事な家族だわ」
『ふふ、そうか。我の方が先に家族になったのだったな。ふふふ』
ソラは嬉しそうににやにやし始めた。つられて結衣も笑ってしまう。それからソラは気を取り直して話しだす。
『それで結婚だったか? 決まれば早いぞ。特にこの国の人間は、常に魔族の脅威にさらされておるせいか、事を進めるのは早い方だ。明日には死ぬかもしれないからな』
「なるほど、説得力があるわね。私の国は平和だから、のんきに考えちゃうのかな。でもまだ……早い気がするわ」
『そうか、まあ、我はどっちでもよい。ユイと盟友が幸せなら、それで良いからな。だがなあ、ユイ。流石に三ヶ月も来ないというのはどうなのだ。我でもどうかと思うぞ』
ソラはここぞとばかりに小言を口にする。結衣は後ろ頭を掻く。
「いやあ、転職活動でいっぱいいっぱいになってて。切羽つまると、生活の方をとっちゃうなんて初めて知ったわ」
『だが、あちらの時間は止まるのだし、ちょっと骨休みに来てもよかろう? 人間は恋をすると、一週間に一度は……いや、毎日会いたくなるものではないのか?』
「会いたかったよ? でも、会ったら甘えちゃいそうだから、会わないようにしてたの。……ソラ、私ね、小さい頃からずっとドッグトレーナーになりたくて、頑張ってきたの」
結衣はソラを見上げて言う。
「犬の訓練をする仕事よ。やっと仕事に慣れたから、独立したくて、その資金を稼ぐつもりでいたの。転職先がなかなか見つからないからって、こっちに来るのは逃げでしょ? そんなことばかり繰り返してたら、泥沼にはまっちゃう。私はアレクや皆に依存したいわけじゃないの。そんな状態で付き合うって、なんか違うでしょ」
結衣としばし見つめ合うと、ソラはしおしおと床に頭を置いた。
『……すまぬ。そなたにもそなたの人生があるのだな。それを忘れていた。我が嫌いになったか?』
「まさか! あのね、ソラ。分かり合うために言葉はあるの、だからそうやって言ってくれる方が私は嬉しい」
しおれるソラの鼻面に、結衣は思い切り抱き着いた。
「本当にソラって良い子ね。大好き」
『我もユイが大好きだ』
結衣とソラは日なたの下で笑い合った。
「ああ、なんか私もお昼寝したくなっちゃった」
『いいぞ。背に乗るがいい』
「いいの? じゃあ、待って、先にあっちを片付けてくるわ」
『またするのだろ? そのままにしておけばいいだろうに』
「駄目よ。アレクには内緒にしてるんだもの。びっくりさせようと思って」
悪戯っぽく笑い、結衣は鞄に糸と文鎮をしまった。それを見てうらやましくなったのか、ソラが頼んでくる。
『なあ、ユイ。我にも作っておくれ』
「だーめ、飾り紐はアレクだけよ。あの人には特別を返してあげたいわ」
『むう。やっぱり盟友は気に入らぬ』
ソラはすねたように呟いたが、結衣が背中に乗るのは許してくれた。
◆
何かが頬に触れた気がして、結衣の意識がふわっとまどろみから浮き上がった。温かさが心地良くて無意識にそれにすり寄った結衣は、二度寝に入ろうとして、怪訝に思う。
(……ん? 何これ)
そっと目を開けると、手が見えた。
結衣の手ではない。筋張った男の人の手だ。恐る恐る上を見ると、アレクが照れたように挨拶する。
「おはようございます、ユイ」
「わっきゃあああ、すみません!」
アレクの右手を枕代わりにしようとしていたのだと気付き、結衣は慌てて起き上がる。そして寝起きのため、どこにいるか忘れていた結衣は、バランスを崩してソラの背中を転げ落ちそうになった。
「危ない!」
アレクが結衣の左腕を勢いよく引いた。結衣はそのままアレクの胸に飛び込む形になる。アレクがほっと息をついた。
「……すみません、そんなに驚くとは思わず」
「い、いえ、こちらこそすみません」
冷や汗をかいた結衣だが、今度は違う意味でドキドキしてきた。
「あの」
「あ、申し訳ありません」
気付いたアレクは離れたが、なんとなく二人ともぎこちない雰囲気になった。ごほんと咳払いをして、アレクが話題を変える。
「えーと、昼食のお誘いに来たんですが……」
「は、はい」
「あんまり気持ちよさそうに眠っていたので、つい見守ってしまいました」
「はい!? いつからいたんですか?」
結衣は今更慌て始めた。寝顔を見られるなんて恥ずかしい。さぞ締まらない顔をしていただろうと、口元に手を当てる。幸い、よだれは出ていなかった。
『三十分くらい前からだな』
ソラがしれっと答える。
「三十分も!? 起こして下さいよ」
「いえ、とても起こしがたくて。なんだか平和と幸福がここにあるような気がしましてね」
アレクは穏やかに微笑んで、そんなことを言う。結衣は首を傾げた。
「いやいや、意味が分かりませんって。わあ、恥ずかしい。間抜けな顔を見られたわ」
熱くなった頬を冷まそうと、結衣はパタパタと手で顔を仰ぐ。
「そんなことありません。可愛らしかったですよ」
「もう、お世辞はいいですよ」
余計に照れてしまうので、結衣は両手を振って誤魔化すと、話を戻す。
「えーっと、それで、昼食でしたっけ?」
「はい……ですが時間がなくなってしまいましたね。今からだと途中で退席することになりますが……」
「えっ、それなら急ぎましょう。少しだけでも一緒にご飯を食べられると嬉しいです」
「本当ですか?」
結衣の返事に、アレクは相好を崩す。
結衣は傍らに置いていた鞄を拾い上げて、立ち上がる。
「お持ちしますよ」
アレクが鞄を持とうとするので、結衣は慌てて後ろにやった。
「いえっ、これはいいんです」
結衣が鞄を隠すのを見て、アレクがどこか固い表情になった。
「ユイ、まさか昨日のあの絵が……」
「絵?」
何の話だと結衣は首を傾げる。
アレクは何か言いたそうにしたが、結局、首を横に振った。
「……いえ、何でもありません。参りましょう」
「はい」
結衣はアレクの態度を不思議に思いながら、彼の後に続いて聖竜の寝床を出る。
その後、食事の席で、アレクが思い出したように訊いてきた。
「そういえば、ユイ。昨日、商人を呼んだそうですね。何か欲しいものでもあるのですか? 言って下さればプレゼントしますのに」
「え? えっと……」
結衣は焦った。飾り紐の件はアレクには内緒の予定なのだ。
急いで別の答えを用意する。
「はい、実は、防寒着が一式欲しくて!」
「……防寒着ですか?」
アレクは確認するように問い返す。
アメリアやランドルフの反応を思い出して、下手を打ったかと結衣は更に焦った。
「あの、ほら、借りてばかりなので……。自分用が欲しいなって思いまして。そしたらドラゴンに乗る時に便利かと……駄目ですか?」
「いけないということは。しかしソラに乗る時には必要ありませんが……」
「オニキスとか! それからニールムとも」
結衣が魔族の国アスラで友情を築いた黒ドラゴンのオニキスと、アレクの親友である黄土色のドラゴンを思い浮かべて返す。
「ああ、そういうことですか。分かりました。では今度、ニールムとの飛行訓練にお誘いしても?」
「もちろんです」
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「はい。その時は誘っていいですか?」
「ええ、彼が乗せてくれたら、ですが」
「話せば分かってくれる子なので、大丈夫ですよ」
話がまとまったところで、アレクは公務があるからと席を立った。深く聞かれずに済んで、結衣はほっとする。
(なんとか秘密のまま完成させなきゃ)
驚く顔を想像して、結衣は一人でふふっと笑ってしまい、給仕の女官と目が合って、慌てて普通の顔に戻した。
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