上 下
84 / 89
連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編

 02

しおりを挟む


 三十分後には、イシュドーラは王宮にいた。
 玉座にいるアスラ国王が、じろりとイシュドーラを見下ろす。

「遅かったな、イシュドーラ」
「これでも大急ぎで来たんだぜ、親父殿。転移で一瞬だが、門で身体チェックやら何やらを受けるからな。親父殿が決めたことだ」

 武器は持ち込んでいいが、種類は決められている。妙なしかけがないかチェックされてから、王との謁見えっけんがかなうのだ。

「そうだったな。用件を言おう。しばし国を留守にする。王太子として、名代みょうだいをつとめよ」
「親父殿が、留守? いったい何が起きたんだ」

 王の代理は喜んで引き受けるが、緊急事態ならば知っておかなければならない。王が留守となれば、妙な動きを見せる配下もいるだろう。守りを強化する必要がある。
 アスラ国王はにぃっと笑んだ。

「我ら魔族の悲願が、ついに叶う日が来たのだ。夜闇の神ナトク様をお救いする」

 さしものイシュドーラも、これには度胆を抜かれた。

「親父殿、それはまことか! 素晴らしい日じゃないか。国をあげて祝わねば」

 宿願を果たすと聞き、イシュドーラは子どものように明るい笑みを浮かべる。魔族ならば誰でも似たような反応を示すだろう。

「もちろん、その日は祝日とする。これもイシュドーラ、お前の働きがあってこそだ。あの聖火の封印を破る鍵となる『聖なるものの一部』が、聖竜にまつわるものでいいと分かったからだ。あの件以来、他に突破口はないかと調べていた」

「それじゃあ、親父殿は聖竜の鱗以外の『聖なるものの一部』を見つけたっていうのか? まさか、聖竜とやりやったのかよ。そんなことがあったとは知らなかった」

 イシュドーラに、アスラ国王は否定を返す。

「それこそ、まさかだ。いくら我とて、聖竜にはかなわぬ。『聖なるものの一部』は、卵のからだ」
「卵の殻……?」

「ああ。聖竜は死んだ時ですら何も残さずに消えるが、生まれた時の卵の殻は別だ。あれは聖竜教会の奥深くに、厳重に保管されている。こざかしい策をろうして手に入れるはめになったが、正面から戦うよりも楽であったぞ」

 イシュドーラには寝耳に水だった。

(なるほど、それで神官の娘をたぶらかしたのか)

 王の動きの謎がつながり、イシュドーラは胸中でうなる。

「準備は整った。我はこれから兵を率いて、アクアレイト国に戦を仕かける。お前は国の守りを固め、夜闇の神様をお迎えする準備を整えよ」
「ああ、分かった。任せてくれ、親父殿」

 イシュドーラは頷いたが、いささか残念でもあった。

「なんだ、不満か?」

「親父殿のともをしたかったと思ってな。そんな大事な場に居合わせられないのが少しつまらない。しかし、名代も大事な役目だと分かっている。その背は俺に任せて、ナトク様の迎えに集中してくれ」

 父王を出し抜く機会を虎視眈々こしたんたんと狙っているのは、イシュドーラも他の兄弟と変わらない。だが今は心の底から、父を助けたいと思った。
 その気持ちが伝わったようで、アスラ国王は満足げに頷く。

「お前を王太子にして良かった。我の留守中、羽虫はむしが騒ぐようなら、多少の掃除はしても構わん。夜闇の神様のお目汚しになってはならぬからな。だが、やりすぎるなよ」
「ああ、分かった。黙らせる程度にしておく」

 アスラ国王の留守に、国を乗っ取ろうとする動きを見せる王侯貴族がいれば粛清しゅくせいしてもいいという許しに、アスラ国王の神への忠心のほどがうかがえる。
 悲願成就の喜ばしい日に泥を塗る真似は、イシュドーラとて許さない。

「では、これより全権の仮の裁量権を、イシュドーラ・アスラに委任いにんする。期限は我が戻るまでだ。ただちに周知しゅうちせよ!」

 アスラ国王が高らかに宣言し、配下がうやうやしくうなだれ、すぐに伝令に出ていく。
 威風堂々と王宮を出立するアスラ国王を、イシュドーラはドラゴン乗り場から見送った。


----------------

作中単語メモ

・名代…ある人の代わりをつとめること。代理。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳

キムラましゅろう
恋愛
わたし、ハノン=ルーセル(22)は術式を基に魔法で薬を 精製する魔法薬剤師。 地方都市ハイレンで西方騎士団の専属薬剤師として勤めている。 そんなわたしには命よりも大切な一人息子のルシアン(3)がいた。 そしてわたしはシングルマザーだ。 ルシアンの父親はたった一夜の思い出にと抱かれた相手、 フェリックス=ワイズ(23)。 彼は何を隠そうわたしの命の恩人だった。侯爵家の次男であり、 栄誉ある近衛騎士でもある彼には2人の婚約者候補がいた。 わたし?わたしはもちろん全くの無関係な部外者。 そんなわたしがなぜ彼の子を密かに生んだのか……それは絶対に 知られてはいけないわたしだけの秘密なのだ。 向こうはわたしの事なんて知らないし、あの夜の事だって覚えているのかもわからない。だからこのまま息子と二人、 穏やかに暮らしていけると思ったのに……!? いつもながらの完全ご都合主義、 完全ノーリアリティーのお話です。 性描写はありませんがそれを匂わすワードは出てきます。 苦手な方はご注意ください。 小説家になろうさんの方でも同時に投稿します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。