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連載 / 第四部 世界の終末と結婚式 編
02
しおりを挟む三十分後には、イシュドーラは王宮にいた。
玉座にいるアスラ国王が、じろりとイシュドーラを見下ろす。
「遅かったな、イシュドーラ」
「これでも大急ぎで来たんだぜ、親父殿。転移で一瞬だが、門で身体チェックやら何やらを受けるからな。親父殿が決めたことだ」
武器は持ち込んでいいが、種類は決められている。妙なしかけがないかチェックされてから、王との謁見がかなうのだ。
「そうだったな。用件を言おう。しばし国を留守にする。王太子として、名代をつとめよ」
「親父殿が、留守? いったい何が起きたんだ」
王の代理は喜んで引き受けるが、緊急事態ならば知っておかなければならない。王が留守となれば、妙な動きを見せる配下もいるだろう。守りを強化する必要がある。
アスラ国王はにぃっと笑んだ。
「我ら魔族の悲願が、ついに叶う日が来たのだ。夜闇の神ナトク様をお救いする」
さしものイシュドーラも、これには度胆を抜かれた。
「親父殿、それは真か! 素晴らしい日じゃないか。国をあげて祝わねば」
宿願を果たすと聞き、イシュドーラは子どものように明るい笑みを浮かべる。魔族ならば誰でも似たような反応を示すだろう。
「もちろん、その日は祝日とする。これもイシュドーラ、お前の働きがあってこそだ。あの聖火の封印を破る鍵となる『聖なるものの一部』が、聖竜にまつわるものでいいと分かったからだ。あの件以来、他に突破口はないかと調べていた」
「それじゃあ、親父殿は聖竜の鱗以外の『聖なるものの一部』を見つけたっていうのか? まさか、聖竜とやりやったのかよ。そんなことがあったとは知らなかった」
イシュドーラに、アスラ国王は否定を返す。
「それこそ、まさかだ。いくら我とて、聖竜にはかなわぬ。『聖なるものの一部』は、卵の殻だ」
「卵の殻……?」
「ああ。聖竜は死んだ時ですら何も残さずに消えるが、生まれた時の卵の殻は別だ。あれは聖竜教会の奥深くに、厳重に保管されている。こざかしい策をろうして手に入れるはめになったが、正面から戦うよりも楽であったぞ」
イシュドーラには寝耳に水だった。
(なるほど、それで神官の娘をたぶらかしたのか)
王の動きの謎がつながり、イシュドーラは胸中でうなる。
「準備は整った。我はこれから兵を率いて、アクアレイト国に戦を仕かける。お前は国の守りを固め、夜闇の神様をお迎えする準備を整えよ」
「ああ、分かった。任せてくれ、親父殿」
イシュドーラは頷いたが、いささか残念でもあった。
「なんだ、不満か?」
「親父殿の供をしたかったと思ってな。そんな大事な場に居合わせられないのが少しつまらない。しかし、名代も大事な役目だと分かっている。その背は俺に任せて、ナトク様の迎えに集中してくれ」
父王を出し抜く機会を虎視眈々と狙っているのは、イシュドーラも他の兄弟と変わらない。だが今は心の底から、父を助けたいと思った。
その気持ちが伝わったようで、アスラ国王は満足げに頷く。
「お前を王太子にして良かった。我の留守中、羽虫が騒ぐようなら、多少の掃除はしても構わん。夜闇の神様のお目汚しになってはならぬからな。だが、やりすぎるなよ」
「ああ、分かった。黙らせる程度にしておく」
アスラ国王の留守に、国を乗っ取ろうとする動きを見せる王侯貴族がいれば粛清してもいいという許しに、アスラ国王の神への忠心のほどがうかがえる。
悲願成就の喜ばしい日に泥を塗る真似は、イシュドーラとて許さない。
「では、これより全権の仮の裁量権を、イシュドーラ・アスラに委任する。期限は我が戻るまでだ。ただちに周知せよ!」
アスラ国王が高らかに宣言し、配下がうやうやしくうなだれ、すぐに伝令に出ていく。
威風堂々と王宮を出立するアスラ国王を、イシュドーラはドラゴン乗り場から見送った。
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作中単語メモ
・名代…ある人の代わりをつとめること。代理。
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