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第三部 命花の呪い 編

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 オスカーと話を終えた後、結衣はさっそく懲罰牢に向かった。
 その場所がどこか知らないので、護衛の騎士に案内してもらう。どこをどう通ったのやら、気付けば地下への階段を下りていた。
 薄暗くじめっとしたにおいのする地下には、大人が三人並べるくらいの廊下があって、右の壁には魔法の明かり、左側には鉄格子のついた牢がある。全部で五つくらい。その一番手前、鍵もかかっていない手狭な牢にディランを見つけた。
 石製のベンチにしか見えない、一人寝られるのがやっとなベッドに、暗い顔で座っている。足音に振り返ったのか、ディランは結衣に気付いて、さっと立ち上がった。

「ユイ様、ご無事だったんですね!」
「うん。この通り、ピンピンしてるよ。ディランさん、勝手なことをしてすみませんでした」

 結衣はここに来るまでに何回もシミュレーションしていた通り、頭を大きく下げて謝った。だが、ディランは返事をしない。そんなに怒っているのかと、結衣は青ざめて言葉を連ねる。

「もう私の専任護衛になりたくないの、分かりますけど。でもやっぱりディランさんが良いので、許してくださいっ」
「ディランが硬直していますね」
「へ!?」

 後ろで騎士がぼそりと言うので、結衣は頭を上げた。騎士の言う通り、ディランは固まって、口をパクパクと魚みたいに開閉している。騎士が近付いて、ディランが言うことを聞き取って伝える。

「『私の説明不足が招いた事故でしたのに、ドラゴンの導き手様に頭を下げられるなんて。不徳の極み』だそうです。……意外と面倒くさい奴だな、お前」

 騎士は後ろに戻りながら、悪態を零す。結衣はディランの顔を覗き込む。

「あの~? 導き手とかは置いておいて。アメリアさんがああいうことをしたら、ディランさんは叱るでしょう?」
「……まあ、そうですけど」
「間違えたことをしたら注意して欲しいの。そのほうが嬉しい」

 ディランは困った様子で、視線を揺らす。眉間に皺を刻んで黙り込んでいたものの、ややあって頷いた。

「分かりました。しかし、私のドラゴン嫌いが招いた隙があるのも事実です。もう一人、護衛を付けてもらえるように、宰相閣下に頼んでみようかと考えています」
「えっ」
「私一人で手に余るならば、そうするべきでしょう。もちろん、反省なさっているだろうユイ様には、ご理解頂けると思います」

 そんなふうに言われては、結衣は拒否できない。あんまり大仰になるのは嫌だが、結衣の勝手な行動でそう思わせたのだから、受け入れるべきだ。

「……はい。そうしてください。すみませんでした」

 うなだれがちにもう一度謝る。ディランはそれ以上何も言わず、護衛に加わった。

「では、護衛に戻らせて頂きます」
「ええと、それだけですか? もっと言いたいことがあるならどうぞ!」
「その悄然しょうぜんとなさっている様子を見れば、すでに他の方からも注意されているはずです。私は分かって頂ければそれで良いので、これ以上は過剰かじょうかと」

 こんな時でも真面目に気遣いしてくれるのか。結衣はディランの誠実さに感動した。

「ごめんね、ディランさん! 次からはちゃんとディランさんに相談してから、無茶するね!」
「……相談があっても、無茶はお控えください」

 ディランは溜息混じりに言うが、結衣は首を横に振る。

「できない約束はしません」
「左様ですか。困った方ですね」

 結局、ディランは諦めた様子で首を横に振っていた。



 次に騎士団に行き、最後に第一竜舎の飼育員達を訪ねると、なぜかどちらでも、そんなに怒らなかった。それどころか、フォリーら飼育員達は目を輝かせている。

「だますような真似をして、すみませんでした」
「はい。次はおやめくださいね! 危険ですから。よほどの緊急事態では別ですが」

 フォリーはこの時ばかりは真面目な顔をしたが、すぐに相好を崩す。とても興味津々な様子で結衣に問う。

「ユイ様、緩衝地帯の森で、地種の中型ドラゴンに助けられたというのは本当ですか?」
「ええ、そうですけど……もう出回ってるの?」

 昨日の今日なのにと驚く結衣に、フォリーは説明する。

「ユイ様と陛下のご無事は、昨日のうちに知りました。しかしあの難所をどう通り抜けたのかと気になっていましたら、今朝、宰相様の使いが事情を伝えにいらっしゃいましてね」
「野良ドラゴンまで仲間にしてしまうとは、さすがはドラゴンの導き手様です!」

 我慢しきれないという態度で、他の飼育員が叫んだ。フォリーも負けじと詰め寄ってくる。

「それで、どうでした?」
「何が?」

 身を引きながら問い返すと、フォリーは憤然と言った。

「何って。地種のドラゴンの生態ですよ! 大きさや、何を食べているのか。群れの様子は? 鱗の様子に、爪や尾は! 教えていただけるなら、あの件は綺麗さっぱり水に流しましょう! それで、どうなんですか!」
「ヒッ、ちょっ、落ち着いて!」

 普段は穏やかなフォリーの豹変ひょうへんに、結衣はたじたじになった。

「ええと……長くなるので立ち話はちょっと。足が筋肉痛になってるので、立ちっぱなしはつらくて」

 犬の散歩で鍛えているとはいえ、整備された道と野道では、使う筋肉が違う。体力は回復したものの、体のあちこちが悲鳴を上げていた。

「では、中で話しましょう」
「お茶菓子はこちらでご用意します!」
「他の当番も呼んでこい!」

 第一竜舎の面々はお祭り状態になり、結衣は全て話し終えるまで、解放してもらえなかったのだった。

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