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2巻
2-3
しおりを挟む「お兄様の言い付けは守りますわ。アイシス嬢にお会いする時は、ヨランダ様を通すことにいたします」
「ああ、是非そうしてくれ」
シェディールは満足げに頷くと、お茶を一口飲んでから席を立った。
「では、また晩餐の時に」
「ええ」
「その時は楽しい話をしよう」
「そうですわね」
シェディールは、久々の兄妹の再会の場を心から楽しみたいのだろう。退室していく兄を見送りながら、セシリアは口元に笑みを浮かべた。
扉が閉まると、彼女はマリアンを振り返る。
「さてと。マリアン、アイシス・トレーズのことでご相談したいと、ヨランダ様にお伝えしてきてちょうだい」
「承知いたしました、セシリアお嬢様」
マリアンは返事をするや否や、すぐに部屋を出て行った。
「ヨランダ様、お時間をいただきありがとうございます」
その日の夜遅く、ヨランダの部屋を訪ねたセシリアは、優雅にお辞儀して礼を言った。
テーブルの横に立っていたヨランダもお辞儀を返す。
「いいえ、セシリア様。むしろこんなに遅い時間になってしまって申し訳ありません」
燃えるような赤色の髪をゆったりと結い上げ、紺色の室内用ドレスに身を包んだヨランダは、申し訳なさそうに眉尻を下げている。
彼女は凛とした空気を持つ美しい女性だ。故郷のリューエン領では地竜と呼ばれる大きなトカゲを乗りこなし、セシリアほどではないが武術もたしなんでいたそうだ。そんなヨランダにセシリアは親近感を抱いている。
「急でしたから、仕方ありませんわ。明日でもよろしかったのに、こちらこそお気遣いをさせて申し訳ありません」
セシリアがそう返すと、ヨランダは淡く微笑んだ。そして、セシリアをテーブルへ案内した。
二人がテーブルに着いたのを見計らって、ヨランダ付きの侍女がお茶を淹れた。軽くつまめる砂糖菓子も並べられる。
セシリアは紅茶を一口味わうと、さっそく本題に入った。
「ヨランダ様、お伝えしていました通り、アイシス・トレーズの件でお話がありますの」
「はい」
「わたくしは、お兄様の婚約者がどんな方か見極めたいのです。そこで、彼女に面会する時にヨランダ様にも同席していただきたいんですの。お願い出来ますかしら?」
単刀直入に問いかけるセシリアに、ヨランダは頷いた。
「ええ、もちろんよろしくてよ」
セシリアは「おや?」と思った。てっきり反対されるものと思っていたのだ。
その気持ちを読み取ってか、ヨランダは苦笑する。
「セシリア様、あなたはわたくしより年上ですが、わたくしにとっては義妹にあたりますわ。そしてアイシスも将来、そうなるでしょう。わたくしは、あなた方二人の間に溝を作るべきではないと考えています。一度、会った方がお互いのためでしょう」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
「いいえ。――ところで、お茶会の形式にしても構いませんか?」
「ええ、構いませんわ」
「良かった。せっかくですから、アイシスの礼儀作法をテストしようかと思いまして」
そう言ってにこにこと微笑むヨランダ。
楽しそうなその笑顔を眺めながら、セシリアは胸中で苦笑した。
(シェディールお兄様の奥様も、容赦ない方ですのね……)
思えばセシリア達の両親もまた、容赦がなかった。領主家名物の地獄のマナー講座を思い出し、セシリアは遠い目をする。特に母は行儀作法にうるさく、小さい頃は気が強いセシリアもよく泣き言を言っていたものだ。
「それは面白いですね。わたくしも見て差し上げますわ」
そして、二人の貴婦人は笑みを交わした。
*
お茶会当日。セシリアとヨランダとアイシスの三人は、領主館の庭の外れにある、ガラス張りの温室にいた。
木枯らしの吹く季節にもかかわらず、温室には緑が生い茂っており、黄色や赤の小さな花がぽつぽつと咲いている。そして、うららかな日差しがガラスの天井から差し込み、テーブルの上にある花瓶や茶器、菓子をキラキラと照らしていた。小さなケーキなどの繊細な細工の施されたお菓子は宝石のようで、見るからにおいしそうだ。
セシリアは本日のゲストであるアイシスを観察して、胸中で溜息を吐いた。
アイシス・トレーズは、明るい金髪と鮮やかな緑色の目を持つ、実に可憐な少女であった。加えてウォルトホル領内では有名な布地商であるトレーズ商会の看板娘として、人懐っこくて明るいと評判だという。
初対面であるセシリアから見ても、アイシスはいかにも人当たりが良さそうだ。ヨランダが可愛がっているのもよく分かる。兄の婚約者でなければ、自分の侍女にしたいくらいだった。
三人はしばし会話を楽しんでいたが、やがてセシリアが本題を切り出す。
「礼儀作法については、まあ合格といたしましょう。ですが、それとは別問題ですのではっきり言います。わたくしは、ハーシェルお兄様とあなたの結婚には反対ですわ」
セシリアがそうきっぱり言うと、向かいに座るアイシスの顔が若干引きつった。だが彼女はすぐに笑みを浮かべ、若干吊り目がちな明るい緑色の瞳でセシリアを見すえる。
「それは、私が平民だからでしょうか?」
アイシスは大人しいと噂の姉フィオナと違い、物怖じしない性格をしているようだ。
「ええ」
セシリアは肯定し、身分違いの恋が悲劇しか生まないことを説いて聞かせた。
「――そういうわけで、お兄様とは別れることをおすすめしますわ。あなたは容姿が良いのですから、引く手あまたでしょう? きっと、あなたを幸せにしてくれる殿方が他にいるはずですわ」
セシリアはティーカップを傾けながら、ちらりとアイシスの様子を窺った。まだ十六歳であるアイシスは、ムキになって否定するか、暗い未来を想像して落ち込むかのどちらかだろうと思ったが、彼女はただ困ったようにやんわりと微笑んでいる。
「セシリア様は、一つ思い違いをなさっています」
「……何がです?」
意外な反応に、セシリアは興味をそそられた。
「私は、男の人に幸せにしてもらおうとは考えていません。一緒に幸せになれるように頑張りたいんです。ですから、ハーシェル様ともそうしていきたいと思っています」
「それで、幸せになれなかったらどうしますの?」
「頑張って頑張って、更に頑張っても駄目だった時は諦めます。ですけど私、する前から駄目だった時のことを考えるのは好きではありません。悪い結果を引き寄せてしまいますから」
「……ますます不安になりましたわ」
セシリアはアイシスの前向きさに呆れつつも、同時に清々しく感じ、やはりあんな兄にはもったいないと思った。そんなアイシスの幸せのためにも、ここは心を鬼にして二人を引き離そうと決意を新たにする。
そして、ハーシェルの悪いところを挙げていけば、幻滅してくれるかもしれないと考えた。
「あなたはご存知ないかもしれませんが、兄は女癖が大変悪いのですよ」
「はい、そのお噂は聞いております。でも、今はそうではありません」
セシリアの言葉に、アイシスはきっぱりと返す。そして、アイシスとハーシェルが結婚を前提に付き合うきっかけとなった事件について、セシリアに説明した。
アイシスがハーシェルの浮気を疑い、道端で桶に入っていた水をかけて振ったこと。それが実は浮気でなく、その時メリーハドソンで起きていた殺人事件の情報収集をしていただけだったこと。その後ハーシェルから謝罪と同時にプロポーズされたこと。それら全てをアイシスは語った。
それを聞いたセシリアは、あの兄が道端で桶の水をかけられたのを想像して思わず噴き出してしまった。
一方、ヨランダは驚きの目でアイシスを見ている。
ますますアイシスを気に入ったセシリアだったが、彼女のことを思えばなおさら婚約には反対だ。他にハーシェルの悪いところはないかと思考を巡らせる。
だがハーシェルの欠点といえば、浮気性なところくらいだ。容姿は良いし、服や贈り物のセンスも良い。裕福だが両親に厳しく育てられたのでお金の遣い方も堅実だし、女性に暴力を振るうことも当然ない。だいたい何でもそつなくこなしてしまうし、人当たりが良いから誰にでも好かれる。
少し考えて、セシリアは一つの欠点を無理矢理ひねり出し、口にしてみた。
「お兄様は、ロベルトより弱いですわよ?」
「大丈夫です、セシリア様。少し弱いくらいで幻滅なんてしません。むしろ、私がハーシェル様をお守りします!」
アイシスは右の拳をぐっと握り締め、気合十分に宣言した。
(この娘、本当にお兄様が大好きですのね……)
まっすぐに気持ちを表現するアイシスに更に好感を持ったが、それではいけない。どうにか説得しなくてはと考える。
無言のままアイシスを見つめるセシリアを、アイシスも負けじと見つめ返す。しばし睨み合いのような状態になっていたが、やがてヨランダが口を挟んだ。
「まあまあ、お二人とも、そこまでになさっては? せっかくのお茶会です。もっと楽しいお話をしましょう。……そうだわ!」
ヨランダは強引に話題を変えようと、ぱちっと両手を合わせた。
「セシリア様、アイシスの姉が、ロベルトの婚約者なんですよ。ね、アイシス」
ヨランダが笑顔で問いかけると、アイシスは首肯した。
「ええ、ヨランダ様」
「そういえば、あなたの姉がロベルトの婚約者だというのを忘れていたわ。いったい、あの無愛想な男が射止めた女性はどんな方なのかしら? 興味があるわ。ねえ、アイシス・トレーズ。今度、あなたのお姉様も交えてお茶会をしませんこと?」
遠回しに連れて来いと言われて、アイシスは少し顔をしかめた。ハーシェルの悪口を言われても表情を崩さなかったのに、姉のことになると冷静ではいられないらしい。
しかしヨランダがゴホンと咳払いすると、アイシスは我に返ったように笑みを浮かべた。
「わたくしも興味があるのよ、アイシス。ねえ、招待しても構わない?」
ヨランダからも頼まれて、アイシスは渋々といった様子で頷く。
「分かりました。話してみますが……姉は体が弱いので、お約束はいたしかねます」
だが結局、そんな風にあいまいに返事をするだけだった。
*
「姉さん、ごめん! 私が不甲斐ないばっかりにぃ~っ」
「へ?」
部屋に入って来るなりそう叫んでいきなり泣き始めたアイシスに、フィオナは目を丸くした。唐突すぎて意味が分からない。
「アイシス、どうしたの? お屋敷で何かあったの?」
フィオナは膝に載せていた鳥籠をチェストの上に置くと、立ち上がってアイシスのもとに歩み寄った。
今日、アイシスは領主家に行儀見習いに出かけていたはずだ。ハーシェルと結婚するために乗り越えなくてはいけないことの一つ――それは貴族の嫁に相応しい作法と教養を身に付けることだ。
アイシスは負けず嫌いなので、これくらいの試練は何ということはないと言って必死に勉強している。そんなアイシスを、フィオナ達家族は温かく見守っていた。
「私、副団長さんが姉さんに鳩を置いていったって聞いて、すっごく笑ったことを謝るわ。副団長さんが心配になるのも当然よ。つんと取り澄ましていて冷たくて、でも言ってることは正しいだなんてずるい!」
明るい緑色の目からぼろぼろと涙を零しながら、アイシスは悔しそうに鳩を睨みつけた。
「アイシス? いったい何を言ってるの? とにかくこんな所に座ってないで、こっちにおいで」
床に座っているアイシスを見かね、フィオナは彼女の手を引いて、自分のベッドに座らせた。
「姉さん、あのね、落ち着いて聞いてね?」
落ち着くべきなのはアイシスの方だと思ったが、フィオナは反論せず、隣に座って首を傾げる。
「明日も午後にお茶会があるの。ヨランダ様と、セシリア様とのお茶会よ」
「そうなの」
アイシスがヨランダから作法が身に付いているかテストすると言われて、やる気十分で出かけていったのは知っている。明日も、その続きをするのだろうか。
事情を知らないフィオナはそんな風に考えた。
「それでね、姉さんもお茶会に招待されてるの」
「えっ、私!?」
衝撃的な言葉を耳にして、フィオナの背中に冷や汗が流れた。最近、ようやく人の目に慣れてきたが、人見知りは相変わらず健在だ。しかも貴族のご婦人が相手だなんて、恐ろしくて眩暈がしてくる。
フィオナは必死に深呼吸して自分を落ち着かせると、ひとまず理由を聞くことにした。
「ええと、何で私が?」
「副団長さんの婚約者だからよ。お二人とも、どんな人か気になるんですって」
「ああ、なるほど……」
ロベルトは元々、領主家に仕えていた。ハーシェルの乳兄弟でもあるから、彼の妹であるセシリアとも親しかったのだろう。ロベルトの婚約者に興味を持ったとしてもなんら不思議ではない。
「貴族様のお誘いなら、お断り出来ないわね……。でも私はアイシスのように作法を心得ていないのよ? 失礼にならないかしら」
「最低限のマナーはこれから私が教えるわ。本当にごめんなさい! 止められなかったの」
アイシスは再び泣き出した。その様子を見て、フィオナはますます尻込みする。
(そ、そんなに泣くほど、怖いお嬢様なの……?)
これは真剣にマナーを勉強しておかないとまずい。
ぷるぷる震えながら、フィオナは悲壮な顔で決意を固める。アイシスの大袈裟な反応のおかげで、フィオナの中では邪悪なお姫様像がすっかり出来上がっていた。
「私のために泣いてるの? 気にしなくていいのよ。ほらほら、泣かないで」
ハンカチでごしごしと涙を拭うアイシスに、フィオナは無理矢理笑顔を作ってみせる。
「それもあるけど、私悔しくてたまらないの!」
そしてアイシスは、ハーシェルとの結婚を反対されたことを語った。
(なんだ、反対されたのが悔しいのね……)
しかもセシリアはハーシェルを良く思っておらず、アイシス自身が不幸になるからやめておけと言ったらしい。それはアイシスとしても複雑だろう。
そう思ったフィオナだが、アイシスは予想外のことを口にした。
「あの方、ハーシェル様の妹なのに、兄のことを信用してないんだわ。だから悲劇になるだなんて言うのよ。ねえ、ちょっとくらい信頼して差し上げてもいいんじゃない? 家族なのに、あんな言い方って可哀想よ!」
ハーシェルを不憫に思って泣くアイシスを見て、フィオナは自分の考えの浅さに苦笑した。アイシスは本当に優しい。反対されたことがショックで泣くのではなく、ハーシェルの気持ちを思いやって泣くのだから。そんな彼女と家族になれたことを、フィオナは嬉しく思う。
「アイシスは本当に優しいわね。姉さん、血は繋がってなくても、あなたの姉であることが誇らしいわ」
フィオナはにこにこと微笑んで、可愛い妹の頭を撫でる。
「私のせいで面倒なことになったのに?」
「ねえ、アイシス。言い方は厳しい人なのかもしれないけど、私達のような下々の者を気にかけて下さるお嬢様なのでしょう? それを聞いて、少し不安がなくなったわ」
正直に言うとセシリアとのお茶会は怖いのだが、アイシスを落ち着かせるためにあえて気丈に振る舞ってみせる。
「だからアイシスも、ハーシェル様を信用してもらえるように、一緒に頑張りましょ?」
「……うん、頑張る」
ハンカチで目元を拭いながら、アイシスはこくりと頷いた。
(アイシスにはああ言ったけれど……どうしよう)
ようやく落ち着いたアイシスが部屋を出ていくと、フィオナは椅子にへたり込んだ。
(怖い。怖いわ! いったいどんなお嬢様なの!?)
出来ることなら行きたくない。
ドキドキする胸に手を当てて、フィオナは泣きたい気分で机に突っ伏す。
フィオナの父ノルマンが会長を務めるトレーズ商会は、ウォルトホル領では名の知れた布地商で、金持ちや貴族の顧客も多い。実際、フィオナは何度かそういう人物との商談に立ち会ったことがあるし、簡単な挨拶もしたことがある。だが、そのような時は、いつも緊張しっぱなしでとても疲れてしまうのだ。
(アイシスがあんな風に言うなんて……。それに、ロベルトさんも逃げてしまったし)
よほど怖いお嬢様であるに違いない。
がたがた震えながら、フィオナはちらりとチェストの上の鳥籠を見た。真っ白い鳩と目が合う。クルクルと鳴いている様は可愛らしく、少しだけ癒された。
(そういえばロベルトさん、何かあったら手紙を書いて鳩を飛ばせっておっしゃってたわ……)
セシリアを昔からよく知っている彼は、彼女がフィオナに会いたがることを簡単に予測できたのだろう。それを見越して、鳩を用意してくれたのだ。
ロベルトの優しさに感動して涙目になりつつ、フィオナは机の引き出しを開けた。
(鳩は明日の朝に飛ばすとして……。まずは手紙を書こう。そうしよう)
フィオナは机の上に便箋を広げ、羽ペンを手に取った。
二章 お茶会
翌朝、庭に出たフィオナは鳥籠から鳩を取り出した。その足に、昨日書いておいた手紙を括り付ける。そして一つ頷いて決意を固めると、両手で包み込んでいる鳩に、まるで神頼みでもするかのように話しかけた。
「鳩さん、ロベルトさんに手紙を届けてね。本当にお願い。本当の本当にっ」
フィオナの必死な声にも、鳩はクルポゥと小さく鳴いて、首をしきりに動かすだけだった。
それをフィオナは返事をしてくれたものと前向きに解釈し、快晴の空を見上げる。そして、小さな掛け声とともに鳩を空へと放した。
「えいっ!」
鳩は力強く羽ばたいていく。やがてその白い姿が蒼穹にかすむと、フィオナはほっと息を吐いた。
「無事に届きますように」
最後にもう一度だけ祈るように呟いてから、空っぽの鳥籠を携えて家の中に戻った。
その日の午後、フィオナはアイシスと共に、ウォルトホル領主家からの迎えの馬車に揺られていた。
貴人との茶会であるため、フィオナとアイシスはそれぞれ特別に着飾っている。
フィオナは目の前に座るアイシスをまじまじと見つめた。いつも可愛らしいが、こういう格好をすると本当に人形そのものだ。
冬を意識した温かみのあるダークピンクと白を使ったワンピースは、アイシスの可愛らしさと清楚さを引き立たせている。
フィオナは馬車の窓ガラスに映る自分の姿に視線を移す。母レティシアから、ワインレッドを基調とするワンピースを着せられた。ところどころ黒い生地で縁取りされ、襟元にも黒いリボンがついている。こういう色の服は着たことがなかったが、シンプルなので思ったほど抵抗感はない。いつもは背中に流している髪も、今日は後ろで三つ編みにしていた。
これが似合っているのかどうか、フィオナには分からない。ただ色合いが暗いので、貴婦人方に陰気くさいと思われないか気になった。
(やっぱり、帰りたい……)
フィオナは思わず溜息を吐いてしまう。
それを耳ざとく聞きつけたアイシスが、ぐっと拳を握って言った。
「姉さん、大丈夫よ。見た目はしっかりした家のお嬢さんになってるから。それに、怖がらないでいいのよ。あのお優しいヨランダ様も一緒なんだもの」
アイシスはフィオナの本音を、すっかりお見通しのようだ。
昨日こそ落ち込んでいたアイシスだが、フィオナの励ましが効いたようだ。ハーシェルの株を上げ、セシリアに婚約を認めてもらうのだとはりきっている。
更にアイシスは、フィオナが何を気にしているかまで見抜いた上で、こう付け足した。
「それにセシリア様だって、何も噛みつくわけじゃないんだし」
優しく励ましてくれるアイシスに、フィオナは不安を吐露する。
「でも、怖い方なんでしょう?」
「顔だけだったら、副団長さんの方がよっぽど怖いわよ」
そこでロベルトを引き合いに出され、フィオナは即座に言い返す。
「ロベルトさんは、怖くないと思うわ」
「まさか。最近はマシになったけど、まだ表情は固いし、やっぱり怖いわよ。でも子どもに泣かれないようになったんだから、大した進歩よね!」
確かにロベルトは最近は顔に表情が出るようになり、子どもに大泣きされる事態はなくなりつつある。
フィオナがそのことを思い出して苦笑していると、アイシスはずいと身を乗り出した。
「姉さん、大丈夫よ。私もいるし、ちゃんと基本のマナーは教えたでしょう?」
自分も昨日の今日でセシリアに会うのは気まずいだろうに。明るくフィオナを鼓舞してくれるアイシス。その姿を見ていると、フィオナも姉としてしっかりしなくてはと奮い立った。何故だかロベルトは異常に恐れているが、セシリアも同じ人間なのだ。
そう自分に言い聞かせるフィオナだが、体はぶるぶると震えてしまう。対人恐怖症は完全には治っていないのだ。
「姉さん……」
心配そうな顔をするアイシスに、フィオナは懸命に主張する。
「こ、これは武者震いよっ」
「……強がりだってちゃんと分かってる」
そう言ってアイシスがおかしそうに笑うのを見たフィオナは、がっくりと肩を落としたのだった。
今日は日差しが暖かいので、お茶会の席を領主家の中庭に設けることになった――
領主家の執事がそう説明してフィオナ達を案内した。その美しい庭園を見て、フィオナは目を丸くしてしまった。冬なので花こそ咲いてはいないが、黄色や赤に色づいた木々は丸や四角の形に整えられている。
植え込みに囲まれた場所に、白いテーブルクロスがかけられた四角いテーブルと、アイアンワークが見事な白い椅子が置かれていた。
件の貴婦人二人はすでに席に着いている。フィオナは緊張でバクバクする心臓を落ち着かせるのに必死だった。
「奥様、セシリア様、お客様をお連れいたしました」
お喋りに花を咲かせていた二人の貴婦人は、執事の声でフィオナ達の到着に気付き、こちらに顔を向けた。
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