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スピンオフ レネ編「木陰の君」
13
しおりを挟む翌朝、レネが本舎の相談室に顔を出すと、団員が数名集まっていた。
「おはようございます。何かあったんですか、先輩」
壁にかかった名札をひっくり返し、出勤の状態にしながら、レネは問いかける。団員は出勤するとすぐに名札をひっくり返し、すぐに持ち場に出かけていく。年配がまだこの部屋にいるのは珍しい。
「おはよう、レネ。ちょうど良かった、班リーダーも含めて、リーダー各位は九時から会議だってさ」
「会議?」
「ああ、昨日、急に決まったんだ。休みだったから知らないだろ? まだ時間があるから、班員に不在を伝えておくといい」
「分かりました、ありがとうございます」
先輩に敬礼をすると、レネはすぐに鍛錬場のほうへ向かう。
すでに朝稽古をしている者がいた。
「ゲイク、おはよう。会議って聞いたか?」
「ああ、だから先に済ましておこうと思ってさ。その後すぐ、巡回なんだよ」
手の甲で汗をぬぐい、ゲイクが答える。ふうと息をつくと、じと目になった。
「レネ、一昨日、まーた酔っぱらって面倒くさいことになってたぞ。ちゃんとあの新人に謝っておけよ」
「大丈夫だよ、今度、食事をおごる約束なんだ」
「フォローしてあるならいいが」
ゲイクはそう言って、呆れた様子で首をすくめる。
「お前も懲りないよな。毎回、二日酔いで死ぬと大騒ぎしてるのに。昨日はどうだった?」
「昨日は平気だよ。一杯くらいは大丈夫。うちの家系は酒に強いんだ」
「んなこと言って過信してるから、つぶれるんだろ」
「うるさいなあ。気を付けるよ、ったく」
小言に顔をしかめ、レネはそっぽを向く。ふと、班員が少し離れたところに集まっているのを見つけ、今度はそちらに近寄った。
「おはよう、皆。昨日はゆっくりできたか?」
「おはようございます、先輩。ええ、のんびりしました」
ダイアンの返事に、レネはこくりと頷く。
「良かった。慣れない飲み会で、酔いつぶれた奴がいるんじゃないかって思ったんだけど……皆、元気そうだな」
「レネじゃないんだからと言いたいところだが、副団長の采配だな。皆、疲れてるだろうからって、早めに帰したんだ」
後ろからゲイクが口を挟んだ。レネはぐっとこぶしを握る。
「副団長、さらっとかっこいい! あれで顔が怖くなかったら、モテたんだろうに。かわいそうな人だよ」
「ははは、今度、言ってやろう」
「そこは内緒にするところだろ! 友達がいがないぞ!」
レネは即座に言い返したが、ゲイクの言葉は冗談だと分かっている。これがハンスだと怪しいので、口止めしないといけない。
「それじゃあ、俺は先に行ってるよ。遅れるなよ」
ゲイクはあいさつをして、本舎のほうへ向かっていく。
「この後、急に会議が入ったんで参加してくる。私がいなくても、稽古をサボるんじゃないぞ。特に、エディ、ラキ、クライス。お前ら三人だ」
レネが念押しすると、三人が顔をしかめる。
「おい、反論するなよ。お前らに前科があるから心配するんだ」
「俺達もいるんで大丈夫ですよ、先輩」
シゼルの言葉に、ラキがじろりとにらむ。
「いい子ぶるなよ、シゼル」
前に殴り合いの喧嘩をしてから、どうもこの二人の間には溝がある。だが、レネはラキに言い返した。
「何言ってんだ、ラキ。こいつは遅くまで自主練してたりして、結構真面目だぞ? でもな、シゼル。誰もいない時に怪我されると困るから、ほどほどにな」
ラキが意外そうな顔でシゼルを見る。シゼルは気まずそうに目をそらした。
「それじゃあな」
レネは班員に右手を挙げると、本舎へと歩き出す。
後ろでラキがシゼルに、「絶対に負けないからなっ」と宣言するのが聞こえた。
(あいつら、まだまだ子どもだな)
くすりと笑いをこぼし、なんだか少しほっとするレネだった。
*
「少し時期は早いが、秋の収穫期に向けて、輸送の護衛をすることになった」
大きなテーブルを囲み、リーダー格の団員が座る中、一番前で副団長のロベルトが話しだした。ハンスは書記として、隅に置かれた机でノートに書きとっている。
左側の一番前の席についたハーシェルは、ゆったりと足を組んで会議の流れを見ていた。何故かその横顔から冷気が漂っているように思え、後方にいるレネははらはらする。
(機嫌悪そうだなあ、団長)
たとえ笑顔でも不機嫌な場合があるので、油断ならない。
「護衛につくのは、メリーハドソン周辺の農村だ。春にも水門砦で一悶着あったが、それとはまた違う奴らが、要所の森に住みついているらしい。それで、勝手に木を切ったり獣を狩ったりしているとか」
ロベルトの説明の続きを、ゲイクが引き取る。
「それで、いつ周辺の村や通行人を襲うかと気が気じゃないっていうんで、こちらにお鉢が回ってきたというわけです。税はメリーハドソンの領主館に集まりますからね」
そこで急に、ハーシェルが笑い出した。
「ははは、まったく……馬鹿にしてくれるよね」
会議室の空気が凍った。
「馬鹿をやった曾祖父の代で滅茶苦茶になった森を、こつこつと整備してやっと復活させたっていうのに、勝手に切り倒す? せめて税金を納めて欲しいもんだ。まあ、許可なんて兄上は出されないだろうが」
確か、木一本につきいくらの税と決まっていたなと、レネは思い出した。それに許可を受けた者のみが、決まった量だけ切り倒せるらしい。それを越えると罰則と、許可証を取り上げられるとか。
「討伐隊は出されないんですか?」
団員の質問に、ロベルトが答える。
「この間、派手にやったばっかりだからな。資金の問題だ。今は小規模のようだし、目をつむっている。街道の見回り強化だけだな。そこでだ、税の輸送時に護衛について、もし襲ってきたらそのまま返り討ちにする……というのはどうかと団長と話していたんだ。他に良い案があるなら聞きたい」
資金という言葉に、団員達は視線をかわす。
警備団を運営する基礎は領主から出ているが、足りない分は寄付金でまかなっている。事態を重くみたギルドが、討伐資金を集めるようなことでもない限りは、討伐隊を遠征させるのは厳しい。
その時、ヘレンが挙手した。
「はいっ、街道に爆薬を仕掛けて、襲ってきたら派手に消し炭にしてあげましょう!」
「却下」
ロベルトは即答した。
ヘレンは不満そうに口をとがらせたが、手を下ろす。
(むしろなんで通ると思ったんだ、ヘレンさん……)
相変わらずの爆弾好きに、会議室の面々は引いた。
いつもくたくたのシャツとズボンを着ているヘレンは、顔だけなら美人だ。茶色い髪と青い目をしていて、分厚い眼鏡をかけている。普段は受付業務をしているが、妙に体力もあるし、何故か人体の急所を熟知しているので、本気を出すと怖い人だ。少ない力でとどめを刺しにいく。
そこはかとなく漂う変人くささに、顔に惹かれた人も、すぐに離れていってしまう。
レネは嫌いなわけではないのだが、どう対応していいか謎で、つい遠巻きにしている。
「他に無いようだな。ではこの方向で詰めていく、皆も意見をどんどんあげてくれ」
結局、会議は昼まで長引いた。
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