目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

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スピンオフ レネ編「木陰の君」

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 翌日、レネはすっきりとした気分で目が覚めた。
 たいした量を飲んでいなかったので、酒を飲んだ翌日にもかかわらず、今日は元気だ。
 天気の良さにつられて、朝から洗濯や掃除を片付ける。その後、散歩に出ることにした。家でじっとしているのは性に合わないので、休みは出かけていることが多い。
 南街みなみがいを北に向けて歩いていると、警備団員とすれ違った。

「あれ、レネじゃないか。めっずらしー。女装してるんだな」
「うるさい! 私は女だ!」
「あははは、それじゃあな」
「おう、仕事頑張れ」

 からかう彼らに、適当にあいさつして歩いていく。
 ふと、通り沿いの店の窓ガラスに、レネの姿が映った。
 山吹やまぶき色のワンピースに、茶色のコルセット。いつもは紐で縛っているだけのポニーテールには、今日は茶色いリボンを付けていた。革製のブーツに、肩から下げた布鞄である。

(そんなに変か?)

 薄ら化粧をしているから、浮いてはいないはずなのに。身なりを確認してみたが、普通の格好だ。

(剣がないと落ち着かないなあ)

 そんなことを思う辺り、女子力が低いのはよく分かっている。首を横に振り、気を取り直して広場までやって来たところで、女性の悲鳴が上がった。

「泥棒!」

 声のほうへ振り返ると、女性の鞄をひったくった男が西街のほうへ走っていくのが見えた。レネは間髪入れずに走り出す。

「待てー!」

 男はレネの猛然とした勢いに驚いたようで、足を速める。

「逃がすかっ」
「えっ、ちょっとあなた。気を付けてっ」

 被害者の女性が慌てたように叫ぶので、レネは安心しろと手を振り返す。
 そのまま男は路地裏へ飛びこんだ。道をじぐざぐに選んで走り抜けるのでなかなか追いつけない。やきもきしてきたレネは、知った道に気付いて、男とは違うほうへ進んだ。

「ここまでだ! 観念しろ!」

 先回りして前に出てきたレネに、男はぎょっとした顔で足を止めた。

「くっ、この女っ」

 追い詰められて焦ったようだ。男はナイフを取り出した。

「ふん、ナイフなんて。……ってそうだった、剣を持ってないんだった」

 レネは武器がないのを思い出してひやりとした。だが、男は構わずナイフで向かってきた。
 レネは冷静に対処して、肩からかけていた鞄を掴んだ。そして、ナイフの前へとつき出す。
 ザクッと勢いよく、ナイフが鞄に突き刺さる。深く突き刺さったのを感覚的に悟り、レネは鞄を勢いよくひねった。ナイフが布地に巻き込まれて回り、男が手を離す。カシャッとナイフが横に落ちるのを横目に、レネは右の拳を握りしめた。

「うりゃあ!」

 男の顎下めがけて振り上げた拳は、思い切り命中した。

「ぐはっ。……うう」

 男はよろめき、民家の裏庭に干してあったシーツを掴んで支えにする。
 だが、それは不安定だったようだ。洗濯物と物干し台が一気に倒れて、路地裏にけたたましい音が響く。
 レネは首をすくめた。恐る恐るどうなったかと確認すると、男は物干し台の下敷きになって伸びていた。

「うわあ。おい、大丈夫か?」

 すぐに男の無事を確認する。たまたま打ち所が悪かったのか、頭にコブが出来ていた。レネはほっとした。コブがあるので大したことはないだろう。

「ああ、これは始末書ものだな……」

 やってしまったと頭を抱える。
 いくらひったくり犯を捕まえるためとはいえ、町民のものを壊してしまった。レネが青ざめていると、音を聞きつけて家の住人が二人、外に出てきた。

「なんの音!?」

 黒髪の少年に続いて、アッシュグレイの見慣れた少年が顔を出す。

「こら、ラッシュ。お前、また物干し台の修理をミスっただろ」
「俺じゃないよ、兄さん。ほら」
「は?」

 唖然とした顔のシゼルと目が合い、レネはぎこちなく笑った。



 ひったくり犯は、追いかけてきた警備団員に引き渡し、被害者には無事に鞄が戻った。
 礼を言って帰っていく被害者に手を振ると、レネはシゼルと、彼の弟ラッシュに謝る。

「いやあ、助かったよ。始末書は無しにしてくれて」
「いいんですけど、素手でナイフに立ち向かうなんて馬鹿だと思います、先輩」
「あの程度の小ぶりのナイフなら平気だよ。私のほうが強い」

 レネが堂々と返すと、ラッシュが拍手した。

「すごい、かっこいい!」
「こら、ラッシュ。心配しろ、馬鹿」
「いたっ、ひどいよ、兄さん」

 シゼルに頭をぽかりと叩かれ、ラッシュがしかめ面で抗議する。シゼルは気を取り直して指摘する。

「鞄に穴が開いてるじゃないですか」

 レネは頷く。

「ああ、そうするのがコツなんだ。こう、相手が刺すだろ。で、抜けなくさせておいて、ひねる。すると相手の手がナイフから離れる」
「おおーっ」

 レネが教えると、ラッシュは拍手しながらささっと逃げた。弟をにらんだシゼルは溜息を吐く。

「分かりましたよ、もう何も言いません。とにかくここ、片付けを手伝ってください」
「ああ。まずは洗濯物をよけて……、この物干し台、ボロっちいなあ」

 木製の台はあちこち修理されている。根元は石で固めているようだが、不安定に揺れていた。その四本の物干し台に、それぞれ麻紐を二本ずつ渡して、そこに洗濯物をかけているようだ。

「結構古いんですけど、買い替えるのも面倒で。ああ、良かった。無事そうです」
「踏ん切りがつくくらいは壊れないんだよなあ」

 シゼルが物干し台を起こす横で、ラッシュがまたかというような顔をしている。面倒がる気持ちは分からないでもない。

「ラッシュ、留守番を頼んだぞ。こっちを片付けてくる」

 洗濯桶に洗濯物と洗濯板、石鹸をまとめて放り込み、シゼルはひょいっと抱えた。共用井戸まで持っていくらしい。

「分かった。昼ごはん、先に食べてていい?」
「俺の分は残しておけよ。いいな、絶対に全部食べるな」
「はーい」

 返事をしてラッシュは家に引っ込んだが、シゼルは全く信用していない顔をしている。レネは思わず訊いた。

「あれが前に言ってた、大食いの弟か?」
「ええ。腹が減ると盗み食いまでするんで、面倒なんですよ。なんであんなに食べるんですかね」
「戻ってきて食事が消えてたら、おごってやるよ。昨日のわびだ」
「いえ、そんなもったいないもの、ここであっさり使うなんて嫌です!」

 謎の返事をするシゼルを、レネはまじまじと見る。

「え? 手持ちならあるけど」
「他の日にしましょう。是非!」
「分かったよ」

 何をそんなに必死になるんだとレネは不思議だったが、ひとまず洗濯物を片付けるかと袖をまくった。
 共用の洗い場は煉瓦が敷き詰められていて、綺麗な水をためられる場所がある。洗濯に良い時間はとっくに過ぎているせいか、誰もいない。

「よし、やっつけるか」
「えっ。先輩、これも手伝う気だったんですか?」
「でなきゃ、どうしてついてくるんだよ」
「いや、どうしてかなとは思ってたんですけど」

 恐縮しておかしな返事をするシゼルの肩を、レネは軽く叩く。

「私のせいで洗濯物が駄目になったんだから、手伝わせてくれ。ほら、とりあえず桶に水を入れて、汚れを落とそう」
「それなら俺が汲みます!」

 レネが掴んだ井戸の桶を横からひったくり、シゼルは水を汲み始めた。
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