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スピンオフ レネ編「木陰の君」
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しおりを挟む「試験の無事の終了を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」
風見鶏亭に、レネ達の声とグラスを打ち鳴らす音が響いた。
食堂の半分を貸し切っての打ち上げだ。十五人程の警備団員が集まっている。
レネの傍に先輩がやって来て、レネの肩を叩く。
「いやあ、新人が戻ってこなかった時はどうなることかと思ったけど、無事に済んで良かったな」
「ええ、本当に」
レネはあの時の緊張を思い出して、息をつく。するとシゼルが身を縮こまらせた。
「面目ありません」
「まあいいじゃねえか、誰でも失敗くらいする。大事なのは、同じことをしないように気を付けることってね」
ゲイクがレネの左肩をばしっと叩いた。
「おお、良いこと言うじゃないか」
「そうそう、その通り!」
皆、パチパチと拍手するが、レネは眉をひそめる。
「何で私の肩を叩くんだ! 先輩も、痛いんですけど!」
「悪い悪い」
「そう怒るなよ、ほら、飲め飲め」
謝るゲイクと、酒を注いでご機嫌取りをする先輩。仕方ないなあとレネは溜息を吐く。
立食形式だが、壁際に椅子を並べていて、座れるようになっている。小さな机もあった。
レネは皿に好きな料理を取り分けると、グラスを手に壁際に向かった。酒席は楽しいが、今日は疲れていてあんまりはしゃぐ気分ではない。
集まった面々はそれぞれ好きにしゃべったり飲んだりしている。
ロベルトとゲイクが何か話しているのを横目に、ハムを頬張る。塩加減が最高だ。
「先輩、お疲れ様でーす」
レネの班の団員六名が、それぞれ挨拶に来た。
「ああ、お疲れ。今日はありがとう、助かったよ」
それぞれと乾杯して礼を言うと、皆、嬉しそうにはにかんだ。
「色々勉強になりましたよ」
「それに、この街の知らない面も見つけて、なんか面白かったです」
素直な感想に、レネはうんうんと頷く。
「良かった。ま、私のことはいいから、周りとしゃべってこいよ。ちょっと疲れたんで、のんびりしたいんだ」
レネの返事に、それぞれ愛想よく返事をして、班員達は目当ての先輩のところに押しかけていった。意外にもロベルトに声をかけに行ったので、勇気があるなと感心する。
「ご馳走様です、ありがとうございます!」
彼らが大声で礼を言うので、ロベルトは困った様子で、「他にも客がいるから」と声のボリュームを落とすように言っている。
「あれ、シゼルはいいのか?」
「俺も疲れました。あいつら、元気ですね」
「年寄りみたいだぞ」
レネは噴き出し、シゼルに椅子をすすめた。シゼルは椅子を引きずって、レネから斜めの位置に座るとぺこりと頭を下げた。
「先輩にはご迷惑をおかけしたので、もう一度謝っておこうかと」
「気を付けてくれたらそれでいいよ。これからもよろしくな」
「はい!」
返事を聞きながら、レネは溜息を吐く。
ここ一週間、ろくに眠れなかったので、酒を飲んだら一気に眠気が押し寄せてきた。
「うう、おいしい。せめてこれを食べてから……」
好物の鳥の塩コショウ焼きを食べ、サラダを飲み込みと、せっせと食事をする。せっかくロベルトのおごりで食べられるのだから、食べなくては損だ。
ふとシゼルがまじまじとレネを見ているのに気付いたので、レネは右手を振る。
「ほら、お前も食え食え」
「食べてますよ。いやあ、良い食べっぷりですね。見てるとこちらも幸せになります」
「兄さんと似たようなことを言うなよ。何だよ、それ」
レネがそう返した時、食堂の奥から十代後半の少女が顔を出した。茶色い髪を三つ編みに結った、活発で明るい感じの少女だ。
「ゲイク」
「お、アーリア」
会話を中断して、ゲイクが挨拶を返す。風見鶏亭を営む夫妻の次女で、アーリアという。ゲイクの彼女だ。
二人が並んでいるのを見ると、レネの胸には重石が載ったようになる。
なんだかムカついてきて、あっという間に皿の料理をたいらげると、グラスの酒を一気に飲み干した。
「ああ、駄目だ。眠い。ちょっと寝るから、後で起こしてくれない?」
「え? 先輩!? 」
壁際に並んでいる椅子の三つを占領して寝転がると、シゼルが驚いた声を上げる。
「うわ、レネがつぶれた!」
団員がざわめくのを聞きながら、レネは夢の世界に旅立った。
「くっそー、ゲイクの馬鹿。馬鹿ぁー。嫌いだー」
「ああ、はい。それもう二十回くらい聞きましたよ、先輩」
「……ん?」
何だか頬に当たるものが暖かいし、揺れている感じがある。
真っ暗な通りに、月明かりが落ちていた。
「ええと、誰?」
「起きました? シゼルですよ、シゼル・ブラスト。先輩、寝落ちちゃったんで、お宅までお送りする途中です」
どうも背負われているらしい。
くらくらする頭で、レネは背中を降りようと考えた。
「下ろしてくれ、自分で歩く」
「別にいいっすよ、もうそこなんで」
シゼルは気軽に請け負って、そのまま歩いていく。
「なあ、副団長は怒ってたか?」
「いいえ、慣れない仕事で疲れてたんだろうと気遣ってましたよ。辻馬車を呼ぼうとされてたんで、送るのを立候補しました」
「お前も、何でまたそんな貧乏クジをわざわざ引くんだか」
レネは呆れた。酔っ払いの世話程、面倒くさいものはない。
「気にしないで下さい。ちょうど早く帰りたかったんで」
「どうも……」
彼の気遣いだろう。言葉を額面通りに受け取る程、レネは幼くはない。
「ゲイクさんが自分が送ろうかって言ってましたけど、先輩、嫌でしょ?」
「待て、どうしてそれを知って。あれ? 言ったか?」
「見てれば分かりますよ」
「まじか……」
レネは頭を抱えたくなったが、この体勢なので諦めた。
「ずっと寝言で、馬鹿馬鹿言ってましたよ。あれじゃあ、バレてましたよ」
「ああ、助かった」
そう答えた所で、家の前に着いた。
レネはシゼルの背から下りると、頭を掻く。
「なんかお前には格好悪いとこばっか見られてるなあ。こんな先輩でごめんな」
「親しみが感じられて良いと思いますよ」
「大人だなあ」
ますます居心地の悪い思いをしつつ、レネは右手を伸ばして、シゼルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ありがとうな。今度、埋め合わせするよ」
「は、はい」
気のせいか、家の明かりだけでも、シゼルの顔が赤くなったように見えた。
「お前も酒が回ってるのか? 世話かけて悪かった」
「いえ、大丈夫です。ではまた明後日」
ぺこりとシゼルはお辞儀した。
試験の幹事メンバーは、明日は休みだ。レネはこの数日眠れなかった分、明日は昼まで惰眠をむさぼる気でいる。
シゼルの背中が小さくなったので、レネは家に入ろうと門を振り返った。だが、そこでバタバタと駆けてくる音がした。
「ん?」
何故か戻ってきたシゼルは、勢いよく言った。
「あの、埋め合わせ」
「うん」
「食事行きましょう! 二人で」
「ああ、いいぞ。今日の詫びに、おごってやるよ」
レネが頷くと、シゼルはもう一度言う。
「二人で、ですよ。二人!」
「うん、そんなに心配しなくても、他の奴に料理を取られないようにくらい、気を付けるよ」
「いや、それじゃ俺が食い意地張ってるだけみたいですけど……まあいいや」
何やらシゼルはぼそぼそと呟いて、もう一度、お辞儀した。
「それでは、良い夢を!」
「ああ、神様の祝福が夢に訪れますように」
アイヒェン家の夜の挨拶――祈りの言葉を返すと、シゼルは驚いたように目を丸くしてから、はにかんだ笑みを返した。
「ありがとうございます! では失礼します」
そして、ばたばたと走って帰っていった。
「あいつ、元気だなあ」
疲労しているレネは、十代の元気さは違うよなと心の中でごちて、今度こそ家に入った。
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