目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
54 / 62
スピンオフ レネ編「木陰の君」

10

しおりを挟む

「試験の無事の終了を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」

 風見鶏亭に、レネ達の声とグラスを打ち鳴らす音が響いた。
 食堂の半分を貸し切っての打ち上げだ。十五人程の警備団員が集まっている。
 レネの傍に先輩がやって来て、レネの肩を叩く。

「いやあ、新人が戻ってこなかった時はどうなることかと思ったけど、無事に済んで良かったな」
「ええ、本当に」

 レネはあの時の緊張を思い出して、息をつく。するとシゼルが身を縮こまらせた。

「面目ありません」
「まあいいじゃねえか、誰でも失敗くらいする。大事なのは、同じことをしないように気を付けることってね」

 ゲイクがレネの左肩をばしっと叩いた。

「おお、良いこと言うじゃないか」
「そうそう、その通り!」

 皆、パチパチと拍手するが、レネは眉をひそめる。

「何で私の肩を叩くんだ! 先輩も、痛いんですけど!」
「悪い悪い」
「そう怒るなよ、ほら、飲め飲め」

 謝るゲイクと、酒を注いでご機嫌取りをする先輩。仕方ないなあとレネは溜息を吐く。
 立食形式だが、壁際に椅子を並べていて、座れるようになっている。小さな机もあった。
 レネは皿に好きな料理を取り分けると、グラスを手に壁際に向かった。酒席は楽しいが、今日は疲れていてあんまりはしゃぐ気分ではない。
 集まった面々はそれぞれ好きにしゃべったり飲んだりしている。
 ロベルトとゲイクが何か話しているのを横目に、ハムを頬張る。塩加減が最高だ。

「先輩、お疲れ様でーす」

 レネの班の団員六名が、それぞれ挨拶に来た。

「ああ、お疲れ。今日はありがとう、助かったよ」

 それぞれと乾杯して礼を言うと、皆、嬉しそうにはにかんだ。

「色々勉強になりましたよ」
「それに、この街の知らない面も見つけて、なんか面白かったです」

 素直な感想に、レネはうんうんと頷く。

「良かった。ま、私のことはいいから、周りとしゃべってこいよ。ちょっと疲れたんで、のんびりしたいんだ」

 レネの返事に、それぞれ愛想よく返事をして、班員達は目当ての先輩のところに押しかけていった。意外にもロベルトに声をかけに行ったので、勇気があるなと感心する。

「ご馳走様です、ありがとうございます!」

 彼らが大声で礼を言うので、ロベルトは困った様子で、「他にも客がいるから」と声のボリュームを落とすように言っている。

「あれ、シゼルはいいのか?」
「俺も疲れました。あいつら、元気ですね」
「年寄りみたいだぞ」

 レネは噴き出し、シゼルに椅子をすすめた。シゼルは椅子を引きずって、レネから斜めの位置に座るとぺこりと頭を下げた。

「先輩にはご迷惑をおかけしたので、もう一度謝っておこうかと」
「気を付けてくれたらそれでいいよ。これからもよろしくな」
「はい!」

 返事を聞きながら、レネは溜息を吐く。
 ここ一週間、ろくに眠れなかったので、酒を飲んだら一気に眠気が押し寄せてきた。

「うう、おいしい。せめてこれを食べてから……」

 好物の鳥の塩コショウ焼きを食べ、サラダを飲み込みと、せっせと食事をする。せっかくロベルトのおごりで食べられるのだから、食べなくては損だ。
 ふとシゼルがまじまじとレネを見ているのに気付いたので、レネは右手を振る。

「ほら、お前も食え食え」
「食べてますよ。いやあ、良い食べっぷりですね。見てるとこちらも幸せになります」
「兄さんと似たようなことを言うなよ。何だよ、それ」

 レネがそう返した時、食堂の奥から十代後半の少女が顔を出した。茶色い髪を三つ編みに結った、活発で明るい感じの少女だ。

「ゲイク」
「お、アーリア」

 会話を中断して、ゲイクが挨拶を返す。風見鶏亭を営む夫妻の次女で、アーリアという。ゲイクの彼女だ。
 二人が並んでいるのを見ると、レネの胸には重石おもしが載ったようになる。
 なんだかムカついてきて、あっという間に皿の料理をたいらげると、グラスの酒を一気に飲み干した。

「ああ、駄目だ。眠い。ちょっと寝るから、後で起こしてくれない?」
「え? 先輩!? 」

 壁際に並んでいる椅子の三つを占領して寝転がると、シゼルが驚いた声を上げる。

「うわ、レネがつぶれた!」

 団員がざわめくのを聞きながら、レネは夢の世界に旅立った。



「くっそー、ゲイクの馬鹿。馬鹿ぁー。嫌いだー」
「ああ、はい。それもう二十回くらい聞きましたよ、先輩」
「……ん?」

 何だか頬に当たるものが暖かいし、揺れている感じがある。
 真っ暗な通りに、月明かりが落ちていた。

「ええと、誰?」
「起きました? シゼルですよ、シゼル・ブラスト。先輩、寝落ちちゃったんで、お宅までお送りする途中です」

 どうも背負われているらしい。
 くらくらする頭で、レネは背中を降りようと考えた。

「下ろしてくれ、自分で歩く」
「別にいいっすよ、もうそこなんで」

 シゼルは気軽に請け負って、そのまま歩いていく。

「なあ、副団長は怒ってたか?」
「いいえ、慣れない仕事で疲れてたんだろうと気遣ってましたよ。辻馬車を呼ぼうとされてたんで、送るのを立候補しました」
「お前も、何でまたそんな貧乏クジをわざわざ引くんだか」

 レネは呆れた。酔っ払いの世話程、面倒くさいものはない。

「気にしないで下さい。ちょうど早く帰りたかったんで」
「どうも……」

 彼の気遣いだろう。言葉を額面通りに受け取る程、レネは幼くはない。

「ゲイクさんが自分が送ろうかって言ってましたけど、先輩、嫌でしょ?」
「待て、どうしてそれを知って。あれ? 言ったか?」
「見てれば分かりますよ」
「まじか……」

 レネは頭を抱えたくなったが、この体勢なので諦めた。

「ずっと寝言で、馬鹿馬鹿言ってましたよ。あれじゃあ、バレてましたよ」
「ああ、助かった」

 そう答えた所で、家の前に着いた。
 レネはシゼルの背から下りると、頭を掻く。

「なんかお前には格好悪いとこばっか見られてるなあ。こんな先輩でごめんな」
「親しみが感じられて良いと思いますよ」
「大人だなあ」

 ますます居心地の悪い思いをしつつ、レネは右手を伸ばして、シゼルの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ありがとうな。今度、埋め合わせするよ」
「は、はい」

 気のせいか、家の明かりだけでも、シゼルの顔が赤くなったように見えた。

「お前も酒が回ってるのか? 世話かけて悪かった」
「いえ、大丈夫です。ではまた明後日」

 ぺこりとシゼルはお辞儀した。
 試験の幹事メンバーは、明日は休みだ。レネはこの数日眠れなかった分、明日は昼まで惰眠をむさぼる気でいる。
 シゼルの背中が小さくなったので、レネは家に入ろうと門を振り返った。だが、そこでバタバタと駆けてくる音がした。

「ん?」

 何故か戻ってきたシゼルは、勢いよく言った。

「あの、埋め合わせ」
「うん」
「食事行きましょう! 二人で」
「ああ、いいぞ。今日の詫びに、おごってやるよ」

 レネが頷くと、シゼルはもう一度言う。

「二人で、ですよ。二人!」
「うん、そんなに心配しなくても、他の奴に料理を取られないようにくらい、気を付けるよ」
「いや、それじゃ俺が食い意地張ってるだけみたいですけど……まあいいや」

 何やらシゼルはぼそぼそと呟いて、もう一度、お辞儀した。

「それでは、良い夢を!」
「ああ、神様の祝福が夢に訪れますように」

 アイヒェン家の夜の挨拶――祈りの言葉を返すと、シゼルは驚いたように目を丸くしてから、はにかんだ笑みを返した。

「ありがとうございます! では失礼します」

 そして、ばたばたと走って帰っていった。

「あいつ、元気だなあ」

 疲労しているレネは、十代の元気さは違うよなと心の中でごちて、今度こそ家に入った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。