目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

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スピンオフ レネ編「木陰の君」

08

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それから辺りを探し回り、やはりシゼルが見つからなくて、レネは頭を抱えていた。

「こんなことが起きるなんて。事故か? 事件か? 近場の医者はどこだっけ」
「落ち着けよ、レネ。そこならもう行った」

 すっかり狼狽しているレネを、先輩団員がなだめる。
 そこに、アイヒェン家の末弟、ディオンが近付いてきた。

「やあ、姉さん。調子は……最悪そうだね」
「ディー! 何でここに」
「イベントの主催をするって言ってたから、様子見に。あとは例の彼を見に来たんだ」

 そういえばシゼルをディオンに紹介する約束をしていたのをレネは思い出した。

「その彼のことで問題があってだな」

 鬼気迫る表情のレネに詰め寄られて、ディオンがのけぞった時だった。エディが「あっ!」と叫んだ。
 ひょろりと背の高い男を伴って、シゼルがやって来た。

「シゼル! お前、いったいどこに行って!」

 レネだけでなく、同じ試験場所の面々も詰め寄った。だが、背の高い男が申し訳なさそうに庇った。

「あー、すみません。彼は悪くないので、どうか叱らないでやってくれませんか」
「どういうことですか?」

 アビィが右手を挙げて問う。

「あ、はい。実はですね、彼の試験中に、うちの祖母が足を怪我してしまいまして」

 男の説明によれば、痛がってうめいている老婦人を見るに見かねて、シゼルが彼女を背負って近場の医者の家を訪ねたそうだ。
 だがそこが急病の患者でばたばたしていたので、やむなく他の医者を探すことになった。シゼルはこの辺に詳しくないので、老婦人の案内で他の医者の家に向かったが、老婦人が道を間違えたので、二人で迷ってしまったのである。

「それで、やっと医者に手当てしてもらって、帰宅したのが先程です。僕は祖母の代わりにご一緒することに」
「つまり、えーと、迷っていたから報告にも来られなかった?」

 額に手を当てた姿勢のまま、レネは問う。シゼルはうなだれた。

「面目ありません……。おばあさんがあんまり痛がるので重傷かと思って焦ってしまって。とにかく医者にと、それでいっぱいいっぱいになってしまって」
「まあ、新人の頃は、他人の怪我にはビビるよな。俺も今でも怖いもんなあ」

 アビィが理解を示して言った。さっきまでやきもきしていた団員達も、うんうんと頷いた。

「事件や事故でなくて良かった……。ええと、その方のお怪我の具合は?」

 余程の大怪我だったのかとレネが問うと、男は首を横に振る。

「軽いねんざでした。転んだ拍子に変にひねったらしくて」
「それはお気の毒に。お見舞い申し上げます」
「ありがとうございます。こちらも、ご連絡が遅れて申し訳ありません」

 レネは男とそんなやりとりをした後、シゼルを見る。

「そう、その連絡なんだけどな、シゼル。そういう時は、医者に連れていくのが最優先で、診療所に預けたら、そのタイミングで近所の人に頼んで伝言を頼むんだ。次からはそうしてくれ」
「はい、そうします。ご迷惑をおかけして、すみませんでした!」

 シゼルが勢いよく謝ると、団員達はシゼルの肩を軽く叩いたりして励ます。

「いいよいいよ、よくやったって」
「ばあちゃんを背負ってうろついたんじゃあ、疲れただろ。こっち来て休めよ」

 シゼルはそのまま棄権扱いで休憩することになり、次の受験者が試験をすることになった。
 試験の再開を見届けると、レネはふらふらと輪から離れて、人のいない物陰に行った。木箱の陰にしゃがみこむのに気付いて、ディオンが傍に来た。

「姉さん、どうしたの?」
「うう、ディー」

 ぼろぼろと涙を零しているレネを見て、ディオンは周りを気にしてから、しゃがみこむ。

「びっくりしたの? 姉さん、昔っから驚きすぎると泣くよね」

 ディオンはレネの背中をぽんぽんと叩く。

「ああ。びっくりしたし、ほっとしたし、あと申し訳なくて……」
「最初の二つは分かるけど、最後のは?」
「あいつは人助けしてただけなのに、何でこんな面倒なことになるんだって、ちょっと苛立ってしまったんだ。ほんと性格悪い……」

 自己嫌悪中のレネに、ディオンは不思議そうに返す。

「そんなもんじゃないの? 訳分かんないことが起きたら、イラつくこともあるよ。それに姉さん、今回のイベントの責任者だし、余計にさ」
「そうかな」
「そうだよ。ほら、元気出してよ、姉さん」
「分かった」

 レネはぐいっと手の甲で涙を拭うと、すくっと立ち上がった。

「まあでも良かったね、大したことなくて」
「まったくだよ。事故でなくて良かった。本当に」

 声を強めて言うレネを、ディオンは恐る恐る伺う。

「ねえそれってさ、さっきの人のことが特別だから?」
「団員だからだよ。いや、町の人でもだけど。怪我人なんて出ない方が良いに決まってるだろ」

 レネがそう返すと、ディオンは頷いた。

「そっか、良かった。姉さん、惚れっぽいから心配なんだ」
「はは、サマーじゃないんだから、新人に懸想なんてするわけがないだろ。だいたい年下って皆、弟みたいに見えるんだよな」
「ふうん、そんなもん?」

 じゃあ大丈夫かなとディオンは呟いた。

「お前も大概心配症だな。兄さん達は私の恋愛なんて全然心配してないのに」
「姉さん、人が良いから騙されそうだろ。弟としては気にかかるんだよ。でも、そうなったら流石に兄さん達も黙ってないよ。ヨハン兄は包丁を持って飛び出しそうだし、アル兄は違う意味で怖そうだよね」
「アル兄は……私も敵に回したくないなあ」

 想像したレネはゾッとした。
 穏やかなアルウィンが、兄弟の中では怒らせると一番怖い。

「さて、戻るか。はあ、報告書にどうまとめたもんかなあ。……あ!」

 レネはぱっと明るい顔になる。

「医者の家の配置も覚えた方が良いって書いておこうか。今回の件で得た教訓ってことで」
「いいんじゃない? 警備団の人なら、最低限、その辺をおさえておくと便利が良いだろうし」
「よし、そうする!」

 すっかりやる気に満ち溢れているレネに、ディオンは笑ったがふと真面目な顔になる。

「姉さん、泣いてるところは人に見られないように気を付けてよ。特に男」
「なんだよ、いきなり」

 きょとんとして、レネはディオンの真剣な顔を見つめる。

「男ってかわいそうな人に弱いんだよね。惚れちゃうかもしれないじゃん」
「それは……私にとっては良いことのような気がするんだけど」
「で、普段の姉さんを見て幻滅?」
「分かった、気を付ける!」

 レネは勢いよく返事をした。
 まさかレネがモテない原因の一つに、心配症な末弟の余計な助言があるとは知らないレネは、弟はなんて賢いんだと誇らしく思うのだった。

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