52 / 62
スピンオフ レネ編「木陰の君」
08
しおりを挟むそれから辺りを探し回り、やはりシゼルが見つからなくて、レネは頭を抱えていた。
「こんなことが起きるなんて。事故か? 事件か? 近場の医者はどこだっけ」
「落ち着けよ、レネ。そこならもう行った」
すっかり狼狽しているレネを、先輩団員がなだめる。
そこに、アイヒェン家の末弟、ディオンが近付いてきた。
「やあ、姉さん。調子は……最悪そうだね」
「ディー! 何でここに」
「イベントの主催をするって言ってたから、様子見に。あとは例の彼を見に来たんだ」
そういえばシゼルをディオンに紹介する約束をしていたのをレネは思い出した。
「その彼のことで問題があってだな」
鬼気迫る表情のレネに詰め寄られて、ディオンがのけぞった時だった。エディが「あっ!」と叫んだ。
ひょろりと背の高い男を伴って、シゼルがやって来た。
「シゼル! お前、いったいどこに行って!」
レネだけでなく、同じ試験場所の面々も詰め寄った。だが、背の高い男が申し訳なさそうに庇った。
「あー、すみません。彼は悪くないので、どうか叱らないでやってくれませんか」
「どういうことですか?」
アビィが右手を挙げて問う。
「あ、はい。実はですね、彼の試験中に、うちの祖母が足を怪我してしまいまして」
男の説明によれば、痛がってうめいている老婦人を見るに見かねて、シゼルが彼女を背負って近場の医者の家を訪ねたそうだ。
だがそこが急病の患者でばたばたしていたので、やむなく他の医者を探すことになった。シゼルはこの辺に詳しくないので、老婦人の案内で他の医者の家に向かったが、老婦人が道を間違えたので、二人で迷ってしまったのである。
「それで、やっと医者に手当てしてもらって、帰宅したのが先程です。僕は祖母の代わりにご一緒することに」
「つまり、えーと、迷っていたから報告にも来られなかった?」
額に手を当てた姿勢のまま、レネは問う。シゼルはうなだれた。
「面目ありません……。おばあさんがあんまり痛がるので重傷かと思って焦ってしまって。とにかく医者にと、それでいっぱいいっぱいになってしまって」
「まあ、新人の頃は、他人の怪我にはビビるよな。俺も今でも怖いもんなあ」
アビィが理解を示して言った。さっきまでやきもきしていた団員達も、うんうんと頷いた。
「事件や事故でなくて良かった……。ええと、その方のお怪我の具合は?」
余程の大怪我だったのかとレネが問うと、男は首を横に振る。
「軽いねんざでした。転んだ拍子に変にひねったらしくて」
「それはお気の毒に。お見舞い申し上げます」
「ありがとうございます。こちらも、ご連絡が遅れて申し訳ありません」
レネは男とそんなやりとりをした後、シゼルを見る。
「そう、その連絡なんだけどな、シゼル。そういう時は、医者に連れていくのが最優先で、診療所に預けたら、そのタイミングで近所の人に頼んで伝言を頼むんだ。次からはそうしてくれ」
「はい、そうします。ご迷惑をおかけして、すみませんでした!」
シゼルが勢いよく謝ると、団員達はシゼルの肩を軽く叩いたりして励ます。
「いいよいいよ、よくやったって」
「ばあちゃんを背負ってうろついたんじゃあ、疲れただろ。こっち来て休めよ」
シゼルはそのまま棄権扱いで休憩することになり、次の受験者が試験をすることになった。
試験の再開を見届けると、レネはふらふらと輪から離れて、人のいない物陰に行った。木箱の陰にしゃがみこむのに気付いて、ディオンが傍に来た。
「姉さん、どうしたの?」
「うう、ディー」
ぼろぼろと涙を零しているレネを見て、ディオンは周りを気にしてから、しゃがみこむ。
「びっくりしたの? 姉さん、昔っから驚きすぎると泣くよね」
ディオンはレネの背中をぽんぽんと叩く。
「ああ。びっくりしたし、ほっとしたし、あと申し訳なくて……」
「最初の二つは分かるけど、最後のは?」
「あいつは人助けしてただけなのに、何でこんな面倒なことになるんだって、ちょっと苛立ってしまったんだ。ほんと性格悪い……」
自己嫌悪中のレネに、ディオンは不思議そうに返す。
「そんなもんじゃないの? 訳分かんないことが起きたら、イラつくこともあるよ。それに姉さん、今回のイベントの責任者だし、余計にさ」
「そうかな」
「そうだよ。ほら、元気出してよ、姉さん」
「分かった」
レネはぐいっと手の甲で涙を拭うと、すくっと立ち上がった。
「まあでも良かったね、大したことなくて」
「まったくだよ。事故でなくて良かった。本当に」
声を強めて言うレネを、ディオンは恐る恐る伺う。
「ねえそれってさ、さっきの人のことが特別だから?」
「団員だからだよ。いや、町の人でもだけど。怪我人なんて出ない方が良いに決まってるだろ」
レネがそう返すと、ディオンは頷いた。
「そっか、良かった。姉さん、惚れっぽいから心配なんだ」
「はは、サマーじゃないんだから、新人に懸想なんてするわけがないだろ。だいたい年下って皆、弟みたいに見えるんだよな」
「ふうん、そんなもん?」
じゃあ大丈夫かなとディオンは呟いた。
「お前も大概心配症だな。兄さん達は私の恋愛なんて全然心配してないのに」
「姉さん、人が良いから騙されそうだろ。弟としては気にかかるんだよ。でも、そうなったら流石に兄さん達も黙ってないよ。ヨハン兄は包丁を持って飛び出しそうだし、アル兄は違う意味で怖そうだよね」
「アル兄は……私も敵に回したくないなあ」
想像したレネはゾッとした。
穏やかなアルウィンが、兄弟の中では怒らせると一番怖い。
「さて、戻るか。はあ、報告書にどうまとめたもんかなあ。……あ!」
レネはぱっと明るい顔になる。
「医者の家の配置も覚えた方が良いって書いておこうか。今回の件で得た教訓ってことで」
「いいんじゃない? 警備団の人なら、最低限、その辺をおさえておくと便利が良いだろうし」
「よし、そうする!」
すっかりやる気に満ち溢れているレネに、ディオンは笑ったがふと真面目な顔になる。
「姉さん、泣いてるところは人に見られないように気を付けてよ。特に男」
「なんだよ、いきなり」
きょとんとして、レネはディオンの真剣な顔を見つめる。
「男ってかわいそうな人に弱いんだよね。惚れちゃうかもしれないじゃん」
「それは……私にとっては良いことのような気がするんだけど」
「で、普段の姉さんを見て幻滅?」
「分かった、気を付ける!」
レネは勢いよく返事をした。
まさかレネがモテない原因の一つに、心配症な末弟の余計な助言があるとは知らないレネは、弟はなんて賢いんだと誇らしく思うのだった。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
我慢するだけの日々はもう終わりにします
風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。
学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。
そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。
※本編完結しましたが、番外編を更新中です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。