目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
52 / 62
スピンオフ レネ編「木陰の君」

08

しおりを挟む

 
それから辺りを探し回り、やはりシゼルが見つからなくて、レネは頭を抱えていた。

「こんなことが起きるなんて。事故か? 事件か? 近場の医者はどこだっけ」
「落ち着けよ、レネ。そこならもう行った」

 すっかり狼狽しているレネを、先輩団員がなだめる。
 そこに、アイヒェン家の末弟、ディオンが近付いてきた。

「やあ、姉さん。調子は……最悪そうだね」
「ディー! 何でここに」
「イベントの主催をするって言ってたから、様子見に。あとは例の彼を見に来たんだ」

 そういえばシゼルをディオンに紹介する約束をしていたのをレネは思い出した。

「その彼のことで問題があってだな」

 鬼気迫る表情のレネに詰め寄られて、ディオンがのけぞった時だった。エディが「あっ!」と叫んだ。
 ひょろりと背の高い男を伴って、シゼルがやって来た。

「シゼル! お前、いったいどこに行って!」

 レネだけでなく、同じ試験場所の面々も詰め寄った。だが、背の高い男が申し訳なさそうに庇った。

「あー、すみません。彼は悪くないので、どうか叱らないでやってくれませんか」
「どういうことですか?」

 アビィが右手を挙げて問う。

「あ、はい。実はですね、彼の試験中に、うちの祖母が足を怪我してしまいまして」

 男の説明によれば、痛がってうめいている老婦人を見るに見かねて、シゼルが彼女を背負って近場の医者の家を訪ねたそうだ。
 だがそこが急病の患者でばたばたしていたので、やむなく他の医者を探すことになった。シゼルはこの辺に詳しくないので、老婦人の案内で他の医者の家に向かったが、老婦人が道を間違えたので、二人で迷ってしまったのである。

「それで、やっと医者に手当てしてもらって、帰宅したのが先程です。僕は祖母の代わりにご一緒することに」
「つまり、えーと、迷っていたから報告にも来られなかった?」

 額に手を当てた姿勢のまま、レネは問う。シゼルはうなだれた。

「面目ありません……。おばあさんがあんまり痛がるので重傷かと思って焦ってしまって。とにかく医者にと、それでいっぱいいっぱいになってしまって」
「まあ、新人の頃は、他人の怪我にはビビるよな。俺も今でも怖いもんなあ」

 アビィが理解を示して言った。さっきまでやきもきしていた団員達も、うんうんと頷いた。

「事件や事故でなくて良かった……。ええと、その方のお怪我の具合は?」

 余程の大怪我だったのかとレネが問うと、男は首を横に振る。

「軽いねんざでした。転んだ拍子に変にひねったらしくて」
「それはお気の毒に。お見舞い申し上げます」
「ありがとうございます。こちらも、ご連絡が遅れて申し訳ありません」

 レネは男とそんなやりとりをした後、シゼルを見る。

「そう、その連絡なんだけどな、シゼル。そういう時は、医者に連れていくのが最優先で、診療所に預けたら、そのタイミングで近所の人に頼んで伝言を頼むんだ。次からはそうしてくれ」
「はい、そうします。ご迷惑をおかけして、すみませんでした!」

 シゼルが勢いよく謝ると、団員達はシゼルの肩を軽く叩いたりして励ます。

「いいよいいよ、よくやったって」
「ばあちゃんを背負ってうろついたんじゃあ、疲れただろ。こっち来て休めよ」

 シゼルはそのまま棄権扱いで休憩することになり、次の受験者が試験をすることになった。
 試験の再開を見届けると、レネはふらふらと輪から離れて、人のいない物陰に行った。木箱の陰にしゃがみこむのに気付いて、ディオンが傍に来た。

「姉さん、どうしたの?」
「うう、ディー」

 ぼろぼろと涙を零しているレネを見て、ディオンは周りを気にしてから、しゃがみこむ。

「びっくりしたの? 姉さん、昔っから驚きすぎると泣くよね」

 ディオンはレネの背中をぽんぽんと叩く。

「ああ。びっくりしたし、ほっとしたし、あと申し訳なくて……」
「最初の二つは分かるけど、最後のは?」
「あいつは人助けしてただけなのに、何でこんな面倒なことになるんだって、ちょっと苛立ってしまったんだ。ほんと性格悪い……」

 自己嫌悪中のレネに、ディオンは不思議そうに返す。

「そんなもんじゃないの? 訳分かんないことが起きたら、イラつくこともあるよ。それに姉さん、今回のイベントの責任者だし、余計にさ」
「そうかな」
「そうだよ。ほら、元気出してよ、姉さん」
「分かった」

 レネはぐいっと手の甲で涙を拭うと、すくっと立ち上がった。

「まあでも良かったね、大したことなくて」
「まったくだよ。事故でなくて良かった。本当に」

 声を強めて言うレネを、ディオンは恐る恐る伺う。

「ねえそれってさ、さっきの人のことが特別だから?」
「団員だからだよ。いや、町の人でもだけど。怪我人なんて出ない方が良いに決まってるだろ」

 レネがそう返すと、ディオンは頷いた。

「そっか、良かった。姉さん、惚れっぽいから心配なんだ」
「はは、サマーじゃないんだから、新人に懸想なんてするわけがないだろ。だいたい年下って皆、弟みたいに見えるんだよな」
「ふうん、そんなもん?」

 じゃあ大丈夫かなとディオンは呟いた。

「お前も大概心配症だな。兄さん達は私の恋愛なんて全然心配してないのに」
「姉さん、人が良いから騙されそうだろ。弟としては気にかかるんだよ。でも、そうなったら流石に兄さん達も黙ってないよ。ヨハン兄は包丁を持って飛び出しそうだし、アル兄は違う意味で怖そうだよね」
「アル兄は……私も敵に回したくないなあ」

 想像したレネはゾッとした。
 穏やかなアルウィンが、兄弟の中では怒らせると一番怖い。

「さて、戻るか。はあ、報告書にどうまとめたもんかなあ。……あ!」

 レネはぱっと明るい顔になる。

「医者の家の配置も覚えた方が良いって書いておこうか。今回の件で得た教訓ってことで」
「いいんじゃない? 警備団の人なら、最低限、その辺をおさえておくと便利が良いだろうし」
「よし、そうする!」

 すっかりやる気に満ち溢れているレネに、ディオンは笑ったがふと真面目な顔になる。

「姉さん、泣いてるところは人に見られないように気を付けてよ。特に男」
「なんだよ、いきなり」

 きょとんとして、レネはディオンの真剣な顔を見つめる。

「男ってかわいそうな人に弱いんだよね。惚れちゃうかもしれないじゃん」
「それは……私にとっては良いことのような気がするんだけど」
「で、普段の姉さんを見て幻滅?」
「分かった、気を付ける!」

 レネは勢いよく返事をした。
 まさかレネがモテない原因の一つに、心配症な末弟の余計な助言があるとは知らないレネは、弟はなんて賢いんだと誇らしく思うのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。