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スピンオフ レネ編「木陰の君」
07
しおりを挟むルールがシンプルなものだったお陰か、試験はスムーズに動きだしていた。
一人目が帰ってくるのを見て、レネはひとまずほっとした。
(足の速さの違いもあるが……、町に詳しければそれだけ早く目的地に着ける試験だ)
試験の開始地点は、あえて分かりにくい住宅地の中、共用井戸のある小さな広場にしてある。周辺住民には許しをとったので、近所から顔を出した人達が、「がんばれ」とか「足が遅い、しっかりしろ」とか適当な野次を飛ばしていた。
今回の目的は早さを競うことではなく、道を覚えることも含まれているので、試験場所の街区に住んでいる者は外してある。
(前準備で大変に感じたのは、挨拶回りだったな)
レネは思い出して、小さく息をついた。
街区の代表に声をかけて、住民を集めてもらい、試験について説明すると、騒がしいのは嫌だからと渋い反応を示す人もいる。治安維持のためだからと代表が説得してくれたので、理解してもらえた。
こういう時は、協力者を得るのが大事だとレネは学んだ。
(試験が終わったら、ここで一番を取った者と、街区出身者のオススメルートをチェックするんだったな。他にも、それぞれ感じたことを受験者から聞き取って、見回りの要点を確認するんだっけ? この辺の者には分からない点に気付くこともあるし……)
今回の試験では、緊急時の最短ルートを押さえるのに役に立つ。だが、巡回ルートは、早く回ればいいというわけではない。
試験を受けた団員が受けた印象をまとめたら、後日、補足のために住民から不安なところを聞き取るとロベルトが言っていた。
(古参の団員も試験に巻き込むのは、当事者意識を植え付けるためとかなんとか、団長がおっしゃってたなあ)
レネにはよく分からない。
なんか小難しいこと言ってるなあ、と、とりあえず頷いただけである。
後で次兄のアルウィンに当事者意識について聞いたところ、他人事ではなくて自分の事みたいに考える意識のことだと教えてくれた。
試験参加者を見る感じ、サボっているような者はいない。
後でルートについて質問されることがあるというのは、すでに参加団員の中では広まっている。ハーシェルに不意打ちで質問されても構わないように、皆、真面目に取り組んでいる。
当事者云々より、ハーシェルの威光が強い気がしているレネである。
「シゼル、エディ、こちらは大丈夫そうだから、他も見てくるよ。また戻ってくるから、試験を頑張るんだぞ。ではアビィ先輩、こちらの補佐はよろしくお願いします。二人のことはこき使って構わないので」
北街担当の手伝いをしてくれている団員――アビィに声をかけると、眼鏡をかけた地味そうな雰囲気の青年は穏やかに頷いた。
「うん、分かった。たくさんこき使うね。あはは、冗談だよ、二人とも」
アビィの言葉に、シゼルとエディが覚悟を決めた顔をするものだから、アビィは笑った。
「大丈夫だよ、アビィ先輩は優しいから」
「心配なのは南街だよなあ。サマーが担当だろ?」
「サマーは……まあ、仕事は出来るから」
レネは言葉を濁した。
サマーは、将来有望そうな男を見つけるとちょっかいを出すので有名な、結婚願望が強すぎるタイプの女性団員だ。家が近所なので、レネの友人でもある。とても女性らしい見た目をしているのに、獲物と見なした男を追いかけすぎて本気で怖がられ、逃げられまくっているある種の猛者である。
いくら見た目が魅力的でも、押しすぎるとモテないのだとレネは彼女を見て学んだ。だが流石に、婚姻届の書類を持って追い回すのは、レネとしてもどうかと思う。
「南にはゲイクが行ったから、大丈夫ですよ」
「それもそっか。あいつも難儀な奴だよね、変な奴にばっか慕われる」
「ちょっと先輩、そんなこと言われると、友達の私まで同類みたいじゃないですか。勘弁して下さいよ」
「あははは」
アビィは楽しげに笑った。試験の順番待ちをしている団員が、二人の会話に口を出す。
「いやあ、レネもなかなか変な奴だよ」
「そうそう。変な奴として、頑張れ」
「ファイトだ」
レネは眉を吊り上げる。
「なんの応援ですか! ったくもう。では私は行きますので、先輩達も羽目を外さないでくださいよ」
団員達に言い返すと、レネは改めてシゼルとエディに軽く手を振ってから、警備団本部へときびすを返す。
移動時間を省くため、馬を使う予定だ。
それから東街、西街、南街と巡ったレネは、北街の試験場所へと戻ってきた。
走っていた団員が遊んでいた子どもとぶつかりそうになって避けた拍子に、派手に転んでしまったというトラブルがあった以外、特に問題は起きていない。怪我も手の平をすりむいた程度で、傷薬を塗って終わりだった。
特に問題もなく終わりそうだとほっとしながら北街の試験場所に戻ってきたレネは、アビィに捕まった。
「レネ、シゼルが戻って来ないんだ。出かけてもう一時間になる。エディと試験の済んだ者を二人で探しに行かせたが、見つからないらしい」
「……は?」
まさかの事態に、レネは唖然と目を瞬いた。
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