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スピンオフ レネ編「木陰の君」
06
しおりを挟む開会式が始まると、まず団長の挨拶になった。
「警備団の諸君、おはよう。団長のハーシェルだ。――さて、今日の試験だが、前々から見直しの提案が上がっていた巡回ルートの確認を兼ねて行うことになった」
鍛錬場に設けられた段の上に立ち、ハーシェルは朗々と響く声で言った。彼の説明に、任務ではないのに、皆、緊張をはらんだ顔で耳を傾けている。
「メリーハドソンの治安を司る者として、巡回ルートは大切なものだ。今回は昼のルートのみの確認だが、皆、気を引き締めて、実際に事件が起きたと想定した気持ちでこの試験に挑むように」
ハーシェルが周りを見回すと、警備団員達は敬礼をして「はっ」と声を揃えた。ハーシェルは満足げに頷き、司会の傍に控えているレネを見やる。
「皆も知っていると思うが、この試験はレネが監督を引き受けてくれた。彼女の言うことには耳を傾け、皆も協力して執り行うように。――では、今日という一日が有意義な時間となるよう、祈っている」
手早く挨拶を終えると、ハーシェルは並ぶ団員達の隣、副団長ロベルトの傍に移動した。それを確認すると、司会がレネの名前を呼ぶ。
レネは速足で段の上に上がった。
「おはようございます、今回の試験の指揮を執りますレネ・アイヒェンです。ルールの説明をさせて頂きます」
つい早口になってしまい、深呼吸をして落ち着けてから、出来るだけゆっくりと話す。
「ルールは簡単です。『スタート地点Aにいる時に何か事件が起き、Bの警備団の詰所まで走って報告し、Aに戻る。その最短時間を競う』となります。ですので、各地点での順位が出る形です」
レネは簡単に説明すると、居並ぶ団員のあちこちから、「へえ」という声が聞こえてきた。レネはそんな彼らをゆっくりと見回した。
「私はただ今、新人の教育を担当しております。もともとは、新人の土地勘を鍛えるために、このような簡単な試験をするつもりで提案したことでした。ですが、それが警備団全体のお役に立てるなら幸いです」
にこりと微笑んでから、新人団員を示す。
「あちらをご覧ください」
エディ少年は、打ち合わせ通り、ピンで紙を貼りつけた薄い木の板を掲げ持つ。
「念の為、各試験ポイントにルールを書いたボードを置いております。分からなくなった時は、そちらで再確認して下さい。以上でルール説明は終わります。本日はどうぞよろしくお願いします」
最後に丁寧にお辞儀をすると、わっと拍手が起こった。
レネが慣れないことをしているのは知っているので、応援してくれているらしい。レネは照れながら、隅に引っ込んだ。
司会の団員が皆に呼びかける。
「開会式はこれで終わります。あとは振り分けられた通り、各地点に移動して下さい」
司会がじっとハーシェルを見つめると、ハーシェルは頷いて右手を軽く挙げる。
「では、解散!」
その声とともに、皆、ぞろぞろと移動を開始した。
試験は四ヶ所で行うので、移動は新人の四人に任せている。他に補佐で四人の団員がついてくれている。
レネはシゼルとエディを補佐につけて、各所を巡る手はずになっていた。まずは警備団本部が一番近い、北門を使った地点に行く。
さて行こうかと思ったところ、ゲイクが話しかけてきた。
「レネ、すごいじゃないか。簡潔で分かりやすい説明だったぞ」
「本当か? それは良かった」
「ああ。とても読書嫌いとは思えない」
「読書嫌いは関係ないだろ! まったく、ちょっと出来るからと鼻にかけやがって」
レネがゲイクの足を蹴る仕草をすると、ゲイクはひらりとよけた。
そこへ、ロベルトの呆れた声がかかった。
「ゲイク、からかうんじゃない。レネ、良い調子だったぞ。この感じで頑張るといい」
「は、はい! ありがとうございます、副団長!」
レネは褒められて、ぱあっと明るい顔になって頭を下げた。
「終わったら、手伝いもまとめて打ち上げに行こう。今日の夜に風見鳥亭で予約してあるから、忘れるなよ」
「流石です、副団長!」
「よっしゃあ、奢りだ!」
飛び上がって喜ぶレネの横で、ゲイクがガッツポーズする。レネはゲイクをにらむ。
「何でお前が来ることになってる」
「はは、そう言ってやるな、レネ。下準備は結構手伝ってくれたんでな」
ロベルトがそう言った時、ハンスがひょこっと顔を出した。
「はいはーい、俺も書類作成で手伝いました! 参加していいですよね? ね?」
レネとゲイクのしらっとした目が、ハンスに向けられた。レネは軽くハンスの肩を小突く。
「お前、本当、調子が良いよな」
「こういう時だけは、どこからともなく現われる……。うまい話に目がないのは、商人の息子だからか?」
「そういうこと言っちゃいます? そんなこと言ってると、副団長の奥さんだって商人の娘ですよ」
「気まずくなるようなこと返すんじゃねえよ」
ゲイクはハンスの首をぎりぎりと羽交い絞めにして、ハンスは「ギブギブ!」と騒いだ。
「お前達、またじゃれてるのか。本当に仲が良いな」
ロベルトは感心した様子で真面目に言い、ハンスが反論する。
「いやいや、どう見たって後輩いじめですよ!」
「「ハンスーっ」」
レネとゲイクが声を揃えて怒ると、なんとかゲイクの手から逃げ出したハンスは、ロベルトの後ろに隠れた。
「平和が一番だと思います!」
「それもそうだな。――ではレネ、俺は執務室にいるから、何かあったら伝令を寄越せ。ゲイクはこれから試験だろう? ルートの改善点の提出に期待している。行くぞ、ハンス」
「はい! では先輩方、失礼します」
ロベルトとハンスが去るのを見送ると、ゲイクも軽く手を挙げる。
「それじゃあ、俺も行くよ。頑張れよ、レネ」
「ああ。早く行けよ、馬車が出てしまうぞ」
「分かってる!」
ゲイクの試験会場は南区だ。本部からは遠いので、警備団が使う乗り合い馬車を出すことになっていた。
彼が駆け去ると、レネはようやく息をついた。
「さあ、行こうか、二人とも。お前達の試験もあるからな」
無事に済むといいなと思いながら、レネは傍で待っているシゼルとエディに声をかけ、正門に向けて歩き出す。
「先輩、あのゲイクって人と付き合ってるんですか?」
エディが傍にやって来て、不思議そうに問う。レネの苦い顔に気付いてか、シゼルがエディの頭を軽くはたいた。
「いたっ、なんでお前が怒るんだよ!」
「うるさいな。この間のラキの件を忘れたのか?」
「あっ! すみません! 仲が良いので気になっただけで!」
青ざめたエディが慌てて謝ると、レネは首を横に振った。
「いや、いい。あいつとは同期で、友人なんだ。それに、あいつには彼女がいるよ」
「そうなんですか……すみません」
エディが首をすくめ、まだシゼルがにらんでるのに気付いて怪訝そうにする。
「何でシゼルがそんなに切れるんだよ。怖いな」
「うるさい」
短く切り捨てるシゼルを見て、エディはしきりと不思議そうに首を傾げた。
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