目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

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スピンオフ レネ編「木陰の君」

04

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「とりあえずシゼル、誰か分かっても殴りに行くなよ? あいつは私が好きなことなんか知らないんだ」

 雑談する体勢を取ってから、レネが最初にしたことは、シゼルに釘を刺すことだった。

「え!?」

 シゼルは驚いたようだ。恐る恐る問う。

「知らないってどういうことですか? 告白したんじゃ……?」
「そいつには恋人がいるんだよ」
「ああ、そういうことですか……」

 事情を理解したシゼルはふうと息をついた。
 レネは膝を抱えて座り込んだ姿勢で、ちらりとシゼルを見る。

「なあ、お前って誰か好きになったことあるか?」

 シゼルはまずいものでも飲みこんだような顔をして、ふいと横を向いた。

「…………あります。一目惚れです」
「あるのかー、そっかー。私も一目惚れはよくするぞ!」
「……よく?」
「ああ。自覚してるが、わりと惚れっぽいんだ。でも、すぐ振られる。『最高の仲間だ』とか言われて」
「…………」

 シゼルがこちらを振り返った。ものすごくうろんな目を向けてくるので、レネは首を傾げる。

「どうした?」
「いえ、この間、俺も似たような言葉でスルーされたなあ、と」
「そうか。お前も同志だとか友達だとか言われて、恋愛対象から外されるのか! 仲間だな!」
「……ほら、また」

 シゼルはうめくように小声で呟いた。よく聞こえなかったので、レネは聞き返す。

「ん? なんだ?」
「なんでもないです」

 にっこりと笑うシゼルの様子から、何やら深く聞いてはいけないような気配を察して、レネはひとまず頷いた。

「でも今回は一目惚れでも憧れでもなくてさあ、友達を好きになってしまったんだよな。良い奴だって分かってるから余計になあ、なんか引きずるっていうか」
「友人ですか……」

 何か考え込んでいるシゼルに構わず、レネは愚痴る。

「なんで隣にいるのに、気付かなかったんだろうなあ。本当、間が悪いよな。友達だから気まずくしないようにするので必死だし、参ったよ」
「先輩はいつもどうやって……」
「乗り越えたか?」
「ええ」

 問いづらそうなので、レネから質問すると、シゼルは頷いた。どことなく気まずげだ。

「愚痴りながら酒を飲みまくったらスッキリして終わり……かな。今回は無理だったけど。そしたら副団長が、仕事して忘れろってさ。私がお前達の教育係になったのはそのせいだよ」
「そうだったんですか?」
「ああ。教育係なんて初めてで、結構、気は紛れてたんだけどなあ」

 どこか呆れ顔の後輩に気付いて、レネはじろりと睨む。

「そんなことで、仕事が決まるなんて変だと思ってるだろ?」
「思いますよ。副団長ってもっと固い感じの人かと思ってました」
「いや、あれで団員のことはよく見てるんだよ。まあ、私が個人的にも親しいってのもあるな。副団長の奥さんと友達なんだ」
「そういう繋がりですか、なるほど」

 新人のシゼルからすれば、面食らうような裏事情だろう。

「他の奴には内緒だぞ? 士気が下がると困る」

 レネは口元に人差し指を当てて注意する。

「内緒……。分かりました!」

 ぐっと拳を握って宣言するシゼルに、レネは身を引いた。

「うわ、びっくりした。黙っててくれるならいいけど……」

 どうして嬉しそうにしているのか、いまいちレネには分からない。
 首を傾げていると、シゼルが話しかけてきた。

「あの、先輩。仕事してて駄目だったんなら、誰かと付き合うってどうでしょう?」
「彼氏を作るってことか? お前なあ……それが簡単に出来たら、私はとっくに身を固めてる」

 突拍子もない提案に、レネは眉を寄せてそう返した。それで話が終わるかと思えば、シゼルは気を取り直したみたいに、その場にどっかりと正座した。じっと真面目な目で見てくるので、レネもなんとなくつられて姿勢を正す。

「俺、本当は一人前になってから言うつもりでしたし、今、このタイミングだと弱味をついてるみたいで卑怯じみてますけど……でも、言います」
「う、うん?」

 前口上に戸惑いつつ、レネは頷く。

(なんだなんだ、改まって)

 だいたい真面目な少年だが、いつになく真剣だ。

「俺、レネさんのこと好きなんです。俺と付き合って下さい!」

 レネは目を瞠った。
 驚愕で、一瞬、思考が止まった。
 だが、すぐにシゼルの考えに思い至った。

「……シゼル、気持ちは嬉しい。ありがとう。でも、そういうことは安易に言っちゃいけない」

 シゼルの肩に手を置いて、レネは真面目に忠告した。

「は?」

 対するシゼルは、豆鉄砲をくらった鳩みたいな間の抜けた顔になった。

「分かるよ。親しい先輩が落ち込んでたら、そんなこと言ってでも励ましたくなるよな」
「え?」
「本当、良い奴だなあ。こんな後輩に慕われるなんて、私も結構やるじゃないかと思えたよ」
「ええ?」

 何やら狐につままれたように唖然としているシゼルを横目に、レネは立ち上がった。そして、シゼルににっと笑いかける。

「大丈夫だ、シゼル。『仲間としての好き』だろう? 私は勘違いなんかしてないからな!」

 ここまで言ってくれる後輩がいると思うと、なんだか元気が出てきたレネである。
 ぐぐっとその場で伸びをして、改めてシゼルを振り返る。彼は何故か地面に手を付いて、がっくりとうなだれている。

「どうした?」
「……いえ、ここまで眼中にないとは思ってなくて、へこんでるだけです」
「なんの話?」

 ぱちぱちと瞬くレネ。シゼルはカンテラを手に勢いよく立ち上がる。

「俺、頑張ります! ぜっったいに勝ってみせますから!」
「ああ……なんのことだか分からんが、頑張ってくれ」
「はい!」

 大きく頷くシゼルをぽかんと眺め、レネはやっぱりシゼルの考えていることは分からないと心の中で呟いた。



 その後、もう外が暗いからとシゼルはレネを自宅まで送ってくれた。

「では、これで失礼します。また明日、よろしくお願いします」
「ああ。ありがとう、またな」

 鉄製の門扉の前で手を振ると、シゼルは綺麗にお辞儀をして駆け去っていった。
 さて家に入ろうかと思って振り返ると、末の弟のディオンが立っていた。

「うわっ。び、びっくりした……なんだよ、ディー」
「今の誰?」

 どうしてか据わった目で問いかけるディオンに、レネはちらりとシゼルが去っていった方角を見やる。

「ああ、あいつ? 私の受け持ってる新人団員の一人だよ。シゼル・ブラストっていうんだ。もしかして見たことあるのか?」
「いいや。……そう、シゼル・ブラストね。分かった」

 ディオンはこっくりと頷いて、思惑ありげにシゼルの名を呟いた。

「どうした? あ、もしかして友達になりたいのか? 紹介しようか」
「いらな……いや、やっぱり紹介してくれ。是非!」
「そうか。じゃあ、今度な。すごい良い奴だから、きっとすぐに仲良くなれるよ。さ、中に入ろう。お腹空いた」

 レネは笑顔で言うと、ディオンの背中を押すようにして家へ入った。

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