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スピンオフ レネ編「木陰の君」
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-あらすじ-
失恋したレネは、仕事をして忘れろと、副団長ロベルトに新人の教育係を任される。
そんな折、レネに一目ぼれした新人が、レネに告白したりするけれど、レネはいつもの「仲間愛」だと相手にしない。
研修が終わってから、税物を狙う盗賊が街道に現れて、警備団が護衛に行くことになり……。
(予定なので、事件内容は変わるかもしれません)
----------------------------------------------------------
レネ・アイヒェンには密かな悩みがあった。
それは、男勝りの性格のせいで、付き合いが恋愛に至らず、友人関係で終わってしまうことだ。
レネは五人兄弟の真ん中に生まれた。兄二人、弟二人に囲まれて育ったレネは、兄弟について回るうちに、男勝りで喧嘩は強いが、女らしい家事は苦手になってしまった。
特に料理は下手で、まともに作れるのは焚火で焼く魚くらい。裁縫は何とかこなすけれど、縫い目が雑なせいで、几帳面な長兄が見かねてやり直す始末。むしろ女子力は長兄の方が高く、一家の台所は母と兄が牛耳っている。
レネは女の遊びも苦手だ。
同年代の友人達が人形遊びやおままごとに興じている間、レネは木剣を手に取って、男友達と共に走り回っていた。
そんな風に暮らすうち、男からは、性別の垣根を越えた「仲間」扱いされるようになった。
レネは結構惚れっぽくて、小さい頃から密かに恋をしていたが、そのどれもが、「俺達、ずっと友達だよな」の一言で玉砕していった。
ならばと試しに女っぽいことをしてみたが、性に合わず、三日ともたない。
結婚願望は強かったが、このままでは行き遅れどころかいかず後家になって、親の迷惑になると思ったレネは、せめて食い扶持だけでも稼ごうと、ウォルトホル領のメリーハドソンで、警備団に入った。
数は少ないが、女性団員も活躍中だ。ここで初めて気の合う女友達が出来たが、相変わらず、異性からは女扱いはされていない。
最近、レネが密かに好きだったのは、同僚のゲイクだった。彼とは入団以来の良き友人である。
失恋した時に慰められ、うっかり惚れてしまったが、この恋はあっという間に終わった。ゲイクに恋人が出来たのだ。
そういうわけで、レネはその日、酒場で管を巻いていた。
「ああもう、腹が立つ! こんなに飲んでも酔えやしない! ここまで男っぽくなくてもいいだろう、私!」
テーブルの上には、ビールのジョッキが五つは転がっていたが、レネは酒にも強い。頬を赤くして、可愛らしく酔ってみたいのに、それも出来ないなんて神様はひどいと嘆きつつ、店員を呼んでもう一杯追加する。
溜息を吐いていると、向かいの席に座る人がいた。
いったい誰だと睨むと、上司である副団長のロベルト・アスレイルだった。彼はテーブルの上を見回して、呆れたように言う。
「随分飲んだな、レネ」
「勤務時間外のはずですけど、副団長」
「知ってるから大丈夫だ」
むすっと口をへの字にするレネに構わず、ロベルトも酒を注文して、勝手に相席して飲み始める。
しばらく黙り込んでいたレネだが、渋々尋ねる。
「それで、何を気遣ってらっしゃるんですかね」
ロベルトは苦い顔をした。
「部下から通報――いや、相談があってな。君が不機嫌そうに、酒を飲みまくっている、と。ゲイクがいないようだから止めてやってくれとな」
「誰ですか、そいつ。明日の訓練でシメます」
目を据わらせて宣言するレネに、ロベルトは素知らぬ態度で返す。
「残念だがそれは言わない約束でな」
「もう、だったら放っておいて下さいよ!」
「まあまあ、落ち着け。それで、ゲイクはどうした?」
「今はその名前、聞きたくないです!」
レネはジョッキをドンと音を立てて置いて、テーブルに突っ伏した。やがて小声で白状する。
「……失恋したんです」
ぐずぐずと鼻をすするレネ。
向かいのロベルトはきょとんとした後、首を傾げる。
「お前、この間はアビィが好きだと言ってなかったか?」
「リーダーにはヘレンさんがいるじゃないですかぁ! 勝てるわけないでしょ!」
「なるほど」
ロベルトは頷いたものの、気まずげに視線をあちこちに向ける。ややあって、諦めて問う。
「なあ、レネ。俺に恋愛を相談するのは、人選ミスだと思うんだが……」
「私も今ちょうど、後悔したところです。もう、あっち行って下さいよ。いいですよね、新婚さんは。とっととお帰りになって下さい」
さあどうぞ、と出口を示すレネ。ロベルトは苦笑する。
「お前、酔ってないように見えて、実は酔ってるな?」
「酔ってませんー」
「酔っ払いは皆そう言うんだ。はあ、何だかなあ、お前を見てると他人事に思えないんだよな。ところどころ俺と似てるからな」
「失礼な! そこまで表情筋は死んでません!」
「……よし、明日の訓練は覚えてろよ」
不穏な言葉が聞こえた気がしたが、レネは酔っぱらった振りをして聞き流した。失恋したばかりの女子に声をかけるから悪いのだ。そう、ロベルトが悪い。
レネは一方的に決めつけて、ジョッキの残りをあおる。
「ああもう、最悪ですよ。何でよりによってゲイクに惚れたんだろ。もう、忘れたい! そうだ、酒だ。私には酒が必要ですよ。記憶を吹っ飛ばすんです」
「……毎回そんなことを言って、翌日にはっきり覚えていて、二日酔いでのた打ち回ってるのは、皆知ってるぞ?」
ロベルトの余計な言葉も、レネは聞いていない振りをした。
今こそ酒の力が必要なのだ。
「忘れたいんなら、ちょうどいい。レネ、お前に一週間後に入る新人の教育を任せるよ」
「は?」
唖然と顔を上げるレネに、ロベルトは平然と言ってのける。
「忘れるんなら、仕事をするのが一番だ」
レネは、鉄仮面とあだ名されているロベルトの仏頂面をまじまじと眺めた後、椅子を立つ。酔いは完璧に冷めた。
「え、な、何。新人? 教育? ちょ、ちょっと副団長……」
「ああ、ちょうど良かった。君の弟達が迎えに来てくれたぞ。良かったな、レネ」
ロベルトは朗らかに言い、レネが飲んでいた分の酒代も置いて席を立つ。
(副団長、太っ腹! 流石! ――じゃない、ちょっと待て。今、さらっと面倒なことを押し付けられたような……)
レネは必死に動揺を落ち着け、ロベルトに問う。
「ええーと、副団長。今のお話は……」
「新人教育だよ。よろしく頼むぞ、レネ。お前なら大丈夫だ」
「…………承知しました」
レネにはそう返事する以外、道が無かった。
レネの弟にその場を託して、そのまま帰るロベルトの背中を呆然と眺めるレネ。ただでさえ失恋中だというのに、更に泣きたくなった。
酒場には他に同僚や後輩がいて、レネを気の毒そうに見やる。
「頑張れ、先輩」
「負けるんじゃないぞ」
口々に囁くのを聞きながら、レネは耐え切れずに叫んだ。
「副団長の鬼――っ!」
だが、誰もレネをとがめない。その代わりに、弟が優しくレネの肩を叩いた。
失恋したレネは、仕事をして忘れろと、副団長ロベルトに新人の教育係を任される。
そんな折、レネに一目ぼれした新人が、レネに告白したりするけれど、レネはいつもの「仲間愛」だと相手にしない。
研修が終わってから、税物を狙う盗賊が街道に現れて、警備団が護衛に行くことになり……。
(予定なので、事件内容は変わるかもしれません)
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レネ・アイヒェンには密かな悩みがあった。
それは、男勝りの性格のせいで、付き合いが恋愛に至らず、友人関係で終わってしまうことだ。
レネは五人兄弟の真ん中に生まれた。兄二人、弟二人に囲まれて育ったレネは、兄弟について回るうちに、男勝りで喧嘩は強いが、女らしい家事は苦手になってしまった。
特に料理は下手で、まともに作れるのは焚火で焼く魚くらい。裁縫は何とかこなすけれど、縫い目が雑なせいで、几帳面な長兄が見かねてやり直す始末。むしろ女子力は長兄の方が高く、一家の台所は母と兄が牛耳っている。
レネは女の遊びも苦手だ。
同年代の友人達が人形遊びやおままごとに興じている間、レネは木剣を手に取って、男友達と共に走り回っていた。
そんな風に暮らすうち、男からは、性別の垣根を越えた「仲間」扱いされるようになった。
レネは結構惚れっぽくて、小さい頃から密かに恋をしていたが、そのどれもが、「俺達、ずっと友達だよな」の一言で玉砕していった。
ならばと試しに女っぽいことをしてみたが、性に合わず、三日ともたない。
結婚願望は強かったが、このままでは行き遅れどころかいかず後家になって、親の迷惑になると思ったレネは、せめて食い扶持だけでも稼ごうと、ウォルトホル領のメリーハドソンで、警備団に入った。
数は少ないが、女性団員も活躍中だ。ここで初めて気の合う女友達が出来たが、相変わらず、異性からは女扱いはされていない。
最近、レネが密かに好きだったのは、同僚のゲイクだった。彼とは入団以来の良き友人である。
失恋した時に慰められ、うっかり惚れてしまったが、この恋はあっという間に終わった。ゲイクに恋人が出来たのだ。
そういうわけで、レネはその日、酒場で管を巻いていた。
「ああもう、腹が立つ! こんなに飲んでも酔えやしない! ここまで男っぽくなくてもいいだろう、私!」
テーブルの上には、ビールのジョッキが五つは転がっていたが、レネは酒にも強い。頬を赤くして、可愛らしく酔ってみたいのに、それも出来ないなんて神様はひどいと嘆きつつ、店員を呼んでもう一杯追加する。
溜息を吐いていると、向かいの席に座る人がいた。
いったい誰だと睨むと、上司である副団長のロベルト・アスレイルだった。彼はテーブルの上を見回して、呆れたように言う。
「随分飲んだな、レネ」
「勤務時間外のはずですけど、副団長」
「知ってるから大丈夫だ」
むすっと口をへの字にするレネに構わず、ロベルトも酒を注文して、勝手に相席して飲み始める。
しばらく黙り込んでいたレネだが、渋々尋ねる。
「それで、何を気遣ってらっしゃるんですかね」
ロベルトは苦い顔をした。
「部下から通報――いや、相談があってな。君が不機嫌そうに、酒を飲みまくっている、と。ゲイクがいないようだから止めてやってくれとな」
「誰ですか、そいつ。明日の訓練でシメます」
目を据わらせて宣言するレネに、ロベルトは素知らぬ態度で返す。
「残念だがそれは言わない約束でな」
「もう、だったら放っておいて下さいよ!」
「まあまあ、落ち着け。それで、ゲイクはどうした?」
「今はその名前、聞きたくないです!」
レネはジョッキをドンと音を立てて置いて、テーブルに突っ伏した。やがて小声で白状する。
「……失恋したんです」
ぐずぐずと鼻をすするレネ。
向かいのロベルトはきょとんとした後、首を傾げる。
「お前、この間はアビィが好きだと言ってなかったか?」
「リーダーにはヘレンさんがいるじゃないですかぁ! 勝てるわけないでしょ!」
「なるほど」
ロベルトは頷いたものの、気まずげに視線をあちこちに向ける。ややあって、諦めて問う。
「なあ、レネ。俺に恋愛を相談するのは、人選ミスだと思うんだが……」
「私も今ちょうど、後悔したところです。もう、あっち行って下さいよ。いいですよね、新婚さんは。とっととお帰りになって下さい」
さあどうぞ、と出口を示すレネ。ロベルトは苦笑する。
「お前、酔ってないように見えて、実は酔ってるな?」
「酔ってませんー」
「酔っ払いは皆そう言うんだ。はあ、何だかなあ、お前を見てると他人事に思えないんだよな。ところどころ俺と似てるからな」
「失礼な! そこまで表情筋は死んでません!」
「……よし、明日の訓練は覚えてろよ」
不穏な言葉が聞こえた気がしたが、レネは酔っぱらった振りをして聞き流した。失恋したばかりの女子に声をかけるから悪いのだ。そう、ロベルトが悪い。
レネは一方的に決めつけて、ジョッキの残りをあおる。
「ああもう、最悪ですよ。何でよりによってゲイクに惚れたんだろ。もう、忘れたい! そうだ、酒だ。私には酒が必要ですよ。記憶を吹っ飛ばすんです」
「……毎回そんなことを言って、翌日にはっきり覚えていて、二日酔いでのた打ち回ってるのは、皆知ってるぞ?」
ロベルトの余計な言葉も、レネは聞いていない振りをした。
今こそ酒の力が必要なのだ。
「忘れたいんなら、ちょうどいい。レネ、お前に一週間後に入る新人の教育を任せるよ」
「は?」
唖然と顔を上げるレネに、ロベルトは平然と言ってのける。
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「え、な、何。新人? 教育? ちょ、ちょっと副団長……」
「ああ、ちょうど良かった。君の弟達が迎えに来てくれたぞ。良かったな、レネ」
ロベルトは朗らかに言い、レネが飲んでいた分の酒代も置いて席を立つ。
(副団長、太っ腹! 流石! ――じゃない、ちょっと待て。今、さらっと面倒なことを押し付けられたような……)
レネは必死に動揺を落ち着け、ロベルトに問う。
「ええーと、副団長。今のお話は……」
「新人教育だよ。よろしく頼むぞ、レネ。お前なら大丈夫だ」
「…………承知しました」
レネにはそう返事する以外、道が無かった。
レネの弟にその場を託して、そのまま帰るロベルトの背中を呆然と眺めるレネ。ただでさえ失恋中だというのに、更に泣きたくなった。
酒場には他に同僚や後輩がいて、レネを気の毒そうに見やる。
「頑張れ、先輩」
「負けるんじゃないぞ」
口々に囁くのを聞きながら、レネは耐え切れずに叫んだ。
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