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スピンオフ レネ編「木陰の君」
16
しおりを挟むあっという間に夏が終わり、レネの教え子達の研修が終わった。
それぞれ違う班に配属されたので、夜勤や宿直の者以外とは、たまに鍛錬場での訓練が重なるか、すれ違う程度になった。収穫祭が目前で、税物のほとんどは領主館に集まっている。護衛の仕事も終わった。
ちょっとした寂しさはあるものの、レネはアビーがリーダーをしている班に戻り、町の警備に精を出している。収穫祭になれば人の出入りが増える。今は警備隊にとって多忙な時期だ。
教え子とほとんど会わなくなったその日の昼休み、レネは鍛錬場にやって来た。いつものように、隅の木陰でお弁当を広げる。レネは日中の勤務だが、友人や知人は夜勤が多く、結局、昼食はぼっちである。他の班員にも声をかけてみたが、皆、帰宅して食べるか食堂に行くと言っていた。
一人で食べていても、兄のお手製サンドイッチはおいしい。午後からの仕事について考えながら、ぼんやりと空を見ていると、シゼルがやって来た。
「先輩! お昼ご飯、ご一緒しても構いませんか?」
そう問う彼の手には、水筒とバスケットが握られている。
「ああ」
レネが許すと、シゼルはうれしそうに笑い、すぐ傍の草の上に座った。バスケットを置いて、中身を取り出す。丸パンが二つと、ハムとチーズのスライスが入っていた。水筒の水を飲みながら、シゼルがレネのほうをちらちらと伺うので、レネは兄特製のサンドイッチを飲み込んでから問う。
「どうした、何か話があるのか?」
「分かります!?」
「そりゃあ、そんなに見られるとな。そういえば、食事をおごる約束はいつにするんだ? 約束を放置すると気持ち悪いから、早めに頼むよ」
ずっと気にしていたので、レネは話を切り出した。
「そのことなんです」
シゼルは気まずそうにしている。
「まあ、先輩に約束を守っておごってくれなんて、言いづらいよな。ハンスじゃあるまいし」
レネは後輩の無遠慮さを思い出して、ふっと笑う。ハンスだからしかたないなと思わせるのだから、あれはあれで長所なんだろう。
「先輩は、収穫祭は……?」
「今年は休みだぞ」
「俺もなんです。おごらなくていいので、俺と収穫祭を回ってください!」
やけに必死に頭を下げるので、レネはなるほどと感づいた。
「友達がデートばかりなのに、自分は相手がいないのを気にして、誰か一緒に行ってくれる人を探しているわけだな?」
「え? いや、そういう意味では」
「大丈夫だ。男ってそういうところで見栄を張りたがるもんな。分かってるぞ」
「……全然分かってない」
ぼそぼそと呟いて、シゼルはがっくりうなだれる。
「まあいいや、そういうことでも。それじゃあ、レネさん、俺とデートしてください!」
「ああ、いいよ」
「あの……おしゃれしてきてくださいね?」
シゼルが心配そうに付け足すので、レネは肩をすくめる。
「さすがに、祭りに男装では行かないよ」
シゼルはほっと息をついた。
そこまで女を捨てた覚えはないんだけどと、レネは眉をひそめる。
「前も、休みはワンピースを着ていただろ?」
「そうですけど、警備を優先されそうな気がして」
「そこまで真面目と思ってくれてるとは光栄だね。――ふふ」
急にレネが笑ったので、シゼルは不思議そうに問う。
「どうしました?」
「いや、そういえば私、収穫祭でのデートなんて初めてだ。いつもは仕事か家族と回っていたからな。罰ゲームでもうれしいよ」
「そんなんじゃないですからっ」
むきになって言い返し、シゼルはあからさまに不機嫌をあらわにして、パンにかじりつく。その様子に、レネは首を傾げる。
「なんだかまるで、本気で誘ってくれてたみたいだな」
「だからそう言ってるじゃないですか! 俺、先輩が好きなんです!」
「そうかそうか、可愛いなあ」
後輩として慕ってくれるなんてうれしい。
思わずレネがシゼルの頭を撫でると、シゼルは顔を赤くして悔しげにうなる。
「うぐぐぐぐ」
「あ、悪い。つい弟みたいにしてしまった。同僚なのに悪かった」
「べ、別に撫でるのはいいですけど……。でも弟扱いか、はあ、前途多難だな」
「何?」
「いいえ、なんでも」
シゼルは、たまに小声で何か呟いている。ぼそぼそとしゃべるから、レネには聞き取りづらい。
「お前な、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
レネがそう言うと、シゼルは信じられないという表情をする。
「こんなにはっきり言ってるのに!」
何にそんなに驚いてるんだろう。レネは不思議に思いながら、当日のことに意識を向ける。
「そういえば、何時にどこで待ち合わせする?」
「……はあ、もういいです。ええと、朝の十時くらいに、お宅にお迎えに行きます」
「分かった。お昼くらいはおごってやるよ。約束は守らないと気持ち悪いからね」
当日が楽しみになってきた。ちょうど新しく仕立てた服があるので、あれを着ようか。たまにおしゃれをするのは楽しいし、今回は後輩とはいえ連れがいるのだ。ちょっとくらい頑張ってもいいかもしれない。そんなことを考えていると、シゼルの視線を感じた。
「今度は何?」
「先輩、収穫祭でのデートが初めてって、嘘ですよね?」
「デート自体が初めてだぞ。私はモテないんだ。仲間だからと振られるんだって、前にも言っただろ」
「それじゃあ、俺が初めてなんですか!」
身を乗り出し気味のシゼルの問いに、レネは身を引きながら頷く。
「そ、そうだけど……?」
ガッツポーズまでして、シゼルは宣言する。
「俺、頑張りますね!」
「え? ああ、頑張って?」
何を? とは思ったが、レネは反射的に返す。
「あんまりモテないから、そろそろ親に見合いでも頼もうかと思い始めたんだよ」
「ええっ」
嬉しそうだったのが一転、シゼルは絶望的な顔になった。
「警備団員と結婚したかったんだけどな。もうこんな年齢だし、諦めようかなって」
「待ってください。そんな、このタイミングで諦めることないでしょ!」
「なんでお前がそんなに必死なんだよ」
そこまで肩入れするシゼルが、レネには不思議でならない。
「だから好きだって言ってるじゃないですか」
「ああ、うん。ありがとう」
お礼を言うと、シゼルは「そうじゃない」と言って、頭を抱えてしまう。
「大丈夫か? 頭が痛いんなら、医務室に……」
「いえ、大丈夫です。治りました。せめて収穫祭までは待ってくれませんか」
「あ、そうだよな。先に見合いして付き合うことにでもなったら、お前が気まずいよな」
なるほど、シゼルはデート相手がいなくなることを心配していたのか。
「分かった。親に話すのは、収穫祭の後にするよ」
「ありがとうございます。――ふう、なんとかセーフ」
ほうっと息をつくと、シゼルは再び問う。
「でも、急に諦めるなんて、そんなにあの先輩とのことがこたえてるんですか?」
「え……?」
その指摘に、レネはたじろぐ。
時間が経ったので気は晴れたものの、ゲイクを見ると、胸にもやもやしたものが湧くのだ。どうしたらこれが解決するのか、レネには分からない。
「そうかもしれないな」
「すごく嫌ですけど言います。先輩、ちゃんと告白をしたほうがいいと思います」
「でも、あいつには彼女がいるんだぞ?」
「それでも、です! 先輩はあの人のことが本当に好きなんだと思うんです。だからこそ、気持ちは伝えたほうがいい。でないとずっと心にくすぶり続けて、しんどいと思うんです。それに……」
シゼルは何か言いかけたが、レネが目で問うと、首を振った。
「なんでもありません。……すみません、自分勝手なこと言いました」
突然、暗い顔になったシゼルを、レネは唖然と見つめる。
「え? よく分かんないんだけど」
「いいんです。あの、先輩がそのつもりなら手伝います」
「つまり、あいつに告白するのをって意味?」
「そうです」
まるで自分のことみたいに、シゼルは真剣になっている。
なんでこんなに親身になってくれるのか、レネには謎でしかたがない。
「……うん、そうだな。お前みたいに言ってくれる人、そうそういないだろうし。けりをつけて、ちゃんと吹っ切って、新しい出会いを探そうかな」
「分かりました」
シゼルは勢いよく弁当をたいらげると、憤然と立ち上がる。
「でしたら俺、収穫祭の日に、時間をとれるようにしてきます! 先輩、どうせ言うなら、綺麗な格好で言いたいでしょ?」
まさか指摘されると思わず、レネはびっくりした。
「ええと、まあ……そうだな」
そんな乙女心があるのだと見透かされるのは、ちょっと気恥ずかしい。照れて目をそらすレネに、シゼルは力強く頷く。
「セッティングは任せてください! それじゃあ、俺は行きます! 失礼します!」
「ああ……」
ばたばたと走り去っていくシゼルを見送る。まるで嵐が去った後のようだ。
「せわしない奴だな」
なんでそんなにシゼルのほうがはりきるんだか。
「やっぱりあいつのことは、よく分からん」
首を振り、レネは最後のサンドイッチに手を伸ばした。
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