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スピンオフ レネ編「木陰の君」
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しおりを挟む「というわけで、再来月から、班交代で輸送の護衛につくことになった。と言っても、対象はメリーハドソンから近い村だけだ」
会議が終わり、昼食をとってから鍛錬場に行くと、レネは班員達に会議の結果を教えた。
「お前達はまだ研修期間だから、副団長がいる時に補佐でつく形になる。私と三人の四人での班だ。残りの三人は通常業務となる。別の日に、メンバーを入れ替えて同じことをするよ」
シゼルが挙手した。レネが促すと、彼は質問する。
「再来月というと、まだ夏に入ったばかりですが、税の輸送があるんですか?」
「冬に植えた大麦は、初夏から夏に収穫だからな、それくらいだ。ウォルトホル領は羊毛が有名だけど、もちろん作物の税も領主館に集まる。盗賊は特に食べ物を欲しがるんだよ」
ここでシゼルは、聞きづらそうにひそひそ声で問う。
「そんなに食い詰めた農民がいるんですか?」
レネはその質問にきょとんとした。
「え? 今年は凶作ともはやり病があるとも聞いてないし……例年通りだと思うぞ」
そう答えてから、シゼルの言いたいことが分かった。
「農民が野盗になったと思ってるのか? そういうこともあるが、今回のはごろつきみたいだな。たまに、職にあぶれた傭兵崩れなんかが盗賊になるんだ。この国は西側でよくもめごとがあるだろ? でもこの辺は平和だし、隠れやすい森もあるからな。仕事がやりやすいと思うのか知らんが、たまに住みつくんだよな」
レネにとっては季節の風物詩くらいのことで、野盗自体は珍しくはない。
「だいたい町の手前での襲撃が多いんだ」
「手前ですか?」
ウォルターは不思議そうに首を傾げている。ダイアンも同調した。
「森で襲えばいいのに」
「街を目前に油断して、気が緩んだ辺りで襲ってくるんだよ。だからヘレンさんは、『街道に爆発物を設置してまとめて爆破しよう』とか言い出すんだよなあ。先輩の一人で、受付にいる女性だけど、変人だから気を付けろよ。あと、爆発物の話には絶対に乗るな。副団長にどやされるからな」
思い出しついでに注意する。これは先輩から後輩へ、毎年伝えられることだったりする。
六人は返事をしたものの、けげんそうに視線をかわしていた。ヘレンはあまり表に出てこないから、彼らには馴染みがないのだろう。
「とにかく、よく襲撃してくるポイントっていうのがあって、こちらも心得ているからな。また仕事の時に教えるよ。これからは馬術と護衛の練習をメインに教えていく。ま、ほとんど徒歩が多いけどな、日帰りの時は馬を使うこともあるから、一応な」
最後に、ラキが挙手した。
「俺達の時は、副団長が一緒というのは何故ですか?」
「副団長は街一番の剣士なんだ。めちゃくちゃ強い。多少動けない奴がいてもフォローしてくださるし、あの人がいる時は、死人は滅多と出ないんだよ。――だからって気を抜いたら死ぬから、甘く見るなよ」
彼らは神妙な顔をして、口を引き結ぶ。
「行って帰ってくることはできたとしても、怪我がもとで命を落とすこともある。野盗をしているような連中だ、武器の手入れが行き届いていない場合がある。怖いのは錆びている武器だ。破傷風は恐ろしいぞ」
戦いでなくとも、錆びた釘を踏んだ怪我から、破傷風になり死ぬ者もいる。面々の顔色が少し暗くなった。
「そしてそれ以前に、人と人の戦いになるってことを忘れるんじゃないぞ。仲間のために動けとも言うけどな、最初からそんな難しいことは無理だ。まずは自分を守れるようになれ。それが周りも守ることになる」
レネは彼らのために、言葉を尽くして注意した。
油断している者、軽く見ている者から怪我をする。十代後半と血気盛んな若者だから、勇敢と無謀をはき違えていることもある。
そして、その一人のうかつさが、集団全てに影響するのだ。
メリーハドソンでは、凶悪な事件は滅多と起こらない。だが、警備団は周辺に出ることもあるので、彼らの考えや感覚を、徐々に慣らしていかねばならない。
将来有望な彼らのためを考えればこそ、レネには教育係は荷が重いと思うのだ。もっと年配のほうが適任な気もする。
「ま、いくら言ったところで、経験に勝るものは無しってな。研修中に学んでくれればいい」
レネがにっと笑ったことで、痛い程真剣な空気が緩む。それぞれ大きく頷き、返事をした。
「よし。あ、巡回の時間だな。それじゃあ、今日も行くぞ。とにかく、お前達が最初に身に着けることは」
「報告と協力要請ですよね」
ラキが口を挟むようにして答えた。レネは頷き、更に質問する。
「離れた地点で、仲間を呼ぶ時は?」
「はい! 笛を吹きます!」
間髪入れずにシゼルが答える。ラキがシゼルを軽くにらんだ。クライスとエディがラキの腕をやんわりと叩き、落ち着くように呼びかける。
「お前達、相変わらず仲が悪いんだな」
「誤解です、リーダー。ラキが俺に噛みついてくるだけで、俺は特に嫌ってません」
シゼルは弁解した。レネが聞いている感じ、嫌ってはいないが興味は無さそうという雰囲気がある。ラキも同じことを感じたのか、顔を赤くした。
「そのすかした態度がムカつくんだ!」
「まあまあ」
レネは手を前に出し、ラキをなだめる。
「仲良くしろとまでは言わないから、折り合いをつけろよ。ここは職場だ、地区の集会所じゃないんだからな。ラキ、ちょっと深呼吸して落ち着け。お前のそういう短気なところは、それはそれで長所だから、喧嘩しなければ直せとは言わん」
「え!?」
ラキは驚きに動きを止めた。他の面々も意外そうにレネを見つめる。レネは、笑いながら返す。
「あはは、びっくりした猫みたいだな。短気ってことは、瞬発力があるってことだ。決断力が早いともいう。シゼルは慎重で冷静だから、むしろお前達がコンビを組んだら面白そうだな。お互いに良い刺激になりそうだ」
レネは両者の肩をポンと叩く。
「争わなくていいんだぞ。ラキにはラキの、シゼルにはシゼルの、それから皆にもな、それぞれ良い点があるんだ。良いチームってのは、お互いに長所と短所を埋めあって、協力しあえる関係性だ。研修が終わったら、違う団員と組むこともある。これを忘れないでいてくれ」
周りを見回して励ますと、彼らの目がキラキラと強く輝き始めた。自然と、六人は敬礼する。
「はいっ、よろしくお願いします!」
「頑張ります!」
レネはうんうんと頷く。
「素直で助かるよ。それじゃあ、巡回に行くぞ」
きびきびと歩きだすレネに返事をして、彼らはすぐに追いかけてきた。
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