暁の細工師レニー

草野瀬津璃

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第三幕 嵐の夜の降霊会

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 無事に荷物も届き、晩餐会の時間になった。
 レニーはエリックに教わった通り、女装したエリックをエスコートする。最近の流行は、ドレスの裾がふくらんだものなので、歩く時にドレスの裾を踏まないようにするのに、神経を使った。

 着付けを手伝っただけあって、完璧なマデリーンぶりだとレニーはにんまりしそうになるのを我慢し、幼馴染の男になりきって問う。

「マディー、寒くない?」
「問題ありませんわ」

 エリックは扇子で口元を隠し、にこりと目だけで微笑んだ。お互い、目元に仮面をつけているので、表情が分かりにくい。

 暖炉では火が燃えており、晩餐会の会場は程よく暖かい。レニーの目には、古城にしてはきちんと手入れされているように見えた。

 しかし部屋は薄暗く、グループごとに分けられたテーブルの上で、燭台の火が照らしているだけである。

「ミス・カクスター、ご無沙汰だな」
「お久しぶりね、マディー」

 席にはすでに一組の男女がおり、わざわざ椅子を立って、エリックに親しげに挨拶した。

(この人が、エレインなのね!)

 レニーはエレインを凝視する。仮面で顔を隠していても、美人だと分かった。生粋の貴族の令嬢らしい気品があり、何より黒いドレスは洗練されている。

(ふわわわ。素敵すぎる! 何、あの首飾り! 綺麗! ドレスの装飾も見事だわ。黒い布地に、より黒い糸で模様を刺繍するなんて!)

 感動で頭が沸騰し、よだれを垂らさんばかりに見つめるレニーの腕を、エリックが軽く叩く。

「レンったら、エレインに見とれすぎよ」
「すみません、マディー」

 レニーは夢からさめた気分で、慌てて取り繕う。

(いけない。ちゃんとしなきゃ)

 打ち合わせ通り、彼らとも知り合いだと振る舞わなくてはならない。レニーは愛想よく微笑んだ。

「レディー・マクガイア、ローレン、ご無沙汰しています」
「レンは堅苦しいわね。ふふ、お二人とも、降霊会なんて素敵な催しをご一緒できて光栄ですわ」

 レニーの名前は、二人には伝わっていない。さり気なく教えるエリックの手腕は見事だ。

「相変わらずだな、お前」

 ローレンはエリックを見てぼそりとこぼし、エレインが付け足す。

「ええ、相変わらず仲の良い幼馴染ですわね」
「いっ……そうだな」

 ローレンは眉をひそめて、エレインの言葉に同意する。

(エリックの女装ぶりにツッコミを入れて、エレインさんにたしなめられたのかしら?)

 なんとなくそんなやりとりに見えた。

「マディー、後でお部屋に遊びに行ってもいいかしら」
「ええ、もちろんですわ、エレイン」
「では、後でね」

 晩餐会の後、ミセス・ドリアンナの降霊会がある。明日は交霊のほうだ。
 客がそれぞれのテーブルにつくと、前のほうに、黒いベールで顔を隠した女が静静と現れた。桟橋にいた男装の女がエスコートしている。

(レースも飾りも一流だわ。良い仕立てね)

 黒いドレスも、灰色や紺色を差し色にしていて、バランスが美しい。
 霊媒師として本物かは分からないが、身なりは貴婦人のようだった。
 ドリアンナが何かささやくと、男装の女があいさつする。

「皆様、お初にお目にかかります。私はミセス・ドリアンナの秘書にして執事、ララと申します。こちらの方が、霊媒師たるミセス・ドリアンナでございます」

 芝居がかった仕草で、ララはお辞儀をした。

「ミセス・ドリアンナはあまり大きな声を出せないので、私が代弁することをお許し下さい。ミセス・ドリアンナはおっしゃっています。『お会いできて光栄です。まずはお食事をゆっくりお楽しみ下さい』と」

 そして、給仕が運んだグラスを取り、ミセス・ドリアンナは宙に掲げる。
 これは言われなくても分かった。

「今宵の出会いに、乾杯!」

 ララの代弁の声が響き、客もグラスを持ち上げる。そして、ララとミセス・ドリアンナはお辞儀をした。

「では、また後ほど、お会いしましょう。ミセス・ドリアンナ、参りましょうか」

 ララが左手を差し出し、ミセス・ドリアンナは右手を重ねる。そして静かに食堂を出ていった。

「なんだか、あのミセスのほうが幽霊みたいだね」

 レニーの呟きに、エリックの肩がビクゥッと震える。

「や、やめてくださいまし」
「ミス・カクスター、相変わらず幽霊が駄目なんだな。戦場のほうが悪夢だが」
「ローレン、血なまぐさい話はやめて」

 エレインににらまれ、ローレンは面白くなさそうに舌打ちする。

「どちらのほうへ?」

 レニーは戦になど興味はなかったが、男ならば必ず口を挟む話題だ。

「東部だよ。下っ端だし、俺は男爵家の者だから、前線ではなくて後方への物資支援だけだったが。国境の小競り合いはよくあるとはいえ、なかなかひどいものだったな」

「前線で戦う兵へ、食料を届けたんだね。なんと言おうと、大事な使命だ。勇敢な軍人に乾杯!」
「ありがとう」

 ローレンは気を良くして、レニーとグラスをぶつけた。

「まったく、殿方ときたら。無粋だこと。それより、マディーは今日も綺麗だわ」
「どういたしまして、エレイン。あなたも素敵でしてよ」

 美しいデザイナーと女装男子が微笑みをかわす様は、なかなかカオスだ。レニーは慣れたが。
 そこへ食前酒が運ばれてきて、スープと前菜も並んだ。
 甘口のデザートワインなんて初めて飲んだ。

「何これ、おいしい」

 小声で感想をつぶやくと、エリックに腕を叩かれる。

「……素が出てる」
「ごめん」

 慌てて男っぽい仮面をかぶり直した。
 一応、簡単なマナーは来るまでに教わったが、レニーの動きはぎこちない。目の前の二人は貴族だから、余計に緊張する。

 エリックの見様見真似をしていたが、前菜とスープはなんとかできても、メインの子牛のステーキになると、音を立てずに切るのが難しくて、結局、食べるのをやめた。

「レンったら、手の調子がまだ悪いのね」
「?」

 謎の設定を出すエリックを伺うと、エリックはレニーの皿の肉を綺麗に切って、フォークで刺した。レニーの前に差し出す。

「はい、あーん」

 ええっ!?

 レニーはぎょっとしたが、おいしそうな肉を前に、羞恥心は消し飛んだ。思わずパクリと食いつくと、エリックが楽しそうに微笑む。

「どう?」

 もぐもぐごっくんと飲み込み、レニーは目を輝かせる。ほろっととろける肉なんて、初めて食べた。

「おいしい」
「わたくしが食べさせてあげてるのだから、当たり前でしてよ」

 エリックはふふんと胸を張る。
 結局、最後までひな鳥みたいに食べさせてもらった。

「マディーのこんなところが見られるなんて」
「見てはいけないものを見ている気分だな」

 エレインとローレンはあ然として、ひそひそと言葉をかわす。
 ここに来て、やっていることがバカップルみたいだと気づいたレニーは、顔を真っ赤にする。

(さ、さすがにこれは……あれ、普通だった)

 周りのテーブルでも、参加者が和気あいあいと過ごしていた。
 使用人を遠ざけ、密会を楽しむ男女の姿がそこにはある。

(エリック、演技力がすごいわ……!)

 レニーは、優雅に食事をするエリックの横顔に、称賛の視線を向けるのだった。
 
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みんなの感想(1件)

にゃんコ
2016.07.26 にゃんコ

続きが早く読みたいです。
楽しみに待ってます。

草野瀬津璃
2016.07.26 草野瀬津璃

 にゃんコさん、ご感想ありがとうございます。
 これを読んでる人いるんだなあって、ほわほわ喜んでます。
 女装とか変人とかのイロモノなので、向き不向きあるからあんまり期待してなかったんで、喜びが二倍ですね。うれしいです(^ ^)
 早く読みたいと言っていただけてうれしいです。
 マイペースな性分なので、すぐにと答えられませんが、だいたい感想をいただくと嬉しくなって筆が早まりますね。
 近々更新するかと思います。ありがとうございます♪
 

解除

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