暁の細工師レニー

草野瀬津璃

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第二幕 嘆きの乙女

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 出入り口での爆発音に、すぐさまリッドフォード家の警備達は集まった。
 一人が右手を大きく掲げて報告する。

「玩具です。これにつけられていた風船が、玩具の仕掛けで割れたようです」

 玩具という報告に、皆がほっとした時、女性の悲鳴が上がった。

「きゃあ、何これ! 煙が!」

 先程、ワインを引っ掛けてしまった婦人だった。
 テーブルの下から出てくる煙を指差して、騒いでいる。

「なんだ!?」
「うわっ」

 煙は他のテーブルの下からも湧きだした。
 慌てる人々を容赦なく煙が包み込む。大広間は一気に何も見えなくなった。

「おい、窓を開けろ!」
「馬鹿、開けたら怪盗が逃げるだろ!」

 警備達が慌ただしく怒鳴り合う中、煙はゆっくりと薄れていった。
 恐る恐ると周りを見回した客の一人が、“ディアナ嬢”のいた椅子を指差す。

「ご令嬢がいないぞ!」
「消えた!」

 レニーの傍にいたダリアンは、レニーのいた場所を唖然と見下ろす。他の客と話していたエリックは、すぐさまそちらに駆け寄った。

「おい、ダリアン。“ディアナ”はどうした?」
「――分かりません。さっきまでそちらにいたのに、煙が晴れたらいなくなっていました」
「分からないって、君らしくもない!」

 訳が分からないのはお互い様であるが、人の気配にうるさいダリアンが分からないと返事したことに、エリックは苛立った。そこでふと、エリックは椅子の上に見慣れないものがあるのに気付いた。
 拾い上げると、一枚のカードだった。

 ――『嘆きの乙女』、確かに貰い受けました。  怪盗〈青薔薇〉

 エリックはカードをぐしゃりと握りつぶす。優しげな顔に、冷たい笑みが浮かんだ。

「ふざけた真似を……。このこそどろは、人には危害を加えないはず。模倣犯か?」
「さあ、今のところ、私には分かりませんが、とにかくただちに出入り口を封鎖します!」
「行ってこい、他の者もだ。鼠一匹逃がすなよ」

 エリックが警備員達に発破をかけると、彼らはきびきびと動き出した。

(人を一人連れて、目立たない訳がない……。すぐに見つかるはずだ)

 エリックはレニーを思い浮かべて、ひとまず冷静さを取り戻す。ホストとして客の安全を第一にしなくてはいけない。
 いつも通りの穏やかな態度に戻ると、客達に心配ないと告げる。
 しかし慌てた警備員が門番や屋敷の外を警戒している彼らに、怪しい者が通らなかったかと聞いたが、彼らはそろってきょとんとしていた。
 誰も――それこそ猫一匹見かけなかったらしい。
 ならばまだ屋敷の中にいるのだろうと、彼らを警戒に当たらせたまま、あちこち見て回った。
 けれど、まるであの白い煙とともに消えたかのように、怪盗の姿形も垣間見えなかった。

「途中、聞こえた悲鳴は何?」

 エリックが問うと、ダリアンは肩をすくめる。

「パーティーの途中でドレスを汚されたご婦人がいたでしょう? あの方がスカートの汚れをどうにかしようと着替えている最中に警備員が入ってきたので、メイドが騒いだんですよ」

「ああ、あの……」
「そのレディーが、替えのドレスを運び込みたいと仰せですが?」
「構わないよ」
「畏まりました」

 これだけ探しても、怪盗はおろかレニーも見つからない。どうやってかは知らないが、もう屋敷から逃げたとみて良さそうだ。
 エリックは溜息を吐いた。

「お客さん達には帰ってもらうよ。君達はレニーの捜索を続けるように」
「畏まりました」

 ダリアンはさっとお辞儀をして、エリックの傍を離れた。
 ゴシップのネタにされた仕返しに怪盗を笑い物にする気満々でいたエリックだが、反対にしてやられてしまい、静かな怒りに燃えていた。あいにくと落ち込むような可愛らしい性格はしていない。

「腹は立つけど、先にレニーだ」

 怪盗は危害を加えないというから、友人に替え玉を頼んだのに、このざまである。エリックはひとまず客達に挨拶をして、丁重に帰路についてもらうことにした。彼らがいては、集中できるものもできない。



 客がはけた後も、エリックは警備達の報告を待つ傍ら、屋敷の中にレニーがいないかと探し回っていた。
 だがやはり見つからないので、正門の方に向かう。
 騒ぎ声がしたのでそちらに顔を出すと、鳥打帽を被った青年が、警備員に取り押さえられていた。

「若旦那様、怪しい者が外をうろついておりました」
「おい、離せって! ただ妹と面会したいって言っただけだろ?」

 怒っている青年には見覚えがあった。エリックは内心落胆しながら、右手を軽く振る。警備員は手を離した。

「君、レニーの兄だっけ? ここで何を?」
「ああ、これは、若旦那様。いえ、この屋敷に怪盗が来ると聞いたもので、心配になって妹の様子見に……。宜しければ、一目だけ面会させて頂けませんか?」

 イクスは丁寧に頼んでいるが、青い目には僅かに敵意がひそんでいた。エリックの眉も僅かに寄る。それに気付いて、イクスは首を横に振る。

「ええ、こんな夜分に失礼だというのは分かっているのですが、家族の無事を確認したいだけです。どうかご容赦願いたく……」
「……まあ、いいよ。後でね。今は忙しいから」
「後っていうのはいつですか?」
「さてね。用が済んだら、だね」

 エリックはのらりくらりと質問をかわす。今すぐは無理だ。レニーの居場所はむしろ、エリックの方が知りたいのだから。
 更に言い募るかと思ったが、イクスは引き際を心得ているらしい。

「左様ですか、ではご用事が済むまで、こちらで待たせて頂きますよ」

 イクスはお辞儀をして、エリックに背を向けたが、そこで思い出したように振り返る。

「しかし類は友を呼ぶといいますが、本当ですね」
「……なんの話だい?」

 突拍子もない問いかけに、エリックは思わず聞き返した。イクスはどこか意地悪な表情をして、からかうような調子で言う。

「ご友人同士で女装趣味とは驚きました」
「……待て、なんの話だ」

 エリックはイクスの話が本気で分からない。

「ですから、この間のミス・カクスターがあなたで……」
「そんなことは知っている。友人というのはなんのことだ?」

 イクスはきょとんとなった。

「え? ですが俺、見たんですよ。客の中に、女装した男がいたのを……。あなたのご友人だと思って流石だと……」
「……女装? そうか、そういうことか!」

 エリックの中で、怪盗がどの人間だったかという真相が解けた。ダリアンを呼びつけてから、イクスを振り返り、彼と強く握手した。

「ありがとう、イクス・ソルエン。あなたの観察眼は尊敬に値する! これでレニーの行方が分かるよ」
「……は? レニーの行方って、どういうことですか」
「うん、そのうち分かる。おい、君、彼を客室にご案内しておいて」

 慌てて呼び止めようとしてくるイクスを無視して警備員に押し付けると、エリックはダリアンと話しあうことにした。
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