暁の細工師レニー

草野瀬津璃

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第二幕 嘆きの乙女

一章 挑戦状と、故郷からの手紙

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「エリック! 大変よ、大変大変!」

 レニーは談話室の扉を開けると、中にいるエリックを見つけ、そちらへ駆け寄った。
 繊細な刺繍が施されたカバーがかけられた緑のソファーに座っていた美少女が、レニーを振り返った。そして、慌てるレニーを見て、ふんわりと砂糖菓子のような柔らかい笑みを浮かべる。

「やあ、レニー、おはよう。今日も相変わらずディアナそっくりだね」

 ディアナというのは、エリックの実の妹で、レニーと顔がそっくりな少女のことである。
 慌てていたレニーだが、エリックの完璧な女装ぶりに毒気が抜かれ、一気に脱力した。

「あなたも相変わらずの女装ぶりね、エリック。ねえ、男の格好をすることはないの?」

 エリックの焦げ茶色の髪はきつく巻かれ、元々の素地が良いだろう顔には化粧を施している。そして、室内用の藤色のドレスを身に着けた彼は、どこから見ても完全に美少女だ。
 彼の名前はエリック・リッドフォード。ラインス王国でも指折りの富豪であるリッドフォード家の後継ぎ少年でありながら、女装するのが趣味という変わり者だ。初めは肩がこる生活から一時的に逃れる為に変装していたらしいが、完全に女性に扮すれば正体がばれないと作りこんだらはまってしまったらしい。女装している時は、屋敷の外でのみマデリーン・カクスターと名乗っている。

 レニーは彼がマデリーンの時に友達になり、その後、それが女装であることと本名を知った。今のレニーは、エリックの妹であるディアナの社交界デビュー用のアクセサリーと、“マデリーン”の為のアクセサリーの制作の為、細工師として雇われている身だ。

「うん、もちろんするよ。公の場にこれで出て行くわけにはいかないからね」

 エリックは優雅にティーカップを傾けてお茶を飲むと、それをソーサーに戻してから、レニーににこっと笑いかけた。

「君にちゃんと見せてもいいんだけど、面白くないからそれはまた今度ね」
「何よそれ」
「レニー、隠されている方が物事は面白いものなんだ。秘密っていうのは隠される為にあるんだよ。あんまりすんなりばらすのは興ざめだ」

 エリックはそう言うと、ほうと息を吐く。

「でも、僕は男の姿でも女の姿でも美しいのに変わりはない。なんて罪深い美しさをしているんだろう」
「もういいわよ、聞かないわよ」

 全くもう、このナルシスト。本当に自分が大好きなんだから。
 レニーは呆れて大きく息を吐いた。
 自分自身に感激しているエリックは視界の隅に追いやって、聞きたかった事を片付けることにした。

「エリック、新聞読んだ? 怪盗なんとかが、このお屋敷のお宝を狙ってるらしいじゃないの。本当なの?」
「ああ、そのこと。本当だよ」

 エリックはそう答え、レニーに前の席に座るように手で促す。レニーは促されるまま、対岸のソファーに座った。青色のビロード張りのソファーは、ふわっとしていて柔らかい。

「本当なら、何でそんなに落ち着いてるの? ロザリンド・リースの嘆きシリーズだなんて高価な細工品、幾らお金持ちでも盗まれたら大変でしょ?」
「流石レニー、ロザリンド・リースのこと、知ってるんだね。でもまあ、そんなに慌てることないよ。我が家の警備担当はとっても優秀なんだ」
「そうなの?」

 この掴みどころはないが人を見る目を持つ少年が信頼しているのだから、相当なんだろう。レニーは誰が警備担当なんだろうかと、知り合いの使用人を頭に思い浮かべた。しかし強そうな人は見た覚えが無い。

「ベルス家の一家だよ。君もよく知ってるよ。ダリアンといえば分かるでしょ?」
「え、ダリアンさん? あの人、執事じゃなかったっけ?」

 あの若さで使用人頭も務めているのだ、有能だろうなとは思っていたが、警備方面でも強いのか。
 はしばみ色の目をしきりと瞬くレニーに、エリックは悠然と頷いてみせた。

「彼一人連れていけば、戦場以外なら、だいたいどこでも安全に過ごせるんじゃないかな。格闘に強いから」
「へえ、意外」

 あんな細身の体躯なのに、強いのか。
 レニーはいまいち想像出来なかったが、エリックが断言するのだからそうなのだろうと飲み込むことにした。

「まあ、いいや。大丈夫ならいいの。じゃあ、私は工房に戻るわね」
 事情が分かってすっきりしたレニーは、早速仕事しようと席を立つ。するとエリックが口を尖らせた。
「ええ、もう行っちゃうの? お茶をしていきなよ。ケーキを出そう」
「エリック、私はここに遊びに来てるんじゃなくて、仕事をしに来てるの」

 レニーはその場に立ったまま、そう指摘した。
 エリックの数少ない友達認定されて以来、エリックは何かとお茶を一緒にしようと言ってはレニーを甘やかそうとしてくるので困る。
 だが、エリックがその美しい顔を残念そうにしたものだから、レニーは良心が痛み、こう付け足した。

「でもそうね。毎度断るんじゃ可哀想だし、次は私がお茶を出してあげるわ」
「君って本当に良い人だよね。でも、いらない。だって君のお茶はとっても渋いから」

 感心したように頷いていたかと思えば、輝かしい笑みとともに断るエリック。

(こ、こいつ……!)

 レニーのこめかみがぴくっとした。
 確かにエリックが普段飲む紅茶のような高級茶は出さないし、薬草ブレンドティーだが、あれはあれで味わいがあっておいしいし、体に良いのに。

「本当に失礼よね!」
「僕は正直者なんだ」

 エリックのしぶとい笑みが腹立たしい。だが、これに毎回付き合っているとレニーの身がもたないので、怒るのはやめて諦めることにした。

「いいわよ、もう。好きな物を飲めばいいわ。私はあれが好きだけど、あなたは嫌いってことよね。分かった」

 手をひらひらと振り、今度こそ部屋を出ようと歩き出したが、再度エリックに呼び止められた。

「ちょっと待って、レニー」
「今度は何よ」

 怪訝な顔で振り返ったレニーは、エリックが封筒をひらひらと振るのを見つけた。

「これ、君宛てだって。配送ミスで遠回りしてきたみたいで、郵便局の謝罪文付き」
「手紙? 私に?」

 いったい誰からだろう。
 レニーの家は細工物を扱う工房を運営しているが、実父が亡くなった一ヶ月後に、レニーは義理の母であるジゼルに家を追い出されたのだ。義理の兄イクスが後継ぎだから、レニーは邪魔になったらしい。とはいえ仕事先は見つけてくれていて、ジゼルの従姉妹であるニーネの仕立屋で、助手として住み込みで働いていた。今はニーネとともにエリックに雇われているのでリッドフォード家の敷地内で暮らしている。

「差出人は、イクス・ソルエン」
「はあ? イクスですって!」

 あいつが私に手紙!? いったい何事!?
 イクスは何かとレニーに意地悪をしてきたので、レニーはイクスが嫌いだった。あっちも嫌いなんだろうに、どうしてまた手紙なんて送ってくるんだろう。イクスが店を継いだのだから、レニーなんか捨て置けばいいのに。
 レニーがエリックの手から手紙を受取ろうとした瞬間、エリックはひらりと手紙を遠ざけた。

「……ちょっと」

 何の真似だ。不機嫌を隠さないレニーに、エリックは楽しげに微笑みかけた。

「まあまあ、いいじゃない。君の大嫌いなお兄さんの手紙なんて後で」
「何で私がイクスを嫌ってるって知ってるのよ?」
「顔に書いてあるよ」
「…………」

 レニーは無言で自分の顔をぺたぺたと触った。そんなに分かりやすかっただろうか。

「ねえ、そんなことよりお茶にしようよ。そしたら手紙を渡す」
「エリックって我が儘ね」

 そんなにお茶がしたかったのか。レニーは頭痛がしてくる思いだ。そんなことより手紙が気になるのだけど、これは希望を聞かないと渡してくれないだろう。
 レニーは渋々、エリックの対岸にあるソファーに腰かける。
 エリックはしてやったりと笑みを深くする。

「うん。僕は正直者なんだ」

     *

 今日もケーキは素晴らしくおいしかった。
 お茶を終えたレニーは機嫌が良かったが、約束通りエリックから渡されたイクスからの手紙の文字を見て、むすりとむくれ顔になった。

「ここで開けてもいい?」
「構わないよ」

 エリックの了承をとってから手紙の端をビリビリと破く。

「レターナイフくらい貸すよ?」
「あいつの手紙にそんなものは必要ないわ」
「ほんとに嫌いなんだね」

 エリックは感心した様子で言う。
 レニーはというと、封筒から便箋を引っ張り出すのに忙しくて聞き流している。イクスを嫌っているのは事実だ。
 無言で文面に目を通すレニーは、やがてエリックの方を見た。

「ねえ、エリック。今日って何日?」
「十日だよ」
「……今日じゃないの」

 苦々しい顔で、便箋にもう一度目を落とすレニー。何回読んでも内容は変わらない。振っても駄目だ。
 レニーの奇行を不思議そうに眺め、エリックは問う。

「今日がどうかしたのかい?」
「今日くらいにイクスがニーネさんの仕立屋に来るんですって」
「へえ」

 レニーはエリックをにらんだ。

「何よ、その、面白そうって顔」
「僕って正直者なんだよね」
「さっきからそればっかり! 確かにエリックは自分に正直だと思うけど、嘘つきよね? 格好からして、大嘘つきよね?」

 どこから見ても美少女にしか見えない少年をじろじろと眺め、レニーは嫌そうに言う。対するエリックは、胸を張り鮮やかな笑みを浮かべた。

「僕は真実、美しいんだよ、レニー」
「……そう返すわけね」

 その点は否定できないので、レニーは溜息を吐いた。“マデリーン”姿のエリックは、砂糖菓子の貴婦人にように、ふんわりとしていて綺麗だ。楚々とした笑みは、慣れているはずのレニーですら見とれてしまう程の威力を持っている。ただ、すぐに我に返るのだが。
 こめかみの辺りが痛くなってきた気がして、レニーは指でぐりぐりと押しながら、天井を仰いだ。
 ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。扉の向こうから聞き知った声がかけられる。

「エリックお坊ちゃま、ダリアンです。レニー嬢がこちらと伺ったのですが……」
「ああ、ここにいる。入れ」

 エリックが短く入室の許可を出すと、扉が静かに開き、灰色の髪をした青年執事が入ってきた。一礼してから扉を閉め、背筋をピシッと正して歩いてくると、細見の眼鏡越しに冷たいブルーグレイの目でレニーをじろと一瞥した。

(相変わらずの陰険眼鏡め……)

 レニーは内心でそう呟き、眼光に耐える。

「レニー嬢、先程、あなたに手紙が届きました。急ぎのようですので、ご歓談中失礼しますが渡しておきます」
「ありがとうございます、ダリアンさん」

 ダリアンが手紙の束の中からレニー宛ての手紙を引き抜いて差し出すので、レニーは自分の手紙を受け取った。
 その時、ひらりと、ダリアンの持つ手紙の束からカードが一枚、床へと落ちた。

「あ、落としましたよ。――ん?」

 そのカードを拾い上げたレニーは、ぴたっと動きを止めた。

「そのカードがどうかしました?」
「これ! これ見て下さい!」

 ずいっとカードをダリアンに突き出すと、ダリアンはカードをちらりと一瞥し、白い手袋をはめた指先で、眼鏡のブリッジをくいと持ち上げた。そして、レニーの手からカードを取り上げ、エリックの方へ差し出す。

「どうぞ、坊ちゃま。とうとう挑戦状が届きましたよ」
「おやおや」

 カードを手にしたエリックは、愉悦を帯びた笑みを浮かべた。
 そのカードには、『三日後の新月の晩、嘆きの乙女を頂きに参上いたします。 ――怪盗〈青薔薇〉』、そう記されていた。

「新聞の伝言欄を使うだけでなく、挑戦状も送ってくるなんてね。面白いなあ。とりあえずダリアン、これ燃やしておいて」
「畏まりました」

 ビリビリとカードを破ったエリックは、紙屑をダリアンに渡す。ダリアンはすぐにその紙片を暖炉の火にくべてしまった。

「いいの? 何か手がかりがあったかも……」

 落ち着かないレニーに、エリックは爽やかに微笑み返す。

「いいんだよ、そんなヘマする間抜けじゃないだろうし……。喧嘩を売られたっていうことは分かったから」
「え、どうすんの?」
「箱買いするに決まってるじゃないか」

 にこにこと穏やかに微笑みながら、エリックは断言した。
 その笑みにうすら寒いものを感じ、一歩退くレニー。

(笑ってるのに、怖いんですけど)

「我が家の家訓でね。“売られた喧嘩は百倍にして返せ。報復は忘れるな”って」
「誰が言い出したのよ」
「おじい様だよ」
「…………」

 どうもリッドフォード家は、エリックの祖父の代からこうらしい。変人の血もそこから続いているのだろうか。

「いや、まあ、うん。大丈夫なら良いんだけどね……」

 むしろ怪盗の身が心配になってきた。
 レニーは背筋をぞわぞわさせながら、そっと目を反らす。そんなレニーに気付いているのかいないのか、エリックはのほほんとした口調でレニーに問う。

「そんな小悪党のことより、君の手紙はどうなんだい? 急用だったら返信した方が良いと思うんだけど」
「あ、そうね。ちょっとここで読ませてもらっていい?」
「構わないよ」

 レニーはエリックにお礼を言って、速達と赤色のインクで判子が押された手紙を裏返し、差出人の名前を確認する。ジゼル・ソルエンと書かれていた。レニーの義理の母親の名前だ。

(今度はお母さん? イクスといい、何なのよ……)

 うろんに思いつつ、封筒を開けようと考えた時、ダリアンがすっとレターナイフを差し出した。

「あ、ありがとうございます」
「いえ」

 そつなく返すダリアン。
 他人が求める物を口に出さずとも推察出来るのは、執事として有能な証だろう。

「その手紙にはレターナイフがあっても良いの?」

 エリックが面白がって口を出す。レニーは頷いた。

「義理の母親からよ。苦手だけど、イクスみたいに大嫌いではないわ」
「なるほど」

 エリックが首肯するのを横目に、レニーは手紙を開封して目を通す。

 ――レニーへ

 久しぶり、元気にしている?
 クラインズヒルは相変わらず風が強くて寒いわ。王都はどうかしら? 風邪を引かないように気を付けて。あなた、仕事を始めると暖炉に薪を足すのを忘れる癖があるでしょう?
 それと、ニーネとは上手くやってる?
 ニーネは良い人だから、あなたも仲良くやっていると思うけれど、甘えないで努力しなくては駄目よ。
 そうそう。こんな説教の為に手紙を書いたのではないの。
 イクスがどうやらそちらに向かったみたいで……。私もそちらに向かうことにしたわ。私のせいとはいえ、あの子、怒っていたから気を付けて。無理に会う必要はないわ。
 そういう訳だから、ニーネに泊めてくれるように一言伝えておいてくれないかしら?
 最後に、女神祭には帰っていらっしゃいよ。
 では、また王都で。

  ジゼル・ソルエン


「はあああ?」

 便箋を見下ろして、レニーはすっとんきょうな声を上げた。

「何ですか、仮にも女性がはしたない」

 ダリアンがじろっと睨んで指摘する。

「ごめんなさい。でも“仮にも”は余計です」

 立派に女性です。
 レニーはきっちり言い返し、更に付け足す。

「私の母がこちらに訪ねてくるそうで……。正確にはニーネさんの仕立屋になんですけど。ニーネさんに相談してきます」
「そうですか、急ぎの返信を書く必要は?」
「いえ、こちらに向かっているみたいなので、きっと入れ違いになりますから……。あああ、何でイクスだけでなくてお母さんまで。意味わかんない」

 実父の工房がある家からレニーを追い出したのは、継母であるジゼル本人だ。それなのに、新年を祝う女神祭に帰ってくるように言うなんて不思議でたまらない。何故なら、あれは家族の行事だからだ。血の繋がらないレニーは邪魔なんだろうと思い、今年はニーネの仕立屋の二階でひっそり過ごす予定でいたのだが、どういうことなんだろう。

「必要ないのでしたら、私はこれで失礼します。坊ちゃま、先程の件、奥様にご報告しても?」
「耳に入れる程度で。対応は僕がするよ」
「畏まりました、ではそのように手配致します。では失礼します」

 レニーの手からレターナイフを預かると、ダリアンはエリックにお辞儀する。エリックはダリアンを一瞥もせず声だけで返したが、いつものことなので、ダリアンは特に気に留めずに退室していった。

「レニー、落ち着いたらどう? 家族が来るなら、騒がしくて面白そうなのに」
「ぎすぎす空気のどこが面白いのよ」
「ん? もしかして君の家族、上手くいってないのかい?」

 聞きにくいところを遠慮なく問うてくるエリック。レニーはその辺について詳しく話したことはないので、エリックが知らないのも当然だ。

「私の父さんの再婚相手が、今のお母さんで、その連れ子がイクスなの。父さんの店を継いだのはイクスよ。分かる?」
「君が彼を許せないってことかい?」
「いいえ」

 レニーは大きく首を横に振った。

「イクスの方が細工の腕は良いんだから、仕方ないわ。実力で奪い返すつもりだから許すも許さないもないの。ただ、私だけが邪魔者っていうだけの話」

 ただの事実を教えるつもりで、あっさりと返すレニー。
 エリックは、光の加減で青にも緑にも見える不思議な目を、ぱちぱちと瞬いた。

「え? もしかして、君、王都に出稼ぎに来たんじゃなくて、追い出されたのかい?」
「そうだと思ってたんだけど、お母さんの手紙には女神祭には帰っておいでって書いてあって混乱中よ。どういうことなんだろう」
「君に分からないのに、僕に分かるわけがないよ」
「それもそうね」

 エリックの言い分はもっともだ。
 ふむふむと頷くレニーに、エリックは神妙な顔で首を傾げる。

「ねえ、僕は君を気の毒がって慰めるべきなのかな?」
「何で? 父の店を乗っ取られた上で追い出されるっていうのはそうそうないけど、再婚相手とのごたごたなんて、下町じゃよくあることよ。誰も気にしないわ」

 気遣いを見せるエリックに対し、レニーはけろっとしている。内容は酷いが、話し方が明るいのでちっとも暗く聞こえない。

「そう、それは良かった」

 エリックはすんなりそう返し、ティーカップを手に取ってお茶を飲む。
 レニーとしては、こういう風に深く聞いてこないエリックの態度はありがたいと思った。身内の事情を話すのは気が引けるし、何よりレニーは王都に来て楽しく暮らしているので、全然気にしていないから、重くとられて同情されると居たたまれなくなるのだ。

「じゃあ、お茶をご馳走様、エリック。ニーネさんに話すことがあるから行くわね」
「ああ。どういたしまして」

 にこやかに返すエリック。レニーも笑みを返し、今度こそ退室しようと席を立つ。
 その時、再びダリアンが部屋に現れた。

「レニー嬢、あなたに客ですよ。門で待たせています」

 ダリアンの言葉に、レニーはぴたっと足を止めた。思い浮かんだ人物は二人だ。

「……ジゼル・ソルエン? それともイクス・ソルエン?」
「イクス・ソルエンです。あなたの兄だと」
「はあ、そうですか……」

 嫌な方の客が先に到着したらしい。
 面倒だなあとレニーは思ったが、ここで追い返しても後が面倒になる。ジゼルの手紙には、無理に会わなくていいという親切な言葉が記されていたが、そんな真似をしてはニーネが変に思うだろう。

「分かりました、今、行きます」

 しかしいったい何の用事なんだろう?
 レニーは頭の中を疑問符だらけにしつつ、扉に向かう。

「あ、待って、レニー。僕も行く」
「……何でよ」

 振り返ると、ドレスの裾を揺らしながらエリックが歩いてくるところだった。いかにも「何て面白そう」と思っているのが分かり、レニーは嫌な予感がしてそう突っ込む。

「君の大嫌いなお兄さんがどんな人か興味あるんだ」
「冷やかしはお断りよ」
「うん。でも、君も僕がいた方が良くない? 一人で会うよりマシだろう?」

 それはその通りだ。
 動機が面白がっているのに他ならないのだけが気に入らないが、誰かがいればイクスは出来るだけ外面で通すだろう。それは良いアイデアだ。

「いいけど、変に掻き回すのはやめてよ?」
「場合によるよ」
「そこは嘘でもイエスと言って」

 自由すぎるエリックを前に、レニーは頭痛を覚えるのだった。
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