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第三幕 嵐の夜の降霊会
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しおりを挟む霧をかきわけるようにして、小舟は湿地をすべるように進んでいく。
やがて、霧の中に、古城が姿をあらわした。
高い尖塔を一つ持つ、三階建ての古城だ。城館といったほうがいいかもしれないが、湿地を堀とした天然の要塞のようにも見えた。
小舟は船着き場につき、船頭は石の柱に船首につないだロープを固定する。それからこちらにやって来て、無言で手を差し伸べた。船頭の手を借りてレニーとエリックが地面に降りると、船頭はお辞儀をして、またギィギィと船をこいで去っていった。
「これで帰り道も消えたわけだ。なんだか最近はやっている推理小説を思い出すね」
「ニーネさんが好きな小説よね。例えば?」
「『そして、城は空になった』。招待された人達が、復讐で全員殺される話」
レニーはぶるりと背筋を震わせた。エリックへ恨めしい目を向ける。
「……ねえ、それ、今、話すことだった?」
「君が訊いたから、答えただけだよ」
エリックは肩をすくめ、しれっと返す。
「そう心配しないで。ダリアンがいないのは痛いけど、僕も銃くらいは持ってるから」
「え? どこに?」
「ドレスって、物をたくさん隠せるから便利だよね」
「そ、そう。詳しくは聞かないけど、なんだか怖いわね」
裏のある笑みを浮かべるエリックを直視できず、レニーは目をそらす。さっそく頭痛を覚えた。
「それにしても、初っ端からダリアンさんやミラベルと引き離されるなんて、ついてないわね」
「霊媒師の鼻を明かしてやろうとする者を警戒したのと、あと一つの理由が思いつくよ」
「え? どんなの?」
「部屋に行ってみれば分かる」
「強盗?」
「会の参加費をとるのに、そんな真似をするわけがないだろ。社交界に広まれば痛手だ」
エリックに諭され、レニーはひとまず安堵する。
「だって、あなたが小説のことを話題にするから……」
「ただの冗談さ」
「ブラックな、ね」
本当に嫌だ、この人。入口前で、レニーはすでにうんざりしている。
エリックは右手を伸ばし、レニーの左腕に引っ掛ける。そして入口へと続く階段を示す。
「さ、行こう。手筈通りにね?」
「了解です。賃金分は、しっかり働くわ」
レニーは気合を入れ直し、エリックをエスコートしながら階段を上った。
玄関前は思ったよりも綺麗に整えられている。掃除は行き届いているし、低木はきちんと剪定されているようだ。
湿地のほうを見ると、霧がかっていて対岸すら見えない。
「いかにもホワイトレディーが住んでいそうな幽霊城って雰囲気ですね」
レニーはただ感想を呟いただけだったが、エリックはビクリと震えた。
「そ、そうですわね。ほほほ」
「大丈夫ですよ」
こうも分かりやすく顔色を変えるエリックは愉快だが、気の毒でもある。レニーが野犬の巣に放り込まれているのだとしたら、今のエリックと同じような気分だろう。励まされても、怖いものは怖い。
玄関扉のノッカーを叩くと、すぐに執事が現われた。招待状を確認すると、お辞儀をする。
「マデリーン・カクスター様と付き添いの方ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
レニーはエリックをエスコートして、執事についていく。
二階の部屋に案内された。
「会は晩餐の後になっております。そちらのプログラムをご確認ください。それから、そちらの呼び鈴を鳴らしていただければ、メイドが参ります。後程、お荷物をお持ちいたしますね」
執事はそう説明すると、静かに立ち去った。
扉が閉まると、レニーはほっとした。通されたのは居間だった。机や椅子、小テーブルや長椅子などが並んでいて、暖炉では火が燃えている。扉で仕切られた向こうが寝室だ。大きなベッドが一つと、クローゼットと箪笥があり、その隣には風呂場とトイレがあった。
「あっ、二部屋って言ってたのに。お部屋を間違えてるんだわ」
ベッドが一つしかないことに気付いたレニーは、メイドを呼ぼうと、テーブルにのっているハンドベルを取ろうとした。が、それをエリックに遮られる。
「間違えていないよ。これだよ、使用人と引き離す目的」
エリックは、花柄の椅子に上品に腰掛ける。
「……どういうこと?」
なんとなく向かいに座ったレニーに、エリックは小首を傾げた。
「僕、ちゃんと話したと思うけど。こういう会を、恋人との逢瀬に使う輩がいるって」
「そういえば、そんな話をしてたわね」
「愛人の場合が多い、とも」
「うん。それで?」
レニーが問うと、エリックはあからさまに呆れ顔になる。
「密会するのに、どうして部屋を分けるんだって話だよ」
「みっかい……」
良からぬ言葉が聞こえたが、なかなか飲み込めない。
「密会!? 『密かに会う』の密会? え、え、じゃあ、私達……」
「結婚前に逢瀬を楽しむ恋人関係と思われたってこと。エレインとローラン以外は、皆、そうなのかもよ。夫婦もいるかもしれないけど」
「なんてこと! 私、まだ嫁入り前なのに、こんな醜聞、ひどいわ!」
涙目になって嘆くレニーの額を、エリックがつんつんと指でつつく。
「なんのために、僕が女装して、君が男装してると思うんだい? しかも偽名まで用意して」
「あなたが男なのに幽霊を怖がって、恥になるからでしょ?」
「それもあるけど、僕達の名誉を守るためさ。実際に来てみないと分からなかったけど、念を入れておいたんだよ。僕だって、友人の名誉は気にかかるさ」
つまり、男女の立場を逆転して、偽名まで使っておけば、何かの拍子にエリックとレニーのことが話題になったとしても、正体は隠せるという意味らしい。
「エリック……! あなた、たまに良い人ね!」
「“たまに”は余計かなあ」
エリックはそう言い返し、呼び鈴を鳴らす。すぐにメイドがやって来たので、茶と軽食の用意を頼んだ。すでに用意してあったのか、メイドはお茶菓子を手に戻ってくる。
メイドがいなくなると、エリックは用心深く鍵をかけた。
「これで荷物が届くまでは自由だね。僕、ちょっと昼寝するから、君は荷物を待っててくれない? 寝室には入れないでね」
「ええ、分かったわ」
こんな時でも自由なエリックに拍子抜けしたレニーは、とりあえずお茶とお菓子をつまむ。
(……ん? ベッドが一つなら、私はどこで寝るの?)
そこは女性にベッドをゆずるべきではないのかと、ちょっとイラッときたレニーである。
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