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本編
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しおりを挟む毒を飲んですぐは、大して変化はなかった。
日を追うごとに、徐々に貧血のような症状が出てきて、立ちくらみがした。そして一週間目、廊下でへたりこんで立てなくなり、寮の自室に運び込まれた。
医務室の医師が診たが、彼にも原因不明である。ルシアンナは安静を言い渡された。
(そりゃあ、そうよね。宰相のお墨付きのお医者様が、慎重に用意した毒薬だもの)
納得して始めたことだが、こうして実際に動けなくなると心細くなる。
「ルーシー」
お見舞いに来たメアリは、目をうるうるさせて、ルシアンナの左手を握りしめる。事情を知っているからこそ、彼女は計画をぶち壊さないために何も言わない。だが、本音では心配でたまらないようだ。
エドウィンがラドヴィックを供にして、お見舞いに来た。ラドヴィックのほうが倒れそうな顔をしていたが、こちらをじっと見つめ、「がんばれ」と応援してから帰っていった。
(お母様に話が行けば、第二段階はクリアよ)
母にこれほど会いたいと思ったことはない。皮肉なことだ。
それからメイベルが母に手紙を出したが、一週間が経ってもお見舞いに来る様子はない。
手紙の返事は要約すると、こうだった。
――おおげさなことを言っていないで、きちんと食べて寝なさい。それから勉強をさぼらないように。
再びエドウィンとともに見舞いに来たラドヴィックが、ルシアンナの報告を聞いて怒り出した。
「娘に対して、なんて冷たいんだ! そもそも、王太子殿下との婚約を喜んでいるなら、すぐに来るべきだろうに」
ラドヴィックは言外に、家の繁栄への駒としてでも大事に扱うべきところだと文句を言っている。宰相の息子からすれば、母の態度はお粗末に見えるようだ。
「もう少し情がある方だと思っていたのだがなあ」
エドウィンも苦笑いをしている。
ルシアンナはベッドのヘッドボードにクッションを置いてもたれかかり、ネグリジェの上に化粧着を羽織っている。
真っ白いモスリンのもので、ヒラヒラとした飾りもついている。たとえば屋敷で、早朝や夜での急な来客対応などは、化粧着でしても問題ないことになっている。
すっかり体力を消耗しているルシアンナは、メイベルの手を借りてもたれかかる姿勢をとるだけでも疲れたが、今後のためにも、二人と面会する必要があった。
「構いませんわ、殿下。お母様がこちらにいらっしゃると、わたくし、まったく気が休まりませんから……。でも、どうしましょう。次に進めませんわね」
ふうと溜息をつくルシアンナに、エドウィンは案じる視線を向ける。
「君がそう言うなら構わないが……。長引くと、ルーシーの負担になるのが問題だ」
エドウィンは決意とともに頷く。
「よし、では私の婚約者としての立場を利用しよう。婚約者を心配して、宮廷医を派遣するんだ。そこまでするほどの大事だと分かれば、カサンドラ伯爵夫人も重い腰を上げざるをえないはず」
「宮廷医……国内最高峰の名医ですね。あの方をだましとおせるか、一か八かだ。我が家の主治医も、そこは心配してます」
宮廷医の目をあざむくために念入りに進めたそうだが、ラドヴィックは不安を白状した。
「ナーダル医師には、幼い頃から世話になっている。私とルーシーにそれぞれ想い人がいるのだと、それとなく相談しておこう」
エドウィンが策をつぶやき、ルシアンナはわずかに首を傾げる。
「どういうことですの?」
「私を孫のように可愛がってくださっているんだ。むげにはしないだろう」
「殿下、知人との信頼を、こんなふうに使ってよろしいのですか?」
「私達がいかに悩んで苦しんでいるか、話すだけだよ。これは嘘ではないだろう? 味方は多いほうがいい」
信頼できる医師だからこそ、内々のことを吐露することもできる。彼らには守秘義務があった。
父王が決めた婚約との狭間で、エドウィンとルシアンナの双方が苦しんでいるのだと分かれば、ナーダル医師は親身になってくれるかもしれない。
「そうですね。下手に策をねるより、心からぶつかったほうが賢明なこともあります。では、殿下、次は宮廷医を味方にしましょう」
ラドヴィックも真剣な面持ちである。
「宮廷医がこちらに来る日取りが分かったら、すぐに教えて下さい」
「ああ、そうする」
ひとまず、ルシアンナの家族を引っ張り出す為に、宮廷医を動かすことに決まった。
去り際、ラドヴィックがエドウィンに何か頼んで、エドウィンが先に部屋を出た。ラドヴィックはルシアンナの傍に来て、小声でささやく。
「ルーシー、つらすぎて嫌なら、ここでやめてもいいんだよ」
「どうしてそんなことをおっしゃるの?」
「弱っている姿を見るのが、想像以上につらいんだ」
「つまり、あなたがやめたいのね」
ラドヴィックは苦笑いをした。図星のようだ。
「わたくしが弱って、痩せた姿はみっともない?」
「いや。ただ、不安なんだ。できることなら、代わってあげたい」
「駄目よ」
ルシアンナはきっぱりと返す。
「あなたの心遣いはうれしいけど、もう後に引けないわ。わたくしの戦いを、見ていて欲しいの。あなた、一番の共犯者なんでしょう? しっかりして」
「戦友だなんて色気がないけど、そう言われたら何も言えないよ。信頼してくれてありがとう」
ルシアンナはラドヴィックに微笑みかけたが、自分の姿のことは気にかかる。
「でも、あまり見ないで欲しいわ。肌も髪もパサついているんですもの」
「君はいつだって綺麗だよ」
てらいもなく投げられた言葉に、ルシアンナはボッと顔を赤くする。
「それじゃあ、俺は行くよ。殿下、お待たせしました。落とした物をやっと見つけましたよ」
「そそっかしいぞ、アーヘン」
わざとらしく注意するエドウィンの声が、廊下から聞こえてくる。ラドヴィックは手を振って、ルシアンナの部屋を出ていった。
メイベルが見送りをしてから戻ってきて、扉の鍵をかける。
「まったく、あの方、油断も隙もありませんわね」
「……ええ、本当に」
どぎまぎとする胸を押さえて、ルシアンナは頷く。こんなに動揺するのは、気持ちが弱っているせいだろうか。
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