悪役令嬢と黒猫男子

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
23 / 24
本編

 23

しおりを挟む

 宰相が信頼している医師は、以前もルシアンナを診察してくれた初老の男だった。

「後遺症を残さないためにも、しっかり決まりは守ってください」

 ルシアンナの体調を念入りに診てから、医師はそう切り出した。侍女のメイベルも真剣に注意を聞く。
 メモは取れない。万が一、誰かに見られたら、処刑台が近づくせいだ。
 帰り際、ラドヴィックが応接室で待っていた。

「かなり薄めた毒でも、本当は君に飲んで欲しくない。精神的な問題で食が細いせいで、ルーシーは虚弱体質なんだそうだ。だから慎重にならなくては駄目だよ」

「ええ、分かっていますわ。健康と引き換えに望む未来を勝ち取っても仕方ありませんもの。わたくしのわがままを助けてくれてありがとう、ラド」

「メイベル、しっかりサポートを頼んだぞ」

 ラドヴィックが声をかけると、メイベルはしっかり頷く。

「もちろんですわ、大事なお嬢様のことですもの」
「心配しないで、成功を祈っていて。今晩から始めるわ」

 怖くないと言えば嘘になる。彼も危ない橋を渡るのだから、ルシアンナだって身を張らなくてはならない。
 ルシアンナは思わず微笑んでいた。

「どうして嬉しそうにするんだ? こっちは心配でたまらないのに」

 不服そうなラドヴィックに、ルシアンナは正直な胸の内をさらす。

「仲間がいて良かったと思いましたの。これまで味方はメイベルだけで、一人で踏ん張っていたわ。友人がついていると思うだけで、こんなに勇気が出るのね。知らなかったわ」
「俺は友人で終わるつもりはないけどね」

 ラドヴィックがあっさり返す。ルシアンナは返事に困った。

「刺繍入りのハンカチは、ちゃんと差し上げますから……」
「ごめんごめん。俺、ルーシーを困らせたくなっちゃうんだよな。そしたら、俺のことで頭がいっぱいになるだろ?」
「う……」

 あっけらかんと口説かれると、ルシアンナの無表情な顔に朱がさす。

「アーヘン様、そこまでですわ」

 メイベルが釘を刺し、ラドヴィックは面白くなさそうにする。

「本当に君って、侍女として有能だね」
「お目付け役も兼ねておりますから、当然でしょう」
「と、とにかく!」

 二人のにらみあいをさえぎり、ルシアンナは強引に話を変える。

「まずは一手、進めますから。ラドも準備していてくださいね。王妃様に呼び出されるやも」
「任せておいてくれ。ルーシーこそ、母親には気を付けるんだぞ。困ったら、うちに逃げておいで」

「できるだけ、わたくしで努力しますわ。でも、本当にどうしようもなくなったら、頼りにするかも……」

「殿下やメアリじゃなくて、一番に俺だからな。絶対だ!」
「メアリもいけませんの?」

 ラドヴィックの主張にたじたじになりつつ、ルシアンナは素朴な疑問をぶつける。

「そうだよ。恋人はまだ仕方ないとしても、一番の共犯者の位置はゆずれないね」
「変な方。分かりましたわ、あなたに最初に相談します。指切りしましょ」
「何それ」

 うっかり前世の記憶がこぼれたが、説明するとラドヴィックは納得した。

「針を千本飲むなんて怖いなあ」
「例えですわ。はい、指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーますっ。指切った。判子も押します?」

 ふと思い出して親指をちょんと合わせると、ラドヴィックは急に真顔になる。

「よく分からないけど、可愛い。それに今、すごくいちゃいちゃしてる気がする」
「残念でしたわね、アーヘン様。指切りはわたくしのほうがお嬢様と何度もしていますのよ」

 すかさず、メイベルがどや顔で自慢して、ラドヴィックが悔しそうにうなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

処理中です...