悪役令嬢と黒猫男子

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
18 / 24
本編

 18

しおりを挟む


 翌日から、学園で後期の授業が始まった。
 昼食後、長い昼休みを利用して、ルシアンナ達はまたもや王家用のサロンに集まった。

「まず、ラドヴィック・アーヘン。一発なぐってもいいか?」

 昨日から怒っていたエドウィンが切り出すと、メアリが止めに入った。

「落ち着いてください、エドウィン様!」
「ルーシーを助けるためとはいえ、我々をゲームのように扱ったんだぞ、メアリ嬢。むしろ君がひっぱたいてもいいくらいだ」
「私はアーヘン様が本気じゃないのは分かってましたし、助けられたのも事実ですから。それに」

 メアリはルシアンナを示す。

「ルーシーが小ウサギみたいに震えているので、おやめください! かわいそうです!」
「申し訳ありません、殿下」
「ほらー!」

 なんならルシアンナも頬を差し出そう。悲壮な顔で決意を固めているルシアンナに気づいて、エドウィンが分かりやすく慌てる。

「すまない、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでくれ。私が極悪人みたいではないか。ただ、男同士でけりをつけたいだけで!」
「俺は一発くらい、構いませんよ。不敬罪にされてもおかしくないことをしたので」

 怒りを察知して、片膝をついて頭を下げていたラドヴィックは殊勝なことを言った。エドウィンは溜息をつく。

「この状況でなぐれるわけがない。まったく、怒る気も失せた。ほら、アーヘンも座れ。代わりに今度、無茶な願いを聞いてもらうぞ」
「はあ。メアリとデートをしたいから手伝えとか、そういうことでしたら喜んで」
「心を読むな!」

 こんなかけあいをしていると、エドウィンも少年なのだなと思うルシアンナである。こんな面を、ルシアンナは見たことがなかった。
 二人がけの長椅子にはすでにエドウィンとメアリが座っており、ラドヴィックは自然とルシアンナの隣に落ち着いた。

「すでにルーシーから聞いていると思いますが、俺は『穏便な婚約破棄』を叶えたいと思っています。殿下とメアリにはご協力いただけるということで、よろしいんでしょうかね?」

 さっそく話を切り出すラドヴィックを、エドウィンは面白くなさそうに見る。

「ひょうひょうとしおって……。ああ、そうだ。私としても願ってもないことだ」
「ええ、私も。ルーシーは殿下をお好きだと思っていたから、最初はあきらめようと思っていたの。でも、そうしなくていいなら……」
「メアリ」
「殿下」

 我慢するのをやめたせいで、エドウィンとメアリが見つめあって甘い空気を出し始めた。メアリが編入してから三か月ほどしか経っていないのに、この熱愛ぶりはすごい。
 ラドヴィックは気にせずに話を続ける。

「がんばってくださるみたいで、うれしいですよ。殿下とメアリを味方につけた。次に味方に引き入れるなら、俺の父さんと王妃様がいいでしょうね」
「宰相と母上を? 婚約を命じたのは父上だから、父上を懐柔すべきではないか?」
「父さんがよく言ってるんですよね。陛下は頑固だって。一度決めたことは、なかなか変更しない」
「……確かに」

 ラドヴィックはピンと人差し指を立て、いたずらっぽく笑う。

「そして陛下は、王妃様に弱い。どこの家でも、奥様を味方につけて、旦那を懐柔してもらうのがてっとりばやいですよ」
「どうしてかしら。詐欺師を見ている気分だわ」

 ルシアンナのつぶやきに、エドウィンとメアリも同意した。

「殿下、わたくしに持病があると、内々にお伝えくださいませんか。そうすれば、王妃様も無理にはわたくしを推さないと思うのです」
「しかし、あなたはそれを隠すのに全力を尽くしてきたんだろう? 他に手はないかな」

 エドウィンが首を振ると、ラドヴィックが提案する。

「パニック障害のことを秘密にしたまま、病弱だと知らしめればいいんじゃないかな、ルーシー。病で寝込めばいいんだよ」

「ああ、将来の王妃には健康を求められるから、王妃の資格がないとみなされればいいのか。パニック障害のことは隠せて、周りに不安をあおれるわけだな。しかし、母上はその程度では納得しないぞ」
「一番簡単なのは、女性みんなの大好物をちらつかせることですけどねえ」
「なんだ、それは」

 エドウィンは興味を示して、身を乗り出す。

「ロマンスですよ」
「「「は?」」」

 ルシアンナ達の声がそろった。



 いったいどういうことかと聞いてみると、ラドヴィックは説明を始めた。

「エドウィン様とルーシーに、それぞれ別に想い人がいる。それなら、エドウィン様とメアリが結婚したとしても、メアリが婚約者を略奪したことにはならないでしょう? ルーシーも想い人と結ばれて、分かりやすいハッピーエンドだ」

 収まるところに収まった感じなので、反発は少ないかもしれない。

「加えて、ルーシーが病気で寝込んで、王妃の資格がないとみなされる。メアリはなんやかんやあって功績を残す。メアリには王妃の資格があり、エドウィン様と愛し合っている。ルーシーは社交界から退いて、心穏やかに過ごせるわけだ。

 ただし、国王夫妻は息子が可愛くても、国のためにならないことは認めないでしょう。だったら、国のためになる条件を整えればいい」

 ラドヴィックはあっさり言ってのけるが、ルシアンナは心配になる。

「そんなに簡単に上手くいくかしら? それに、国のためになる条件って?」
「ルーシーはメアリのバックアップを。俺は殿下の忠臣になって、政治でも財力でも王家をサポートする。王家は辺境伯を味方につけておきたいでしょ? ね、殿下」

 気軽に問いかけるラドヴィックに、エドウィンは頭痛を覚えた様子で額に手を当てる。

「その通りだが、態度が軽すぎる。忠臣ってのはどうするんだ? アーヘン、お前の評判は悪いぞ」

「ええ。その評判の悪さを逆手にとるんですよ。殿下のご高説こうせつに感じ入った俺が反省し、真面目になって好成績を残す。皆が驚いているところに、『殿下のおかげで目が覚めました』と言えばいい。殿下の評判は上がって、俺の印象も逆転するでしょうね!」

「……お前、さすがはあのたぬきの息子だな」

 エドウィンがぼそりと言った。宰相のことを言っているようだ。
 しかし、そこにメアリが挙手をした。

「ルーシーの想い人のくだりはどうするの? アーヘン様がその相手だとして、全部終わったら選ぶのはルーシーなんでしょう?」
「そうそう、俺ですよ。終わって振られたら、俺が浮気したことにして別れればいいでしょ。元が放蕩息子だから、誰も疑問に思わない。ルーシーはかわいそうだと思われて、周りに同情してもらえる」

 まさかラドヴィックが泥を全てひっかぶるつもりとは思わず、ルシアンナは慌てた。

「そんな! わたくしのために、どうしてそこまでなさいますの?」
「なんでって、君のことが好きだからだよ。それに約束しただろ? 絶対に助けてみせるって。そのためなら、これくらい軽い」
「ラド……」

 ルシアンナはなんとも言えず、視線をゆらめかせる。

「わたくしにそこまでの価値があるのかしら? 人生を台無しにしてはいけないわ」
「君がなんと言おうと、俺にとってはそれだけの価値がある。君自身を、あまり馬鹿にしないで欲しいね」

 自分のことを卑下したのに、ラドヴィックはいらだちをみせた。こんなふうに叱られたことがなくて、ルシアンナは戸惑う。

「あの……ありがとう」
「いいよ、いいよ。この策にのってくれるなら、俺は君と堂々とデートもできるしね!」

 あっけらかんと、自分の利益を語るラドヴィック。ルシアンナにはやっぱり謎めいて見える。

「むしろそれが狙いだろう」
「転んでもただでは起きないわけね、策士だわ」

 エドウィンとメアリはじと目でツッコミを入れた。

「とにかく、まずは殿下の支援者になるという方向で、父さんを味方に引き込んできますよ。王妃様を巻き込むのは、その後でお願いします」
「ああ、そうだな。母上に相談したのに、宰相の反対でぽしゃったら意味がない」
「では、善は急げということで。俺、父さんに会ってくるので、三日ほど学園を休みますね!」

 ラドヴィックが立ち上がったので、ルシアンナはびっくりした。

「えっ、もう行くんですの?」
「ぐずぐずしている暇はないよ。父さんが味方についたら、君と恋愛ごっこができるんだぞ」
「そ、そうですか」

 たじたじになって固まったが、ルシアンナはなんとか口を開いた。

「あの……いろいろとごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして。お礼ならメイベルのお茶でいいよ」

 ラドヴィックは軽く返し、エドウィンにお辞儀をしてからサロンを出て行った。

「驚いた。あやつ、本気なのだな。見たか、あの甘ったるい顔」
「ええ。びっくりです」

 エドウィンとメアリは、珍しいものを見たという顔をして話し合う。
 二人の前で口説かれてしまったルシアンナは、気まずさで縮こまるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...