悪役令嬢と黒猫男子

草野瀬津璃

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 翌日から、学園で後期の授業が始まった。
 昼食後、長い昼休みを利用して、ルシアンナ達はまたもや王家用のサロンに集まった。

「まず、ラドヴィック・アーヘン。一発なぐってもいいか?」

 昨日から怒っていたエドウィンが切り出すと、メアリが止めに入った。

「落ち着いてください、エドウィン様!」
「ルーシーを助けるためとはいえ、我々をゲームのように扱ったんだぞ、メアリ嬢。むしろ君がひっぱたいてもいいくらいだ」
「私はアーヘン様が本気じゃないのは分かってましたし、助けられたのも事実ですから。それに」

 メアリはルシアンナを示す。

「ルーシーが小ウサギみたいに震えているので、おやめください! かわいそうです!」
「申し訳ありません、殿下」
「ほらー!」

 なんならルシアンナも頬を差し出そう。悲壮な顔で決意を固めているルシアンナに気づいて、エドウィンが分かりやすく慌てる。

「すまない、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでくれ。私が極悪人みたいではないか。ただ、男同士でけりをつけたいだけで!」
「俺は一発くらい、構いませんよ。不敬罪にされてもおかしくないことをしたので」

 怒りを察知して、片膝をついて頭を下げていたラドヴィックは殊勝なことを言った。エドウィンは溜息をつく。

「この状況でなぐれるわけがない。まったく、怒る気も失せた。ほら、アーヘンも座れ。代わりに今度、無茶な願いを聞いてもらうぞ」
「はあ。メアリとデートをしたいから手伝えとか、そういうことでしたら喜んで」
「心を読むな!」

 こんなかけあいをしていると、エドウィンも少年なのだなと思うルシアンナである。こんな面を、ルシアンナは見たことがなかった。
 二人がけの長椅子にはすでにエドウィンとメアリが座っており、ラドヴィックは自然とルシアンナの隣に落ち着いた。

「すでにルーシーから聞いていると思いますが、俺は『穏便な婚約破棄』を叶えたいと思っています。殿下とメアリにはご協力いただけるということで、よろしいんでしょうかね?」

 さっそく話を切り出すラドヴィックを、エドウィンは面白くなさそうに見る。

「ひょうひょうとしおって……。ああ、そうだ。私としても願ってもないことだ」
「ええ、私も。ルーシーは殿下をお好きだと思っていたから、最初はあきらめようと思っていたの。でも、そうしなくていいなら……」
「メアリ」
「殿下」

 我慢するのをやめたせいで、エドウィンとメアリが見つめあって甘い空気を出し始めた。メアリが編入してから三か月ほどしか経っていないのに、この熱愛ぶりはすごい。
 ラドヴィックは気にせずに話を続ける。

「がんばってくださるみたいで、うれしいですよ。殿下とメアリを味方につけた。次に味方に引き入れるなら、俺の父さんと王妃様がいいでしょうね」
「宰相と母上を? 婚約を命じたのは父上だから、父上を懐柔すべきではないか?」
「父さんがよく言ってるんですよね。陛下は頑固だって。一度決めたことは、なかなか変更しない」
「……確かに」

 ラドヴィックはピンと人差し指を立て、いたずらっぽく笑う。

「そして陛下は、王妃様に弱い。どこの家でも、奥様を味方につけて、旦那を懐柔してもらうのがてっとりばやいですよ」
「どうしてかしら。詐欺師を見ている気分だわ」

 ルシアンナのつぶやきに、エドウィンとメアリも同意した。

「殿下、わたくしに持病があると、内々にお伝えくださいませんか。そうすれば、王妃様も無理にはわたくしを推さないと思うのです」
「しかし、あなたはそれを隠すのに全力を尽くしてきたんだろう? 他に手はないかな」

 エドウィンが首を振ると、ラドヴィックが提案する。

「パニック障害のことを秘密にしたまま、病弱だと知らしめればいいんじゃないかな、ルーシー。病で寝込めばいいんだよ」

「ああ、将来の王妃には健康を求められるから、王妃の資格がないとみなされればいいのか。パニック障害のことは隠せて、周りに不安をあおれるわけだな。しかし、母上はその程度では納得しないぞ」
「一番簡単なのは、女性みんなの大好物をちらつかせることですけどねえ」
「なんだ、それは」

 エドウィンは興味を示して、身を乗り出す。

「ロマンスですよ」
「「「は?」」」

 ルシアンナ達の声がそろった。



 いったいどういうことかと聞いてみると、ラドヴィックは説明を始めた。

「エドウィン様とルーシーに、それぞれ別に想い人がいる。それなら、エドウィン様とメアリが結婚したとしても、メアリが婚約者を略奪したことにはならないでしょう? ルーシーも想い人と結ばれて、分かりやすいハッピーエンドだ」

 収まるところに収まった感じなので、反発は少ないかもしれない。

「加えて、ルーシーが病気で寝込んで、王妃の資格がないとみなされる。メアリはなんやかんやあって功績を残す。メアリには王妃の資格があり、エドウィン様と愛し合っている。ルーシーは社交界から退いて、心穏やかに過ごせるわけだ。

 ただし、国王夫妻は息子が可愛くても、国のためにならないことは認めないでしょう。だったら、国のためになる条件を整えればいい」

 ラドヴィックはあっさり言ってのけるが、ルシアンナは心配になる。

「そんなに簡単に上手くいくかしら? それに、国のためになる条件って?」
「ルーシーはメアリのバックアップを。俺は殿下の忠臣になって、政治でも財力でも王家をサポートする。王家は辺境伯を味方につけておきたいでしょ? ね、殿下」

 気軽に問いかけるラドヴィックに、エドウィンは頭痛を覚えた様子で額に手を当てる。

「その通りだが、態度が軽すぎる。忠臣ってのはどうするんだ? アーヘン、お前の評判は悪いぞ」

「ええ。その評判の悪さを逆手にとるんですよ。殿下のご高説こうせつに感じ入った俺が反省し、真面目になって好成績を残す。皆が驚いているところに、『殿下のおかげで目が覚めました』と言えばいい。殿下の評判は上がって、俺の印象も逆転するでしょうね!」

「……お前、さすがはあのたぬきの息子だな」

 エドウィンがぼそりと言った。宰相のことを言っているようだ。
 しかし、そこにメアリが挙手をした。

「ルーシーの想い人のくだりはどうするの? アーヘン様がその相手だとして、全部終わったら選ぶのはルーシーなんでしょう?」
「そうそう、俺ですよ。終わって振られたら、俺が浮気したことにして別れればいいでしょ。元が放蕩息子だから、誰も疑問に思わない。ルーシーはかわいそうだと思われて、周りに同情してもらえる」

 まさかラドヴィックが泥を全てひっかぶるつもりとは思わず、ルシアンナは慌てた。

「そんな! わたくしのために、どうしてそこまでなさいますの?」
「なんでって、君のことが好きだからだよ。それに約束しただろ? 絶対に助けてみせるって。そのためなら、これくらい軽い」
「ラド……」

 ルシアンナはなんとも言えず、視線をゆらめかせる。

「わたくしにそこまでの価値があるのかしら? 人生を台無しにしてはいけないわ」
「君がなんと言おうと、俺にとってはそれだけの価値がある。君自身を、あまり馬鹿にしないで欲しいね」

 自分のことを卑下したのに、ラドヴィックはいらだちをみせた。こんなふうに叱られたことがなくて、ルシアンナは戸惑う。

「あの……ありがとう」
「いいよ、いいよ。この策にのってくれるなら、俺は君と堂々とデートもできるしね!」

 あっけらかんと、自分の利益を語るラドヴィック。ルシアンナにはやっぱり謎めいて見える。

「むしろそれが狙いだろう」
「転んでもただでは起きないわけね、策士だわ」

 エドウィンとメアリはじと目でツッコミを入れた。

「とにかく、まずは殿下の支援者になるという方向で、父さんを味方に引き込んできますよ。王妃様を巻き込むのは、その後でお願いします」
「ああ、そうだな。母上に相談したのに、宰相の反対でぽしゃったら意味がない」
「では、善は急げということで。俺、父さんに会ってくるので、三日ほど学園を休みますね!」

 ラドヴィックが立ち上がったので、ルシアンナはびっくりした。

「えっ、もう行くんですの?」
「ぐずぐずしている暇はないよ。父さんが味方についたら、君と恋愛ごっこができるんだぞ」
「そ、そうですか」

 たじたじになって固まったが、ルシアンナはなんとか口を開いた。

「あの……いろいろとごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして。お礼ならメイベルのお茶でいいよ」

 ラドヴィックは軽く返し、エドウィンにお辞儀をしてからサロンを出て行った。

「驚いた。あやつ、本気なのだな。見たか、あの甘ったるい顔」
「ええ。びっくりです」

 エドウィンとメアリは、珍しいものを見たという顔をして話し合う。
 二人の前で口説かれてしまったルシアンナは、気まずさで縮こまるのだった。
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